ウルフと飼い主

「つ、づがれだぁ……」


「だ、大丈夫か? ウタ」


「もう無理です……もう動けないです……」


「なよなよだなぁ、ウタは」


「いや、サラ姉のせいだろ」


「これは……サラさんのせいですね」



 残りの54体、全部倒した僕はもうへとへとだった。地べたに座り込み、一歩も歩けない……。



「しょうがないなぁ……。っし、アリア。お前ここでこいつらと待ってろ。ちょっと行ってくる」


「えっ? 行ってくるって、どこに」


「んじゃあなー!」



 そういうとサラさんは木や大きな岩の上をぴょんぴょん跳ね、あっという間に見えないところまでいってしまった。……本当、自由だなぁ、あの人。



「……変わらないなぁ。本当、変わらない」



 アリアさんが、サラさんが走り去った方を見ながらそう呟く。その横顔は、微笑みながらも、どこか寂しそうだった。



「……アリアさん、ここに来てから、ずっと笑ってますね」



 ふと、フローラがそんなことを言う。確かにそうだ。いつだって明るく振る舞うアリアさんだが、今は純粋に、楽しんでるように見える。



「そりゃあ、サラ姉さんと会えて嬉しいからな。

 ……ずっと会いたかったんだ。ディランがいなくなってから、ずっと」



 ……森の中を、暖かい風が通りすぎた。その風にのって、アリアさんの声は優しく響く。『ディラン』という言葉だけが、いやに切なく感じられたのだった。



「サラ姉は、ディランのこと知ってるのか?」


「もちろんさ。婚約が決まったときも、一番に連絡したんだ。……すごく、喜んでくれた。ディランが相手なら安心だなって」



 ……この旅に、すべての人が賛成してくれているわけではない。アリアさんの人徳と、想い。それらを聞いて、考えて、縦に首を振ってくれた人だっていたんだ。


 サラさんは……どう思ったのだろう? 会ったときは何も言ってなかったけど…………。

 と、その時だった。



「グルルルルルル……」


「えっ?!」



 聞こえてきた唸り声に驚いて辺りを見渡すと、7匹以上のウルフが僕らを取り囲んでいた。



「うっそだろ!? こいつらのレベルってどれくらいだ?」


「……軽く90ありますよ」


「ヤバイな……。なんでこんな高レベルのウルフがここに……!」



 唸り声をあげ、じわじわと僕らを追い詰めてくるウルフたち。レベルの差がここまであると、何も出来ない。



「くそっ……。ウタ、動け……ないよな」


「幸か不幸かヘトヘトです」


「…………テラー戦法でいくか」


「え?」



 テラー戦法? って、あの無慈悲なやつですか!? 僕が驚いていると、アリアさんはウルフたちの前へと歩いていき、そして――



「なぁ! 私たちは何も、お前らに危害を加えようって訳じゃあないんだな。だからさ、無駄な戦いは避けたいんだよ。私たちと和睦しよう!」



 …………。

 そっちかぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 そう、覚えているだろうか? テラーさんが一度、謎のタイミングで和睦を申し出たあの瞬間を。これは無理だろ……。

 しかし、



「グルル…………」


「な? いいだろ? 私たちはここで人を待ってるだけなんだよ。依頼の対象にお前たちは入っていないし。な?」



 あれ? これはもしかしていける? いけるのか!?

 ……でもなぁ、僕、この流れしってる気がするんだよなぁ。



「グルルルルルッ!!!」



 ほらぁやっぱり! 和睦の道なんて無かったんだよ!



「む、無理か……」


「どどど、どうしましょうアリアさん! 私、こんなにレベル高いウルフなんて……」


「だ、大丈夫だ。なんとかなる……」


「多分?」


「きっと?」


「もしかして?」


「不確かにするな! 確かにさせてくれ!」



 そして、僕らの健闘むなしく、一匹のウルフが僕らに飛びかかる――。



「こらっ! ダメでしょっ!」



 その直前、一人の女性の声が聞こえてきた。その声を合図に、ウルフたちは唸るのをやめ、その人の元へと駆け寄っていく。

 そこにいたのは、至って普通の人だった。外見はなんとなくしっかり者って感じで、背は少し高め。


 その人はウルフたちに向かってしかりつける。



「もう! 人を襲っちゃいけないって、何度いったら分かるの! 怪我させちゃったらダメでしょっ!」


「クゥン……」



 ……あからさまにしょんぼりとするウルフたち。ちょ、ちょっとかわいいんだけど。

 そんなウルフたちを見て、大きくため息をつき、その人は僕らに向きあった。



「すみませんー、うちの子達が。あの、怪我してませんか? 大丈夫ですか?!」


「あ、だ、大丈夫ですよ! 怪我とか、してませんから!」


「そうですかー、よかったですー。あ、でも何かあったら声かけてくださいね。山のほうにいますから。出来る限りで力になりますよ! じゃ! ほら行くよ、みんな!」


「あっ!」



 そしてその人はウルフたちと共に森の奥へと消えていった。……な、なんだったんだ、今の人。すると、アリアさんがボソッと呟く。



「あいつ……レベルいくつだろうな」


「え? さぁ……分かりませんけど」


「見た感じ、あのウルフたちの使役者だと見て間違いないだろう」


「私もそう思いますよ……。あっ」



 フローラもなにかに気がついたように声をあげる。僕ははてなマークだ。



「ウタ兄……もしかして、気づいてない? それとも知らない?」


「知らない可能性が高いな。

 いいか、ウタ。使役って言うのは、自分のレベル以下のやつしか基本的に使役できないんだ」



 ……ほう。なるほど。



「あの人めっちゃ強いんじゃないですか!?」


「だから私は戸惑っているんだ!」



 と、ギャーギャー騒いでるところに、サラさんがひょっこりと顔を出した。



「なにやってんだ、お前ら」

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