脆い壁

 ポロンくんと走り出した僕は、そびえ立つ高い壁に向かった。メヌマニエ教の人達が壁を越えなかったのは、そうすると目立つからだろう。

 封印のスキルを持っているのなら、テラーさんの力を押さえて、結界を消してしまった方が手っ取り早いし楽だ。



「…………間近で見ると、でっかいなぁ」



 ポロンくんが壁を見上げて呟く。確かに大きい。ぱっと見積もって、5mくらいありそうだ。よくこんなの作ったなぁ。……まぁ、テラーさんが魔法で造ったって言われると、そんなに違和感がないのだが。



「……わりと、すぐ壊れそう?」



 土でできた壁は脆く、少しコンコンと叩くと、土がパラパラと落ちる。強めに刺激したら、すぐにでも崩れ落ちそうだ。



「テラーが造ったにしては脆いよなぁ。やっぱ、MP押さえられてるからか?」


「どっちにしても、越えるにはちょっと辛い高さだし、周りに家かも無さそうだ。……壊すなら、今のうちだよね」


「そうだな……って、え!? こ、壊すのか!?」


「え、うん」



 そんな反応されるとは思ってなかったから、ちょっとビックリしてしまった。



「でも無理かなぁ。大きさ的に。威力が足りないか」


「どうしてウタ兄が『壊す』って選択しようとしたのかは知らないけど、普通これ壊すの無理だからな!?」


「まいったなぁ」



 これを越えずに回り道をする手もある。でも、街の出口まではかなり遠い。大幅なタイムロスになることは間違いないだろう。

 どうするか。やっぱりここで立ち往生するよりは、回り道をして――。


 そう思っていたとき、なにかが僕に呼び掛ける。



「えっ?! な、なに!?」


「……ん? どうした、ウタ兄」



 ポロンくんは感じていない。僕だけ? よくよくその気配をたどると、どうやらアイテムボックスの中。半端ない力を放つそれを手に取ると、一冊の本だった。



「……単語帳でどうしろと…………?」



 なんとなく開いてみると、その中に、一つだけ光っている単語を見つけた。……光ってる竹を見つけたおじいさんって、こんな心境だったんだろうなぁ。



「……なんで、これ、光ってるんだ?」



 覗き込んできたポロンくんも不思議そうに声をあげる。僕は「分からない」と答えつつ、その英単語を見る。


 spoil。意味は、~を台無しにする。語呂合わせは、スポイトを台無しにする、だ。



(困ったときは、なんでも口に出す……か)



 侍さんのそんな言葉を思いだし、僕はなんとなく語呂合わせを声に出した。



「スポイトを台無しにする……」



 すると、ぽんっ、と音がして、いつのまにか僕の手にスポイトが握られていた。



「は?!」


「……ウタ兄。おいらの勘なんだけど、そのスポイト、壁に向かって使ってみてくれないか?」


「……うん?」



 とはいっても、壁にスポイトって……。よく分からないままスポイトの先端が壁にちょんっとくっついた。


 その瞬間、ざぁぁぁぁっと、土の壁が崩れ、ただの土に戻り砂ぼこりをあげる。

 けほけほと咳き込みながらも前を見ると、そこに壁はなく、あるのは山盛りになった土だけだった。


 文字通り、壁が『台無し』になったのだ。


 気がつくと、スポイトはもうすでに僕の手の中にはなかった。単語帳の力……? そんな風に考えていると、単語帳から一枚紙が落ちてきた。どうやら、表紙とカバーの間に入っていたらしい。

 そこには手書きの、しかし綺麗な文字で、こう書かれていた。



《この単語帳の使い方ー!》

 この単語帳は、ただ英単語を覚えるためのものではありません。この単語帳のすごいところは、一人一人の状況に合わせ、一部の単語が力を貸してくれるということです。

 英単語が光ったら使い時! 語呂合わせを読み上げ、あとは思ったように行動してみましょう!


 単語帳が力を貸してくれるのは一日に三回、それも、その単語が役に立つと単語帳が判断した時に限ります。

 これに頼らず、自分でも闘かえるように日々精進あれ。



 うわお。これめっちゃ強くない!? プチ魔道書化してるよ単語帳!


 ……というか、スポイト『を』なのに、スポイト『で』台無しにしちゃってるけど、いいの!?

 と、僕が思った瞬間、メモの※印が目に留まった。



 ※『で』とか『が』とか『に』とか、細かいことは気にするなー! あんまり気にすると、単語帳が、自分を見放しちゃうかもしれないぞー?



「ごめんなさい」


「なにあやまってんだ、ウタ兄。ってかこれ……スゲー威力だな。あんなにでっかかった壁が、一瞬で消えたよ……」



 確かに、とてつもない威力だ。だって、あれだけ大きかったのに! 5mだよ!? 5m! 分かる!? しかもテラーさんがつくったやつ! 脆くなってるとはいえ、こんな壁を壊せるなんて、テラーさんと同じくらいの力を持ってるような人じゃないと…………。



「…………どうしたウタ兄」


「ポロンくん、これを売ってきた人を見て、どう思う?」


「どうって……個性的な人だなーって」


「そうだよね? 個性的だよね? で、テラーさんとも面識ありそうだったよね?」


「……もしかして、あいつも?」


「可能性としては十分あると思うんだ」


「…………」


「…………」



 二人でしばらく沈黙したのち、スラちゃんが急かすようにぷるぷると体を揺らす。



「あ、そ、そうだね! 行かないと!」


「そ、そうだな!」



 幸いにも壁は崩れている。壁の向こうには違う景色が広がっていて、教会らしき建物も見える。僕らは再び走り出した。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「…………うん、そう。ちょっと、手伝ってほしいんだけど、いいかな?

 ……ん、ありがと。待ってる」

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