どうして

 ……とまぁ、そんな冷静な判断が、その時の僕にできたわけなくて。避けていろ、と合図を出されたのにも関わらず、前に思わず飛び出してしまったのだ。そしてそれは、ポロンくんも同じ。



「て、テラーさん!」


「テラーっ!」



 テラーさんが吹き飛ばされたであろう場所には砂ぼこりがたち、視界が悪い。すぐに助けないと……と、思った瞬間、後ろから嘲笑うような声が聞こえた。



「アッハハハハハ! いくら最強と名高い勇者パーティーでも、魔法が使えなければなんてことない相手だったな!

 それに……バカの仲間はやっぱりバカなんだなぁ?! 自分からノコノコ出てきやがって……」



 こ……これはヤバイ! なにがって? 30対2だよ!? ヤバイヤバイ! アイリーンさんとかテラーさんならともかく、僕らじゃあ無理だ!

 頼りのテラーさんもいないわけだし……ど、どうする? ポロンくんだけでも逃がす?!



「クックック……恐ろしくて声も出なければ動けもしないか? 女は儀式の捧げ物だが、男に用はない。邪魔をするなら、消えてもらおう」



 男がそういうと、再び炎の槍が現れ、そのまま僕らに向かって放たれた。どうすることも出来ずに、僕は咄嗟にポロンくんを庇うように抱き締める。



「う、ウタ兄……!」



 そして、槍が僕らに降り注ぐ……かに思えた。



「…………っ?」



 なんの衝撃もなかったことに驚いて、僕はそっと振り替える。すると、未だに降り注いでいる炎の槍は、何かに阻まれ、僕らに届く前に消えていた。

 よく見ると、それは光の壁。これは……間違いない。あのとき見たのと同じ。



「シエルト…………?」



 誰が? 僕やポロンくんはもちろん使えない。テラーさんはMPを封じられているはず。他の人……? いやまさか、こんな高度な魔法、しかもこの耐久性。他の人がそう易々と使えるとは思えない。



「シエルト、だと……? っち、誰だ! 俺らの邪魔をするなら、お前も切り刻んでやるぞ!」



 男が叫ぶ。が、もちろん返事はない。僕はふと、砂ぼこりが収まっているのに気がついた。


 そこに、テラーさんはいなかった。



「おい! ただで済むなんて思ってたら――」



 ぷつりと、男の言葉が途切れる。驚いたような男の腹に、斜に、赤い線が一本入る。



「……んだ……こ、れ…………」



 そのまま、ぐしゃりと崩れ落ちるように男は膝をつく。傷口からは止めどなく赤い血が溢れ、地面を濡らし、てらてらと光る。視界がグラッと傾いた。



「ぷるっ! ぷるるるっ!(こら! しっかりしろっ!)」


「うわ、あ、……ごめんスラちゃん」


「ぷる(わかればよろしい)」



 僕の気絶をスラちゃんが防いでいたその間、自分達の親分がやられた仲間たちは、あわてふためき、統率を無くしていった。……その仲間たちの後ろに浮かんでいる人影が、一つ。



「――死なないでよ? せっかく急所外してあげたんだから」



 空中に佇むその人は、眼鏡の奥に覗く黒い瞳を、青く蒼く光らせて、笑みを浮かべた。

 その手には、黒いオーラを纏った短刀。まだ、赤い血を滴らせていた。



「て、テラーさん!?」



 な、なんで!? だって、MP……。驚いているのは、なにも僕らだけじゃない。かろうじて意識を保っていた男が首だけテラーさんに向け、悔しそうにうめく。



「……んでだ…………ど……して……。魔法使いのくせに……剣術、だと?」


「うーん、使用者を攻撃したら切れるかと思ったけど、これ、解除とか出来ないやつだ。めんどくさ」



 テラーさんはにこにこと笑い、男たちを見下ろしながら、手のひらを下に向ける。



「……ウタくん。鑑定したかったら、してもいいよ。私はちょっと暴れる」


「え、ちょっ!」


「いくらなんでも、人道に背いてまで言うこと聞けとは言わないでしょ。もう、限界なんだよね」



 やがて、テラーさんの手から、電気を帯びた巨大な水の龍……水龍が現れた。大きく雄叫びをあげるそれは、カーターの時とは比べ物にならないほど巨大で、莫大なパワーから生まれていた。


 ……いやどういうことさ。だって、カーターのは『水龍』っていうスキルがあって、だから操れたんでしょ? え? ないよね、そんなスキル。しかも無詠唱って。というか第一、MPは? ねぇ?



「ウタ兄……鑑定、してみたらどうだ? 正直おいらも気になるし」


「あぁ、うん。そうだね」



 シエルトから始まって、この水龍。どういうことなのか、教えてもらおう! 鑑定!




名前 テラー


種族 人間


年齢 22


職業 村人(魔法使い)


レベル 9700


HP 3262489/5500000


MP 4000000


スキル アイテムボックス・鑑定・剣術(超上級)・体術(超上級)・初級魔法(熟練度100)・炎魔法(熟練度80)・水魔法(熟練度100)・氷魔法(熟練100)・風魔法(熟練度90)・雷魔法(熟練度80)・土魔法(熟練度100)・光魔法(熟練度80)・闇魔法(熟練度80)・回復魔法(熟練度80)


ユニークスキル 魔力向上・短期間ゴリラ・三時のおやつ・プランツファクトリー・ポイズネーション・生活魔法(熟練度100)・飛行


称号 元最強の魔法使い・重度の方向音痴・悪のり・個性の塊's




「んあ!?」


「ど! どうしたウタ兄!」


「壊れてる……」


「え? ど、どういうことだよ!」


「これは……HPをわざと消費して、魔法を使ってるってこと? でも100倍……。うん、わかんない」



 そうこうしている間に、テラーさんのHPは減り続ける。そして、攻撃は止むことはない。水の槍は足を突き刺し、打ちもらしにはテラーさんが短刀を振るう。水龍を操りながら、ここまで動けるなんて……。


 なによりテラーさんがすごいのは、バタバタと倒れていく人の中に、死んでしまった人は全くいないのだ。それどころか、みんな意識がある。はっきりと。


 全員が地面に倒れると、テラーさんは全体に向かって魔法を唱える。



「プランツファクトリー、ポイズネーション」



 地面から蔦がにょきにょきと生え、男たちの体を絡みとる。

 テラーさんは、自由を奪われ、毒を受け苦しむ男の前へ行き、その場にしゃがみこみ、にっこりと微笑んだ。



「どう? すごい?」


「き……貴様…………、なめたことを……!」


「まぁまぁ。どちにせよ、私の勝ちだよね?」



 悔しそうに唇を噛む男に、嬉しそうにテラーさんはいう。



「個性の塊's。勇者パーティーで、元最強の魔法使い……。ここまでの情報集めるの、大変だったでしょ? ここまで知ってたのにねぇ……」



 さて、と、一旦目を閉じ、テラーさんは言葉を切る。そして、再び目を開けたとき、その目は、黒に青に、染まっていた。



「あえて聞いてあげるよ。

 ――どうして、『ただの』魔法使いだと思ったの?」



 勝ち誇ったようなその笑みに、僕だったら耐えられなかっただろう。僕がヘタレだからというかもしれないが、これはみんなだ。とってもこわいです。


 コセイノカタマリーズ、コワイ。

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