言えないことと言いたくないこと

 紅茶とコーヒーを売ってる店は、商店から少し離れたところにあった。カウンターにはずらりとコーヒー豆や茶葉が並んでいて、なかなかにシックな雰囲気を醸し出していた。


 カウンターの向かいは少し広い空間になっていて、丸テーブルが二つ、それぞれに椅子が四つ備え付けられている。ここでお茶を飲んだりも出来るようだ。



「……ん? 珍しいな。テラー以外の女の客なんて」



 店主らしき男性が、そうカウンターの奥から笑う。黒い髪に茶色い瞳。どこか落ち着いているその人は、こちらをゆっくりと見据えていた。

 テラーさんより少し年上くらいに見えるその人は、大人っぽく、どこか妖艶だった。



「シガーさん、こんにちは。テラーさんにおつかいを頼まれて来たんです。えっと、こちらのみなさんは――」


「いや、分かってるよ。アリア様とウタくん、ポロンくんだろう? 俺みたいなところにはそういう情報はすぐに入ってくるんだよ。

 ……ま、たいていテラーからだけどな」



 そういうと、シガーさんはカウンターから出てきて、僕らに深々と一礼した。



「シガーと言います。以後、ご贔屓に」


「アリアだ」


「羽汰です」


「で、おいらがポロン! こっちはスラちゃんだ」


「ぷるぷるー(こんにちはー)」


「どうもどうも。こんなに客が来るのも久しぶりでね。よければ、ちょっとくつろいでいかないかな? 良いコーヒーを淹れるよ」


「えっと……」



 フローラが迷ったような表情をみせる。それを見たポロンくんがすかさずフォローに入った。



「おいらたちは構わないよ! フローラもさ、いつまでとは言われてないんだし、一緒にまったりしようぜ!」


「え、でも、私」


「だーいじょうぶだって! 怒られやしないよ! 怒られたら、おいらたちも一緒に怒られるからさ! な?」


「…………」



 少し押し黙ったあとに、顔をあげ、フローラはこくっとうなずいた。



「うん、じゃあその辺の椅子に腰かけてくれるかな? コーヒー豆、お好みはあるかな?」


「私は任せるよ。お前のおすすめをもらう」


「僕は……あの、飲みやすいのがいいです」


「わ、私はなんでも。あ、じゃあ、ウタさんと一緒ので」


「おいらは……えっと……」


「ん? おやおや、ポロンくんはミルクがいいかな?」


「ちがっ……お! おいらはアリア姉と一緒のやつ!」


「了解したよ」



 朗らかに笑って、シガーさんはカウンターの奥へと向かっていった。僕らは丸テーブルの片方を陣取り、それぞれ椅子に座った。



「いやぁ、なかなかいいな、ここは」



 どこかリラックスしたようにアリアさんが呟き、帽子を脱ぐ。その動作につられて、金色の長い髪が揺れる。そして、紫色の蝶がキラキラと存在を主張した。



「……アリアさんの髪、きれいですね」



 そうフローラが言う。もちろん、僕も同意見だ。というか、否定する要素がない。

 きらびやかで、透明感がある金色の長い髪。痛んでるところなんて全くなくて、風になびくとさらさらと揺れ、青空に映える。



「そうか? 父上が言うには、この髪は母上譲りみたいだ。父上も金髪だが、雰囲気が違うんだとさ」



 言われてみればそうかもしれない。エヴァンさんのはどちらかというと赤みがかっている。質感は少し違うかもしれない。



「アリア姉は、母親似なのか?」


「そうかもな。でも、目は父親似だな。母上の目は緑色だったからな。

 ……そういえば、フローラの両親はどんなやつなんだ?」


「えっ……」



 アリアさんがフローラに訊ねる。無神経に聞いたわけではないのは分かっている。あえて、フローラのことを知ろうとして、深いところを聞いたのだ。



「…………」


「なに、答えられる範囲で良いさ。無理に答える必要だってない。

 ……私たちは、お前と仲良くなりたいと思ってるんだ。フローラを苦しめようと思ってるわけじゃないことは、分かってほしい」



 すると、フローラは少しだけ考え込んでから周りをきょろきょろと見渡して、申し訳なさそうに僕らにいった。



「ごめんなさい……あとでも、いいですか? ここだと、その、話しにくいこともあるので」


「もちろんだ。ありがとうな」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「ぅぅうううぅうぅう……」


「ポロン……」


「大丈夫? ポロンくん」


「にぃーがぁーいぃーーー!!!」



 あのあと、しばらくしてシガーさんがコーヒーを持ってきたのだが……。アリアさんとポロンくんに振る舞われたコーヒーはめちゃくちゃ苦かった!


 僕とフローラのは飲みやすくてそんなに苦くはなかったし、アリアさんは苦くても全然大丈夫みたいだけど……ポロンくん、失敗したね。



「そんなに苦いかな?」


「に、苦いやい! おいシガー! お前、おいらのだけ苦くしたんじゃないだろうな!?」


「いやいや……」


「……ん? 俺が飲んでるのは君と同じやつだけども……」



 ……ポロンくん、観念するんだ。苦いのは苦手ってことが滲み出て、もうバレバレだから。



「……ポロンさんって、おもしろい人ですね」


「……そうおもう?」


「はい、とっても、明るく見えます」


「ポロンくんは、あれでも色々あったんだよ」



 あのときのことを思い出す。



「色々……あったんだよ。フローラと同じでね。ポロンくんも」


「そう……なんですか?」


「うん。まぁ……あとで、話してくれるんじゃないかな」



 ポロンくんにとって過去は、言いたくないし、言えないこと。フローラにとってもそうかもしれない。

 だからこそ、僕は密かに、ポロンくんがフローラと仲良くなるための鍵だと思っていた。

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