決戦前にて 一線への理解と存在感知

 一夜が明けて僕達は合流地点への爆走を始めた。でも、今日の爆走は昨日よりも五割増しくらいに速度が出ている。この原因は明らかで先頭を行く黒帝神馬オブシダン・スレイプニルのオイリスが元気ハツラツな感じで突き進んでいるからだ。なんというか後ろから見ていてもオイリスの機嫌の良さが伝わってくるね。ちょっと速すぎな気がしないでもないけど、ナイルさんがオイリスを制する事なく好きに走らせてるから一応許容範囲みたい。


「父さん、オイリスは調子が良さそうだね」

「昨日、あれだけミックと戦ったんだ。気分が上がれば、それは身体にも現れる」

「足取りも気配も踊ってるような感じで、たまにチラッとミックの方を見てる」

「ナイル殿が言ってたように、今までいなかった自分と競える相手に出会ったんだ。気になってもおかしくはない」


 ミックの方からは微妙にめんどくさそうな感じが伝わってくるから、相思相愛というわけじゃなさそうだ。……ああ、そういえば。


「父さん、昨日言ってた一線っていうのは、戦ってたミックとオイリスの雰囲気が変わった時の事だよね?」

「そうだ。あの時の二体はお互いに優位を取り合っていたが、長時間同じような展開が続いた事で焦れて決着を強く望んだというわけだな」

「確かにミックもオイリスも、すごいイラついてた」

「まあ、ミックは自分から勝負を仕掛けた側でオイリスは初めての戦いだから、お互いに譲れないものがあったんだろう」

「他に、どんな一線があるの?」

「あー……、高揚感で後先考えれなくなった場合、どうしても許せない事を相手がした場合、自分の中に大事なものが無くなった場合とかか。要は良いにしろ悪いにしろ平常時から何かが大きく外れた時に一線を越えやすくなる」

「なるほど……、それじゃあ僕は危ないね」

「ヤートは違うわよ」


 僕がつぶやくと、みんなは一瞬黙ったけどすぐに母さんが否定してきた。


「え? でも、僕は欠色けっしょくだし普通からは外れてるよ?」

「ヤートは、ちゃんと戻ってくるから違うわ」

「戻ってくるから違う……?」

「マルディの言う一線は、越えたら身を滅ぼすものなの。もしあのままミックとオイリスが激突してたらどうなってたと思う?」

「…………そういう事か。確かにあのままぶつかったら二体とも無事に済んでない」

「だから、ヤートは必要だと判断したらやり切るっていう思い切りがものすごく良いだけよ」

「僕は一線を越えてな…………」

「ヤート、どうしたの?」

「前に僕が三体と戦って大神林だいしんりんの一部を吹き飛ばしたのは一線を越えてたよね?」

「あれは……そうね。どう考えても越えてたわ。ヤート自身や周りのためにも、できるだけ一線を越えないようにしてね」

「わかった。できるだけ平常心を保ってみるよ」


 今思い返すと、あの時は確かに後先を考えてなかったね。父さんの言う通り、感情が振り切った時に一線を越えるのは間違いないみたい。だとしたら僕にも振り切れるだけの感情の動きがあるって事だ。もしかしたら生まれた頃よりも感情が出てきてるのかな? これからが楽しみだね。




 その後は、しばらく穏やかな会話をしながら爆進してたんだけど、突然僕は猛烈な吐き気に襲われた。すぐにみんなに止まってもらい鬼熊オーガベアの背から飛び降りて、みんなから離れた場所で吐く。


「うえっ、う、うげぇ」


 途中で食べたものを全部吐き切っても吐き気が止まらない。あー……、もっときちんと気持ちを作っておくべきだったとは思うけど、ここまで気持ち悪い存在ってあるんだね。みんなから呼びかけられたり背中をさすってもらったりしてても反応を返せないのはまずいな。僕は腰の世界樹の杖ユグドラシルロッドに触れて呼びかける。


「うぶぅ、シ、げぇ、ール、うげぇ、おね……」


 視界がチカチカしながら言うと僕のすぐ横に世界樹の杖のユグドラシルロッド写し身イメージであるシールが現れ、僕の周りを深緑色の幕で包んでくれた。


主人あるじ、大丈夫ですか?』

「いきな、りはきつ、かった。少し休ませ……」


 吐きながらの気絶って中々に情けないなって思いながら僕の視界は黒く染まる。




 意識が戻り目を開けるとシールの心配げな顔が目に入った。少しボーッとしながら自分の体調を確かめる。…………吐いた事で多少食道や胃が荒れてるけど、神経や脳には異常はない。ここまで来て何もできずに帰る事になるの嫌だから良かったよ。とりあえず体調を整えるために起きると、みんなは僕を中心にして円陣を組んで周囲を警戒していた。


「……僕はどのくらい落ちてた?」

「ヤート、起きたか。だいたい一刻(前世でいう一時間)くらいだな」

「ごめん。すぐに体調を整えるから少し待って」

「ヤート君、合流予定日まで、まだまだ余裕があるから気にしなくて良いわ。じっくり治してちょうだい」

「うん、ありがとう。ナイルさん。それと僕が吐いたのは僕の事情だから今周りに危険はないよ」

「そうか……」


 僕が言うと、みんなは円陣は変わらないけど身体から力を抜いて座る。ちょうど良いからとナイルさんは休憩を指示し、みんなも休み出す。僕は強薬水液ハイハーブリキットを作って飲んだり水蜜桃デザートピーチを食べて体調を整える。




 少しして体調が回復した。こういう緊急時に自分で自分の体調を詳しく知れて、さらにいろいろ治す手段を持ってるのは便利だね。


「ヤート、そろそろ良いか?」

「うん、突然吐いてごめん」

「いや、ヤートが俺達にわからないものを感知しているのはわかってるからそれは大丈夫だ。それで何があった?」

「気持ち悪い奴を感知したんだ。あらかじめ覚悟してたら問題なかったと思うけど、本当に突然感じたせいで気持ち悪さを耐えたり遮断できなかった」

「また魔石か?」

「魔石も澱んだ感じが気持ち悪い。でも、絶対にもっと気持ち悪い奴がいる」


 僕の説明を聞いてラカムタさんは、ものすごく渋い表情になる。


「…………ヤートは、ここより先に進んで大丈夫か?」

「うん、もう気持ち悪い奴の情報を感知しすぎないよう界気化かいきかを制限してるし、もしその制限を突破された時のためにシールに純粋なる緑の加護グリーンインパクトプロテクションで、僕の精神を保護してもらった。次に何かが起こってとしても、僕とみんなを守ってみせるよ」

「……わかった。はっきり言って、そういうよくわからない事をされたら俺達はどうしようもない。情けないが、よろしく頼む」


 ラカムタさんが僕へ頭を下げると、他のみんなも下げる。…………もともと全力で守るつもりだったけど、これは僕の索敵や後方支援っていう役目は責任重大だって実感した。よし、手加減はしないで僕にできる事を全部やろう。最悪地形が変わっても、それはみんなの安全や敵の撃破より優先順位は低いから無視だ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューもお待ちしています。

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