黄土の村にて 重要な準備と深呼吸

 状況の経過やわかっている事のすり合わせを一通り終わらせラカムタさん達がこれからの方針の決定に話を移した頃、僕は黄土おうどの村の広場の一角で地面に刺した若木状態の世界樹の杖ユグドラシルロッドに背中を預けて座っていた。もちろん話し合いから弾かれたわけではなく、これから起こるかもしれない事への準備のためとして、ラカムタさん達から許可を得た上で広場にいる。


 さて僕が何をしているかと言えば魔力の吸い上げ。もっと正確に言うと、遠くの大神林だいしんりん黄土おうどの村近くの新たに生まれた森などの植物達からは余剰分の魔力を、大霊穴だいれいけつからは流れ込む膨大な魔力を世界樹の杖ユグドラシルロッドに吸収・蓄積していた。


 目的は二つ。まず一つ目は、単純に大規模な魔法を行うための魔力を事前に集めておくため。今まで大規模な魔法を発動する時は、発動できるまでみんなに時間稼ぎをしてもらっていた。でも、次にその時間があるとは限らないし、みんなの負担も減らせるから今準備している。二つ目は大霊穴だいれいけつの中にいるだろう嫌な気配の奴に魔力を渡さないため。大神林だいしんりんの奥や大霊湖だいれいこにいた魔石は周囲の魔力を取り込んでいたから、今回の嫌な気配の奴も同じはず。わざわざ敵を成長させる必要は一切ない。




 作業を進めていくと背中越しに僕の呼吸に合わせて世界樹の杖ユグドラシルロッドが魔力を溜めていくのと、世界樹の杖ユグドラシルロッド自体も魔力を溜めていく中で成長してるのに気づく。…………そういえば普段僕の腰に巻かれている世界樹の杖ユグドラシルロッドは、世界樹から天辺の枝をもらったものだ。僕が杖として使っているだけで未だに植物なんだから、じっくり植物としても成長させないとダメだった。僕が反省して、これからは機会をつくるねと伝えたら、世界樹の杖ユグドラシルロッドから気にするなという意思が返ってくる。


「ヤ、ヤート……」


 僕が世界樹の杖ユグドラシルロッドと会話していると弱々しい声で呼ばれた。その声のした方を見たら離れたところで兄さん達と黄土おうどのみんなが少し震えながら地面に手を着いていたり、吐き気があるのか口を押さえたりしていた。


「……みんな、大丈夫?」

「気持ち悪い……」

「魔力酔いだね。ちょっと待って」


 いったん魔力の吸収・蓄積を止めて漏れ出ていた魔力を全て世界樹の杖ユグドラシルロッドの中におさめると、みんなは胸をさすったり呼吸を整えていた。…………かなり気持ち悪かったんだね。


「……マシになってきた」

「まだまだ魔力を集めるから、今の魔力量でキツいなら離れてた方が良いよ」


 みんなが顔を引きつらせた。すでに大規模な魔法数回分なら集まってるけど、念には念を入れて十数回分は集めるつもりだからこればっかりはしょうがない。


「そういえば僕に何か用?」

「あ、いや、ヤートが何をしてるのか気になってただけだ。でも、今はそれよりもヤートがこの魔力量で平気な理由を聞きたい」

「僕? 僕は慣れた。意外と静かに呼吸して魔力を循環させてるだけで大丈夫になるよ」

「魔力の循環……?」

「そう。…………説明よりも見せた方が早いね。また世界樹の杖ユグドラシルロッドに魔力を集めるから少し離れて」


 みんなが慌てて僕から距離を取る。……そこまで慌てる必要はないんだけどな。まあ、良いか。僕はみんなの安全を確認した後、魔力を世界樹の杖ユグドラシルロッドに集めてもらい周りの魔力濃度を上げいく。そして、みんなに見やすいように魔力を光らせて可視化した。問題なく準備が整った事を確かめてから、僕は目を閉じて深呼吸を始める。


「フー……、スー……、フー……、スー……」


 呼吸とともに魔力も取り入れる事で身体の隅々まで魔力が行き渡り身体の中がポカポカ温まってきて、それと同時に植物達の魔力を身体に取り込んでるからか森林浴をしてる時の爽やかさを感じる。みんなにも僕が取り込んだ魔力が胸に溜まり、次に胸からを手足、その次は手足から胸、最後に口から吐き出されるっていう道筋が魔力光で見えたはず。


「こんな感じだよ。魔力酔いっていうのは自分の魔力と空気中の魔力に極端な差がある場合に自分の魔力が揺らされて起こるから、僕が今やったように空気中の魔力と自分の魔力をなじませたら治るし、そもそも自分の魔力を完全に制御してれば魔力酔いにはならない」

「…………俺にもできるのか?」

「もちろん。僕ができるんだから誰だってできるよ」

「わかった」


 兄さんは地面に座り目を閉じて深呼吸を始めた。こういう、とりあえずやってみるっていうところは兄さんの良い点だよね。僕は試行錯誤してる兄さんの後ろに回って身体に触れた。


「兄さん、落ち着いて。それと肩に力が入ってる。なじませるにしても制御するにしても緊張は邪魔になる。ゆっくりと静かにしなやかにだよ」

「…………難しいな」

「それなら少し手伝うから、そのまま深呼吸を続けて」


 僕は兄さんの肩を小さくトン、トン、トン、トン、トンと叩いていく。すると兄さんの身体から無駄な力が抜けて緊張がほぐれて姿勢も呼吸の深さも安定してきた。誰でも自分の好きなものを感じれば身体は自然体に近くなる。今の兄さんは僕に心地いい拍子で肩を叩かれて緊張が取れた状態になっている。


「兄さん、良い感じだよ。あとはゆっくりと静かに魔力を吸収するだけ」

「フー……、スー……、フー……、スー……」

「嘘でしょ……。あのガルが、こんな器用な事できるなんて信じられないわ……」

「フー……、スー……、フー……、スー……」

「ガル君がマイネさんの言葉に反応しない……?」

「フー……、スー……、フー……、スー……」


 兄さんは姉さんとリンリーを気にせず呼吸に集中している。それに呼吸の回数が増えるごとに魔力光をしっかりと見えるようになった。……もうそろそろ良いかな。僕は兄さんの肩を叩くのを止めた。


「兄さん、目を開けて」

「…………お?」

「どんな感じ?」

「すっきりしてるな」

「うん、僕の同調で確認しても魔力酔いは治ってる。立って少し動いてみて」

「わかった」

「「え……?」」


 姉さんとリンリーが驚くのも無理はない。なぜなら兄さんが座った状態からフッと音もなく立ったからだ。兄さんは二人の驚きに気づかず広場の真ん中に行き身体を動かし始めた。…………うん、突き、蹴り、尾でのなぎ払い、複雑な足さばき、身体の回転、飛んで跳ねる体捌き、どれをとっても今まで見た兄さんの動きで一番良い感じだね。




 しばらく身体を動かした兄さんはピタッと止まり僕の方に走ってきた。そして僕にガシッと抱きついた。


「ヤート、最高だぞ‼︎ ありがとな‼︎」

「もともと兄さんは今くらい動ける潜在能力はあって僕の教えた呼吸法は単なるきっかけだよ」

「そうなのか? 俺はヤートに言われた呼吸をしただけだぞ?」

「それは身体から余計な緊張が取れたからだね。良い動きをするには力があるだけじゃなく、どれだけ力を素早く滑らかに伝えられるかが重要っていう事」

「……俺は無理やり動いてたんだな」

「でも、兄さんは緊張を解く方法を覚えたんだから、もっと強くなれるよ」

「おう‼︎ ヤート、もう一度言わしてくれ‼︎ ありがとな‼︎」

「気にしないで。あ、小さい緊張は少しずつ積み重なっていくから激しく動いた後はちゃんと休んでね」

「わかった‼︎ じゃあな‼︎」


 兄さんは僕に良い返事をしてから、また広場の真ん中に戻り身体を動かし始めた。ときおり高笑いを浮かべてるから気分は最高潮らしい。さて僕も魔力の吸収・蓄積に戻るため歩き出そうとしたら、両腕をつかまれ引かれた。振り向くと姉さんとリンリーがキラキラした目で僕を見ていた。…………なんかこの目を見た事あるな。どこで見たんだろ?


「……姉さん、リンリー、どうしたの?」

「ヤート、ガルだけって事はないわよね?」

「ヤート君、私もやってみたいです」


 思い出したポポやロロに何回も模擬戦を頼まれた時と同じで押し切られる奴だ。しかも世界樹の杖ユグドラシルロッドが、こちらは気にするなっていう意思を伝えてきた。…………戦力向上と考えて逃げるのはあきらめるよう。




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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューもお待ちしています。

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