帰りの旅にて 慣れと無茶

 僕と兄さんと姉さんと破壊猪ハンマーボアの旅が始まってから、ずっと兄さんと姉さんが僕と破壊猪ハンマーボアを凝視していた。


「「……」」

「って、兄さんと姉さん、さっきまで仲良く口ゲンカしてたのに急に黙ってどうしたの?」

「仲良くねぇ」

「別に仲良くはないわ」

「仲が良いね」

「「…………」」


 兄さんと姉さんが、お互いの顔を見て苦虫を噛んだような表情をしてる。言葉だけじゃなくて同時に同じような表情するとか、仲が良いと思うんだけど違うのかな?


「それはそれとして、どうして黙り込んでたの?」

「……単純に驚いてるだけよ」

「驚いてる? 何に?」

「ヤートから何度も破壊猪ハンマーボアと散歩仲間だって聞いてたわ。でも、実際に見るのと聞くのじゃ違うわね。私達が危険だって思ってる魔獣と並んで歩いてるヤートに驚いてるのよ」

「ふーん」

「わかってないだろ?」

「うん、よくわからない」

「何がわからないの?」

破壊猪ハンマーボア鬼熊オーガベアも気の良い奴らだよ?」

「それはヤートだからこそよ」

「僕?」

「そうよ。なんと言ってもヤートには同調ができるでしょ」

「でも、別に同調なんてなくても、ゆっくり顔なじみになれば良いと思うけど」

「それもヤートだからよ。私達は魔獣が危険な存在だって知ってるから、どうしても魔獣に対しては警戒して身構えて殺気も放つわ。ヤートだってそんな相手と仲良くしようとか思えないでしょ?」

「……確かに」

「そういうわけで、ごく自然に破壊猪ハンマーボアと並んで歩いてるヤートに驚いてるのよ」

「なるほど。でも、これが僕にとって普通だから変えるの難しいんだよね」

「別に変える必要はないだろ」

「そうね。私達もすぐにって言えないけれど、その内慣れるわ」

「そっか、無理はしないでね」


 無理やりやるのは辛いし時間はあるから、じっくり慣れれば良いよ。……そう言えば前の散歩だとイリュキンが明らかに破壊猪ハンマーボアを間近で見て顔が引きつってたな。姉さんの言葉を借りれば、ものすごく危ない真似をさせたって事か。次に会ったら謝っておこう。


「ブオ」

「そう、調べてみるよ」


 しばらく歩いていると破壊猪ハンマーボアが話しかけてきたから、それを確かめるために近くの樹に触って同調してみると、それがそう遠くない場所にある事がわかった。


「あっちにあるね」

「ブ!!」

「ヤート、どうしたんだ?」

破壊猪ハンマーボアが水の匂いがするって言ったから場所を確かめてた」

「水があったのか?」

「うん、あっちにある」

「なんでわかるんだ?」

「植物は常に水を求めてるから植物の根が伸びてる方向を探ればわかるよ」

「相変わらず、お前の魔法は便利だな」

「周りに植物があるところ限定だけどね」

「そうなのか?」

「うん、僕の魔法は周りに植物が無いとできる事が激減する」

「でも、ヤートは種から植物を急成長させれるのよね? だったら周りに植物がなくても問題ないじゃない?」

「確かに種の状態から急成長させれるけど、成長させた場所の環境が植物に合わなかったら、そんなに力を発揮できない。その環境に強い種類を選べば良いだけだけど、もし環境に強い植物がない場合は強くなるように強化したり変質させないといけなくなって普段より余計に魔力を使うから魔力の少ない僕には厳しい。だから、なんでも環境は大事だよ」


 僕の説明を聞いて兄さんと姉さんは納得してくれたようだ。少しすると小さな川が見えてくる。


「朝から歩き通しだし、少し休もうよ」

「そうね」

「おう」

「ブオ」


 僕はそう言って川に近づいて軽く見回すと、良い感じに流れが緩やかになって水溜りになっている場所を見つけた。その水溜りに指先を入れて水温を確かめると、真夏の暑い時に飲みたくなるような良い冷たさで思わずうなずいてしまう。


「どうした? 水中に何かいるのか?」

「ちがうよ。冷やすのにちょうど良い水温か確かめてた」

「なるほどな」


 僕が腰の小袋の一つをはずして、そのまま水溜まりにつけるのを見て兄さんと姉さんも同じように小袋を冷やし始めた。兄さんと姉さんの小袋の中身って何だろ?


「二人の袋の中身って何?」

「俺は、ブレープ(ブドウっぽい奴)だ」

「私のは、ミレンジ(ミカンような奴)よ」

「僕のはリップル(リンゴみたいな奴)。リップルも美味しいけど、その二つも美味しいよね」


 冷えるのを近くで待つつもりだったけど、ごく自然な動作で破壊猪ハンマーボアが僕の服に牙を引っ掛けて木陰まで僕を運んでいく。


「別に歩けるのに、なんでこの運ばれ方?」

「……ブオ」

「なんとなくって……、まあ良いけど服が傷んだらやめてよ」

「ブ!!」


 川辺に来て休む時は運ばれる。良いけど、良いんだけど何かモヤモヤする。……よし、気にしない方向でいこう。それと破壊猪ハンマーボアに運ばれる僕を見て、唖然としている兄さんと姉さんも気にしない事にして、僕を降ろしてすでに休んでいる破壊猪ハンマーボアにもたれてマッタリする。…………兄さんと姉さんはいつまで立ってるんだろ?


「二人とも休まないの?」

「お、おう。そうだな」

「ええ、休むわ」




 チッチッチッ、ピーッピ、ピッピッピー、ヒュー、カサカサガササ。自然の中でマッタリしていると色んな音が聞こえてくる。同じような音だけど、やっぱり大神林だいしんりんとは違う。そう言えばこういう感じは久々だ。やっぱり面倒くさい事より、こうしてマッタリとかのんびりしてたいな。


 なんとなく全員が無言になったけど特に気まずい感じじゃない。この感じだと兄さんと姉さんは破壊猪ハンマーボアに慣れてきたみたいだけど、さすがにまだ僕みたいに無条件にってわけにはいかないみたい。まぁ、自分にとって身近な人達が特に問題も無く同じ空間に入れるんだから良い事だ。……おっと、そろそろ食べ頃かな。僕は満足感に浸りながら冷やしていた果物を取りに行く。


 水からあげた小袋は冷えてた。手に伝わってくる冷たさに、かじった時の歯応えやさわやかな匂いが想像できて、よだれが出てくる。すぐに食べたいけど、その前に……。


「良い感じに冷えた。絶対に美味しいよ」

「ブオ!!」


 僕は自分で食べる前に破壊猪ハンマーボアにあげる。いつも思うけど、果物なら別に大丈夫なのにこいつは心配性だ。


「ヤートは食わないのか?」

破壊猪ハンマーボアとの約束で、何かしらの食べ物は破壊猪ハンマーボアが先に食べる事になってる」

「なんでだ?」

「毒味だってさ。食べるものが安全かどうかは同調でわかるって言ってるんだけど、一応、僕が食べるものは毒味させろって聞かなくて」

「そっ、そうか、良い奴だな」

「うん、良い奴だよ」

「ブオ」

「わかった。ありがとう」


 破壊猪ハンマーボアの許可が出て冷やしたリップルを食べ始める。予想通り良い歯応えにすっきりしたさわやかな甘さが口一杯に広がっていく。当然、小袋に入るぐらいの量じゃ破壊猪ハンマーボアには足りないけど、ちょっとずつ分けながら食べる。誰かと一緒に美味しい食事をできるのは最高だよね。


 あれ? 兄さんと姉さんがすごい決意を固めた表情をしながら僕と破壊猪ハンマーボアの方に近づいてくる。どうしたんだろ?


「二人とも、どうしたの?」

破壊猪ハンマーボアに用があってな。なあヤート、破壊猪ハンマーボアは同調できない俺達の言葉でもわかるのか?」

「たぶんわかると思うよ。僕も最初は同調なしで言いたい事を身振り手振りで伝えてたし、お互いなんとなくわかってた」

「そうか、じゃあ破壊猪ハンマーボア、お前に頼みがある」

「兄さん?」

「ブオ?」

「俺のブレープを食べてくれ。ヤートにやりたい」

「私のミレンジもお願いします」

「二人のものなら食べるよ」

「ダメよ。破壊猪ハンマーボアと約束してるんでしょ?」


 二人と破壊猪ハンマーボアの間で緊張が高まってる。ただ食べさせるだけなのに、そこまで緊張しなくても……って、そうか僕にとってはなんでもないけど、僕以外の人とっては高位の魔獣である破壊猪ハンマーボアに近づくだけでも大変な事なんだった。……どうしよう。僕が悩んでいると、破壊猪ハンマーボアが二人に近づいていく。二人とも反射的に下がりそうになってたけど、ブレープとミレンジを手に乗せたまま我慢していた。そして破壊猪ハンマーボアが、二人の手に乗っている果物を間近で匂いを嗅ぎ始める。


「ウッ」

「二人とも大丈夫?」

「平気だ!! なあ、マイネ」

「え、ええ、平気よ」


 二人とも顔が引きつってるし微妙に腰が引けてるから全然説得力がないよ。僕は大概の事に出会っても特に問題ないって言えるけど、二人と破壊猪ハンマーボアの様子を見てたらハラハラしてきた。この状況ってまずいよね? 間に入るべき? それとも見てた方が良い? どっち? どうしよう。僕がグルグル悩んでると破壊猪ハンマーボアがミレンジを姉さんの手ごと口に入れた。それを見た僕も兄さんも姉さんもガチンって音がするみたいに固まった。


 僕達三人が固まっている中、破壊猪ハンマーボアはミレンジを口の中に落とすと姉さんの手を口から放しミレンジを食べ始め、それが終わると同じように固まっている兄さんの手をブレープごと口に入れてブレープを食べた。そして二つを食べ終わると満足した顔で戻ってきた。


「ブオ」

「えっと、うん、わかった。ありがとう」


 ブレープとミレンジの二つとも破壊猪ハンマーボアの許可が出た。許可は出るだろうと思ってたけど、それよりも二人だ。


「大丈夫?」

「オウ、だいじょ……う……ぶだ」

「腰が抜けてるのは大丈夫って言わないよ。水生魔法ワータ


 地面にへたりこんでいる二人に魔法で水を出して飲ませる。まったくなんでこんな無茶な事をしたんだか。時々むせながらも飲み干し落ち着いてから聞いた。


「ずいぶん無茶な事をしたね。なんで?」

「……えっとね、ガルと二人で話し合ったら、早く慣れるには荒療治しかないって結論になったの」

「だからって、やって良い事とそうじゃない事がある」

「でも、これで隣を歩くくらいなら平気になった」

「そうね、手をくわえられる事に比べたら、なんでもないわ」

「二人とも?」

「悪い悪い。反省してる」

「私もよ」


 絶対に兄さんも姉さんも反省してない。まったく普段僕に無茶するなって言ってるのに自分達が慣れるためにするとかおかしいよ。



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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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