ep.8 私の

目の前に立つ自分の姿をした者は憎らしげにこちらを見ていた。


『あなたが師匠を殺した!あなたを庇って師匠は死んだんです!』


ティエラが思わず後ろに下がると同時に、前にいる自分は一歩前に進む。

「ち、ちがう!私は師匠を殺してない!」


『ちがわない!そもそもあなたが攫われなければ師匠は死ぬ事もなかったんです!』


師匠が死んだという事実は受け止めていた。

しかし、そもそもの原因は何だったのか。


誰のせいで死んだのか。


その答えが頭の中を掻き乱し、狂わせる。


「わたしが、攫われなければ……?」


力が抜け、崩れ落ちる。


『あなたが攫われなければ!師匠は助けに行く必要も無かった!師匠が………』


『「わたしを庇って死ぬ事もなかった」』


口に出して、胸の奥に冷たい何かが広がる。


『そんなあなたが今度は魔王を討伐?今度は誰の足を引っ張って殺すつもりなんですか!?』


「い………いや…………っ!そんなことっ………!」


否定しようとして顔を上げると目の前には自分の顔が、自分が。


憎しみを込めて睨み付けていた。


『人殺し』










トーフェは目の前から歩いてきた自分の姿に目を見開き─────



「はぁ…………」


溜息をついた。


『余裕そうだな、私』


何処か嘲笑うように言う自分を見て、同じように嘲笑うよう返す。


「あぁ、つまらんからなぁ」


『そうか?少なくとも私は楽しいぞ?』


なら良かったなと、自分の姿を無視して進もうとする。


『周りを騙して、一人復讐を果たそうとしているのは只々愉快だよ。なぁ?』



歩みを止める。



『なにが魔王と刺し違える覚悟があるだ。魔王なんぞに興味は無いだろうが。おまえは自分の復讐に勇者を利用するつもりだろう?』


ゆっくりと自分へと近付きながら、嘲笑いながら顔を近付ける。


『心底楽しいよ。騙して、偽って、そうして復讐を遂げたら死ぬつもりだろう?勇者なんぞに使われるのは御免だもんなぁ?』


嬉しそうに、楽しそうに、どこまでも見下す。




『おまえは卑怯者だな』






「ここまで来ると滑稽だな」


トーフェは冷たい眼で自分の姿をした何かを見た。


『あぁ、おまえは滑稽だ……』


「いいや、この空間が、だ」


『………ほう?』


意外そうに声を上げる自分を見て、溜息をつく。


「私に、私達に魔法なんてかかっていなかった。おまえは私の表層意識に触れた魔力だろう?」


実にくだらないと、話を進める。


「先程、膜を通った感覚。あれは魔力の濃度がここだけ別格で高いからこそ感じたものだ。肉体に存在する魔力の量が多い程気が付きにくいのだろう。私は魔力量が少ないから感じたってところだな」


指を2つ立てると、自分を見る。


「そこでお前に残念な事を2つ教えてやろう」


そう言うと自分の姿をしたそれは不愉快そうに表情を歪めた。


『自分に偉そうに講釈垂れるつもりか?愚かだな』



「なら私は愚かでいい。その方が愉快だからな。まず一つ。表層意識にあるのは私なりの精神魔法への対策だ。私を語るのならまず深層意識へ触れないとダメだな」


『………っ!この感情が、すべて偽物だと!?』



『そして二つ目だが─────』



目の前で自己を否定された事による、幻覚の崩壊が始まる。


指が、足が、腕が徐々に崩れ落ちると光へと変わる。





「──────私の中の闇は、その程度で揺らがないぞ?」




暗く、澱んだ目で崩れていく自分を見るトーフェの表情は、何処までも無だった。

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