ワトスンの犯罪日誌 ~A Study in Scarlet~

竜乃和平

序幕

 コツ、コツ、コツ


 革靴が一定の間隔で石畳を叩く。


 薄暗い通路に反響するその音は、聞き慣れているようでいて、男がいつも耳にしていたものとは少しだけ違っている。


 それは、新品の靴を履いたばかりのような軽やかさを含んだ音階。ただ、靴のサイズが合わないためか、少々歩きづらそうな雰囲気がある。


 少しずつ近づいてくる足音を音楽代わりに、彼は微笑みを零しながら筆を執る。


 インク壷でペン先を濡らし、いざとペンを持ち上げた時、前触れもなく心地良い旋律が途絶えてしまった。


「今日も――――」


 今日も帰ってしまうのですね。そう呟こうとした彼の唇がふいに弧を描く。


 コツコツ、と爪先で地面を叩き、靴の履き心地を確かめるような音が聞こえたからだ。


 数秒か、数十秒か、僅かな静寂を経て再び流れ始めた旋律は、しかし少しずつ遠ざかってゆく。


 耳を澄ませ、靴音が完全に聞こえなくなったことを確認した彼が呟く。


「では、次を書き上げなければなりませんね」


 そして、持ち上げたままのペンを紙上に走らせる。


「タイトルは、そう――――」

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