第123話:それぞれの夜

 クラスタの移住についての話が進む中、当の本人は荷物をまとめる為に大忙しとなっていた。

 ヴォルグも仕事を休んで手伝っており、当然アークスもいる。

 パタパタの移住ではあるが、数時間後にはある程度まとめることができた。


「まさか、クラスタが移住するとはのう」

「ごめんね、お父さん」

「いやいや、寂しくはなるがいつかはやってくるだろうと思っていたんじゃ。その相手がアークスだったのは、本当に嬉しい限りじゃよ」

「師匠」

「……さて、もう少しで移住準備も終わるじゃろう? そしたら、今日くらいは儂に付き合ってもらうからな?」


 そう言いながらお酒を飲むジェスチャーをアークスに向けて行う。

 アークスも苦笑しながらヴォルグの申し出に頷いた。


「久しぶりに師匠との飲みですね」

「アークスが勝手に出て行ったからねー」

「ご、ごめん」

「……まあ、アークスにとっても私にとっても、良い選択だったのかもしれないから文句は言わないわよ」


 ふふふ、と笑ってそう口にしたクラスタ。

 アークスはオレノオキニイリでくすぶっていた。

 ヴォルグやベテランの鍛冶師に埋もれてしまい、二杉からもチャンスを与えられなかった。

 今では二杉も変わり若手鍛冶師の仕事ぶりにも目を光らせているのだが、これもアークスが行動したおかげでもある。

 ジーエフで輝いているアークスが知らないところでオレノオキニイリにも影響を与えていた。


「ほれほれ、口だけじゃなくて手も動かさんか」


 ヴォルグの指摘に二人して笑い合いながら、最後の仕上げに取り掛かる。

 そんなクラスタの頭には、アークスがプレゼントしたかんざしが煌いていた。


 ※※※※


 ロンドは恐縮しきりだった。

 というのも、ジーンからのお礼で装備を買ってあげると言われたこともあるが、それがライズブレイドと同じく二等級の軽鎧だったからだ。


「ぼ、僕にはまだ早いと思うんだけどなぁ」


 与えられた部屋の鏡で軽鎧を身に着けた自分を何度も確認していた。

 中古で購入した以前までの軽鎧とは異なり傷もなく、光に当たる度に輝きを反射させている。

 さらに左胸を覆うプレートには鍛冶師の意匠が彫られており、それが製作者が自信を持っている作品だと証明していた。


「素材もレア度3の魔獣素材だし……はぁ」


 ロンドとエルーカが倒せなかった最下層のボスモンスター、グランディアスの素材を使っている。

 それだけでも恐れ多いと思っているのだが、ライズブレイドと同じく軽鎧――グランプレートにも魔石が使われていた。


「レア度2、ミールディアスの魔石。グランディアスの進化前のモンスターだから相性も最高だって職人さんが言っていたけど……これ、絶対に高いよなぁ」


 ジーンが勝手に支払いを終わらせていたので実際にいくら掛かっていたのかをロンドは知らない。

 何度も教えてほしいと懇願したのだが気にするなと一点張りで、職人に聞こうにもジーンが絶対に言わないでと釘を刺していたようで笑ってごまかされてしまった。


「……はぁ」


 嬉しい反面、このお返しをどうするべきか勝手に悩んでしまうロンドなのだった。


 ※※※※


 エルーカはジーンと二人でダンジョン攻略についての反省会を行っている。

 いつもならジーンから指摘をもらうだけなのだが、今回は少し違っていた。


「アイスボムと対峙した時、エルーカはどう動くべきでしたか?」

「……アイスボムの注意を引きつけながらロンドさんを援護するべきでした」

「具体的には?」

「私では氷の槍を迎撃することはまだできません。ならば、攻撃は捨てて回避に専念する形で注意を引きます。ロンドさんの速度なら、スキルを使わなくても間合いを詰められたと思いますから」


 迷うことなく口にされた答えに、ジーンはニコリと微笑みながら頷いた。


「そうですね。無理をする必要がない場面ですから、ここではエルーカが突っ込む必要はありません。ロンドさんを援護する方法は、何も攻撃だけではないということですね」


 ジーンからの指摘ではなく、質問形式にモンスターとの戦い方を振り返っていく。

 今までのエルーカならばただあたふたするだけで答えが返ってくることもなかっただろう。だが、今回ははっきりと迷いなく答えが返ってきた。

 ロンドとのダンジョン攻略がエルーカを成長させた証でもある。


「今回のダンジョン攻略は良い刺激になったようですね」

「はい。同じ新人冒険者なのに堂々とモンスターと戦えるなんて、すごいと思いました。それと同時に、私にもできるんじゃないかって」

「それはロンド君が新人冒険者だからですか?」

「いえ……レッドホーネットを倒した時、ロンドさんは私がいたから倒せたんだと言ってくれました。こんな私でも誰かの役に立てるんだって、その時に思えたんです」


 そう口にしている時にエルーカの表情は笑みを浮かべているものの真剣であり、これからの行動を期待させてくれるような決意に満ちた表情だった。


「……そうですか。これからのエルーカの活躍を楽しみにしていますよ」

「ありがとうございます! ……で、でも、一人で潜るのはまだ怖いので、一緒に潜ってくれますか?」


 先ほどまでの表情が嘘のように上目遣いで甘えるように呟かれる。

 その表情にジーンは優しい笑みを浮かべて答えた。


「もちろんですよ。私はあなたの師匠ですからね」

「は、はい!」


 嬉しそうにはにかんだエルーカの頭をジーンが撫でながら、反省会は終わりお茶会へ移っていった。


 ※※※※


 簪に大きな商機を見い出していたのはラスティンである。そして、クラスタの移住を許可するように二杉に進言したのも同じく。

 その進言内容というのは、『クラスタの移住について話が出た場合、簪をオレノオキニイリで販売する許可を取ってほしい』というものだ。

 オレノオキニイリには鍛冶屋以外に特徴と言えるものがない。ジーエフですらニーナの料理とポポイの道具屋、そして元ランキング1位のアルバスという存在で特徴を出しているのにだ。

 友好ダンジョン都市の話を聞いた時には内心で悔しさを滲ませていたラスティンだったが、今となっては二杉の判断に間違いはなかったと心から思っている。


「エルーカの成長もそうですが、一番はやはりこの簪ですな」


 簪がオレノオキニイリの特徴と言える特産品になってくれれば、女性冒険者から人気の都市になれるかもしれない。

 デザイン性はもちろん、冒険者が使うのであれば使い勝手も大事になってくるが、そこは職人のアイデア次第だろう。

 そしてラスティンから少しでもアドバイスができればとも考えている。

 だからこそ、ラスティンは廻とアークスについて歩いていたのだから。


「確か女性の鍛冶師が数人いましたね。まずはそちらに話を持っていきましょう。そこから話題になれば、多くの簪が出来上がるかもしれませんね」


 もちろん人気が広がり他の都市に持ち込まれればすぐに真似されてしまうだろうが、簪の話題でオレノオキニイリという名前が一番最初に出てくるというのが大事なのだ。

 ほほほ、と笑いながらラスティンは屋敷の廊下を歩いていた。


 ※※※※


「——これでクラスタの移住手続きはほぼ完了だな」


 ヨークが準備した移住申請用紙に廻と二杉がサインをすると移住手続きは完了した。

 今回はお互いの経営者が揃っていたのでクラスタからのサインなど様々な手続きを省くことができたのだ。


「ありがとうございます。これでアークスさんも喜びますよ」

「しかし、本当に良かったのか?」

「何がです?」

「簪の件だ。あれは女性達から相当な人気が出る商品になると思うぞ?」


 今さらなのだが、二杉は簪の販売許可をあっさりと出した廻に呆れていた。

 ラスティンから話を聞いた時には許可は出ないだろうと思っていた。むしろ許可が無くても最初に販売を始めてしまえばオレノオキニイリの名前を広めることもできただろう。

 だが、ここでジーエフとの関係をこじらせてしまい友好ダンジョン都市の解消になってしまうのはもったいないだろうと判断して廻に許可を求めたのだ。


「別に許可なんてなくても販売してよかったのに。むしろ、たったそれだけの許可でクラスタさんの移住を認めてくれたんだから、いいんですか? って聞きたいくらいです」

「……あぁ、もういいや。三葉はそういうやつだったよ」

「それ、絶対に褒め言葉じゃないですよね!」

「ほほほ、お二人とも仲が良くていいことですよ」

「……茶化さないでください、ヨーク様」

「そうですよ! 二杉さんは私のことをもっと褒めてもいいと思います!」


 無い胸を張ってどや顔を決める廻を見て、二杉は大きく溜息を漏らす。ヨークは変わらずの微笑みだ。


「明日には戻るんだろう?」

「そうですね。あまりジーエフを空けるのもやっぱり心配なので」

「今回は俺とジーンとクラスタで一度そっちに行くから、そこでクラスタに移住申請用紙にサインを貰うんだな」

「本当にありがとうございました、二杉さん!」

「……もう戻すぞ」

「はーい! ヨーク様もありがとうございました!」

「ほほほ、こちらこそありがとう、メグル」


 満面の笑みを浮かべる廻に少しだけ照れながら、二杉は経営者の部屋マスタールームから廻を屋敷へと戻した。


「……あなたも変わりましたね、レオ」

「そうですか? たぶん、三葉に振り回されている今だけだと思いますけど」

「いえ、あなたは変わりました、とても良い方向にね」

「だといいんですが」


 肩を竦めながら、二杉も経営者の部屋を後にした。

 残されたヨークはその場に寝そべり、変わらぬ笑みのままゆっくりと姿を消したのだった。

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