第85話:看板の完成

 話し合いが終わった廻はアルバスと共に換金所へと向かい、換金を待っていた冒険者の列を捌き始めた。

 話し合いをしている間は換金所を閉めていたせいもあり、多くの冒険者が今か今かと待っていたのだ。

 顔見知りの冒険者からは優しい声を掛けてもらっていた廻だが、初めてジーエフを訪れた冒険者からは怒鳴り散らされる場面もあった。

 だが、その都度隣で仕事をこなしていたアルバスが睨みを利かせ、さらに顔見知りの冒険者が初めての冒険者に声を掛け、アルバスの存在を知るや否や顔を青ざめて頭を下げながら換金所を後にしていく。

 あまり良い傾向ではないのだが、これが換金所お決まりの光景なのだと言われてしまうと、納得するしかなかった。


「——メグルさん!」

「あれ、アークスさん。どうしたんですか?」


 冒険者の列が途切れ始めた時、アークスが換金所を訪れた。


「まだ換金所にいたんですね。看板が出来上がりましたよ」

「おぉっ! 早かったんですね!」

「それで、注意書きは考えてくれたんですか?」

「……あー、えっと……忘れてました!」


 申し訳なさそうに謝っている廻を見て、アークスは苦笑しながら気にしないでほしいと口にする。


「換金所を閉めてたんでしょ? それなら仕方ないですよ。でも、ロンド君から聞きましたが出発は今日の夜なんですよね? 時間もないですし、早く考えないと間に合わなくなりますよ」

「小娘! ここはもういいからアークスと一緒に鍛冶屋で考えとけ」

「ありがとうございます、アルバスさん」


 廻の言葉に片手を振り、さっさと行けと示すアルバス。

 笑顔の廻は受付を出ると、アークスと一緒に外へ出る。


「あれ? ロンド君もいたんだね」

「はい。ニーナさんからは休みをもらいましたので、僕も鍛冶屋に行こうと思っています」

「宿屋は大丈夫なの?」

「ダンジョンに潜るのは僕とトーリの二人なので、カナタとアリサに宿屋の手伝いをお願いしています」

「あれ? カナタ君は潜らないんだね。それにトーリ君が潜るのも意外かも」


 ロンドは比較的カナタとは仲が良く、トーリとは距離があるものだと廻は感じていたので、ロンドとトーリの組み合わせが意外でしかなかった。


「今回はリリーナさんも潜りますから。元27位の実力者なので必要ないかもしれませんが、支援魔法が使えるトーリがアルバス様に指名されたんです」

「そうなんだ。トーリ君、驚いていたんじゃないの?」

「まあ、そうですね。他の人も驚いていましたけど、本人が一番驚いていたと思いますよ」


 アルバスが何も考えずに指名するとは思っていない廻は人選に口を出すことなく、鍛冶屋へ向かいながら看板に書く説明文を考え始めた。


「アークスさんが言うように、冒険者の皆さんが死を覚悟していることは十分理解できました。なので、その心を刺激しないような言葉で書かなきゃいけないのよね」

「そうですね。フェロー様がいるのでそうそう問題は起きないと思いますが、それでも気の荒い冒険者が命を大事にするようにと書かれた看板をダンジョンで見かけたら、怒鳴り散らしながら換金所に現れる未来しか見えませんよ」

「うーん、自分の身は自分で守る、責任だって自分で取る。その心構えは私も尊重するけど、やっぱりダンジョンを経営する者としては、最低限の安全対策は必要だと思うんだよね」

「ボスフロアの前に安全地帯セーフポイントを設置したのと同じ理由ですね」

「そういうこと。今のところ、それが功を奏しているのかは分からないけど、人死は出ていないわ。……正直、ランドンがいる以上はずっとこれが続くとは思っていないの。だからこそ、私にできることは全てやっておきたいのよね」


 廻のスタンスは変わらない。

 人死を嫌い、それを限りなく〇にする為に行動する。

 その中で経営者としての権力を振るうことはせず、住民と相談し、時間を掛けて話し合い、その中で最善策を見出していく。

 一人の意見だけではより良い策が思い浮かぶとは思っていないし、自分の意見が最善策なのだと胸を張れるほど傲慢にもなれない。

 最初は反対していたアークスだったが、廻の考えに同調できる部分もあったからこそ、協力を惜しむことはしなかった。


「自己責任、といった言葉は使った方がいいでしょうね」

「でも、それは当然のことだと冒険者なら知っているはずですよ?」

「だからこそ、あえて文字に起こすんです。経営者は冒険者の心得を知っていると伝える為でもあり、それでも伝えているのだから、何かあっても本当に知りませんよ? と強調させることができると思うんだ」

「それ、いいかも。だったら、ランドンの正体を教えるような言葉はダメだから、レアだけど、強いモンスターがいること、それをアルバスさんでも倒せなかった程だって書けば、より強調できるんじゃないかしら!」

「……そ、それは、フェロー様に確認を取る必要があるかと」

「大丈夫だって! うふふ、なんだか考えるのが楽しくなってきたかも!」


 廻の言葉にアークスは嫌な予感を覚え、ロンドは苦笑を浮かべている。

 当の廻はぶつぶつと独り言を溢しながら、気づけばあっという間に鍛冶屋へ到着した。


 看板は貴重な素材であるミスリルで作られていた。

 ミスリルというのは多くの冒険者が武具として利用する加工がやりやすいわりに硬質で、中堅からベテラン冒険者にも人気が高い素材である。

 そんな貴重な素材で看板を作ってしまったアークスは、自身の鍛冶人生の中で最初で最後の仕事だと断言していた。


「そ、そんな貴重な素材で作らなくてもいいのに……」

「俺が持っている中で、一番硬くて壊されない素材っていったらこれしか思い浮かばなかったんですよ」

「……ミ、ミスリルの看板」


 ロンドは唖然としているようだが、アークスは気にすることなく話を進めていく。


「一度固定魔法を発動すると、その上から文字を書くことはおろか、魔法を上回る力でないと魔法の解除ができなくなりますからね。出発が迫っているなら、早い方がいいですよ」

「そうだよね。よし、ちょっと待ってね」


 鍛冶屋までの道中である程度の文章は考えていた。

 その中で、冒険者の刺激しない言葉選びをしなければならない。

 アークスからメモ帳を借りた廻は、頭に浮かんだ言葉を書いては消し、また書いては決してを繰り返し、一〇分程が経過したその時、一つ頷いて顔を上げる。


「……よし、これでいこう! 二人とも、どうかな?」


 メモ帳に書いた説明文をロンドとアークスにも確認してもらう。

 二度、三度と読み直した二人は、顔を見合わせると大きく頷いた。


「大丈夫だと思いますよ」

「俺も問題ないと思います。これなら、看板を読んだ冒険者が先に進んでも、相手がランドンなら納得してくれるんじゃないですかね」

「そうだよね! よし、それじゃあ本番、書きますね!」


 看板を前にした廻は気合を入れて書き込もうとした――だが、その動きは何故だかピタリと止まってしまう。


「……メ、メグル様?」

「……どうしたんですか?」

「……き、金属にこんな細いペンで書けるものなの?」


 首を傾げながら顔を見合わせる三人。

 結局、ミスリルの看板にはアークスが表面を削る形で文字を書き込んでいく。その内容というのは――


『この先危険! レアモンスターがいますが、凶暴であり、命の保証ができません。元冒険者ランキング1位のアルバス・フェローでも瀕死に追い込まれました! 挑む場合は、十分な準備を整え、ボスモンスターの姿を確認したうえで、でお願いします!』


 極々普通の説明文ではあるが、これでいいのだとアークスは言う。


「あれやこれやを書いても、ほとんどの冒険者は当り前だと言って内容を把握しようとはしません。ならば、これくらい簡潔に書いた方が頭に残ると思います」

「そうなんだ。ロンド君なら、隅から隅まで読みそうだけど」

「えっと、その、なんだか意見しにくい内容なんですけど……」


 ロンドが戸惑っている間にも準備は進められ、アークスが看板を持ち、三人はそのまま換金所へと戻って行った。

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