第82話:看板を立てるには
アルバスの助けも借りて看板設置が承諾された廻は、気持ちを切り替えてアークスに相談をすることにした。
「硬い素材の看板ですか……そもそも、看板を作ったことがありませんからね」
「本当に簡単にでいいんだよね。だけど、抜き取られたりしないよう地面に刺す杭の部分は長めに作ってもらいたいかな」
「地面に刺すって、それだけじゃあ抜き取られると思いますよ。それなら固定魔法を用いた方がいいんじゃないですか?」
「……固定魔法?」
久しぶりに全く知らない単語が出てきたことで、廻は口を開けたまま何度も瞬きを繰り返している。
その反応を見たアークスは首を傾げていた。
「えっ、固定魔法を知らないんですか?」
「固定魔法をというか、この世界のことはほとんど知らないわよ!」
「いや、威張って言うところじゃねえだろ」
アルバスのツッコミに苦笑する廻。アークスはその様子を見て困惑していた。
「こいつはどうやら別の世界から来たらしいから、この世界のことは分からないのだとよ」
「……別の、世界?」
「そうだよ。たぶんだけど、経営者はみんなそうじゃないかな。神様がそんなことを言っていたし」
「……神様?」
頭がこんがらがってしまったのか、アークスは天井を見ながらボーッとしてしまっている。
「そんなことよりもですよ! その固定魔法ってアークスさんは使えるんですか?」
「一応使えますけど、強力なものは使えませんね。それこそ、フェロー様が本気で抜こうと思ったら簡単に抜けると思います」
「そうなんだー。固定魔法が得意な人っているんですかね?」
「ジレラ夫妻なら家を建てる時に使っていると思いますから、得意じゃないですかね?」
「そうなの?」
首を傾げる廻に対して、アークスは一つの懸念点も口にする。
「ですが、もしジレラ夫妻が使えたとしても、ダンジョンに潜って使わないといけないんですが、大丈夫ですか?」
「……あー、そうなんだ。大工の二人をダンジョンに潜らせるわけにはいかないわね。てっきり、看板を突き刺したら勝手に固定されるもんだと思っちゃったよ」
廻とアークスが頭を捻っていると、アルバスが溜息をつきながら口を開いた。
「いや、看板の杭にでも術式を付与したらいいんじゃないのか?」
「……術式を、付与?」
「フェロー様は付与魔法を使えるんですか?」
「俺が使えるわけないだろう」
「俺も使えません」
「ちょ、ちょっと! 私を置いていかないでくださいよ! まずは固定魔法について詳しく教えて下さい! その後に術式付与……付与魔法を!」
勝手に話を進めようとする二人に廻が憤慨すると、アークスは苦笑しながら説明してくれた。
「まず、固定魔法というのは名前の通りで物質を一箇所に固定する魔法のことです」
「そんな魔法、言っちゃあなんだけど役に立つの?」
「主に大工とか遺跡組合の人達が使っていると思います」
「……遺跡組合ってなんでしょうか?」
ここにきて知らない単語の連続となり、廻の頭は爆発寸前まで追い込まれていた。
「えっと、まずは固定魔法について説明しますね」
「……お願い……します!」
頭を左右に何度も振って気持ちを切り替えた廻は、アークスに説明を促した。
「先に伝えた通り、その物を一箇所に固定する魔法なんですが、その形を固定することもできるんです」
「形を固定する、ですか?」
「建物だったらその家をその場に固定とか、固定魔法が得意な人だと壁とかが劣化するのを防ぐこともできるんですよ」
「それ凄いじゃないですか! 家が本当に一生物になりますよ!」
実際にジレラ夫妻は家を組み立てただけではない。アークスの言った通り固定魔法を使っており、地面に固定するだけではなく外壁にも固定魔法を作用させていた。
これだけの作業を一度にできる大工はなかなかいないのだが、廻を含めて大工の仕事にはアークスもアルバスも詳しくなかったので知る由もない。
「その固定魔法を有効活用しているのが、遺跡組合なんです」
「遺跡組合って何をしている人なんですか?」
「過去の遺産を回収、保存をしていたり、歴史を調べる活動をしている組合なんですが、遺産だけではなく遺跡なんかにも固定魔法を活用しているんです」
「遺跡に固定魔法ですか? 遺産になら、それが壊れないようにってことで理解できますけど、遺跡に使うってどういうことですか?」
固定魔法の使い方について、廻の中ではイメージを膨らませることができなかった。
アークスも人伝の話だと前置きをしてから口を開く。
「遺産と同じように、遺跡もどんどんと劣化が進んでいきます。むしろ、遺跡の中にある遺産よりも、外に晒されている遺跡の方が劣化が激しいと言われているんです。そういった遺跡の劣化を防ぐ為に、固定魔法は使われているそうですよ」
「へぇー、固定魔法って役に立つのかって思ってたけど、意外と万能なんですね」
元は看板を立てるというところから始まった会話なのだが、まさか遺跡にまで話が飛躍するとは思ってもいなかった。
だが、そのおかげで面白い話が聞けたのも事実なので、廻はジレラ夫妻が固定魔法を使えるのであれば、色々と有用性を考えてみたいと内心で思っていた。
「そういうことならボッヘルさんが固定魔法を使えるかどうかを確認する必要がありますね」
「付与魔法もです」
「……それについても説明をお願いします」
「そ、そうでしたね。すっかり忘れてました」
廻がカウンターに突っ伏しているのを見て、アークスは苦笑する。
一方のアルバスは暇になったのか、アークスが打った武器や、研ぎで預かっている武器を見て歩いている。
「付与魔法というのにも色々あるんですが、今回の意味で言うと、固定魔法が発動するように術式を付与して、それを誰でも発動できるようにすることを言います」
「誰でもって、そんなこともできるんですか?」
「できます。だけど、使える人は本当に限られています。付与魔法が使える人材は貴重で、そのほとんどがランキング上位の都市にいるんですよ」
「それって、ボッヘルさんが持ってたらとてもすごいことですよね?」
「……そ、そうだね」
「持ってねえだろうなぁ」
ジレラ夫妻がいたドラゴンテールのランキングは213位であり、上位ではあるが付与魔法持ちが集まるほどのランキングではない。
そのほとんどは100位以内に暮らしている。
もしジレラ夫妻が付与魔法を持っているのであれば、ドラゴンテールは移住を許可しなかっただろう。
「そういえば、ボッヘルさんは経営者に目をつけられて仕事をさせてもらえなかったって言ってましたね」
「いったい何をやらかしたんでしょうね」
「今はそんなことを考えても仕方ないだろう。とりあえずジレラ夫妻に聞いてみてから考えろ」
「「は、はいっ!」」
「……なんでそんなに怯えてるんだ?」
首を傾げるアルバスと、また怒鳴られるんじゃないかとビクビクしていた二人。
アルバスの提案でボッヘルを鍛冶屋に連れてきて話をすることとなり、廻は真っ先に飛び出していった。
その背中を、アークスは唖然としたまま眺めていたのだった。
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