第79話:友好ダンジョン都市

 友好ダンジョン都市を知らないのは廻だけのようで、他の面々はきょとんとした表情を浮かべている。


「……いや、三葉、本当に知らないのか? 神の使いから教えてもらってないのか?」

「はい。ニャルバンは大事なことを忘れることが多いので、もしかしたらそれかもしれませんね」

「……ダメだろ! 友好ダンジョン都市はダンジョン経営において重要な要素なんだぞ!」

「そ、そうなんですか! それはマズそうですね、すぐにニャルバンに確認してきます!」

「ちょっと待て!」


 そこで制止を掛けた二杉は、思いもよらない提案を口にする。


「俺も経営者の部屋マスタールームに連れて行け」

「えっ? でも、契約者しか入れないって聞きましたよ?」

「経営者は別なんだ。それに、もし友好ダンジョン都市を結んでくれるならどちらにしても俺も三葉の経営者の部屋に入らないと結べない」

「そうなんですか? それなら構いませんけど」


 あっさりと二杉の同行を認めた廻に、今度はアルバスが注意喚起を促す。


「おいおい、さっきまで敵対していた相手をそんな簡単に信用するのか?」

「だって、もう勝負は決まりましたから。良い提案だったら結びたいですし」

「……いや、アルバスの指摘はもっともだ。どうせならアルバスも一緒に来てくれた方が助かる。その方が安心だろうからな」

「フタスギ様! ですがそれでは護衛ができません! 私は入れませんから!」


 二杉を心配するジーンだが、それを二杉自身が首を横に振って否定する。


「俺は負けた身だ。そのうえで友好ダンジョン都市を願い出てるんだから、相手が護衛を付けるのは当たり前だろう」

「で、ですが……」

「ジーンさん、メグルさんを信じてくれませんか?」


 心配を口にするジーンに対して優しく声を掛けたのはニーナである。


「メグルさんが貴方を心配していたのは事実です。彼女は、それだけ優しい心を持っています。大丈夫、何もありませんよ」


 ジーンにも分かっていたのだ、何も起こらないことは。

 廻の優しさに触れ、二杉との仲を取り持ってくれた。そんな相手が今さら何かをするとは思っていない。

 だが、それはジーンの二杉を信頼しているが故に出てきた言葉だったのだ。

 そして、それを廻は気づいていた。


「気にしなくていいですよ、ジーンさん。心配するのは分かりますから」

「……いえ、恩人に対する態度ではありませんでした、申し訳ありません」

「ううん、本当に気にしないで……二杉さんにも、素晴らしい住民がいるじゃないですか。これだけ心配してくれる人、なかなかいませんよ?」

「……ふっ、確かにそうだな」

「アルバスさんはどうしますか? 心配はいらないと思いますけど」

「それもそうだな。二人で行ってこい」


 最後に二杉は今まで見せたことのなかった本当の笑みを廻達の前で浮かべ、そのまま経営者の部屋へと移動した。


「……さて、ここにいるのもなんだ。食堂に行って飯でも食うか」

「それはいいですね。私の手料理ですが、食べてくれますか?」

「えっと、いいのでしょうか?」

「構うもんかよ。何か言ってくる奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるさ」


 冗談交じりのアルバスの言葉にジーンもようやく笑みを浮かべ、三人は宿屋へ向けて歩き出した。


 ※※※※


 経営者の部屋ではニャルバンが机にグラスを並べて待ってくれていた。

 笑顔のニャルバンだったが、廻は真顔のままずかずかと近づいていくと、鼻がくっつくんじゃないかという距離で問い詰める。


「ニャルバン? 友好ダンジョン都市ってなんなのかしら? 私はなーんにも、聞いてないんだけど?」

「にゃにゃ、その、すぐに必要になるとは思っていなかったから説明していなかったのにゃ」

「でもそれって、とっても大事なことなのよね?」

「そ、それはそうだけどにゃ……」

「ニャルバーン?」

「……ご、ごめんなさいなのにゃ!」

「うん、素直でよろしい」


 廻とニャルバンのやり取りを見ていた二杉は口を開けたまま固まっていた。


「…………か、神の使いと、対等に話してる?」

「えっ? 何か変ですか?」

「変というか、普通は神の使いが上の立場になるんじゃないのか?」

「そんなこと聞いてませんけど、そうなのニャルバン?」

「にゃ? 僕も知らないのにゃ。僕はメグルをサポートするように言われているだけだからにゃ」


 三人が顔も見合わせて固まってしまう。

 廻も、二杉も、ニャルバンも、何が正解で何が間違っているのか分からなくなってしまった。


「……まあ、私は私でニャルバンと付き合えているわけだしいいわよね」

「その通りだにゃ! 上手くいってるから構わないのにゃ!」

「……もういいよ。三葉を見ていたら、これが普通なんじゃないかと思えてくるからな」


 神の使いにも色々あるのだろうと自分の中で決着をつけた二杉は、経営者の部屋にやってきた目的を果たす為に話を進めることを優先させた。


「それじゃあ、申し訳ないが三葉に友好ダンジョン都市について説明してもらえないか? 説明によっては、俺はジーエフと友好ダンジョン都市を結びたいと思っているんだ」

「分かったのにゃ! 友好ダンジョン都市はお互いのダンジョン都市の行き来を楽にして、人材の移住もスムーズにできるようになるのにゃ!」

「ほうほう、それで?」

「以上だにゃ」

「違うだろう!」


 ニャルバンの説明に対して、二杉が身を乗り出してツッコミを入れる。

 あまりの勢いに机がガタガタと揺れたので廻もニャルバンも驚いていた。

 だが廻はすぐに立ち直った。というのも、ニャルバンの説明が足りないのはいつものことだからである。


「ごめんなさい、二杉さん。補足してもらってもいいですか?」

「……はぁ。分かった」

「ご、ごめんなのにゃ」


 謝ってくる神の使いに疑いの目を向けながら、二杉は説明を始めた。


「神の使いが言っていたこともあるが、その方法が特殊だ」

「特殊って、どう特殊なんですか?」

神の遺産アーティファクトを使う。経営者の付き添いが必ず必要になるが、経営者を含めて最大三人が同時に転移することができる」

「転移、ですか?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる廻。


「そうだなぁ……言い方を変えると、ワープできるんだ」

「ワープ! それって、一瞬で移動できるってことですよね! 凄いじゃないですか!」


 興奮する廻に対して、二杉の説明は終わっていなかった。


「これが最大のメリットになるだろうが、他にもメリットやデメリットはある」

「デメリットもあるんですか?」

「なんにでもメリットデメリットはあるだろう」

「まあ、確かにそうですね」


 口には出さなかったが、廻にはランドンが良い例になっていた。

 希少種で珍しいレア度4、そこだけ見ればメリットしかないように見えるのだが、実際にはあまりにも強すぎるために相手を選んでしまう。

 アルバスでも倒せなかったランドンである、最下層に配置しているとはいえこのままでは階層が浅い割に難易度は高いという中途半端なダンジョンになりかねないのだ。


「他のメリットとしてはモンスターのトレードができたり、お互いのダンジョン都市情報を見ることができる」

「モンスターのトレードは魅力的ですね。昇華や進化に必要なモンスターが余っていたらお願いしたいですよ」

「デメリットとしては、情報が見れるとはいえ、やはり隠したいところもあるだろう。そこは経営者の判断で隠すことができる」

「それの何がデメリットなんですか?」

「隠しているところがあると、信頼関係が崩れる可能性が出てくるんだ」


 友好ダンジョン都市は、あくまでも経営者同士の信頼関係でなりたっている。

 信頼できなければ秘匿する情報も出てきてしまい、隠された経営者も相手を信頼できなくなり、最終的には友好ダンジョン都市の解消に繋がることもある。


「そして、ランキングに大きな差があったりすると多くの住民から移住希望が出ることがある」

「それもデメリットなのにゃ?」

「はい。住民から移住を迫られるということは、その都市の経営者からするとダメな経営者だと言われているように感じる者が多いのです」

「あー、嫉妬しちゃうわけですね。そして、さっきと同じように信頼関係が崩れちゃって友好ダンジョン都市解消ってことですか」


 大きく頷いた二杉を見て、廻は少しだけ考えることにした。

 友好ダンジョン都市を結ぶにあたり、ジーエフのメリットとはなんだろうか。そしてデメリットとは。

 その様子を二杉は固唾を飲んで見守っている。

 廻の選択によっては友好ダンジョン都市を結べなくなることもあり、敵対していたのだから断られる確率の方が高いと思っているからだ。

 だが、廻の考えていた時間は二杉が思っていたよりも短く、すぐに答えは返ってきた。


「せっかくですから結んじゃいましょう、友好ダンジョン都市」

「その方が良いと思うにゃ!」

「いやいや、そんな簡単に決めていいものではないんだぞ!」


 あっさりと決断した廻とニャルバンに対して、提案していた二杉の方が確認を取ってしまう。

 だが、廻の答えは経営者の部屋に来る前から決まっていたのだ。


「私が思うに、最大のメリットは他の都市の経営者と情報交換できることだと思ってるんです。二杉さんとの繋がりを切ることなんて、私には考えられません」

「それよりも、レオの方はいいのかにゃ? 今のランキングだとジーエフの方が上なのにゃ。他の住民がジーエフに移住したいって言い出すかもしれないにゃ?」


 ニャルバンの疑問はもっともである。

 廻も薄々は気づいていたものの、相手の都市を下に見てしまうようで聞きづらかったのだ。


「こちらにはこちらのやり方があるからな。アークスの件は残念だったが、しっかりと囲っている鍛冶師もいるんだ、問題ない」


 自信満々にそう言ってきたので、廻は思っていたよりも二杉の経営は悪くないのではないかと思い始めていた。


「それじゃあ、どうやって友好ダンジョン都市を結べるのかしら?」

「経営者の部屋でメニューからダンジョンを選択、経営者が二人以上いたら友好ダンジョン都市っていう項目が増えているのにゃ!」

「お互いがお互いのダンジョンを選択し、了承したら完了だ」

「へぇー、意外とあっさりしてるんですね」


 こうして、ジーエフとオレノオキニイリは友好ダンジョン都市になったのだった。

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