第75話:ダンジョン攻略

「アルバスさん!」


 廻の悲鳴が経営者の部屋マスタールームにこだました。

 モニター越しでは膜付近の映像がブレスによって遮られてしまいアルバスの生死の確認が取れない。

 すぐに映像を一五階層の安全地帯セーフポイントに切り替えてボスフロアへ続く通路を映し出す。


「……よ、よかったああああぁぁ」


 映像の中には蹲っているものの、アルバスの姿が確かに映し出されていた。

 だが、中々立ち上がろうとはせず、周囲の冒険者達が慌ただしく動いているのを見て再び不安が胸をかき乱す。


「……だ、大丈夫、だよね?」

「アルバスなのにゃ。絶対に大丈夫なのにゃ」


 一人で一〇階層まで潜った時には軽く返事をしていたニャルバンだったが、今回は緊張した声音でそう呟いている。

 そんなニャルバンの声音がさらに廻を不安にさせてしまい、視線をモニターから外すことができなくなっていた。


 ※※※※


 アルバスの表情は苦悶に歪んでいた。

 ブレスの直撃を避けることには成功していたが、微かに背中へ触れたことより背中を炭化させられていた。

 そして、今も炭化の範囲は広がりを見せており、冒険者達は慌てて手持ちのポーションを取り出している。


「お前はポーションを飲ませろ! てめえは背中にぶっかけるんだ!」


 内と外、両方から回復を図るためにヤダンが矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 だが、炭化の進行は一時的に遅くなっても止まることはない。

 徐々にではあるが、確実にアルバスの体を消し炭にしようと黒く染まっていく。


「ふぅーっ、ふぅーっ! ……ヤダン、すまんが手持ちのポーションを、ありったけここに並べてくれないかっ!」


 それでもアルバスは生への執着を手放したりはしない。

 活力の漲った瞳を見て、ヤダンはすぐにありったけのポーションをかき集めると、指示のあった場所に山積みにした。

 その内の一本を震える右手で掴み取ると、喉へと一気に流し込んでいく。次いでもう一本、さらにもう一本。

 さらには背中にも直接ポーションを何本も浴びせかけていく。

 その光景を眺めていた冒険者達からはゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 というのも、ポーションというのは体の回復力を無理やり引き上げる物なので多量に摂取することは逆効果だと言われている。

 確かに大きなダメージを負った場合に多量のポーションを摂取することはあるが、それは医者が見守る中での行為であり、自己判断で行うことではない。

 それは本人の体が回復力に耐えることができず、意識を失いそのまま死んでしまうことが多いからだ。


「……ア、アルバス様」

「ふぅーっ! ふぅーっ! ……まだまだ、いける、ぞっ!」

「――! ……が、頑張ってください、アルバス様!」


 不安気に見ていたロンドだったが、アルバスと目が合った途端に表情を引き締め、応援の声を上げる。

 周りは不安に思っていても、アルバス本人は一切諦めていないのだ。

 ならば、こちらが不安をアルバスに伝えるわけにはいかないと声を絞り出す。


「……アルバス様、頑張れ!」

「……アルバスさん、負けんじゃねえぞ!」

「……生きろ! 絶対に生きてくれ!」


 ロンドの気持ちはすぐに他の冒険者にも伝播した。

 その場にいる全員がアルバスへ応援の声を響かせる。

 燃えるような瞳を全ての冒険者へ向けながら、アルバスはさらにポーションを飲み込み、背中に浴びせていく。

 そして、冒険者が持っていた全てのポーションを使い切ったアルバスは――直後に気絶してしまった。


 ※※※※


 ――結果的に、ランドン討伐は失敗に終わった。

 アルバスが気絶したことが最大の理由であり、現在いるパーティでは一生かかっても討伐はできないとヤダンが判断したのだ。

 ポーションを使い切った冒険者達は、ロンド達も投入しての決死行を行い、時間を掛けながらもなんとかダンジョンを脱出した。

 抱えられたアルバスはすぐに家へと運び入れられ、ニーナが必死に手当てを試みる。

 驚くことに、多量のポーションを飲み、浴びたアルバスだったが、一命を取り留めていた。

 他の冒険者が同じことをしていれば、全てのポーションを使い切る前に死んでいただろう。

 このような荒療治は、レア度5とも対峙したことがあり、麻痺や毒などの様々な耐性を持つアルバスでなければできない行為だ。

 そんなアルバスを持ってしても気を失ってしまい、夜になってもいまだ目を覚まさない。


「……アルバスさん」


 そして今、アルバスが眠るベッドの横に椅子を並べて廻が座っている。

 罪悪感に縛られている廻はこの場から離れることができなくなっていた。


「……私が、無理を言わなければ、こんなことにはならなかった」


 こぶしを自分の膝に乗せ、その上に涙がこぼれ落ちる。

 その様子をニーナが見つめているが、口を開くことはない。

 それは、廻が抱えている思いを全て吐き出させる為だった。


「私は、ダメな経営者ですね。契約した人を、こんな大怪我をしてしまうような場所に、向かわせてしまうんですから。これじゃあいつか、ロンド君も、他の人達も、危険な目に遭わせてしまうかもしれない」


 顔をあげることができない。涙をこらえることができない。アルバスの顔を、見ることができない。

 廻の気持ちは、どん底まで落ちてしまっていた。


「……ですが、誰も死んではいませんよ」

「……えっ?」


 廻の独白を聞き終え、ニーナがそんなことを呟いた。


「確かにアルバスさんは大怪我を負いました。それは紛れもない事実です」

「……はい」

「ですが、アルバスさんがいたからこそ、ダンジョンから誰一人として死なずに戻ってこれたのではないですか?」

「それは……」


 ニーナの言う通りだった。

 廻は冒険者達とランドンの戦いをこの目で見ている。

 圧倒的実力差を前にして、アルバスがいなければ何もできずに全滅していただろう。

 ロンドも、カナタも、トーリも、アリサも、他の冒険者達も誰一人として戻っては来なかったはずだ。

 だが、今回は怪我人は出たものの全員が生きている。


「アルバスさんも、死んではいませんよ」


 ニーナの言葉を受けて、廻の瞳からはさらに大粒の涙が溢れ出した。

 拭っても拭っても止まらない涙をどうしたら止められるのか、廻には分からなくなっていた。

 濡れた布を絞りアルバスのおでこに乗せたニーナは、ゆっくりとした足取りで廻に近づくと、そっと抱きしめた。


「こんなにも優しい心根を持っている経営者は他にいないわ。メグルさんがダメな経営者だとしたら、他の経営者は全員がダメな経営者になるわね」

「……そんなこと、ないです」

「どうしてかしら?」

「私は、アルバスさんが潜ると聞いて、本当は止めるべきでした。でも、ランキング勝負にかまけて安全を優先するべきところを、優先できませんでした」

「では、他の冒険者がどうなってもいいと思っていたのかしら?」

「違います! 他の冒険者さんにも助かって欲しいと思っていました! ……でも、ランドンがあれだけ強くて、危険だったなんて、知らなかったんです」


 再び気持ちが落ちていく廻。

 だが、ニーナは廻の言葉を聞いて優しく笑みを浮かべていた。


「他の冒険者のことも考えているのですから、やはりメグルさんは優しい人だわ」

「……」

「アルバスさんが目を覚ましたら、きっと怒った顔でこう言うでしょうね」

「……なんですか?」

「『泣くな小娘、俺は死んでねえぞ』ってね」

「……そう、かもしれませんね」


 冗談交じりの言葉に廻もようやく笑みを浮かべることができた。

 無理やりに作った笑顔だったが、それでも今の廻には必要な笑顔だった。

 明日にはランキングが更新される。

 ランキング更新の時をアルバスと、みんなと共に過ごしたかった廻だったが、諦めるしかなかった。


「…………小娘、うるせえ」

「そうですよね、うるさいですよね、本当にごめんな……さ……いいいいいいっ!」


 突然の聞きなれた声に廻はニーナに抱き締められながらも顔をベッドの方へと向けた。


「……ア、アル、アルバズざーん!」

「泣くな小娘、うるさくて頭が痛いだろうが」

「ず、ずいばぜん! だ、大丈夫なんでずか?」

「いや、お前が大丈夫か? 俺はこの通り生きてるから心配すんな。それよりも、他の奴らは?」


 自分の怪我を何でもないような口振りで答え、他の冒険者の心配を口にする。

 ニーナはアルバスも廻と似ているなと、内心で思っていた。


「み、みんな無事です! アルバスさんが助けてくれましたから!」

「……そうか、全員無事か」


 その言葉を聞いて、アルバスは顔だけを廻に向けていたのだが、力を抜き枕に頭を預けて天井を見上げた。


「……小娘、すまんな」

「な、なんでアルバスさんが謝るんですか!」

「……イベントを成功させることができなかったからよ」


 アルバスは廻に約束していた。必ず成功させると。

 だが結果は討伐失敗であり、一番期待ができるドロップアイテムを手にすることができなかった。


「失敗なんかじゃありません!」

「これのどこが失敗じゃねえんだよ」

「アルバスさんが戻ってきてくれました!」

「……はあ?」


 何を言っているのかと、アルバスは疑問の声をこぼす。

 だが、廻は確かに約束していたのだ。


「絶対に戻ってきてくださいねって、約束しましたから! 約束通り戻ってきましたから、失敗なんかじゃありません!」

「お前、言葉遊びも大概に──」

「良いではないですか、アルバスさん」

「……ポチェッティノさんまで」


 ニーナからの助け船は廻に出された。


「メグルさんが約束したのも事実なのでしょう? ならば、今回のイベントは成功です。もし気になることがあるなら、半分成功、半分失敗ってことでいいのではないですか?」

「……はぁ。分かりました、そういうことにしておきます」

「むっ! ニーナさんの言葉はすぐに聞くのに、どうして私の言葉はすぐに聞いてくれないんですか!」


 怒ったように頬を膨らませる廻を見て、アルバスは普段と変わらない溜息をつく。


「そりゃお前、日頃の行いだろう」

「酷いです! もういいです、私は寝ます!」

「おうおう、そうしろー」


 そう言った廻だったのだが、何故だかアルバスのベッドの横に布団を引き始めた。

 困惑しているアルバスに対して、ニーナが説明を口にする。


「メグルさんは今日、ここに泊まるそうですよ」

「はあっ!? てめえ小娘、さっさと経営者の部屋に戻りやがれ!」

「今日はアルバスさんが心配だから泊まります! これは決定事項です!」

「勝手に決定すんじゃねえよ!」

「誰かがアルバスさんを見ている必要はありますよ。私は足が悪いので、ここはメグルさんが適役なのです」


 笑顔のニーナにそう言われるとアルバスも文句のつけようがない。

 なんだかんだでニーナを信頼しているアルバスなのだ。


「それでは、私は失礼しますね」

「ニーナさん、本当にありがとうございました!」

「……助かりました」


 二人からのお礼を受けて、ニーナは笑顔で軽く頷き家を後にする。

 アルバスはベッドから天井を見上げながら、ぼそりと呟く。


「……心配かけて悪かったな」


 廻も布団に入って同じ天井を見上げながら口を開く。


「……私の方こそすいませんでした」


 アルバスに無理をさせてしまったことを謝罪する。


「……でも、本当にありがとうございました」

「……俺の方こそ、助かったよ」


 そして、お互いにお礼を言い合った後、すぐに眠りについたのだった。

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