第8話:アセッド大陸の事情と夢の中
「アセッド大陸ではダンジョンの経営者はとても偉いのにゃ」
「偉いって、権力があるってことなの?」
「そんな感じにゃ。都市内では自分が一番で好きなことをできるのにゃ」
それは余りにも暴論ではないだろうか。自分が一番、好きなことができる。それでは独裁者になれると取れなくもない。
「だから、もしどこかの経営者が悪いことをした場合に誰も止められないのにゃ」
「今の話だとそうなるわよね」
「そうなると都市を離れるのが普通なのにゃ。だけど、大きな都市がなければなかなか住民達が安心して暮らすことができないのにゃ」
何となく話が読めてきた
「はぁ。つまり、私に善良な経営者で、なおかつ大きな都市を作って悪い経営者の都市から出てきた人を救済しろと、そう言いたいわけね?」
「その通りにゃ! 神様もその為に僕みたいな神の使いを派遣しているのにゃ!」
「でもさ、それっておかしくない?」
そして、ニャルバンの話の中の矛盾点にも気づいていた。
「住民の為に大きな都市にして助けてっていうけど、それは他の経営者にも言えることでしょ? みんな私みたいにアセッド大陸に連れてこられた人達なんだから。その人達が悪政を強いているなら、それも神様が連れてきた経営者のせいってことにならない?」
「それは……そうだけどにゃ」
ニャルバンもその矛盾には気づいていた。
住民を助ける為に別世界から経営者になり得る人を連れてきている。その中には良い経営者もいただろうが、少なからず悪い経営者もいたのだろう。
住民を助けるのも別世界の人間ならば、苦しめているのも別世界の人間――つまり私達なのだ。
「そもそも、どうしてこの世界の人達がダンジョンを経営することができないのかしら? それこそ神様が干渉できるならそうした方がいいんじゃないの?」
「それはできないのにゃ」
「どうして?」
「……ごめんにゃ、僕には分からないのにゃ。神様がそれだけはできないって言っていたにゃ」
自分以前にもそのように考えた経営者がいたのだろう。ニャルバンもその時に神様の回答を聞いたのかもしれない。
「……それじゃあさ、今ある都市の中で良い都市と悪い都市ってどれくらいあるの?」
無言のままメニュー画面を操作し始めたニャルバン。数秒後、画面に映し出された数字に廻は驚きを隠せなかった。
「……705と、303? まさかこれって?」
「705が悪い都市で、303が良い都市にゃ。これは、それぞれの都市で暮らす住民の満足度から出した数字なのにゃ」
「嘘、少な過ぎない?」
「神様も困惑しているにゃ。最初にアセッド大陸に連れて来た時はみんなとても良い人だったにゃ。だけど、経営者になって都市が大きくなるにつれてほとんどの人が変わっていったにゃ」
権力を得た人間が、その力に溺れて変わっていく。ドラマや映画でもよくある話だ。それがアセッド大陸では現実に、それも多くの都市で起こってしまった。
神様が人選を誤ったを言えばそれまでなのだが、それでも別世界から人を送り込んでいるということは、やはりアセッド大陸の住民ではダンジョン経営ができないという決定的な事実になり得るのだろう。
「悪い都市の経営者を辞めさせることはできないの?」
「そんなことをしたらそこに暮らしている住民が暮らす場所を失うのにゃ。悪い都市でも、やっぱり暮らしている人はいるからできないのにゃ」
「それもそうか。うーん、難しい問題なのね」
貧困の問題はどの国にもあった。だけど独裁政権というのは一部の国や荒れた国内にできた過激派だったりと、それくらいだと思っていた。
それが無理やりとはいえ連れてこられた世界で大多数で行われているとなれば、あまりいい気持にはなれない。
「でも、やっぱり私には私の考え方もあるからさ。まずは1000位を目指して、それから先はまたその時に考えようかな」
「……分かったにゃ。だけど、もし上を目指せそうならお願いしたいのにゃ」
「ねぇニャルバン。ちょっとした疑問なんだけど――私が悪い経営者になる可能性は考えないの?」
ニャルバンの言葉は廻が良い経営者になる前提で話されている。もし悪い経営者になってしまったならばとは全く考えていない。
「僕達神の使いは神様を信じているのにゃ。だから、神様が選んだメグルのことを疑ったりしないのにゃ!」
「……そうなんだ」
アセッド大陸において、一番酷いのが誰なのか。自分なりの答えを出した廻はニャルバンや他の神の使いが不憫に思えてならなかった。
「私なりに頑張るけど、あまり期待はしないでね?」
「よろしくお願いしますのにゃ!」
ペコリと頭を下げてくれたニャルバン。その頭を自然と撫でていた廻は慌てて手を引っ込める。
「そろそろ寝ようかな。明日は起きたらまたノーマルガチャを引けるようになるのよね?」
「そうにゃ! 日付が変わったらすぐに引けるけど、楽しみは朝まで取っておいた方が面白いと僕は思うにゃ!」
「それもそうね。それじゃあお休みなさい、ニャルバン」
「お休みなさいなのにゃ!」
廻の意思に合わせて
扉を抜けて寝室に入った廻は一度振り返りニャルバンに手を振って扉を閉める。
「……なーんで私がここに連れて来られたんだろう」
一人ぼやきながらベッドに潜り込んだ廻は、数分後には眠りに落ちていた。
※※※※
夢の中、廻は聞き覚えのある声を聞いた。
「メグルちゃーん、異世界はどうだったー?」
「……またあなたですか――神様」
少女の姿をして宙に浮いている神様は、にこにこ笑いながら廻を見つめている。
周囲に視線を送ると真っ暗な空間ではなく真っ白な空間――次元の狭間だった。
「異世界に行ってみたら楽しかったんじゃないですかー? ダンジョン経営もやる気になったんじゃないですかー?」
いちいち伸びる語尾に苛立ちながら、廻は声を荒げてしまった。
「あなたのせいでニャルバンやアセッド大陸の人達はいい迷惑をしているじゃないのよー!」
「ひゃああああああぁぁっ!」
廻が出した一番酷いのは誰なのかという答え、それが神様だった。
「い、いきなり何なんですかー?」
「あなたが連れて行った人達のせいでアセッド大陸の人達は大迷惑じゃないですか! 何であんなことになっているんですか!」
千人以上の経営者が運営するダンジョンとその都市。しかしその七割近くで悪政が行われて悪い都市の烙印を押されている。
それもこれも人選をしている神様が悪いのだと廻は決定づけていた。
「そ、そんなことを言われても私のせいではないのですー」
「どう考えても神様のせいじゃないですか!」
「私が選ぶ人達の基準は適応力なのですー」
「適応力ですって?」
経営者としての資質なんて廻には皆無である。そんな経験をしたこともないただの大学生だったのだから。
しかし適応力と言われれば思い当たる節はあった――海外旅行である。
廻は少ないながらもいくつかの国に一人で旅行に行っている。そこでは通じない言葉の中でもジェスチャーで何とか想いを伝えていく場面も多々あった。
他国でもやってこれたという実績が、異世界でもやっていけるという適応力に反映されたのかもしれない。
――それでもだ。
「だとしてもアセッド大陸の現状は酷すぎます!」
「私もその事は理解していますー。だから今もこうして色々な人を送り込んでいるのですー」
「今もって、まだこんなことを繰り返しているんですか!」
「私ができることはこれくらいですからー」
ニャルバンはアセッド大陸の人達ではダンジョン経営ができないと言っていた。それは神様ができることとできないことにも関係があるのだろうか。
「ねぇ、どうしてアセッド大陸の人達ではダンジョン経営ができないの? できた方が外から人を連れて来る必要もないし、楽じゃないかしら?」
廻は直接神様に尋ねてみた。
「それは――アセッド大陸の王がそれを望んでいるからですー」
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