地味な準備
「というわけで、アカネ、せっかく来たなら手伝ってください。仮想マシンの構築作業を」
私は、そう言って、アカネBを椅子に座らせました。しかし、彼は抵抗します。
「ええぇ、なんで僕が。アカネも人使い荒くない?」
「どうせ、アカネは暇ですよね。雲隠れで」
すると、高槻さんが溜息をついて、割り込みました。
「……あの、ちょっと良い? いつの間に名前で呼び合う仲になったの?」
「昔からですけど、幼なじみなので」
「幼なじみなので、当然です」
アカネBは近所に住む親戚です。私と氏名も生年月日も生まれた病院も同じ、身長も殆ど同じ、違うのは性別だけです。同姓同名になってしまったのは、出生届のちょっとした手違いでした。高校までは学校もクラスも同じでしたから、私はアカネA、彼はアカネBと呼ばれていました。考えてみれば、お互いの間で呼ぶなら、AとかBとか区別する必要ないかなって思ったのですよね。
しかし、私たち二人の返答を聞いて、疑いの目を向ける高槻さん。
「……そう。まあいいけど。でも、頭が混乱するから、呼び分けてくれない?」
「じゃあ、僕は祝園さんって呼びますね」
なぜでしょうか……。何か嫌です。
「じゃあ、私も祝園さんって呼びます」
「あの、あなたたち、私の話聞いてた?」
高槻さんは天を仰ぎました。
さて、仮想マシンを三つ用意します。一つはサーバー役としてWindows Server上にBigBrother LAN Watcher Serverをインストール、もう一つにはクライアント役としてWindows 11上にBigBrother LAN Watcher Agentをインストールします。今となっては懐かしい作業です。
サーバー役の仮想マシンにはもう一手間必要です。ActiveDirectoryとIISもインストールします。本番環境だとそれぞれ別のサーバーなのですが、今は検証に使えたら良いですから、兼任して貰うことにします。
テストユーザーをいくつか登録し、BigBrotherの初期登録を終え、最低限の動作環境は整いました。
「なんか、ハッキングって地味だね。いつもの仕事と変わらないっていうか」
アカネBは、プロジェクターで投影された世界地図に光弾を飛び交う様を眺めながら、ぼやきました。
「まあ、某国のハッカーは九時五時みたいですからね。そんなもんじゃないですか?」
「何か、夢が壊れる……」
それに、私はあくまでも本業は社内システムエンジニアであって、凄腕天才ハッカーではありません。すべてが手探りというのも、地味な理由かもしれません。
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