小説版 こうしす! こちら京姫鉄道 広報部システム課

井二かける

こうしす! #1 「XPだけどお金がないから使い続けても問題ないよね」

プロローグ


  

 どうせ仕事をするのなら、ソファーに転がる芋になる、といった簡単なものが良いですよね。ごろごろするだけで給料がいただける、そんな仕事に憧れて、わたしは京姫鉄道株式会社へ就職しました。ネットで流布する噂では、なんと、仕事なし残業なしで同僚なしという夢のような部署まで用意されているのだとか。さすが、準大手私鉄。素敵ですね。目指せ、追い出し部屋パソナルーム

 ま、そんなわけで、明石海峡線の開通に恩返しがしたいとか、鉄道という重要なインフラを支えることで社会に貢献したいとか、そういうのは、あくまでも面接のためだけのおべんちゃらであって、そんな気持ちは〇・一パーミルぐらいしかありません。

 

 ですが、入ってしまえばこちらのもの。簡単にクビになどできますまい。 

 あー、就職できて、最高っ! 

 

 ……のはずなんですけどね。

 不安だな。


 梅雨入り前の最後の陽気でしょうか。駅のホームには燦々と日差しが降り注いでいます。額にはうっすらと汗。けれども、その汗には少し冷や汗や脂汗が混じっていました。


 何が不安かって?

 何をか言わんや。


「やっぱキハ20ですよ!」

「少尉。そこは、USSシマント号ではないかね」


 ……これが、システム課の先輩方だということです。

 ちなみに、彼らが話し合っているのは、ここにやってくる車両が何かという話です。


「キハ20ですよ、絶対!」

 この御仁は垂水たるみ結菜先輩です。彼女は先輩ではありますが、年下、しかも高卒入社の未成年です。『キハ命』という謎の文字列がプリントされたTシャツに、ピンクのカーディガン、そして七分丈のデニムパンツ。連邦保安官よろしく腰に社員証を下げています。いくら本社は服装自由といっても、これは自由すぎませんかね。

 そして、この言動からも分かるとおり、どうやって入社したのか首を捻るほどの鉄道ファンです。『一般社団法人 飾磨臨海鉄道』を立ち上げ、京鉄飾磨臨港線の廃線跡を引き取ったとか、飾磨港駅跡を自宅にしているとか、そんな話まで聞きます。


「ここはUSSシマントだと考えるのが論理的だ」

 対するこちらは、少佐と呼ばれている男性社員。もちろん、この方は軍人などではありません。少佐というのは社内の職制に実在する職位で、少佐は少佐なのです。そして少佐は少佐しかいません。何を言っているか分からないと思いますが、わたしも分かりません。誰か説明して下さい。

 

「キハ20!」

「USSシマント!」

 何の話でしょうか。鉄道車両と……アメリカ海軍の艦船?


「そこは、國鉄型でしょう」

「國鉄……そのうち民営化するような公社など、惑星連邦の足元にも及ばないではないか」

 ああ、アメリカ海軍艦船ではなく、惑星連邦宇宙の方でしたか。

「なにー!?」

「やはり、人間は非論理的だ」

 少佐は片眉を吊り上げました。

 少佐は海外SFマニアのようです。旧式の保線作業着にパッチワークを付けたその服装が、ちょっとSFチックに見えてしまいます。


 ……というか、この方々、全然仕事の話をしていないのでは?


「ホーエン少尉もなんか言ってやってくれ」

 少佐の矛先はわたしにも向けられます。

「ホーエンではありません、ホウソノです、祝園ほうそのアカネ」

「了解だ、アカネ・ホーエン少尉」

祝園ほうそのですってば」

 イワイゾノなどと間違えられることはよくありましたが、ホーエンと間違えられるのは初めてです。というか、わざとでしょう。


「今日は、113系電車だからね。車内無線LANの試験」

 課長はタブレット端末に視線を落としたまま、会話に加わります。


 この課で唯一マトモなのがこの山家やまが宏佳課長です。彼女は本社勤務だというのに常に制服を着用しているという点では変わり者ですが、他の二人に比せばどうってことはありません。わたし自身も制服を着てますしね。


 垂水先輩の目が輝きます。

「113系っすか! まじ、渋いチョイス! 楽しみだなぁ」

「USSシマントじゃないんですか、艦長」

「こんなところに宇宙船が入れると思う?」

「なるほど。では、タイプ15シャトルポッドなら、あるいは……」


 不安すぎます。

 この人達とうまくやっていく自信がありません。

 

 けれども、まあ配属されたばかりですし、杞憂ですよね、杞憂。

 ああいう人間でも生き残れる会社という風に考えれば決して悪いことではありません。

 そうです。あの太陽のように、永遠に輝く安泰人生が目の前に……!


『まもなく、一番のりばに列車が参ります。黄色い点字ブロックまでお下がりください。まもなく、一番のりばに列車が参ります。ご注意ください』


 その自動アナウンスの直後、わたしの希望は打ち砕かれたのです。


 ガタガタと、今にも分解してしまいそうな音を立てながら、それはやってきました。ギイイイイイと金属の摩擦音が耳を貫きます。視界に飛び込んできたのは、動く廃墟物件——錆に食い荒らされたオンボロ電車でした。そのデザインセンスも前衛的というべきか何と言うべきか。車両前面にはでっかい風邪マスクのごとく、半分を覆い隠すように黄色の鉄板が取り付けられています。赤錆が血を連想させ、まさにホラーという他ありません。やがて、その物体は、カカカカカカカカカと異音を発しながら、わたし達の前でよろよろと動きを止めました。


「ボロッ! ……なんぞこれ」

 思わず、声が漏れてしまいました。

 しかし、わたしとは対照的に、垂水先輩は嬉しそうです。

「お、113系は113系でも、サンパチ君か!」

「何です?」

「國鉄から古い電車を貰ったんだって。よく修理して動態復帰させたなー」

「へー、これが修理……」 

 苦笑ものです。せめて塗装ぐらいなんとかならなかったんでしょうか。

 ふと、脳裏を掠めたのは、新入社員研修で繰り返し語られた言葉でした。


「あー…、うちのモットーでしたね。『モッタイナイ、直せばまだまだ走れます』」


 使い続ける。動かなくなるその時まで。動かなくなれば、廃車発生品で修理する。廃車発生品が底をつけば、ドンガラだけでも再利用して新車両を製造する。

 その結果、銀色に光る新車が走る一方で、ダイヤが一度乱れれば、こんな廃墟物件がお客様を乗せて走るのです。それだけならまだしも、元電車の気動車や、元気動車の電車などという悪い冗談のようなものまで走っています。曰く、リサイクルも極めれば新車で揃えるよりは安くつくのだとか。不採算路線を抱えながらも鉄道事業が単独で黒字を実現しているという輝かしい業績の裏には、そんな涙ぐましい努力があるのです。だからこそ、人は京姫きょうき鉄道を『鉄道』と呼ぶのです。おまけに線路の幅もだったりしますね。どうでもいいですが。


それにしても、この電車、大丈夫かなあ。ここが人生の終着駅(文字通り)になりませんよね……。


 山家課長が率先して一歩を踏み出します。

「良いから乗るわよ!」

「はーい」

 垂水先輩とわたしは同時にそう応じましたが、わたしの声は先輩の声よりも440ヘルツほど低いものでした。

 そして、少佐。

「ワープ二で発進!」

 はいはい。



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