第17話 真実は鎮座している
放課後、俺は紗凪と霧裂さんを先に帰らせて、ある人を待った。
ある人とは薄拂さんの事だ。
そして待ったと言うのは語弊がある。なぜなら同じクラスに居るわけだから、待つも何もない。ホームルームが終わったらすぐに声を掛ければいいだけの事だ。しかし先の事件があった以上、彼女の取り巻き議員がまだいる状態では流石に声を掛け辛い。
だが大丈夫。
薄拂さんは部活動をやっていないが、議員二人は部活動をしている。もうすぐこの教室で解散するのだ。そして薄拂さんはこの後携帯端末で彼氏とやり取りをした後、本来なら霧裂さんと一緒に帰るはず。と言うのを霧裂さんから教わった。
彼氏持ちなので、一対一の状態を目撃されるのは非常にまずい為、どのタイミングで話し掛けるかがポイントとなる。
よし、作戦通り解散した。今しかない。
俺が満を持して彼女の机の前に立つと、気付いた彼女は見上げた。
だが、すぐさま視線を逸らす。
「さっきはごめん」
俺が謝ると思ってなかったのだろう。彼女はぎょっとした顔で俺を見る。
「どういう風の吹き回しかしら?」
「吹きまわしてないんだなこれが」
「どういう意味よ」
「さっき口論になったからついつい持論で押し通してしまったけど、薄拂さんの価値観そのものを破壊してしまっていたら、本当に申し訳ないと思ってさ。それは、さっきの口論中にも何度か頭を過ぎった事だから、風は吹きまわしてないって事」
「つまり、私の正しさを理解していたけれど、私を言い負かす為に真実を捻じ曲げたという訳ね」
彼女は得心したように大きく頷いた。そして満足げに腕組みをして胸を反らせた。
「いや、捻じ曲げてない」
その一言に怪訝な面持ちに逆戻り。
「どういうことよ」
「真実は誰も捻じ曲げられない。真実とは現象だから。あの時は俺らの上でただ鎮座していただけだ。だから真実と言うのではなくて、正しさの話になるんだけど、薄拂さんは正しいと思う。だが俺も同じく正しい。正義は一人一人に宿るものだから。しかしながら、世間の道徳では障碍者に優しくすることが正しいとされている。それを否定する気は毛頭ないし、その点に置いて薄拂さんは間違ってないという事なんだよ。あくまで俺の意見はマイノリティだ。マジョリティな感覚と道徳と価値観で物事を考えた方が楽だし、世の為人の為にもなるから薄拂さんは今のままでいいと思う。俺は俺が見ている景色から意見を言ったに過ぎず、押し付けたかったわけじゃあないし、別々の人間だから無理矢理理解しようとしなくていいよ。それを言いたかっただけ」
また、一方的な物言いになってしまったが、もしも彼女から反論が来るならば今度は受け止めよう。急く必要もないし。
「なんだかそれって……」
彼女は天井を見つめて唸った。
「比々色君と私では物の考え方が全く違うから分かり合えないから、貴女は貴女で一人で生きて行ってくださいって言われているみたいなんだけど」
そういう捉え方があったか。
「そうじゃなくて、敵意は無いって事だよ。だから俺の意見に従わなくてもいいって事」
「お互い不干渉で行きましょうって事ね。でも、敵意は無いにしろ、やっぱり突き放しているように聞こえるんだけど」
何でこの人こんなに喧嘩腰なんだ。
俺は暫くの間平行線を辿る議論を繰り広げたが、それは突然の幕引きとなった。
「あ、彼氏からライン来た。なんだか比々色君の言っている事は良く解らなかったけど、敵意が無いならまあどうでもいいわ。それじゃあ」
まあ。
そうだよね。
薄拂さんの自己同一性を守らなければと思っていたけど、そんな事より彼氏とのデートの方が重要だものね。解ってはいたよ。彼女の様なメインキャラが俺みたいなモブキャラと延々話すのも疲れるだろうし。一応これでも勇者らしいんだけどさ。
俺は集積した徒労を呼吸と共に吐き散らしながら、帰路に着いた。
駅前の本屋の隣のCDレンタルショップを見かけた時、そう言えば欲しいCDが有るのを思い出し、レンタルショップに入った。
手狭な店内は蛍光灯の光も薄暗く、陰湿な雰囲気を醸し出しており、見ている棚全てがインディーズレーベルに思えてくるから不思議だ。ドリカムやミスチルですら人気の無いアーティストに思えてくる。
そんな棚の中から俺は、amazarashiの新曲を探していた。新曲とは言っても随分前に出たものなので、出ているアルバムの中では一番新しいものと言った方が誤りが無いが。
――ドン。
「あ、すいません」
「こちらこそ」
聞き覚えがある声にそちらを見ると、彼女もまたこちらを見ていた。
「霧裂さん」
「比々色君。さっきぶりだね」
「ああ、うん。CD探しているの?」
「うん。比々色君も?」
「そうだよ」
「何探してたの?」
「amazarashiって知ってる?」
一瞬固まり、それから蛍光灯を見つめ、帰ってきた眼差しが告げている。
誰? と。
未だ歌手としては無名! って、本人も歌の中で叫んでいた事だし、こう言う事なのだろう。
「缶コーヒーのCMで使われていたんだけど」
「聴けば解るかも」
俺は小さく咳払いをし、簡単に唄ってみた。
「君自身が勝ち取ったその幸福や喜びを、誰かにとやかく言われる筋合いなんてまるでなくて。って歌なんだけど」
霧裂さんは小さくあっと漏らし、コクコクと頷いた。
「知ってる! って言うか似てる!」
「え、そうかな?」
人知れずシャワーを浴びながら唄った甲斐があるぜ。もう絶対俺今ニヤニヤしてるわ。満更でもない顔してるわ。恥ずかしい。
「いい曲だなって思っていたんだけど、知らないアーティストだったから諦めてたんだよね」
「霧裂さんは何を探してたの?」
「
「おお、今どきっぽい。あ、でもダウンロード派じゃないんだ」
「なんか借りちゃうんだよね。その方が安心と言うか。スマフォに入れちゃえば結果安上がりだし。と言うか、私は別に今どきっぽい流行りに乗っかって米津玄師を聴いているわけじゃあないよ」
しまった。音楽って割とアイデンティティに直結する事が多い分野なのに、さっきの俺の発言はあまりにも粗暴だ。
「ごめん。そう言うつもりじゃあなかったんだけど。流行にも敏感って意味で、つまりいい意味で言ったんだけど」
暫く俺を真っ直ぐ見つめた後、破顔した。
「いいよ。信じる。で、比々色君は他にはどんなのを聴くの?」
「言っといてなんだけど実は米津も聴くし、後はBUMPとかRADとかACIDMANとかが主かな? 他にも邦ロックは全般的に聴くよ」
「私も私も! いいよね。後、サカナクションみたいなテクノポップも好き」
それから二人でレンタルショップを出てからも好きなアーティストや曲の話で盛り上がった。当然何を聴くか、と言う話からはカラオケに行ったら何を唄うかなどと言う話も産まれる。米津も唄うのかと言う問いかけに唄うと答えると、彼女は目を輝かせた。そうこうしている内に彼女の中のテンションがガンガン上がって行き、
「比々色君の歌声聴きたいなあ」
などと言う言葉が飛出し、
「ねえ、カラオケ行かない?」
となり、
「友達になれたん、だよね?」
と畳み掛けられたので、俺は承諾せざるを得なかった。
勿論カラオケ事態は好きだし、霧裂さんと折角友達になったのだから遊ぶと言うのは
彼女だって別に俺を男として見ているのではなく、それこそ「友達になれたん、だよね?」という事を確認したいと思っているからこういう事になったのだろうと思う。
しかしながら俺には無視できない事情がある。
俺は紗凪からプロポーズを受けている。
順番滅茶苦茶に言われた事だが、あれが彼女の本心ならおざなりには出来まい。まあ、そもそも俺の心をなおざりにしているのは彼女なのだが。
今、俺がリア充っぽい事をしている間も、彼女は必至にバイトをしているのだ。家庭を支える為に。
――待てよ?
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