第15話 結びっぱなしの停戦協定

 昼休み。

紗凪さなぎ、先に行っててくれ。あ、弁当持って行ってくれるか? トイレ行ってから行くわ」

 俺の分の弁当を渡すと頷いて階段を上がって行った。

 俺は紗凪と一緒に屋上で弁当を食べるのが習慣になっている。

 いつ頃からだろう。二人で弁当を食べ始めたのは。

 中学校の時の友達は皆他の高校に行ってしまって、顔見知りが居ない俺は、特に誰かと一緒にという事もなく適当な場所で適当に食べていた。高校入学初日は人ごみの中の孤独で死ねると思ったくらいだ。

 ある日、7月の初旬くらいにテストを受けた時、消しゴムを忘れた。その時に初めて紗凪に声を掛けた。

 俺は彼女が人と話している事を見たことが無かった。しかしながら彼女は孤独をまとってはいなかった。誰かから声を掛けて欲しいとか、本当は仲良くなりたいなどと言う気配は微塵みじんもないのだ。かと言って悟り切った坊主の様な孤高さもない。何と言うか、無を纏っているようだった。

 誰にも攻撃しない代わりに誰からも攻撃されたくない。そう言う停戦協定を戦争が始まらない内から結んでいるような、超防衛特化の外政を行っているように思えたのだ。

 それが恐らく彼女が一人でいる要因だった。その不可侵を大前提にしているから、誰も声を掛けないし彼女も誰にも声を掛けない。

朝薙あさなぎさん。消しゴム貸してくれない?」

 だから俺は貿易を試みた。

 そう。彼女は鎖国をしていなかったのだ。その証拠に消しゴムを貸してくれたのだから。

 彼女に返す際お礼を言ったら、随分かしこまられた。敬語まで使われたので、俺はそうはさせまいと敢えて彼女を呼び捨てにした。別に彼女との距離を縮めたいとかではなく、俺は全く敬われる様な存在ではないと言うだけの話だ。すると彼女も名前で呼ぶようになったので、俺も紗凪と呼ぶようにした。

 しかし敬語から一転、いきなり名前で呼ぶと言う大胆さが気になり聞いてみると、

燈瓏ひいろう君は燈瓏ひいろうだから」

 などと言う訳のわからない事を言っていた。ので、それ以上は突っ込まなかった。フレンドリーに越したことはないし。

 くしてお互い不戦の志を持つ国同士が貿易同盟を結んだことで新たな協定が生まれた。

 それは、お弁当一緒に食べよう? 協定。

 その協定は時が流れた今も有効である。

 俺は屋上の扉を開けて外に出た。

 今日も紗凪が居る横に座る。

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