第4話 魔王
「ところでその魔王って言うのは、どこの誰なんだ?
「ご安心ください。すぐ近くに居ますから」
「は? まさかお前じゃないだろうな」
「いえ、勇者様のお母様です」
「……は? まさかお前じゃないだろうな」
「いえ、勇者様のお母様です」
「……は? まさかお前じゃないだろうな」
「いえ、勇者様のオカサマ、お、オカンサマ、オカ――もう! 何度も言わせるから噛んでしまったではないですか!」
「ははははははっ! 引っ掛かった引っ掛かったじゃねええええええ!」
メロンを両手で持ち空中でシェイク。
「あばばばばば、何するのですか! 気でも触れたのですか」
「うるせえ! さっきからもうずっと触れてるわ! お前が魔王って事にしろよ!」
「それは無理ですーー!」
呼吸が乱れて力が上手く入らない。
だがそのおかげで頭に上っていた血も降りて来たらしい。
俺はとりあえず、目の前のメロンをいくら降っても魔王になりはしないと言う当たり前の事を考えられるレベルまで思考の整理ができる様になってきた。つまりまだまだ頭の中は散らかり切っている。
「それにしたって、なんだってよりによって母さんが魔王なんだよ」
「それはですね。勇者様が前世と現世の間で主と交わした約束には、なるはやで魔王を倒して美女達とハーレムスローライフを送りたい。と言う、勇者様からの希望がございまして、それを叶える為に魔王の一番近くに生命を誕生させた次第でございます」
「いくらなんでも近すぎだろ。なんで魔王の腹の中に誕生させるんだよ。せめて隣の家とか他にも方法あっただろ」
「人間からしてみれば大きな違いでも、主からすれば微差です」
「その微差の
「ええ!? なぜですか」
「どこの世界に自分の母親を嬉々として殺す奴がいるんだよ……ああ、まあこの国にも居ない事もないが、そう言う例外はさておき、普通は殺せないぜ」
「なぜです?」
「なぜ? うーん。そりゃ母親の事が好きだからだよ」
「なぜです? なぜ好きなのです?」
「う……。産んでくれたし、育ててくれたし、いろいろ教えてくれたし、学校に通わせてくれているから。そうだな。ただ好きってだけじゃなくて、感謝の気持ちもあるし、敬意もあるよ」
言っててだんだん恥ずかしくなってきた。
「好意と感謝の念があると殺せないと言う、人間特有の道徳観はわかりました。しかし私達にはそう言った感情はありません。ですので、理解はできかねますね」
「例えば、お前がお前の
「そのような事は決して起こり得ません。ですが、もし仮に、という事であれば、パターンを二つほどご紹介しましょう。一つ、主が殺せと命じた場合。これに私は従います。ですが、これにより私と言う概念も消え去るので、
「いやちっとも」
「それは残念です」
「でもとりあえずお互い考え方が全く違うという事はわかった」
「そうですね。しかしその考え方の違い、実は魔王によって世界が歪められているから生じているのですよ」
「どういうことだ」
「勇者様は現世のこの形が正しい姿だとお思いの様ですが、それは間違いです。例えば、勇者様も日々の暮らしの中で、嫌だなと思う瞬間がお有りかと思います」
「そりゃあまあな」
「本当の世界では、そんな事は一切有りません」
「ただの一度も思わないのか?」
「ええ」
「そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿なと思えるのは、この歪んだ世界に属してしまったからです。良いですか? 本来人間というのは、幸せになる為に存在しているのですよ。ところがどうです。このバグった世界では不幸な人間が
「嘘だろ」
「ですから、勇者様はこのバグった世界で育ってしまったからそう思われるのです。しかしそれも魔王を倒せば正されます。全ての人間が救われます。戦争も無くなります。喧嘩も無くなります。些細ないざこざも無くなります。魔王と言うのは諸悪の根源なのです。異物。本来居てはいけない存在。先程勇者様が仰っていた母親だから殺せないと言う道徳観も、バグった世界ででっち上げられた虚像なのです。道徳だけではありません。勇者様が今信じている倫理も価値観も理念も善悪も認識も何もかも全て、バグの上に作り上げられたものなので、本当の世界を取り戻した時には一新されます」
「なんか怖えよ」
「怖くはありません。というか、この現世の方が怖いくらいです。一例を挙げて差し上げるなら、人殺しは良くありませんという道徳が有りますよね?」
「あるな」
「そもそも何故人殺しは良くありませんと言う事を人々に知らしめる必要があるのか。人を殺す人が居るからですよ。初めからそんな人間が居なければ、
「確かに、殺人犯が居なければ、そもそもそれを処罰する刑もないわな」
「その通りです。この世に善人しかいなければ、刑罰は必要ありませんから。悪人が居る事自体が間違いなのですよ。その原因は魔王なのです」
「だけどさ。うちの母さん、全然魔王っぽい
「魔王というのは、あくまで倒すべき存在を表現する為に
「じゃあ、母さんは全くの無意識って事か?」
「当人に意識が有るか無いかはわかりません。猫を被っているだけ、という可能性も否定はできません。実際勇者様は今まで勇者の意識なく生きてきましたが、今回主と出会った事で、本来の役割を認識することが出来ましたから」
「なるほどな」
で、有るのならば、まずは当人に魔王としての認識があるのかどうかを尋ねたいところだ。猫が喋る、メロンが語ると言う超常現象を目の当たりにして、今メロンが語った事が真相のように思えてしまうのだが、これは詐欺宗教団体が超能力を見せた後に改宗をさせると言う手法に似ている。
だがしかし面倒なのは、これが詐欺師のトリックによる超能力ではなく、種も仕掛けもない本物の超常現象であるということだ。まして俺が使ったスキルは現在進行形で行使され続けている。そこの信憑性を疑う余地はない。
だからこそまずは母さんが本当に魔王かどうか、魔王としての自覚はあるのかを確かめる必要がある。もしも本当に魔王で、その自覚があると言うのに、母親としての行動を取っていると言うのなら、それは全て殺されない為の打算によるものである事になる。それが立証できれば、心置きなくとはいかないまでも、母さんに刃を向ける事ができるだろう。
母さんとしてではなく、魔王として向き合う事が出来るから。
それにこのままメロンと話していても
「よし。じゃあちょっと確認してくるわ」
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