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9-キリンとホタル
遮るもの何もない。広い夜空を眺めながら、俺はひどく不愉快だった。
空を流れる風も雲も、鳥の群れも終わってしまえばいい。皆が一緒に終わるなら、平等だ。国のお偉方が一斉に「もう無理でした」なんて頭を下げて、世界の終わりを待つのだ。この国にいると、多くがそれを望んでいるのではないかとすら思える。
タバコの煙を口から吐き出し、それの行方を見ていた。上へと消えていく煙。やめられないタバコ。増えていくタバコ税。
「ああ、億劫だ」
「何が億劫ですか」
紳士然とした声が上の階から降ってきた。見上げると、キリンの顎が見えた。
こほこほとわざとらしく咳をするのは、近所で話題になっているキリンだ。まさか真上の階の住人だとは思わなかった。
「悪いね、やめやれないんだ」
「申し訳ないことに、私もここから離れられないんです」
「つまり?」
「くさいので、火をつけるのをやめてください」
「それはできない相談だ」
「動物虐待ですよ」
「ここはペット禁止だ」
また煙を吐き出すと、咳をした。咳払いのつもりか。
「私はペットではありません」
「じゃあ、なんだ?」
「防犯対策兼マスコットです」
「大きく出たな」
「事実、成果もあげました」
最近このマンションに泥棒が入ったのはエントランスの注意書きで見た。こいつが関わっているのだろうか。
「俺は知らん」
「このマンションの有名人ですよ」
「俺は静かに暮らしたい」
「私もです」
即答された。驚きで銜えていたタバコが地面に落下した。火のついたタバコは死に行くホタルの灯りを思わせた。呆気なく死んでいく。
「ホタルの命は短いんですよね」
同じようにキリンが感じたのか、それともベランダでタバコを吸っている俺のことを言っているのかわからない。
「うるせえよ」
俺は自室に戻り、玄関を出た。
落としたタバコはマンションの前にあった。半分残ったタバコを携帯灰皿に押し込み、上を見上げる。
まだキリンがベランダから顔を出していた。こちらを見下ろしている。
ついに、俺の頭上に遮るものができた。まさかのキリンだ。
一斉に世界が終わっても、キリンはベランダに取り残され、世界を覗いているのかもしれない。ひどく狭い空しか知らないキリンと吸う場所が限られていく俺たち。
案外似ているのかもしれない。そして、勝手に世界を憂いているのだ。
口が寂しくなり、新しいタバコを取り出した。
あのキリンに煙をお見舞いしてやろう。
しかし、火がなかった。
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