第37話 神と探偵の情報

「勇者よ、汝はここへどのような用向きで参ったのだ?」

「ムルン神様に、祈りを捧げに」

「良かろう。ムルン神の像の前でひざまずくがよい」


 僕らはムルン神様の像の前で目を瞑って跪いた。

 すると、すぐさま声が落ちてくる。

 

『……もぐもぐ……加護を持ちし者よ、何か話があるようだな。』

 

 !? えっ……なにか食べてる?


『すまない、朝のティータイムだったのだ。パウンドケーキが上手く焼けた』

 

 ティータイム!?

 か、神様にもティータイムとかあるんだ……。というか、上手く焼けたって、ムルン神様の手作りなのか!?

 ティータイムとかがあるなら、エミが気にしていた、メルト神が元気かどうかという質問も、有効なのかもしれない。


『メルトなら、またウエストが増えた……とぼやいているのを聞いたので、元気も脂肪も有り余っているようだ。最近はいちごみるくの飴ちゃんがブームのようだな』


 メルト神の脂肪が増えたのが、間違いなくエミの飴ちゃんのせいなのが分かってしまう。

 

 いや、エミの質問を思い浮かべてしまった僕が悪かったのですが、聞きたいのはそれではなくて、グーヴェのことなのです。


『ふむ、何があったのか言ってみるがよい』 

 

 僕はかいつまんで、今まで出てきていたアシッドゴーレムの話や、それが今日突然出てこなくなったことを思い浮かべて説明する。


『なるほど、それは多分……』

 

 それは、多分……?


『嫌になったのだろうな、お主たちの前に出るのが』


 えっ。


『愚弟は、とにかく昔から思いつきで行動して、何か嫌なことがあるとすぐ逃げる癖があった。お主たちを軽くひねりつぶして終わりだと思っていたのが、そうではなかったことから血が上って、今度こそ思ったところにハメられて。高みから見下ろしていたはずの存在のお主たちが、自分を何度も倒すので、その嫌な気持ちがピークに達したのだろう。奴と会わなくなって数百年経つが、少しも変わってないな』


 逃げ、た? 神が?


『誇ってもいいぞ。神を逃亡させた勇者など、お主たちが初めてだろう。……ぷっ、ふふっ、弟ダッサ』


 ダサいって言いました?


『言ってない』

 

 でも……。


『言ってない。ところで、質問はそれだけか? 終わりなら、我もティータイムに戻るが』


 あの……、ティータイムのお邪魔をして申し訳ないのですが、もう一つだけ質問があるんです。


『なんだ?』


 ――――――――?


『……ああ、可能だ。だが、お主は本当にそれを望んでいるのか?』

「はい」

『そうか』


 ずっと、考えていたこと。それが可能と神の口から聞けて、ほっとしながら目を開いて、祈りを終える。 


「汝らの旅に、ムルン神の加護があらんことを」


 教会の外に出て、外でする話でもないので、一旦ナナノの家へと帰る。

 

「ユウ君、神様との対話はどうやった?」

「ああ、うん。メルト様は元気だって」

「そうなんや! それは良かった! ってちゃうやん。確かにそれも気になってたけど、そっちちゃうやん」

「グーヴェは僕らの前から逃げたと考えるのが妥当らしい」

「「「逃げた!?」」」

 

 テーブルに用意されたお茶と、クッキーと。

 定番になったそのお茶の風景に、ムルン神もこんな風に神たちで集まってお茶をしているのだろうかと考えた。それとも一人で楽しんでいるのだろうか。

 

「に、逃げたって……神が?」

 

 手に持ったクッキーを落としそうになりながら、ティアはそう言った。


「そう、神が」

「なんでですか?」

「グーヴェはそういう性格らしい」

「性格……。神様の性格……かあ」


 僕らが神に持つ畏怖いふ崇敬すうけい渇仰かつごうといった、どこか距離のある気持ちが、全く違う物になる気がする。

 元より、確かに神達はどうも人間臭いというか、僕らが神様に似た物として作られたのか分からないが、そういう上位者とは思えないような言動も多々あった。

 それなら逆に、僕らがというのが正しいのだろうか。

 グーヴェの逃亡も、あり得るかもしれないと、僕以外の三人も思っているだろう。


「じゃあ、もう出てこないってことですか?」

「そこまでは分からないけど、多分」

「なんか、大地の底でめそめそしてるグーヴェ君を思うと、可哀そうになってくるねぇ」

 

 エミに言われて、膝を抱えてしょんぼりしているアシッドゴーレムの姿が浮かぶ。確かにちょっと可哀そうだ。勝手な想像だが。

 ムルン神やメルト神の姿をかんがみるに、多分グーヴェ本体は人のような形をしているのだとは思うのだが、見たことがないからゴーレムで浮かべてしまう。

 

「可哀そうなんて思わなくていいわよお。だって殺されそうになってるのよ、こっちは。一人は死んでるし」

「まあ、そうやけどね……」

「あいつが出てこないのなら、僕らがやることは一つしかない」

「うん、それは?」

「スキルを高速で上げる。今まで見てきた戦闘で考えるならあのダンジョンのスキルマスターには恐らくあと三日も掛からないだろう」

 

 三人は頷く。


「あとは、パイルの情報を待つだけだ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、僕らがトーヤと正面からぶつかるその日の朝――パイルは僕らにとって有用な情報を、思っていた以上に持ってきてくれた。

 トーヤの意図。彼がなぜ他の勇者から仲間を引き抜くのか。

 そして、恐らくの領域は出ないが『天地開闢かいびゃくの剣 アズドグリース』のあるダンジョンの場所まで。


「――俺が掴んだ情報は、これだけだ。他に質問は?」


 僕は返事の代わりに、懐から50万ルルドを差し出した。ダンジョンに潜り続けて貯めた金だ。

 が、彼はそれを受け取らず、こう言った。


「ナナノの父親と母親が死んだ時、哀しそうな瞳をしていたナナノを、俺は見て見ぬふりをした。俺がナナノにしてやれることはない、こんな家業をやっている俺は、ナナノと一緒に生きていくことなどできないと、そう思い込んで」

 ナナノの頭をくしゃりと撫でて、感慨深そうに。


「俺は逃げてしまったが、その逃げもナナノのこの顔に繋がるなら、悪いことじゃなかったのかもしれないな。なあ、ナナノ。今幸せか?」

「うん! パイルさん。私みんなと逢えて本当に良かった。毎日楽しいよ」

「そうか。ティアール。お前はどうだ?」

 

 視線をティアに移し、少し悪戯な顔でパイルが笑う。


「ここで、私に振るの?!」

 

 驚きながらティアがそう返す。


「……はあ。昔っからあんたはそうだったわね、ヴァルード。言いたくないことを流れで言わせようとするんだから」

「そうだったか?」

「そうよ。いやらしい男だわ」

 

 その物言いとは裏腹に、ティアの声は嫌悪感を感じさせない。

 彼女達の絆が見て取れた。


「私も、ユウマやエミ、ナナノと逢えてなかったら、今もきっと酒場の隅で飲んだくれて、魔法も使えず腐ってたでしょうね……。……なんか私、すっごい惨めだったのね」

「そうだぞ。知らなかったのか?」

「今は違うから! 悔しいけど、ヴァルード、あなたのおかげよ。三人と逢えて、良かったに決まってるでしょ!! って、分かってて言わせないでよぉ!!」


 半ば自棄ヤケになりながら、赤面して叫ぶティア。

 それに反応したのは、エミだ。

 僕らが気付いた時にはすでに、涙がボロボロと溢れていた。

 ティアとナナノがすぐさまほぼ同時にハンカチをエミに差し出した。

 

 ……出遅れた。


「ふ、二人とも……っ!! ウチ……、めっちゃ嬉しいわ。ウ、ウチも……みんなに逢えて良かったぁ!! ホンマに良かった! ホンマにぃ……。うう~……っ!!」

 

 ああ、ほらこうなる。

 泣いているが嬉しそうな声で、エミは大粒の涙を落とすのを、二人が必死にハンカチで拭っている。


「もう! エミが泣いたのはあんたのせいよぉ、ヴァルード!! エミは今まで逢った誰よりも涙もろいんだから!!」

 

 全くその通りだ。

 エミの涙脆いところも、思い込みの激しいところも、人情家なところも。

 僕らは、もうよく知っている。

 

「す、すまない……。詫びがてらに、もう一つ情報がある。いつもの周期なら、今日トーヤは教会に行って、寄付をするだろう。彼は寄付の時、仲間を連れては行かない。彼らがダンジョンに潜るまでにトーヤ一人と話ができるチャンスは、恐らく今日以外ない」 

「どうする、ユウマ?」


 ティアが瞳を真っ直ぐに向けて、分かっている返事を待っている。

 エミも涙を拭いて、ナナノと一緒に顔を上げた。


「行くに決まってる」

「そうよね」

「せやね」

「もう、誰も死なせたくないですから」


 トーヤを止められるのは、僕らしかいないだろうから。 

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