第29話 ダンジョンの最奥に潜む者 2
エミが僕を支えていた腕をそっと離し、テン君と共に、僕らの前に立った。
「ウチらにはやらなあかんことがあるから、こんなとこで、あんたに殺される訳にはいかへんねん」
今まで見たことのないような
「お~お~、勇ましいね。二周目の余裕か?」
「二周目……?」
恐らく僕以外の三人も、その言葉にピンときた。
エミは一度死んで二度目の生をこの世界で受けた。
だから、二周目。
恐らくそういうことだろうと。
しかし確かに飴ちゃんは脅威だろうが、一つしか使えない上に、レベルが1のエミに余裕なんてないはず……。
「おっ? お前らもしかして知らないのか。やっちまったかな~」
小馬鹿にしたように、アシッドゴーレムはそう言った。
「二周目ってのはレベルが99まで行って、またレベルが1からスタートしてるやつのことだ。だから、その女のレベルは100」
「100!? そ、そんなことって……!!」
ティアが叫ぶように言った。
レベル100の冒険者なんて聞いたことがない。
「普通の方法なら無理だけどな~。レベルが99の転生者ならそれが可能だ。どう考えてもおっかしいだろうが~。お前ら誰も気付かなかったの? ノルカヒョウはレベル90前後。モンスターは自分よりレベルが下の
それは、ダンジョンでテイムしたモンスターではなくて、メルト神から与えられたモンスターだからで……、レベルなんて関係なく従えることができると思っていた。
それにエミは転生者で、僕らの規格には当てはまらない……んじゃないのか?
まさか、まさかそんな……。
でも確かに……、僕らの世界では、そうだ。
「……じゃあ、エミさんのレベルが……上がらなかったのは……。で、でも数値が……」
「当然、100から101になるには相応の経験がいるだろうよ。こんな駆け出しの冒険者が来るような場所で、100の冒険者のレベルが上がるわけないだろ? あと、なんだって? ……数値? ああ~、俺には見えてるけど、お前ら人間の……教会の奴らの使う『
「う、嘘……。本当に……?」
「桁が、違うっていうのか……」
二周目なんて言葉は初めて聞いたし、今までそんな人間がいたなんて記録もなかったはず。それに全てのステータスが三桁って……。ただこいつが嘘を吐く理由が見当たらない。それに、テン君をテイムできているという話で、さらに信憑性が増してしまう。
でも、『
「そんなことって、あるのぉ……?」
「あるさ、その女」
ゴーレムがエミを指差す。
「そいつの体、多分転生数回目だ」
「数回目……?」
エミが何度も何度も転生を繰り返していると言うことか……?
「そ、そうなのか!? エミ……?」
「そんなわけないやんか! ウチは大阪で生まれて大阪で育って大阪で死んだんや。異世界にきたのなんかここが初めてやわ!! 嘘
頬を
エミはそう言っているが、アシッドゴーレムは続ける。
「体って言っただろう? 魂じゃない。お前の体、魂と肉体がバラバラだな? 転生者は普通、転生先の世界の誰かから生まれるのがセオリーだが、例外はある。元々あった99の器に、お前の魂を結合したんだろう。使える転生者は、また転生させる。その方が手っ取り早いからな。でも恐らく、どこかでメルトがしくじったんだろうよ。それで魂のない抜け殻に、お前の魂を入れた。利用されたんだな~、可哀そうに」
「な、なんでそんなことまで分かるんだ……。一体お前は……」
全てを知っているかのような物言い。
どこにも、こんな風にグーヴェボスが転生者のことを知っているなんて記載はなかったのに。それに、まず……喋るなんてこと……。
――何か、おかしい……。
これは……触れてはいけない敵だったのではないか?
「喋りすぎたかなあ~、でもまあいいか。ここで全員殺すし。グーヴェとは神の言葉で『大地』のこと。当然上位にグーヴェ様はいるということになってるが、本来は平等なんだよ。山だって海の底だって、構成するものは同じ。すなわち大地から生まれた岩石の体のゴーレムは、『グーヴェ』というわけだ。俺が言ってること、わかるかぁ~?」
ゾゾゾ、と這い上がる悪寒、生ぬるい空気のようなゆるゆるとした恐怖。
グーヴェボスは、本当はただのボスモンスターではなく……『神』そのもの……?
「どうでもいいやつらには適当にやられたふりをするけどさ。めんどくさいし。ほら、どうせ別のダンジョンで死ぬから。でもその女、明らかな異物じゃん? だからまあここで潰しとかないとなあ」
心底めんどくさそうに、そう言うアシッドゴーレム。
「その
圧倒的に強者であるという姿勢を崩さない。
「お前、俺のこと『
「……問、題……?」
楽しそうに、一歩ずつ一歩ずつ、近づいてくる。
ビリビリと伝わるその圧力。近付けば近付くほど、異様な何か。
単純にこのボスに対応する術をもう失っているから、そう感じるのだろうか。
けれどエミは
「なあ……、一つ訊きたいねん……」
「おいおい、問題を出そうとしてるのはこっちだぞぉ? ま、いいけど。なんだ?」
「ウチがおったから、本来のボスやなくてアンタが出てきたんか……?」
「ああ、そうだ。このパーティにお前がいなければ、俺は出てこなかった。まず間違いなくな」
「……ウチの……せい」
そのエミの声は、僕らに届くか届かないかギリギリの細く枯れそうなものだった。
「では、問題!! 俺のこのステータスで~!!」
ブンッ、と腕を横に振り回すアシッドゴーレム。
ナナノとティアは僕を抱えて後ろに下がる。エミとテン君はその攻撃を避けて、左右に散った。
「一つだけ三桁の数値があります! それは一体、なんで……しょうかっ!?」
「テン君…!!」
アシッドゴーレムから距離を取り、後ろへ回り込み襲いかかるテン君。首元へと鋭い爪を振り降ろし
エミはモゥストフェザーを構えて、ゴーレムの攻撃をいなす。振り回した腕の軌道が変わり、ゴーレムは腕をぴたりと止めた。
「おっ、お前面白いもん持ってるな……?」
「ハザルのおじいちゃんおすすめのっ! ねこじゃらしやっ!! これであんたの攻撃いなし続けたら、三人が逃げる時間くらいは稼げる……! みんな、はよ逃げて!! このゴーレムが言うことがホンマやったら、ウチが何とか足止めできるはずや……!!」
「ははははっ! そんなもん、俺が許すわけないだろうが……! 正解は~! なんと~?」
着地したテン君が、またゴーレムに襲い掛かる。
アシッドゴーレムの体表を、こそげ落とす様に何度も間髪入れずに攻撃を入れるテン君。
僕らの目にはもう追えないほどのスピード。ガリガリと削れていくゴーレム。
それでも、ゴーレムの動きは止まらない……。
――どこに、どこにあるんだ……?
足の裏か? それとも別の場所なのか……。絶対に下半身のはずだ。ゴーレムの機能を集約した場所……!! でなければこんな戦闘……――勝てるはずがない。
しかし、そのテン君の連撃は……、アシッドゴーレムの手によって阻まれる。
「テン君っ!!」
「スピードでした!!」
「……!! ………!!!」
テン君は手の中で暴れるがびくともせず、無造作に柱へと打ち付けられ、ずるりと力なく地面に落下する。
「全く、ちょこまかと
「いやあああぁあ!!! テン君……!! テン君!!」
エミがテン君の傍に駆け寄ると、それでも尚、テン君は立ち上がりヨロヨロとエミとアシッドゴーレムの間に立ち
ぽたりぽたりと痛々しく、彼の体から血が落ちている。
「グルルルルルル!!」
アシッドゴーレムは余裕たっぷりに、エミたちに近付く。
「お~、
「あ、あかん……、やめて、テン君……。三人とも、なにやってるん!! はよ逃げて……!」
その声にアシッドゴーレムはこちらを振り返り、目線ですら僕らを
その瞬間ズガガガ! と固い音を立てながら、ゴーレムの頭、肩、胸の中心に、棒手裏剣が刺さる。
――ナナノ……ッ!?
「エミさん……。エミさんはわたしを助けてくれました……だから、わたしエミさんを置いて逃げる事なんてできません」
「『
「!!」
ゴーレムの周りに、天井まで繋がる氷の檻がバキバキとできあがっていく。
この、魔法は……?
「はー……!! 奇遇ねナナノ、私もそう思っていたの。ユウマごめんね……、連れて逃げられなくて」
「ティア……、お前……魔法が」
杖の先にちらちらと氷の余韻を残し、ティアは
「死んでしまったあの娘にいつまでも縛られて、新しい自分の仲間も守れないなら、死んだ方がましだと思ったのよぉ……。ここで魔法を撃てなきゃ……私はもっとダメ女になるって!!」
「いいね~、その感じ!! やっと死闘っぽくなってきた!」
楽しくてしょうがないと言わんばかりの
「『
ティアは二つの魔法を三人に掛けた後、テン君に近付いて『
「ナナノちゃん……! ティアちゃん…! なんでよっ! もう……っ!」
と、言って一呼吸置き
「でも……ありがとう! ホンマにありがとう!!」
笑っているような泣きそうな顔でエミはそう感謝を述べた。
ゴーレムに的を絞らせないようにと、三人とテン君は散りながらあらゆる角度からゴーレムを攻め立てるが、どれもやはり致命傷にはならない様子で、その体は削られては再生していく。
「くそっ、くそっ!!」
なんで、こんな時に俺の体は動かない!
鞄の中にある『魔力回復薬』を一本、二本と飲むが、ダメだった。
さっきのスキルの反動と、魔力と体力のバランスの崩れ……それらが重なってこうなっているのだろうけれど、そうだとしても……こんな生殺しのような状態で。
僕は彼女達が傷つくのを、見ていることしかできないなんて。
――僕はこのパーティのリーダーで……勇者なのに――。
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