第19話 魔法使いと飴ちゃん 1

 しばらくすると、テン君が僕の足にツンツンと鼻を当てて、ついてこいと言うようにドアの方へと歩いた。

 どうやら、エミがナナノを見つけてテン君を呼んだようだ。


「わたしもついて行きます。今度言いすぎるようなら、ユウマさんの事止めますからね」

「うん、頼むよ……」

「無事済んだら、またこちらへ皆様で戻ってきてください。装備を試着していただかないといけませんから」

「わかった」 

 

 優しい声で、ハザルはそう言ってくれた。


 テン君を先頭に、僕らは大穴街の大通りを進んでいく。見覚えのある景色だと思いながら進んでいくと、少し横道にそれたあたりでテン君はぴたりと歩みを止めてこちらを振り返った。

 家の角からそろりとその先を覗いてみると、ナナノに転ばされてエミに傷を拭ってもらったあの水場に、彼女たちは座っていた。ついつい、おでこと鼻を指でさすってしまう。

 ぐるりと回り込むようにして彼女達の声が聞こえる場所まで移動して、こっそりと話を聞く。


「ティアちゃん、パーティ抜けるやなんて、本気ちゃうよね?」

「……本気よぉ! あんな人の気持ちも分からない鈍感なバカ男のパーティなんて、まっぴらごめんだわぁ! 何が勇者よぉ!!」


 うっ、人の気持ちも分からない勇者と言われると、それは心が痛む。僕は僕なりに、真剣に考えているつもりなんだけど……。

 ふんっと鼻息荒くティアがそう言うと、エミは少しだけ考えた後、こう告げた。 


「……これ、ホンマはユウ君本人から聞いた方がええことなんやけど、実はユウ君昨日……ウチに会う前に友達に裏切られたんよ」

「……友達に裏切られた?!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ティアは動揺を隠せない様子だった。身を乗り出して彼女はエミに詰め寄る。


「ユウ君のパーティにおった三人が全員別のパーティに移動してしもたんや」

「……全員?」

「ユウ君は、友達を失くしたくなかったから、ダンジョンの攻略は安全を第一に考えてたんやけど、友達は三人とも、もっと上に行きたい、多少危険でもええから、ってユウ君のパーティを抜けてしもたんよ。失いたくないからレベルの低いダンジョンに行ってたのに、逆にそれが原因で三人がおらんようになってしもたんよねぇ……」

「……それって、結局あいつがその三人の気持ちを分かってなかったからじゃないのぉ? 勇者のくせに!」


 ぐぅお!! 止めてくれ、それめっちゃ刺さる。

 精神的にダメージを受けている僕の背中を、ナナノがさすってくれた。勇者のくせに同じパーティで同郷の三人の気持ちすら分からなかった僕を、ナナノは優しく見つめて……ん? あれ、この目、あわれみも入ってる?


「そう言われたら、言い返されへんかもしれんわ」


 エミは困った顔でそう言う。

 えっ、こっちもティアに否定してくれないのか? 


「けど、ユウ君はユウ君なりに、同じパーティやった三人のこと考えてた。ホンマは、お互いに思いって考えをぶつけ合って折り合い着けなあかん筈やねん。少なくとも、ウチはそう思うんよ。なんでか、この世界の人たちは勇者に対しては仲間でも押しつけるばっかりで、勇者のことを分かろうとする人がほんまに少ないみたいやねぇ……。勇者も勇者で抱え込むのが当然って考えみたいやし。せやから、勇者の、なんて言葉が出てくるんやね」


 僕の気持ちを話したところで、あの三人は分かってはくれなかったかもしれない。

 勇者は完璧であるべきで、救うべき者の不安や不満な気持ちを汲み取れない僕は鈍感なバカ勇者。それがくつがえることは本当ならありえないことなのだ。

 それが当然で、当たり前の世界。


「ユウ君は酔ってるティアちゃんしか見たことないって言ってたし、それが信用できへん原因の一つなんは、間違いない。まあ、誰でもそう思うやろ。けどユウ君があんなきつい言い方したんは、多分ウチやナナノちゃんとは違って、スキル持ってて戦えるティアちゃんを対等以上に見てるからや」

「対等…? でもだからって、あんな言い方…」

「せやね、あの言い方はないよなぁ。あんな言い方で、ティアちゃんにホンマに言いたいこと、伝わるわけないのになぁ」

「……ほんまに、言いたいこと…?」


 ティアはいぶかしげな瞳をエミに向ける。エミは困ったような顔をして 


「ユウ君がティアちゃんに言いたかったのは、『君を信用したい、信頼させてくれ』なんよ。多分、肝心なところを言う前にティアちゃん怒って出て行ってしもたんやけどね」

 

 と、言った。


「なによ、それ……」

「ユウ君は、一緒にパーティ組んでた三人に裏切られてる。信用してた分だけ、裏切られたら辛いって知ってんのに。初めて逢った時、ユウ君死にそうな顔してた。……そんな辛い思いしてるのに、また人を信じようとするんや。ユウ君が勇者なんは、もしかしたらそういうとこにあるんかもしれへんなって、ちょっと思うわ。でも、ウチらもおるし手放しで信用するわけにはいかへん。パーティリーダーやからね」

「……分かるわけないじゃない…。あれでそんなの分かるのエミくらいよぉ」

「せやねぇ…、ちょっと不器用なんやね。うまく気持ちを伝えられへんから、誤解されるんやわ。ウチは信用してるんやけどね。……でも、ユウ君が他の人よりも更に心を読むのがへたくそなんは、……否定できへんねぇ。伝わってなかったり空回りしてるとこもあるし、そもそもユウ君自身が鈍感やからねぇ」


 僕をフォローしてくれてるのかおとしめているのか分からない。いや、多分八割はフォローの気持ちなんだろうけど。

 ナナノが顔を隠しながら震えている。え、笑ってる? 笑ってるのか、ナナノ? どこかに笑う要素あった?


「せやからまあ遠回しやなくて、しっかりはっきり伝えるしかないと思うわ。ティアちゃんが何か抱え込んでるのは、あの鈍感なユウ君でも気付いてる。酒場で少しだけ話してくれたもんね。けど……、それがティアちゃんの中でなんかグジグジなって心が痛いんやったら、ウチらにも分けてほしいねん。それで少しは心が軽くなるかもしれへん。余計なお世話や! って思われるかもしれへんけど」

「そんなこと……ない……」


 ティアは俯いてしまった。


「多分、ユウ君もナナノちゃんも同じように思ってる。苦しいのも悲しいのも、伝えてもらわな、全部は分からへん。勇者だって、人の心の中まで分かるわけやないんやで?」


 諭す様なエミの言葉。

 彼女が言うと、なぜこんなにも深いところにすんなりと落ちていくのだろうか。

 きっと、同じことを僕が言っても、こんな風には響いてくれないだろう。


「エミ……。エミは……私のことを…信用してくれるのぉ?」


 ティアの声が今にも泣きそうに震えている。けれど、彼女の瞳から涙はこぼれていない。


「ティアちゃんが、ウチのことを信頼してくれるんやったら」

「……他のみんなも私のことを……、信頼してくれるかしらぁ…?」

「ティアちゃんが、みんなのこと信頼するならね」

「……エミ、私の話を聞いてくれる? 知っているのは、ヴァルードとルクスドくらいの、ずっと誰にも…言えなかった話」

「ちょっと待った。その話は、聞かせる相手はウチだけでええの?」

 

 ピクリ、と体を揺らしたティア。


「……いいえ、パーティを組んでるみんなにも…知ってほしいことなの。私は、ヴァルードが私を紹介した相手を…エミが信用しているみんなを、信用したいのよ。だから、話すわ」

 

 エミは、こっくりと大きく顔を縦に振った。僕らの方を振り返って、呼び掛けてくる。


「そういうわけやから、出てきて二人とも」

「……えっ!? う、嘘でしょぉ!? いつから聞いてたのぉ!?」


 ひよっこりと物陰から顔を出した僕らに、ティアは驚愕する。

 僕は気まずい気持ちで頬を搔きながら、目を逸らす。


「……多分最初から、かな?」

「ええっ!? な、なな……なによそれぇ……」

「……? 別に聞かれて困る話してたわけちゃうし、ええやろ?」 

「そ、そういう問題じゃないでしょお!?」

「ま、まあまあ」


 怒りながら照れているティアをナナノが宥める。


「エミ、ティアに『いちごみるく』の飴ちゃん、出してくれ」

「うん!」

「っ!! 待って……っ!」


 あれだけ欲しがっていた『いちごみるく』の飴ちゃんを出すと言うのに、ティアはなぜかそれを止めようとする。しかしもうすでにエミが、つぎはぎの袋から最後のスキル付きの『いちごみるく』の飴ちゃんを取り出していた。

 それを差し出すと、ティアは受け取る前に一度手を止めた。


「『いちごみるく』、本当に私に渡して……いいのぉ?」

「ティア、君は僕らに信用してほしかったんだろ? それって、僕らを信用したいってことだ。それに気付けなかったけど、鈍感なバカ男の僕にもやっとそれが分かったから。僕は、君を信頼して背中を預ける。『いちごみるく』の飴ちゃんも、君に渡したい。これが僕の信頼の証だ」

「ど、鈍感なバカ男は流石に私も言い過ぎたわぁ。ごめんなさい……」


 彼女は、飴ちゃんを一度両手で握りしめたが、ブルブルと体を揺らしてぎゅっと目を瞑り、そのままコトリと置いた。 


「この飴は、私の話を聞いてもらってから食べるわぁ。もし、この話を聞いて私のことを……パーティから放り出したいと思ったら、言ってほしい。食べずに返すから……」

「分かった……」


 彼女は、手をぎゅっと握りしめて、僕らに話し出した。

 彼女の背負った罪、そのすべてを。


「私ねぇ……、好きな人がいたの。少しドジなのだけれど、すごく気の合う……とても可愛らしくて、あまり笑わなくて。時々笑うときも大声で笑ったりしない、少し陰のある子だった」


 ……それって、性別は……。


「ふふっ、言いたいことは分かるわぁ。とは、私の祖父の領地だった、大きな森で出逢ったの。ティア・スピィタっていうのは、偽名……。私の本当の名前は、ティアール・ルニ・スピリス・カッセノール」

「カッセノールだって……!?」


 カッセノール家――三年ほど前までは、僕らがいるこの村がある国、オフト国南東の領地の持ち主だった家。

 二年ほど前に、カッセノール家の領地に隣接する南の領主であるアレクドル・ベル・クゲニス・ドバニによって、ティアの祖父であり領主であったゴドルム・ルニ・スピリス・カッセノールが殺害される事件が起こった。

 その日、彼の周りには執事、護衛が数名いたが、それらも全員殺害された。その後、ゴドルムの家族、親族も、アレクドルの手の者に殺され、領地はアレクドルによって接収された。……

 カッセノール家がドバニ家の手の者に殺されたという証拠はどこにも残っておらず、それを本当にアレクドルがやったのかというのは、分かっていない。


「カッセノール家って……全員死んだって……、聞いていたけど」

「私以外は多分ね……。確認は出来ていないわ、私も逃げるのに必死だったから。ヴァルードとルクスドに助けられたのよぉ。……お爺様が殺された日、私の家族がどこにいて何をしているのか……ドバニ家に情報を渡してしまったのは……、私なの……」

「……え?」  

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