第一章

第1話 飴ちゃん食べる?

「あのさ、ユウマ。あたし達三人ともパーティ抜けるわ」

「すまぬ」

「ごめんね~、ユウちゃん~」


「――は?」


 それはダンジョンから街へ帰る途中のこと。


 ――青天の霹靂へきれきだった。


 僕が三人とパーティを組んで、もう半年が経つ。

 いくつかのダンジョンを四人でクリアして、僕らは順調に基礎レベルとスキルレベルを上げていた。


 気の強そうな見た目で、きりっとした凛々しい瞳の女武闘家のサナ。

 レベルは30で、頼れる前衛。うまく敵の攻撃をいなしながら隙を見て確実に攻撃を入れていく武術のエキスパート。

 無骨、という言葉が似合う長身の侍オウギ。

 レベルは32で、前衛と中衛。サナの連撃の合間を縫って、攻撃を入れながらトドメもさせる、頼れるおとこ

 そしてサナと真逆のおっとりとした見た目の、女魔法使いミフユ。

 レベルは29、後衛でヒールやバフデバフをかけて、僕らをよく見てしっかりとフォローしてくれる。

 そして僕、リーダーの勇者ユウマ。

 レベルは33。前衛と後衛を掛け持っている。剣と弓をどちらも使えるので、敵によってどちらで攻撃するかを判断して攻撃している。弱めの回復なら使える。全体に指示を出すのも僕だ。


「な、なんでいきなり? そんなこと一言も……」

「トーヤのところのパーティメンバーが抜けたらしくって、あたし達三人が誘われたの」

「え、トーヤ……?」


 トーヤと言えば、上位レベル勇者の一人。確かレベルは65を超えていたと思う。

 そのパーティに呼ばれた? この三人が? 


 世界に何十人かいる勇者。

 パーティリーダーは教会に登録された勇者以外は認められていない。時折野良のらパーティもいるが、彼らはほとんどがダンジョンの盗掘者で、教会からのクエストや補助などは受けられない。

 サナが僕に書状を見せる。

 それは、すでに三人のサインが入った教会へ提出する為の脱退書類だった。


「私達ね~、持ってるスキルは三人ともほぼカンストしてるでしょう~? 折角高レベルの勇者に誘われたんだもの~。ちんたら安全にやるのも飽きたし、もう次のステージに行ってもいいと思うの~」

「拙者も、同じ気持ちでござる」


 ミフユが、少し困った顔で僕をじっと見つめる。ミフユは、おっとりしている見た目と声のテンポとはうらはらに、割ととものをいう女の子だ。


「でもそれは、みんなで協力してダンジョンを何度もクリアしたからで……」 


 世界には、ダンジョンがいきなり生成される。

 生成されると言うよりは、えるという表現の方が正しいかもしれない。とにかくいきなりにょきにょきと一晩で入口が形成されて、その中は大体地下3階以上の複雑な構造となっている。現在、様々なレベル帯のダンジョンが、見つかっているだけで100ほどあった。

 一つのダンジョンに挑めるのは、一パーティ四人まで。

 入る前にレベル帯が適正かどうかは、ダンジョンの入り口を守るように一緒に出てくるガーディアンのレベルによって大体分かる。入ったことのないダンジョンは、パーティ毎に一度だけ入口を守るガーディアンを倒してから、ダンジョンの入り口でそのダンジョンが持つスキルを見て、どのスキルを選択するか決めるのだ。

 ダンジョンをクリアすると、宝とスキルを入手できる。

 また、繰り返し同じダンジョンに挑むことによって、スキルレベルが上がる。


「そうよね。分かってる。でもね。普通はここまでスキルを極める前に、別のダンジョンに行くものなのよ。何度もバカみたいに低レベルのダンジョンに挑んで、隠し通路ももう全部わかってて、宝箱もみんな開いてる。途中の敵をあっさり倒して深部に到達してスキルを上げて……。今日のダンジョンだって、あたし達にはもうレベルが低すぎると思わない?」 


 吐き捨てるようにサナが言った。

 確かに、僕らが今日潜ってきたダンジョンは、レベル10が適正のダンジョン。レベル30前後の僕らが挑むには、少々どころか物足りない。

 僕たちが今日のダンジョンで上げていたスキルは、サナが『ハイキック』、オウギが『一刀突いっとうづき』、ミフユが『攻撃力上昇アタックアップ』。僕は『火炎弓かえんきゅう』。どれも基本のスキルだ。今日潜ったことで、やっと全員のスキルがレベル10になり、SMスキルマスターになった。

 マスターするとスキル効果が2倍になる。

 厳しいレベルのダンジョンに挑んで、むやみにメンバーを失いたくはないし、それが最善だと思っていた。 

 実際、そのトーヤのパーティだって、この三人は知っているのだろうか。

 トーヤのパーティで、いい噂は聞かなかった。ということが、何を示すのか。この三人はトーヤの表面上の名声だけを見て、彼に従おうとしているのか……。

 それに僕は基本のスキルをないがしろにしたら、後に響くと考えていた。剣術だって武術や魔術だって、基本の上に成り立っている。

 スキルとは力を発現する効率を上げるためのすべでしかない。

 別の高レベルのダンジョンスキルだって、基本的には低レベルのダンジョンスキルの派生なのだ。それをこの三人も、分かって付いてきてくれているものいるものだと思っていたのに。


「よく考えてよ。『ハイキック』のスキル効果が二倍になっても、『ハイキック連』のレベル5より下なのよ?」

「分かってるよ…」


 『ハイキック』の上位スキル、威力が上がる『ハイキック改』、その上は連撃を出せるようになる『ハイキック連』。上位スキルを手に入れるには、その下のスキルが5レベルあれば十分だった。

 ただ、『ハイキック改』のダンジョンのレベルは25、『ハイキック連』に至ってはレベル55のダンジョンだ。『改』のダンジョンはまだしも、『連』のダンジョンは僕らがとても挑めるものではない。

 高レベルになればなるほど、ダンジョンそれ自体も深くモンスターも当然のように強くなる。トラップも多く、スキルを取れるかどうかも怪しいこともあるのだ。回復呪文やスキルはあっても、死者を蘇生するスキルは今のところ見つかっていないのだから、死んだらそこで終わりだ。

 リスクを考えれば、絶対にスキルはマスターしてから次のレベル帯のダンジョンに挑んだ方がいいはずなのだ。

 サナは溜息をいて、


「あんたはそういう考え方だって分かってるし、この先もそうやって安全を第一に考えてゆっくりレベルを上げていけばいいわよ。でも、私たちは上に行きたいの。こんな低レベルのダンジョンじゃ、基本のレベルも全然上がらないし、もううんざりなのよ」

「でもおかげでトーヤの目に留まったみたいだしぃ、結果オーライだったけどね~」

「拙者、まださらなる高みへ挑み、昇竜のごとく立ち昇りたいのでござる。本当にすまぬな」


 こうして三人は、僕のパーティから脱退した。


 手に無理やり握らされた脱退書類を、ぐしゃぐしゃにして破りたいと思ったが、これを破ったとしても、三人が僕のパーティから脱退する意思は変わらない。

 そんなことをしても、みじめなだけだ。

 意味がないことだと嘲笑わらって、僕は彼らが向かったのと別の方向へ向かった。

 このまま街へ向かってあいつらの後ろを歩くのもしゃくだし、どこかで時間を潰そうと思ったのだ。なんであいつらは、街に着く前にこんな話をしたんだ。別にここじゃなくてよかったのに……。

 もしかして、これは嫌がらせなのか――? 

 ふつふつと黒いものが湧きあがってくる。嫌な事ばかり思い出す。

 僕は街はずれの森にある湖に向かった。ダンジョンに潜らないときは、割とよく行く場所だった。静かで、鳥のさえずりが耳に心地よくて、昼寝などもよくしていた。

 僕の安息の地は、もう今やあそこしかない。

 酷く胃がムカムカして、頭も痛くて、とにかくダンジョンの序盤でスライムに転ばされた時のような最低の気分だ。あいつらは、あの時もそういえば僕を助けるでもなく笑っていた。

 足取りが覚束おぼつかない。

 ああ、湖が見えてきた。少しひんやりとした風がうつむきながら歩く僕の頬をでていく。いつもなら、顔を上げて歩く道…とても気持ちのいい林道…なのに。

 本当に、本当に酷い顔をしていたと思う。

 ああ、湖が見えてきた。僕の安息の地……。


「お兄ちゃん、どないしたんや? 酷い顔やなあ……。そうや、飴ちゃん食べる?」

 

 湖のほとりには、モンスターを従えた美少女が座っていた。

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