第二十九話 VS火竜戦 突入!

 スイール達はリエーティの神殿の一室を丸々借り受けて体を休め、旅の疲れを癒した。


 そして、次の日。

 太陽が完全に昇った頃合いを見計らい、御者役の兄妹が操る馬車に乗り込み、赤竜の住まう洞窟へと出発した。

 洞窟までの距離は一日弱。その手前で一夜を明かし、日が明けてから赤竜に挑もうと予定にしている。

 だから、出発を遅めに設定した。


 赤竜の住まう洞窟までは退屈な時で獣の類は全く現れなかった。

 それは何故かと言うと、洞窟にすべての生き物の頂点と思われる赤竜が住んでいると周辺の獣達は感知しているからだ。

 特に火蜥蜴などは食べられてしまわぬ様にと、近づく事さえしない。

 脅威が現れぬか見張りを厳としていたが、全くの無駄になってしまった。

 しかし、余計な怪我を負わぬと考えれば無駄でも無かったと思うしかないだろう。


 そして、スイール達が洞窟の近くで一夜を明かして朝食を食べ終わり最後の準備を整える。


「夕方まで、いえ昼までに戻らなければ、失敗したと思ってください」

「そうならない様に、祈っていますよ」


 御者役の兄妹にスイールは弱気な言葉を向ける。

 それに対して兄弟は笑顔で”祈っている”と返すのが精いっぱいだった。

 強大な敵に挑む彼らに送る言葉はそれ以上口から出て来なかった。


 赤竜に挑むスイール達は重く必要のない荷物を馬車に置かせてもらった。

 その中にはヴルフの棒状戦斧ポールアックスとエゼルバルドの両手剣も含まれている。

 赤竜に対して有効な武器は金竜の羽根を混ぜた金属、ドラゴナイトで作られた武器だけ。特にヴルフの愛用している棒状戦斧ポールアックスは魔法を付与されてもいない為に打撃を与える事も出来ないだろう。

 エゼルバルドの両手剣は魔法を付与されているが、同じような中距離武器たる棒状万能武器ハルバードを用いるために今回はお休みである。


 ヴルフとエゼルバルドを先頭にして五人は赤竜の住まう洞窟を目指す。

 三十分も歩けば洞窟に到着するだろう。

 そうなれば、引くに引けない赤竜との戦いが待っている。


 彼らの額には一歩歩くごとに汗が浮き出る。

 火山の熱や夏の暑さが原因ではない。ヴルフが赤竜と戦うのが楽しみだと口にしていても、本当に勝てるのかと内心で考えてしまっているのだ。それが伝播し、緊張の糸が張り詰め始めているのだから、誰でもそうなるだろう。

 特に、赤竜との戦いに否定的な考えのアイリーンは今にも逃げ出したいとさえ思っている。それでも、前衛のヴルフやエゼルバルドよりは危険が少ないと、自らに暗示を掛け足の震えを押さえている始末。


「そろそろ到着します。最後に作戦の確認をしますよ」


 誰もが緊張で喉がカラカラになっていたのだが、スイールの一言で一斉に水を喉に流し始める。それでガチガチに固まっていた体が幾分かほぐれた気がした。


 それからスイールは歩きながら赤竜の弱点となる逆鱗の特徴と場所をまず確認した。

 首の下、人で言うと喉ぼとけのある周辺に白い鱗が存在している。それをヴルフかエゼルバルドの棒状万能武器ハルバードで突き刺す事が今回の勝利条件となる。


 赤竜の鱗は通常の武器では貫き通す事さえ出来ない。

 ただ、今回に限って言えば攻撃手段の全てを金竜の羽根を混ぜ込んだ金属、ドラゴナイトで揃えているのでその心配はない。


 それよりも心配なのは赤竜が持つ最大の攻撃手段だろう。

 洞窟の入り口に到着したスイールがしゃがみ込んで地面を触ると渋い表情を見せてくる。


「見てください。ここまで焦げ付いています」


 地面に視線を向ければ真っ黒に焼け焦げた岩があちこちに転がっている。しかも、焼けた面は全て洞窟の内部を剥いている。それを見ればどんな状況なのか、ブルブルと身震いする程であろう。


「ここまで炎の暴息ファイアブレスが届くのか……」

「ええ……。ですが、これでも手加減しているはずですよ。本気を出したら、都市が一つ、灰燼に帰すなど簡単でしょうからね」


 焼けた岩を目にして、とんでもない対手に喧嘩を売ると初めてヴルフは恐怖する。

 しかも、その威力は手加減されたものだとスイールは口にした。もし火竜が全力を出してしまったら洞窟を崩落させるだけでは済まないことは確かだからだ。自ら住まう場所を壊さぬようにと本能的に刻み込まれているのだろう。


 全力を出せぬ場所、それこそが赤竜に勝利できる前提条件となる。住まう場所を破壊する実力を出させる前に勝負を決められるか、それが胆となるだろう。


「ちょっとよからぬ気配も感じるので、洞窟に入りましょう……っと、その前に」

「ワシとエゼルが盾を構えて進むのはわかるが……、それは何だ?」


 気合を入れて”さぁ討ち入りだ!”と進もうとしたのだが、スイールはその前にと斜にかけた鞄から大きめの包みを取り出した。葉っぱに包まれたそれを開いて行くと、輪切りにされた火蜥蜴の尻尾肉が現れた。

 それを摘まんで生活魔法の種火ファイアで炙り始める。


「何してるの?」

「今から食べるの?」


 アイリーンとヒルダは不思議に思いながらスイールの手元を眺める。

 これから戦いに赴くというのに何故?と思う気持ちが強いのだ。


「このくらいやってもいいかなと思いましてね」

「良い匂いをさせてどうすんの?」

「風向きにヒントがあるのですよ」


 クリクレア島では北西、もしくは、西の風が吹くのだが、何の関係が有るのかと誰もが、”風向き?”と首を傾げた。


「風向きで戦いが有利になるの?」

「ちょっと違いますね。洞窟は入り口から奥に向かって風が流れているのです。火口で暖められた空気が上昇するので、その供給場所の一つが洞窟になっているのです」

「でも、そうなったら、焼いた肉なんてすぐわかっちゃうじゃん」

「大丈夫ですよ、人の匂いを隠せればそれで十分なのですから」

「無理だと思うけど……」


 大真面目に理由を口にしながら肉を炙るスイールを、エゼルバルドは無理があると額を押さえながら辛辣な言葉を向ける。

 近づく人の匂いを焼いた肉で胡麻化そうとする努力は買うが、野生で生きている獣達が火を使って料理などしないだろう。匂いを嗅いだだけで人が近づいていると知らせていると確証を持たれてしまう。


「無駄だからやめておけ」

「ヴルフも反対ですか?」

「お前、自分で言ってただろう。竜種は知能が高いって」

「ですが今回は状況が異なりますからね」


 ヴルフが無駄だと注意しても止める気配すら見せぬために、皆して”ダメだ……”と天を仰ぐのであった。


「こいつは無視してエゼルよ、準備は良いか?」

「まぁ、ダメと言っても行くんだから……。いいよ!」

「あ、私は無視ですか?」


 洞窟の入り口で塔盾タワーシールドを構えたヴルフは隣のエゼルバルドに準備を促す。塔盾タワーシールドを同じ高さまで上げて準備は整ったと答える。

 そして、”無視された”と呟くスイールを一瞥することなく、作戦通りに洞窟へ駆け込んでいく。




 火竜の住まう洞窟は火山の火口まで続く一本道だ。

 火口は山の中腹域、地上から八百メートルの場所に存在し、常にマグマが噴出している。

 標高が二千五百の山であるが、火口は何故か低い場所にあるとても珍しい火山だ。

 その火口に向かう洞窟は二百メートル程で火口に到着する短いものだ。火口自体が西に寄っているのでそのくらいの距離で済んでいる。


 ヴルフとエゼルバルドは盾を構えて五十メートルを十五秒程かけて走る。足元が不安定な事と、慣れぬ塔盾タワーシールドを構えているから仕方がないだろう。

 そして、残り五十メートル程となったところで全員が前方からの異変に気付く。


「と、止まれ!」


 ヴルフが大声を発するとともにその場で急制動をかけた。

 身を低くして塔盾タワーシールドを”ガツン”と地面に打ち付けて固定。

 それを視界の隅に見ていたエゼルバルドも同じように身を低くして、ヴルフの塔盾タワーシールドの横で同じように地面に固定する。


 そして、ヴルフとエゼルバルドが固定した塔盾タワーシールド二枚に隠れるように他の三人はその影に入り込んだ。


 ”ゴオォォォゥーーー!!”


 盾の影に三人が隠れて幾つも数を数えぬうちに、真っ赤に燃え盛った炎が彼らを襲った。


「あちち!」

「い、息が苦しい……」


 塔盾タワーシールドに遮られたとは言え、赤竜が吐き出した炎の暴息ファイアブレスをまともに受けてしまったのだ。輻射熱を浴びるのは仕方ないだろう。

 それよりも、赤竜から吐き出された炎の暴息ファイアブレスは空気中の酸素をごっそりと奪い去った。盾に守られた筒状に安全地帯が作られたとはいえ、酸素がなくなれば息苦しくなるのは仕方ないだろう。

 それに、洞窟の入り口からここまで走ってきたのだから、大きく呼吸をするのも当然。息苦しいのは予想されていたのだ。


「すぐに後方から新鮮な空気が来ますからそれまで我慢です。アイリーンとヒルダは飛び出せるように準備をしてください」

「それは大丈夫。もう準備は出来てる」


 左手の長弓ロングボウを振ってスイールに答える。彼女の長弓ロングボウはすでに鉄の矢を撃てるようにスイッチを切り替え済みで、いつでも攻撃可能な状態だ。

 それに、一本道の洞窟を早く逸れたくて仕方がない。


「二人でチームなのを今回は忘れないでください。あの炎から身を守るのは塔盾タワーシールドか魔法でしかで来ませんからね」

「魔法は任せて!」

「ほんと、恐ろしい事を平気で口にするな……」


 危なくなったら魔法を展開する気満々のヒルダは役目を与えられてうれしそうに答える。

 その笑顔になったヒルダを、少し引いた位置でアイリーンはぼそりと呟くのである。


 数秒で息苦しさが無くなったとみて、五人は再び洞窟を駆け出す。

 あと、五十メートル。そうすれば火口の広場に出て、自由に動き回れるだろう。

 それまでは我慢が続く。


 しかし、その五十メートルを駆けたが、赤竜の炎の暴息ファイアブレスは吐き出されなかった。悠々と赤竜のいる火口まで到着したのであるが……。


「ちょ、ちょっと聞いてないわよ、こんなの!」


 二本の足で立ち上がり、蟻の群れを見るような視線を赤竜は見せていた。

 立ち上がった大きさは五メートルにもなろうか?

 赤い鱗で全身を覆い、目玉だけが不気味な黄色に染まっている。

 そして、口元からは赤竜のトレードマークの炎がチロチロと漏れて熱を生み出している。


「アイリーンとヒルダは離れた場所で援護を」

「「了解!」」

「ヴルフとエゼルは自由に動いて赤竜を攪乱してください」

「おう!」

「わかった!」


 纏まっていては赤竜の的になると、作戦通り散開して攻撃に移るように指示を出す。

 攻撃の要は近接戦闘を行うヴルフとエゼルバルドの二人だ。

 スイールは二人が自由に動けるように援護に徹するつもりでいるのだが……。


「私は二人の援護に回ります。でも、ちょっとダメージを与えておきたいのですよ。はあぁぁぁ……」


 赤竜は正面から駆け出した四人を顔を動かし行方を追っている。

 スイールはこれは幸いと初撃は自ら打ち込んでやろうと魔法の準備に入った。


 左手で握った杖の先端、黒い魔石が青く変色する。

 強引に抜き出した魔力を高く掲げた右手の先に集め始める。


 竜種であれば魔力の流れを感知するのは容易い。エゼルバルドが金竜と訓練した時には魔力の使い方がなっていないと駄目出しをしていたほどに、だ。

 しかし、スイールは魔力を集め始めた自分に注意が向かぬ事に底知れぬ不安を覚え、いや、この場合は違和感を抱いたと告げた方が正しいだろう。わずか二秒とは言え、魔力を集めているのだから反応しない方が可笑しい。


 それでもこの状況を好機と捉え、先制攻撃を予定通り実行する。


「では……。氷結打アイス・インパ撃槍クト・ランス!!」


 集まった魔力が槍型の氷塊を形成しだす。

 最太部は直径三十センチもある極太の形状をしている。

 だが、通常の氷の槍アイスランスと大きく異なる特徴を持っている。

 内部が空洞になっており、そこに不凍水が半分ほど入っているのだ。


 何故そんな構造にしているかと言えば、氷の塊がぶつかると同時に内部の水が同じように氷の槍の内部で暴れ、二度目の衝撃を与えるのだ。

 少しでも突き刺されば、二度目の衝撃を同じ場所に加える事が出来致命傷を負わす事が出来るだろう。


 しかし、相手は竜種。

 魔法の攻撃で倒せるほど軟ではない。

 生半可な攻撃で注意を逸らせるはずも無いと、打撃に特化した魔法を用いることにしたのである。


 スイールの頭上に形成された中空の内部を持つ氷の槍は、彼の右手が前方に振られると同時に赤竜に向かって高速で飛翔して行く。

 火山の熱で熱せられた空気であったが、氷の槍はその熱に負けて溶けること無く、空気を切り裂きながらキョロキョロと落ち着かぬ赤竜を直撃した。一度目の衝撃と、二度目の衝撃、両方共が効果を発揮できるようにと、狙った側頭部に吸い込まれた。


「やはり何かが可笑しい……」


 氷の槍が側頭部に直撃した光景に、先ほど覚えた違和感が正しかったと証明してしまった。

 スイールが改造したとは言え、ランク二の魔法に竜種が易々と当たるなど考えられないのだ。魔力を感知できる筈なのだから、回避できぬわけがない。

 それにもう一つ、強靭な足回りを持っている赤竜の特徴を生かせぬはずも無いと、鋭い観察眼を向けるのであった。




※始まりました、脅威の赤竜との戦いが。

 先制攻撃はスイールの魔法。

 しかし、効果は無く、違和感ばかり。

 さて、どうなってしまうのでしょうか?

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