第二十五話 トルニア王国、国内の反乱に兵を出す

 ディスポラ帝国皇帝ゴードン=フォルトナーが動いたのは、ベルグホルム連合公国やアーラス神聖教国、そして、トルニア王国が軍を動かした時より、半月以上も遅れてからだった。


 国境を侵されたベルグホルム連合公国とアーラス神聖教国の二国は脱兎の如く迅速に自国の都市へと兵士を派遣した。それにより、均衡が破られ守備側が数の上では優勢になり一息つけるかと思っていた。


 だが、それは攻め手の国では既に予想された行動であり対策を施されていた。


 まず、守備側の援軍が進む進軍路の要所要所に伏兵を配置していた。

 殲滅を目的とせず、混乱を起こせばよかっただけの少数の部隊を。

 それは見事に成功したかに見えた。

 だが、自国内の進軍路は調べつくされており、逆に追いかけまわされてしまっていた。


 そんな事もあり、守備側の軍勢が目的地に到着するときには、兵士達には敵を見くびる気持ちが蔓延していた。

 そんな満身の気持ちを持った援軍が武力を振るうのだが、逆に敵を追い返せず焦りの気持ちを持ってしまう。


 これこそが、今回の攻め手に用意された策略だったのだ。


 守備された都市を落とされないまでも、慢心した軍勢で攻め寄せても追い返す事が出来ず、徒に被害が増えるだけで決定打に恵まれなかった。


 攻撃側が長期戦を見据えた神出鬼没な作戦を展開し始め、慢心した軍隊は及び腰になり浮足立っていた。


 それこそが目的であったのだが、それを見通せた者は首脳部の中には頑固一徹な石頭が多く、誰一人としていなかった。







 国境を侵された二国とトルニア王国では戦いの様相が全く違った。

 独立を宣言した北部三都市は真っ先に、トルニア王国でも重要な農作物の生産地であるミンデンを落とした。

 独立宣言を出してから、わずか三日後の事であった。


 独立宣言をして籠城を決め込むかと誰もが思ったのだろうが、蓋を開けてみれば領土を広げようと軍を進めていた。そして、守りにくい北部三都市を手薄にしてまでもミンデンに兵力を集中していた。


 兵力三万五千の内、ミンデンに集めたのは二万五千。そしてミンデンを守っていた兵士数千も配下に納め、今やミンデンは三万の兵力が集中する要害と化そうとしていた。


 これらの報告を聞き、トルニア王国の王都アールストでは国王アンドリューが乱心したかと思うほどに暴れたと言う。

 その後、ある程度冷静になった国王アンドリューは数倍の兵力をもって北部三都市を反乱軍として攻め落とそうと軍を編成して向かわせたのである。


 カルロ将軍に元帥印を預け、十万の軍勢を率いて王都を出発しベリル市で一旦軍勢を休ませた。他都市からの援軍も集めねばならずその処置であったのだが、カルロ将軍の元へ報告が来たのは寝耳に水の状況だった。


 一つ目は世界情勢であり、ベルグホルム連合公国とアーラス神聖教国へ隣国が攻め込んだ報だった。

 そして二つ目は、帝国が国境を越えてルカンヌ共和国へ攻め込んだ報であった。


 軍隊を編成するには時間が掛かる。編成するだけでも半月や一か月掛かってしまう事がざらである。

 だが、今回は緊急時とあって十万の軍勢を集めたのはわずか十日程だった。

 それから王都を発進してベリル市へと到着したのは通常の旅人が必要とする五日の時間を大幅に超えた八日も掛かったのである。


 北部三都市から独立宣言が発した時から日数を計算すると、軍勢を集めベリル市へと到着するときにはすでに二十日以上も掛かっている。

 そう、ディスポラ帝国皇帝ゴードン=フォルトナーが各地での出来事を知り、集めてあった軍勢を動かすには何でもない日数だった。


 そうなると、トルニア王国では対応が変わってくる。


 ルカンヌ共和国は友好国であるアーラス神聖教国からの援軍が期待できなくなる。それに加え、海路を使ってトルニア王国からの援軍もベルグホルム連合公国内での戦争が影響して送るなど無理になる。

 そうなればスフミ王国の軍全を動かしてディスポラ帝国を牽制するのが常套手段であるが、これも先手を打たれて逆にスフミ王国を牽制しつつあった。


 スイール達が目撃した建設途中の砦に五万もの軍勢が配置されようとしていたのはそれであった。


 帝国領内にあるパラトンとジェモナの二都市から目と鼻の先、アミーリア山脈の麓に建設中の砦に五万もの兵士がいれば、スフミ王国も迂闊に手出し出来る筈も無かった。

 だから、トルニア王国では国内もそうだが、スフミ王国へ援軍を送らざるを得なくなってしまった。


 とは言え、一度動かした軍隊が兵員が足りずに再度兵を招集しようとすれば、何をしているのかと国王に批判的な者達も現れる。そうなっては、北部三都市を打ち負かすどころか、国内の安定も怪しくなり、独立を許してしまう可能性もあった。

 国王はやむなく、カルロ将軍と大部分の兵士を王都に引き返させてスフミ王国へ改めて派遣する事にした。


 十万の兵士の内、北部三都市へ向かわせた兵力は僅か二万。北部三都市よりも帝国の軍勢が危険だと判断した結果だった。

 そして、トルニア王国を東西で分ける大河、ラルナ長河以東の兵力は対帝国にと温存するとも決まり、北部三都市へは王都を出発した二万の軍勢とラルナ長河以西の都市、アニパレ、ルスト、そして、ブールの三都市合わせて一万七千、合計三万七千で当たることになってしまった。


 王都の軍勢はカルロ将軍が抜けた後、総大将として彼の腹心グラディス将軍が当たる事になった。

 これはアニパレでの会議に出席した事実が大きく、その地方はグラディス将軍に任せて置けば良い、と安易に決まってしまった結果でもある。

 グラディス将軍はカルロ将軍の右腕と呼ばれてる事もあり、誰からも反対意見は出なかった。


 そして、王都からの軍勢にびっくりする人物が残された。

 トルニア王国国王アンドリューが弟、ブールの領主アビゲイルが予想した通りの人物、第一王女のパトリシア姫、いや、パトリシア王女だった。


 その理由もアンドリューが予想した通り、国王が無暗やたらと動けぬこの状況で動かせるかを考えた場合、第二王子のジョセフは論外として、第一王子で王太子のアレクシスか第一王女のパトリシアが上がってくる。二人共、成人しており派遣するには問題ない。


 だが、国内と国外の同盟国を考えた場合、どちらを優先するかとしたら、独立宣言をして敵になってしまった国内問題よりも、いまだに味方のスフミ王国を重要視したのだ。

 第一王子のアレクシスは戦後処理の問題にも必要となれば、必然とパトリシア王女が国内平定の旗印となるのが自然と考えられた。







 そして今、ベリル市の郊外に集められた二万の軍勢の中心で、総大将のグラディス将軍以下、重要人物が天幕に集められていた。


「非常に拙い事になった。敵は新たにシュターデンを攻めるらしい」


 グラディス将軍が大勢の前で声を上げた。

 シュターデンはラルナ長河の下流、キール自治領との境に位置し、北部三都市からも近い。河川の西側に位置し、攻めるとなれば非常に難しい場所であった。

 だが、新しいだけあり、戦乱にさらされた記憶も無く高い防壁を持たぬ程の小さな町だ。

 それを攻めると、放っていた諜報員が情報をもたらしてきたのだ。


 北部三都市が落としたミンデンも比較的新しい街であるが、重要な農作物の保存設備や加工工場を有しているだけあり、防御機構はかなりの物を有している。


「シュターデンを取られ、ミンデンを攻める我らの背後から押し寄せられたらたまったもんじゃないな」


 天幕の中で誰かがボソッと言葉を漏らした。

 現在のベリル市からハイムを経てミンデンに攻め上がろうと順路を作成した矢先にこれだとグラディス将軍は頭を掻いた。


 既にアニパレ、ルスト、ブールには連絡済みでそろそろ集めた軍勢が出発する頃と見られている。

 ルストの軍勢はアニパレで合流してミンデンを直接攻め、ブールの軍勢はハイムで王都からの軍勢に合流して全軍を持って一気に敵を打ち破ろうと考えていた。

 とは言え、三万七千の軍勢で三万の北部三都市の軍勢と当たっても易々と攻め落とせないだろうとは誰もが考えている事である。


 そこに降って湧いてきたのが、北部三都市が少なくない軍勢をシュターデン攻略に回そうとの情報だ。

 小さな町なら千か二千で落とせるだろうと敵は高を括っている筈と誰もが思っている。

 それならば、わずかでも敵を各個撃破してしまえば有利になるだろうと誰もが頭に浮かぶのだが……。


「とは言え、ミンデンを攻めるとなると、三万でも苦しいのだがな……」

「そこは考えようです。例えばミンデンを囲ってしまえば兵糧攻めも出来ようと言うもの」


 ミンデンの住人の事を考えれば無暗やたらと攻撃して被害を出したくはない。兵糧攻めも同じで、その策を取りたくは無かった。

 できればミンデンより敵を誘い出して、野戦で決着を付けたい所である……が、そう上手く行く筈も無い。


 頭を悩ませるが最良の方法など考えられる筈も無く、徒に時間が過ぎようとするのであるが、グラスディス将軍は悩んでいても仕方ないと手持ちの情報をもとに作戦を伝える。


「悩んでいても始まらないだろう。アニパレ、ルスト、ブールの地方軍はすでに動き始めているのだからな」


 グラディス将軍が口にした通り、援軍にはすでに通知を出してしまった後だった。

 ミンデンが占領されたと第一報が入ってからすぐに、北部三都市討伐よりもミンデン奪還へと舵を切ったために、ブールの軍勢はハイムにて主力と合流し、アニパレとルストの援軍は二つの軍勢を合流させてミンデンの西側へと出る様にと指示していた。


 今から軍を動かせばグラディス将軍率いる主力部隊とブールからの軍勢はハイムで合流できるだろう。主力二万とブールの軍勢五千、合計二万五千となる。


 合流してからシュターデンを攻めるとなれば、ラルナ長河を下る事になるだろう。ハイムに行けば五千程の軍勢を下るための船を確保する事は容易い。

 そこで、グラディス将軍は一つの策を取ろうとしていた。


「こちらも軍を分けたくはないが、シュターデンを敵が攻めると動かしている今、悠長に事を運ぶ訳にも行かなくなっている。そこで一軍を出してこれを釘づけにして、敵戦力を引き付けて貰おうと思う」


 千か二千か、それくらいの敵であっても籠城されてしまえばその三倍は攻城戦に投入しなければならない。つまりは三千から六千の軍勢がそれに匹敵する計算だ。

 それを守りの弱いシュターデンで同数の兵士で引き受けて貰えれば、グラディス将軍率いる主力と敵守備隊の差を少なくできると踏んだのだ。


「【ボセローグ】中将、【ゼレノエ】少将、二名前へ」

「はっ!」

「はいっ!」


 ボセローグ中将、ゼレノエ少将の両名は共に守り主観とした兵士運用を得意としている。その二人にグラディス将軍の計画通り、敵を引き付ける役目を与える。


「両名は三千の兵士を率いてロトアを経由してシュターデンへ向かえ。これを落とす必要はないが、出来るだけ多くの敵を引き付けてくれるとありがたい」

「畏まりました」

「それと、パトリシア王女はいらっしゃいますか?」

「はい、こちらに」


 将の列より離れて見ていたパトリシア王女は前に進み出て、返事をする。


「申し訳ないですが、王女様はボセローグ、ゼレノエ両将の後方にて、補給部隊の護衛をお願いしたい。基本的には【ビゼン】補佐将と共に補給の指揮を執って欲しいのですが」

「はい、承知しました」


 カルロ将軍にグラディス将軍の部隊に残され前線で一部隊を任せて貰えるかと思っていたが、後方の補給部隊を任せると聞き若干落胆していた。

 成人し自らの騎士団を持つまでになったパトリシア王女と言えども、グラディス将軍の目から見れば危うすぎて使いどころに困っていた。体よく、補給部隊について勉強して欲しいと厄介払いしたようなものである。


 パトリシア王女はここで駄々をこねて戦場へ参加させて欲しいと告げれば、その通りになる可能性もあった。だが、すでに動き始めた敵への対応を優先しなければならず、渋々と了承するしかなかった。

 一応、物の分別はわかっている。それをしなければ、王族など我儘を振るっていればいいだけの存在だ、そう思われたくなかった事もある。


「では、王女様よろしくお願いします」

「ビゼン補佐将殿、こちらこそよろしく」


 列の末席に位置するビゼン補佐将の横に並んだパトリシア王女に横を向いてにこやかに声を掛けた。


 このビゼン補佐将は頭髪が無く、自他ともに認める老将でもある。

 若い時から補給部隊に配属になり、それからずっと補給部隊を渡り歩いる。

 そのビゼン補佐将をボセローグ、ゼレノエの両将に付けるのだから、グラディス将軍は二将の作戦を重要視している証でもあった。


 パトリシア王女がそこまで読んでいるのかは不明だが、三千の兵を預けられた二将は改めてこの作戦が重要であるのだと言われたに等しかった。




 その後、一万七千の主力部隊はグラディス将軍に率いられてミンデンを攻める準備にブールの軍勢と合流するためにハイムへ、そして三千の別動隊はボセローグ中将を総大将としてシュターデンを攻める敵を迎撃するために中継地のロトアの街へとそれぞれ向かうのであった。




※王族たるパトリシア王女より、元帥印も持たぬグラディス将軍が命令できるか?

 孫子の逸話や項羽と劉邦の韓信の話を知って入れば不思議でも何でもないです。

 将は軍の最高責任者であり、軍中にあっては王からの命令であっても曲げて聞いてはいけない。

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