第三十話 それぞれの収穫祭に向けて

 八月下旬のとある日、トルニア王国の王都アールストの王城で、今年は収穫祭に合わせて周辺の視察が実施されると発表があった。その内容は瞬く間にトルニア王国全土に広がり、対象となるブールの街周辺では上を下への大騒ぎとなっていた。


 だが、その発表に違和感を持っていた人達もいた。それは収穫祭に合わせての視察であるが、なぜ軍の責任者であるカルロ将軍がわざわざ出向いてくるのか、であった。

 カルロ将軍自身は近隣都市に出向く事もあり、遠いがブールの街に出向いても不思議ではない。


 そのカルロ将軍が収穫祭に合わせて視察をすると発表された事が異例であった。







「なるほど……そう言う事だったのですね」


 その発表を知った一人の魔術師は納得した表情で声を漏らした。そのまま背もたれに体重を任せて天井を仰ぎ見る。


「カルロが来るのが何か気になったか?」


 腕の立つ護衛としてあばら家に一緒に住み込んでいるヴルフが、手入れしている剣から視線を外してスイールへと向ける。

 収穫祭に合わせてカルロ将軍が地方へ向かう事自体が異例ではあるが、前例がない訳ではないと特に興味も持つ事はしなかった。だが、スイールはそれが気になったようでしばらく考え、その答えを何か導き出した事まではヴルフもわかったのだが……。


「宜しいですか?収穫祭に合わせてエゼルとヒルダの結婚式をするのですよ。それに合わせてカルロ将軍がブールに来るのですから、当然ながら姫様がお忍びで同行するのは目に見えているではありませんか」

「おお、そう言う事か!だとすると、悪戯の総仕上げってところだな」

「そうなります」


 そう考えると、居ても立っても居られぬのがヴルフである。そわそわと今にも飛び出して行きそうな勢いであるが、スイールがそれを制止した。


「何をそわそわしているのですか?私達に出来る事はありませんよ。今は平然として、あの二人エゼルとヒルダに悟られない事が大事ですよ」

「そ、そうじゃったわい。だが、平然とするのは難しいのぉ」


 ぼりぼりと頬を掻くヴルフに、”確かにそれが一番難しいのですがね”と一言告げると、再び天井へと視線を戻すのであった。







 そして、その発表に関心を持っていた者達がもう一組いたのであるが……。


「おい!これはどういう事だ?お転婆姫が出てくるんじゃないのか」


 尖塔の狭い一室で三人の男がたった一人を槍玉に上げて叫び声を上げていた。告げてきた情報と違うではないか、と。

 そう、その男は確かに秋の視察にお転婆姫のパトリシアが出向くと告げていた。


 それが、出向いてくるのは護衛をたんまりと引き連れるカルロ将軍であった。それを知った今は、これまでの準備が無駄になってしまうと危惧するのだ。


「お待ちください。パトリシアが出向かないとは何処にも発表にありません。これはお忍びで来るに決まっています、間違いありません」


 そう自信満々に言い切る男は、ただの言葉逃れのために口に出したのではない。王城に協力者がいるのだとさらに続けたのだ。


「協力者からの情報に間違いはない。信じられぬのであればそれでも構わぬ、だが、その時はどうなるか分かっているのだろうな?」

「くっ!たかが伝言者の分際で我らを脅すのか?」


 ”たかが伝言者”と罵られたが、男は内心で煮えくりながらも笑みを浮かべて言い返す。


「脅すですと?いったい誰が、私がですか?そんな事は一度もしたことありませんよ」

「巫山戯るな、何時も何時もその言葉ばかり!この場でお前を殺してもいいのだぞ!」


 売り言葉に買い言葉だと、禿げ上がった初老の男が帯びている剣に手を掛け抜き放とうとした。この狭い部屋で切り合いになればその男を切り捨てる事が出来るかもしれないが、同時に同盟を結んだ同志を失うかもしれぬと思えば無暗やたらと抜くなど出来ぬのである。


「おお、口が滑りましたな、これは失礼しました。それで、如何されますか?私共の情報を信じるか、それともここで私を切り捨てますか?私が戻らなければ、如何なるかはご自身がよくご存じであると思いますが」


 ”ニヤリ”と不敵な笑みを見せ、二者択一を迫る。


「おい、剣から手を放せ。我々は一蓮托生なんだ、こいつを切り捨てても状況の変化は望めないぞ」

「だが……」

「わかっている、こいつの言動は許せぬのはな。だが、今は一丸となって事を秘密裏に成功させるだけだ」


 禿げ上がった男は仕方ないと剣から手を離すと憮然とした態度で椅子に腰を落とした。そう説得するが、その当人も腑に落ちぬ気持ちは持ち合わせており、情報通りでなければ自らが切り捨てる、と表情に出していた。


「では、お三方、準備をお願いします。私共も刺客を送り込みますので、裏切りは御免被ごめんこうむります」


 最後にそのように言い残すと、踵をさっと翻して狭い部屋から急ぎ足で去って行くのであった。


「ふんっ!若造が、今に見ておれよ」


 ドアを閉めて歩き去ってゆく男に毒を吐きつけるが、今は負け犬の遠吠えでしかなかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 九月に入った初日、トルニア王国の王都アールストの王城の広場では、十台近くの馬車と百名もの騎士が整列し、今か今かと出発を待ち望んでいた。

 その騎士達の視線の先には使える国王と、騎士達が憧れる地位である将軍職を受けているカルロ将軍が出発の式典で向かい合っていた。


「それでは、此度こたびの視察、任せるぞ」

「畏まりました。この身を賭してでも、無事にやり遂げて見せます」


 トルニア国王アンドリューは跪くカルロ将軍に無事を祈りながら声を掛けていた。


「それにしても心配だわ。今から取り止めるって出来ないのかしら……」

「これ、不吉な事を騎士の前で口にするのではない!」


 国王の傍で豪華なドレスを身に纏った女性が不安を浮かべながら小声で話しかけてきたが、国王はそれを不吉であると勇めるが、それが逆に不安をあおってしまったのである。

 だが、アンドリューの前でカルロ将軍の隣で跪く黄色の女性、つまりはパトリシア姫が心配いらないと声を掛けることになる。


「それでも心配だわ。貴女が出向く事は無いのに……」


 パトリシア姫を心配そうに見つめるこの女性、国王アンドリューの妃であり、そして、パトリシア姫の母親でもある、【リューネブルク】王妃その人であった。

 王都ではきな臭い噂が絶える事無く次々に生まれ、その都度不審な人々が捕縛されていく。

 それに加え、北部三都市が良からぬ計画を用いるのではないかとの憶測もあった。現に六月に領地に戻ったアドルファス男爵達が、領地目前で一軍に襲われたと報告にあったと耳にしている。

 そんな中で王都を離れるのを心配するのは母親として当然の心境であった。


「お母さま、ご心配に及びません。これから参るブールには友人もおりますし、何より、馬車列を警護する騎士団に加え、新設された私の黄色ナイツ・薔薇騎士団オブ・イエローローズも同行するのです。間違いなど起こりようがありません」

「そうなの?でも心配だわ……」

「これ、いい加減にせんか。パトリシアも困惑しているだろうが。ここは快く見送ってやるのが親心ではないか。パトリシアもカルロに迷惑を掛けぬように行動するのだぞ」

「畏まっております」


 それから滞りなく式典が終了すると、二人は馬に跨りゆっくりと王城の広場から出発して行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 立ち並ぶ王都市民の見送りを受けながら、カルロ将軍を先頭にした馬車列は王都を出発し、一路、西の旧王都であるベリル市へと馬首を向ける。

 十台近い荷馬車を挟むように前後を騎士達が護衛をしながら進むさまは、まさに王者の行列と言ったところだろうか?


 カルロ将軍率いる馬車列が一般の貴族の馬車列と異なる点はその豪華さにあるだろう。目に見える豪華さで言えば馬車に金を掛ける貴族側に軍配が上がるが、騎士達が操る軍馬や鋭い穂先を見せる長槍ロングスピア等、玄人目に見える装備品に力を入れているのだ。

 国王を守る近衛兵の役目も拝命する事から当然と言えば、当然なのであるが……。


 だが、そんな精鋭の中でも、パトリシア姫に付き従う二十騎強は列からはみ出す者が見え、訓練不足が目に見えていたのである。


「やはり、まだまだ訓練不足ですな」

「カルロもそう見えるか……。騎兵としての訓練は時間が足りなかったからな、致し方ないであろう」


 地に足を付けての訓練では連携もなかなかに上手くなりつつあった。そこに騎兵としての訓練を追加したのだが、これが一朝一夕では物にならなかった。個人的に馬を操り戦いをするのであれば並み以上の実力を持っていたが、連携の訓練では余裕がないのか全てが”バラバラ”な動きに見え、実力を発揮できずにいた。


 それでも、数か月訓練したおかげで何とか戦えるまでにはなったのだが、現状では盗賊相手にするのがやっとと言っても良かった。


「馬に乗れるだけなら、少し訓練すればできますが、騎兵となれば連携が欠かせませんからなぁ。ばらばらに動かれてしまえば騎兵の有利が消えてしまいます」


 カルロ将軍には手酷い負け戦の経験があった。

 騎馬を用いた運用をしなければならぬのだが上層部の作戦に従った結果、馬を降りて戦わざるを得なくなり、大切な部下を多数失ってしまっていた。その中には死を免れたとは言え、腕を負傷し戦力から外れたヴルフの姿もあったのはいつも脳裏に焼き付いて離れない。


 それからである、騎士達の騎乗訓練が苛烈になったのは……。


「まあ、あれだけ操れるのであればあと一歩ではありますがね」

「そう言って貰えると、妾の騎士達も喜ぶであろう」


 引き連れる騎士達の精鋭ぶりを話し合いながら満足そうに進んで行く。

 そして、十日程の日程を無事に過ごし、ブールの街へとカルロ将軍の馬車列は入って行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 九月の中旬、ヒルダが結婚式で着るドレスが仕上がったと呼び出しを受け、服飾職人のアデーラの元へとエゼルバルドとヒルダはそろって足を運んでいた。


「おっ、二人とも来たね!さぁ、こっちだよ」


 二人が到着した早々に、手招きをされて奥の工房へと連れて行かれた。

 しばしの間迷路のような工房を通り抜け、とある一室に到着するとキラキラと光る真っ白なドレスがマネキンに着せられて飾られていた。当然ながら、その横には真っ白のタキシードが飾られている。


「いかが……、かな?」

「えっと、こんなの着てもいいのかな、って思うくらい凄いです。ありがとうございます」


 真っ白なドレスを前にして、涙を浮かべて喜びの表情を見せながらアデーラへと深々と頭を下げる。その動作がヒルダの感謝の気持ちを表していると言っても過言ではなく、見ていたアデーラも嬉しそうに涙ぐんでしまった。


「それじゃ、ちょっと着てみな。ってエゼルは部屋の外で待つんだよ」

「ええ~~」

「幾らお嫁さんだからって、女性の着替えは見るもんじゃないんだよ!」


 そう言われてしまえば仕方無いと、エゼルバルドは肩を落として部屋からとぼとぼと出て行く。

 エゼルバルドが出て行ったと確認すると、さっそく着替えを始めよう、とヒルダに服を脱ぐようにと催促する。


 下着姿になりドレスに袖を通そうとするが、その前に難関が訪れた。


「これって着けないといけないの?」

「当然でしょ!腰のくびれを作らなきゃ、綺麗になんかなれないわよ!」


 アデーラはヒルダの腰にコルセットを巻き付け、力の限り締め始めた。

 鍛えているヒルダとは言え、コルセットが徐々に締め付けられてゆく様に恐怖に陥る。確かに腰にくびれは生まれるのだが、内臓までが痛めつけられているようで、一瞬たりとも気を抜けなかった。


「はいよ、出来たよ。これを着て、その上にドレスだ」


 真っ白なぴっちりとしたインナーを身に着けると、ようやくドレス本体に袖を通し始める。そして最後に背中をぎゅっと結んで貰うと、美しい花嫁がそこに誕生したのである。


「うんうん、良いわね。素材がいいから何着ても似合うわね」

「そうですか~?」


 そのまま、くるりと体を回転させて出来具合を確かめるが、どこにも不都合な部分は無く完璧な仕上がりだと満足するのである。


「でも、これって……こんなに大きくしないといけないんですか?」


 ヒルダが足先を見ようとして視線を下に向けた時にわかった事なのだが、何時もなら見える足先が隠れて見えなかったのだ。

 そう、アデーラはドレスを作成するにあたり、胸元を大きく見せるようにしたのだ。そのためにいつもよりも二回り以上大きなそれが胸元に鎮座して見えたのである。


「何言ってるのよ!一生に一度の大舞台なのよ、出すとこ出してアピールしなさい」

「えっと、アピールしなくても、横にいるのが旦那だし……」


 アデーラは”何を言ってるのよ”と下を向いて溜息を吐いた。


「その旦那を射止めたのは”この私なのよ”って、アピールするのよ。じゃないと、あの”ちんちくりん”には任せておけないって、手を出されるかもしれないわよ」


 その”ゾッ”とする言葉が脳内をいっぱいに埋め尽くすと、ぶるぶると震え出した。


「そんなの嫌~~!!」


 ヒルダは思わず叫び声を上げてしまったのであった。

 その後、ヒルダの叫び声に驚いたエゼルバルドが”何事か?”と部屋に入ってくるのだが、ヒルダのドレス姿を一目見て、その場で固まり言葉を発する事さえしなかった。




※それぞれの思惑が絡む収穫祭……。

 結婚式を挙げる二人もそうだが、裏で進むいくつかの計画がどうなるのか?

 この章の話も佳境に入ってまいりました……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る