第十一話 戦闘の勝利と交渉事の勝利と
馬車から降りていたガルシアが声を張り上げると同時に、彼は長剣を右に構えて、言い訳をし始めた五人の騎馬へ真っ先に向かって駆け出した。
ガルシアの声が聞こえると同時に、背中を合わせていたドワーフのネストールも、
馬車に乗っていた三人、ティアゴとエゼルバルド、そしてヒルダも”バッ!”と馬車から飛び降り、ガルシアとネストールを追いかけるように駆け出す。
それに面食らったのは、五人の騎馬達だ。
騎馬の性質上、人よりも優れた速度から繰り出される攻撃には威力が乗り、絶大な攻撃力を誇る。だが、止まった状態では手綱を取らねばならず、満足に攻撃を振るうのは十分な腕前が必要となる。
ブラームスの護衛達からすれば、五人の騎馬達はその技量が圧倒的に劣っていたのである。
飛び出したガルシア達に驚き、馬首を返して逃げようと画策する騎馬達。しかし、たった十メートルの距離にあれば、動きを予測して攻撃を仕掛けるなど造作もない事だった。
そして、五人がある程度密集していた事もガルシア達に有利に運んだ。
まず、ガルシアがリーダー格の騎馬兵を無視し、一番遠目に見えた騎馬兵へと襲い掛かった。馬首を左に向けようとしたところを、飛び上がってから長剣の腹で相手の後頭部を強打させると、気を失ったのか手綱を手放し落馬してしまった。
次に足の遅いネストールが、馬首を後方へと向けようと回れ右をしているリーダー格の騎馬兵へと
その騎馬兵は背中を強打されると、肺に目いっぱい貯め込んだの空気を強引に吐き出されて、馬の腹を蹴る間もなく落馬してしまった。
そのあとのティアゴとエゼルバルド、そしてヒルダの三人はほぼ同時に敵の騎馬へ手を伸ばした。
ティアゴはガルシアと同じように馬首を返そうとする騎馬兵の首の裏に長剣の腹を強打させて意識を奪った。
エゼルバルドも同じようにだが、両手剣を強引に騎馬兵の背中に打ち付けると、振り抜いた速度と両手剣の重量で敵を数メートルも騎馬の上から吹き飛ばした。
最後にヒルダは、馬首を何処に向けようか迷っている馬の手綱をメイスを手放した右手でつかむと強引に馬に乗り、
五人の騎馬達はあっという間に制圧され、すべてが馬上から落とされてしまったのである。
「動くな!!」
五人の騎馬達をあっという間に制圧したのを見た、十名程で構成された追いかけていた騎馬達は、ガルシア達が行動不能にした者達を確保しようと馬車を取り囲むように前後に分かれて進みだそうとした。
その行動を阻止しようと矢を放ち、声を上げたのが御者席で目を光らせていたマルリスだった。ガルシアからの牽制の指示を正確に守ろうとしていた。
だが、十人の騎馬達に御者席から牽制を行うとしても限界があり、どうしても彼女の視線から外れてしまう相手も出てくるのだ。
特に彼女の右側、自身が乗っている馬車の幌に視線を遮られて目が届いていなかった。
それゆえに十名のうち三名がマルリスの視線から外れて馬車の後方を通り、追いかけていた騎馬兵を一人でも確保しようと動いたのである。
ここで、遠距離攻撃の手段を持ち合わせていたのが、弓を構えて御者席から目を光らせていたマルリスだけだと思い込んだのが彼らの失態だった。
マルリスに気が付かれぬようにとゆっくりと馬を進めたのだったが、思わぬ攻撃に足元を掬われた。
馬車の後ろから回り込もうと道を抜けようとしたときであった。
彼らの進む足元に、
「そっちも動くな!!」
妙な動きに違和感を覚えたエゼルバルドが、”くるっ”と振り向きざまに少なくない魔力を集めて魔法を放ったのだ。
「なんだぁ?魔法なんて使えたのか?」
「まぁね」
右の手の平を前に出して魔法を放ったエゼルバルドに、魔法を使えた事に驚きながらガルシアが声を掛けた。
通常、魔法を使うには、黒い魔石のはめ込まれた杖を魔術師は愛用している。長短限らず、それが一般的な魔術師の定義だった。だが、エゼルバルドは杖を持ち合わせておらず、攻撃魔法を使えるなどガルシア達の誰もが思ってもいなかった。
ガルシアよりも驚いたのは追っていた騎馬達だった。
護衛として乗っていた馬車から”サッ”と飛び出したかと思えばあっという間に敵を制圧してしまった。
そして、弓を構えている女が一人いるだけでそれ以上は追っていた騎馬達が有利と考えていたが、相手に魔法を使われこれ以上、強引な取引が出来なくなったのである。
特に、
騎馬対騎馬はいくらでも訓練出来ようが、
追っていた騎馬達のリーダーは否応なく交渉のテーブルに着かざるを得なくなってしまった。
「わかった。こちらはこれ以上、そちらに迷惑をかけるのを止めよう」
追っていた騎馬達はリーダーの指示に従い一所に騎馬達を集めると武器を収め、全員が下馬したのである。
武器を収め、下馬したことでブラームス達の緊張が少しだけ緩んだが、完全に敵ではないと判明したわけでは無いので、戦闘不能の敵を縛り上げる間、マルリスとエゼルバルドの牽制が続けられた。
それからしばらくして、捕縛が完了するとガルシアと騎馬隊のリーダーとの話し合いが持たれる事になった。
馬車の持ち主はブラームスであったが、この様な護衛に端を発する交渉事はガルシアが受け持つと決められていた為である。
「私はこの騎馬隊、ミンデンの自警団のリーダーをしている【イシロド】と言う。これがミンデンで認められた証拠の短剣だ」
イシロドは懐から真新しく、美麗な短剣を懐から取り出し鞘を抜くとガルシアに刀身の腹を見せつけた。
確かに、その刀身の腹に半日ほど前に出て来たミンデンの門扉などに掲げられてた旗印と同じ紋章が彫られていた。盗んだとも考えられなくもないが、これ見よがしに自慢する等思える訳もなく、言葉通りに自警団を認められた証拠であろうと見て取った。
「わかった。俺はガルシア、この馬車の護衛のリーダーをしている。で、こいつらは何だってんだ?」
後ろ手に縛られ、気を失っている相手を顎で指して、一番の疑問を口にした。
「そうですね、言える範囲になりますと、我らの街ミンデンやシュターデン、そして【ルスト】などを探っている一派がいるとだけ申しておきましょう」
「ふ~ん、なるほど。そうすると、あの馬に乗って逃げていたのはその手がかりだって事か」
「そうなります」
情報を言わないところは怪しいのか、口が堅いのか定かではないが、口にした事に嘘は無いだろうとガルシアは感じた。そうでなければ、必要のない捕虜をぞろぞろと連れ歩かねばならず、運航に支障をきたしてしまい馬鹿馬鹿しい事だと思ったのだ。
そして、必要のない捕虜を手放すために交渉を始めるのであった。
「十五枚!」
何を考えたのか、ガルシアはいきなり声を発した。
「ええっと、何が十五枚なのでしょうか?」
「ん?あいつらを引き渡すのに金貨十五枚だって言ったんだがな。もっと出してくれるのか?」
突然出てきた言葉に思わず聞き返してしまったイシロド。実情などを放している途中でいきなり話題が変わってしまい思考が一瞬停止する。
それこそガルシアの話術であり、交渉事を有利に進めようとしたのである。そして、まんまとイシロドを手の平の上で踊らさせ、主導権を握ってしまった。
「たったそれだけでいいんですか?ありがたく払いますよ」
「何か勘違いしてないか?」
捕縛した相手五名を金貨十五枚の破格値で引き渡してくれると聞き喜び勇んだが、ガルシアはイシロドの内心を読んだかのようにさらに続けて来た。
「重要な情報源だろう。一人、十五枚と言ったのだが?」
「!!」
金貨十五枚と聞き、破格値だと喜んだのもつかの間、五倍の値段に吊り上がってしまい思わず後ずさりしてしまいそうになる。
交渉ごとに使える予算は決まっていて、大体このくらいまでなら良いと領主から聞いている。提示された金額はそれを上回っており、イシロドは無理難題を出されてしまった。
「さすがにそれは無理ですよ。一人五枚なら出せます」
「話にならないな。いいか、あいつらを捕まえたのは俺達だ。しかも、この馬車を邪魔したんだ。迷惑料を考えれば少なくないだろう」
一般に働いて一か月に稼ぐ金額の平均が金貨二枚程度である。それを上回る金貨五枚を提示したが、ガルシアは首を縦に振ら無かった。
護衛云々は置いとくとしても、たった六名、しかも一人は牽制で動いていない状態で騎馬兵をあっという間に制圧した手腕を見れば、金貨五枚ははっきり言えば仕事量に対し、報酬が少なすぎる。相手が騎馬兵で不意打ちでの攻撃で制圧した事実は残るが、それにしてもあっという間の制圧は手練れを集めたとしか言いようがないだろう。
それに迷惑料、つまり、”お前たちが手をこまねいていた敵を捕まえたのは、別の仕事をしていた俺達だ”と、言いたいのだ。護衛の
「別にいいんだぞ。あいつらの首を刎ねてここで埋めていってしまっても。そうなれば情報は入らない、商売人を邪魔したと言いふらすだけだ。特産品があるとは言え、どうなると思う?」
”人の口に戸は立てられぬ”である、と。
もし、ガルシア達がある事ない事騒ぎ立てれば、この道の先にる海の街アニパレであっという間に広がるはずだ。噂の拡散は、ミンデンよりも人口も多く、観光客や商売人の出入りが激しい土地ならではだろう。
それに、報酬がもらえないのであれば、捕縛した敵の首を刎ねてしまうのは容易く、交渉も終わりにしてもかまわないと口にしたのだ。
「脅しですか?」
「いや。本当の事を言ったまでだ。それと、俺達は護衛が六名だが、戦って勝てると思うのか?そうだな、十三枚まで負けてやろう」
実際は脅迫すれすれの交渉であるが、個人対個人の交渉事に法は無意味であろう。双方が矛を収めている状態では舌戦こそがただ一つの武器なのだ。
それに、主導権も捕虜もガルシア達が持っているとなれば、ギリギリを突くしかないのだ。
「十三枚はさすがに……。それなら八枚でどうですか?」
「さて、帰るとするか」
「一人十枚、これ以上は出せません」
交渉上手と言うよりも、脅迫を内包するような交渉術はガルシアに一日の長があったようで、如何する事も出来ないようだ。
最終的には一人金貨十枚で手を打つことにしたのだ。
だが、金貨十枚とは本来ガルシアが予定していた枚数であり、予定通りと言ってもよかった。もう少し出させたいと思ったが、これ以上時間を無駄にしても帰着が遅くなるだけと考えたのもあった。
「わかった、十枚で手を打とう。ただし、あいつ等の乗っていた馬を二頭貰っていくぞ」
「そのくらいなら目を瞑りましょう」
イシロドはもう如何にでもなれと、半分やけっぱちになっていた。予算ぎりぎりの金貨を支払うとなってしまえば地団太を踏みたくもなるだろう。
「安心しろ。ミンデンは優秀な自警団が守っているって言っとくからな」
捕縛した敵を引き渡し、金貨と騎馬二頭をもらい受けると、”ニンマリ”した笑顔で皮肉交じりに語って見せた。
その、皮肉交じりに言葉を気づかない振りをして、イシドロ達は捕縛した敵を受け取り、その場からサッサとミンデン方面へと馬首を向けたのであった。
「ブラームスさん、とんだ道草で時間を潰して申し訳ありません」
「いや、気にするな。それにしても、臨時収入は良かったな」
「ええ、まったくです」
イシロド達が離れるまで見送った後、馬車の持ち主であるブラームスに頭を下げるガルシア。一時間ほど交渉で時間を潰してしまった事に謝罪をしたのであるが、戦闘による交渉事は任せていた為に、文句どころか、交渉術による臨時収入を喜んでくれる程だった。
この雇い主にならいつまでも付いていこうとするガルシアの気持ちが何となくわかると、エゼルバルドとヒルダと思った。
「とは言え、幾つの馬車に抜かれて行ったか?」
戦闘から交渉まで時間がかかっており、道端で交渉しているガルシア達を通り過ぎる馬車から冷たい目で見られたりもしていた。
時は金なりだと、ブラームスは多少であるがそれを気にしていた。
そして、交渉の最後に貰った二頭の騎馬を今回のみ護衛で雇った二人、エゼルバルドとヒルダの前に連れて行くと、申し訳なさそうにするのである。
「貰った騎馬はお前達にやるよ。その代わり、交渉で貰った金貨は諦めてくれ」
相手を捕縛したのはエゼルバルド達も手伝った事に変わりなく、報酬を貰う権利はあるはずと思った。だが、ヒルダと話し合った結果、交渉したのはガルシアだったし、護衛の報酬も貰えると金貨を貰うことは諦めた。
尤も、訓練された騎馬も売れば相応の金額になる。取引だけでは足元を見られるかもしれず、金貨十枚まで行くか怪しかった。だが、それをありがたく受け取ることにしたのだ。
アニパレまでの足は馬車の護衛で賄えるが、そこから河に沿って南下してブールの街を目指すには再び乗合馬車に乗るか、護衛を引き受けるか、はたまた、船で遡上するかであった。それを自前の足で進めると二人は考えた結果だった。
「それじゃ、遠慮なくいただきますね」
「そうしてくれ」
すんなりと受け取ってくれた事に”ホッ”とすると、ガルシア達は馬車に乗り込み、再びアニパレへ向けて馬車を走らせるのであった。
※戦闘と交渉事のお話。
エゼルとヒルダが何時も使える足を手に入れるお話でもありました。
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