第四十九話 黒幕の所へ
突如入ってきた魔術師に、四肢を床に付いて這いずる姿を見られてしまい、額から冷や汗が流れ出ている。何とも間抜け姿の官吏と商売人は、この場の言い訳を考えなければと頭を回転させるが、良い案が浮かばなかった。
それに四つん這いのまま入ろうとした床近くに空いた小さな穴を見られ、
「さて、官吏殿。これの説明をしていただきましょうか。それに、兵士達はなぜ、殺されなければならないのでしょう?」
魔術師は怒りの表情を見せ、鋭い目つきで睨みつける。さらに、何も答えない二人に嫌気がさし、”コツコツ”と杖を突いて床に怒りをぶつけている。
歯向かって来た兵士を殺してしまった事は悔やまれるが、そのあとに残った四人の兵士のうち、三人を軍服の男に殺され、怒りに満ちたこの気持ちを何処にぶつければ良いのかと冷静で無くなりつつある頭を一生懸命冷まそうとしていた。
それを見て恐ろしくなった二人はゆっくりと立ち上がり、魔術師へ顔を向ける。
「わ、私は殺せなど命令していない。あれが、勝手にやったことだ」
「なるほど、あの軍服の男が、官吏の命令も聞かずに勝手に手を下したと言うのですね?」
「そう、その通りだ」
冷や汗を溢れ出しながら官吏は魔術師に言い訳の言葉を口にした。自分に非は無いとばかりに、軍服の男を卑下しながらである。
「そうですか。それでは、彼に尋ねてみましょうか」
「ほえっ!?」
踵を返して部屋を出て地下へと向かおうと魔術師が体を反転させた所で、官吏が気の抜けたような声を発した。
生きて魔術師が現れた事で、軍服を纏ったあの男はすでに命を落としていたと考えていたのだ。服のあちこちを切られ、そこから鎖帷子が露出しているのを見れば、互角の戦いであったのだろうと見たようだ。
よくよく、その切られた服を見ていれば、血の痕が見えないと気づいたはずだ。血の痕が見えないということは怪我を負っていない事だ。
それを鑑みれば魔術師の実力は想像以上だと理解できるはずなのだが……。
「もしかして、生きているとか?」
「もちろん、生きていますよ。気絶させるには少~し、苦労しましたがね」
この町の中でも上位に入る腕の持ち主の、軍服の男が倒されたと聞き、官吏は先程の失言に後悔しながら背中に冷や汗を感じるのである。
魔術師がその男を倒せたのは魔術師の実力が上がっていた事よりも、”井の中の蛙”とこんな小さな町の、しかも、媚びる者を集めてお山の大将をしていたからに過ぎない。
そうでなければ、魔術師があんなに簡単に戦いの専門家である、軍人に勝てる訳が無かった。
「それで、正直に話していただけますか?」
「あ、あれは……。官吏が命じた事だ!」
「…ック!貴様、裏切るのか!?」
眼前に立ち塞がる魔術師ほど恐ろしい者はいないだろうと一部始終を見ていた商売人の口から真実がもたらされる事になった。それに腹を立てた官吏は商売人に詰め寄り、シャツを掴んで唾を飛ばした。
「ふんっ!”そんな役立たずは処刑しろ”と命じたのは誰だったか?」
「今までさんざん、儲けさせてやったのは誰だと思っているんだ!!」
官吏が命じたと確定した事で魔術師の興味はその次に移って行った。
「さて、次だな。お前達はどれだけ儲けたのだ?」
再び魔術師が質問したが、どの件でどれだけの利益を上げたか等の質問はわざと伏せた。
悪足掻きをしようとする官吏は質問に答えないであろうが、駆け引きにたけた商売人なら、質問の意味を理解し正しく返してくれると期待する。
「そんな事、答えさせる訳には行かないだろうが!」
「ここに来て、悪足掻きとは男らしくないですよ。出る所へ出て捌きを受けましょう」
「お、お前!
地下牢に捕らわれていた少女達を売り捌き、どれだけの美味しい思いをしたのかを問いただそうとしたが、取っ組み合いの喧嘩になりつつある二人から、思わぬ言葉を魔術師は聞いてしまう。
「この!」
「ええい!」
「止めなさい!!」
相手の顔を引っかき合っている二人を制止させようと杖の石突きを”ドゴン!”と床に思い切り突き立てた。さすがに床板は抜けはしなかったが、相当な勢いだったようで硬い床板に凹みを付けてしまった。
鬼気迫る大声を浴びて、喧嘩をしていた二人は目を丸くして魔術師へと顔を向けた。
そして、殺気立った雰囲気を纏っている彼を見て、喧嘩を止めて大人しくなるのである。
「もう一度お聞きしますが、あなた達はどれだけ儲けたのでしょうか?」
同じ質問を官吏と商売人の二人に再び向ける。だが、今度は魔術師の口調は穏やかに聞こえる様にゆっくりと発音した。だが、その纏っている殺気を受ければ、魔術師の本気が見て取れ、下手に答えれば首が胴体と別れてしまうと感じる。
その為に、官吏は”話したくない!”と口を閉ざし、商売人はどもりながらも口を開くのだった。
「…えっと、人、一人を運ぶごとに……大金貨一枚だ」
「……!!ちょっと、お前そんなに貰ってたのか!?」
大金貨一枚。商売人の口から出た、少女を一人運んだ時の成功報酬だ。それを聞いた官吏がそんなに貰っていないのにと食って掛かろうとしたが、杖で頭を殴り付け制止させた。
さらに、続けてどれだけの人数を運んだのかを語ったが、一か月におおよそ八人。それを二年間続けていたと言うのだ。
「儲けたのは大金貨百九十二枚ですか……」
「……そうです。私の役目はここから出て、途中の受け渡し場所まで連れ出す事でしたから」
借りてきた猫の様に大人しく話す商売人。
ここまで喋ってしまえば、後は裁判を受けさせるために、彼の身の安全を確保するだけとなるだろう。
それにしても人一人運ぶだけで大金貨一枚を手にするなど、あまりの金額に笑ってしまうだろう。一般市民が一か月働いた給料の平均が金貨二枚くらいだから、二か月半の給料をあっという間に稼いでしまう。しかも、正規の収入ではないので税金の対象にもならない。
「商売人が話してくれたことに一定の理解を示すとともに、少しばかり便宜を図る様にと伝えるとしよう」
この件はこれで終わりと、鞄からメモ帳を取り出し、商売人の言葉を記録しておく。
「さて、官吏よ。お前の上の者、ここを実質的に支配するのは誰か?そして、何処にいるのかを話して貰おうか」
”ピシャッ!”とメモ帳を閉じて官吏を睨む。
先ほど殴られた頭が痛いらしく両手で頭を押さえていた。かなりの音がしたのでタンコブくらいは出来ているかもしれないが、話すには支障はないだろう。
「……な、何の事でしょうか?」
うっかりと漏らした言葉に気が付かず、白を通そうとした。商売人が生に執着し質問に答えたのを苦々しく思っていたため、どの様に巻き込もうかと考えていたので言葉を漏らしたのは記憶にも残っていなかったのだ。
「そうですか、それではあなたは用済みと言う事で、ここで死んでもらいましょう」
「はひぃ?」
いきなりの展開に頭の回転が追い付かず、官吏は間抜けな言葉を発してしまう。
それを実行しようと、魔術師は鞄からナイフを取り出し鞘を抜く。たった十センチの刀身だが、魔術師の持つ杖から放たれている白い光でギラリと輝き、鋭利な切っ先が官吏の首元へと突き立てようと歩み始めた。
「ちょ、ちょっと待て。本気か、魔術師殿」
「何を言っているのですか?本気に決まってますよ。証言した商売人の命は助けますが、用の無いあなたには死んでもらいます」
魔術師は”生殺与奪の権利を限定的にですが頂いているのですよ”と何の感情も持たずに官吏へ低い声で告げた。
魔術師の手が肩の高さまで上がり、あと一歩で官吏の喉笛へとナイフを突き立てようとしたときに、魔術師の鼻孔に刺激臭が入ってきた。
「
死が近付いてくるのが恐ろしいと、心に恐怖を植え付けられた官吏は、股間から温かい黄色の液体を流し、膝を付いて祈る様に嘆願して来た。
殺されるのは嫌である、と。
「初めから正直に話していただければ、この様な手段は取らなかったのですがね~」
顔をくしゃくしゃにして声を上げて泣きじゃくる官吏。
四肢を床に付き、魔術師の片足を握りしめ”殺さないでくれ”と嗚咽を漏らしている。
「それでは話してくれますね」
「ぐしゅっ。あのお方がいらっしゃるのは……」
官吏の口から出たのはこの町のシンボルである、あの場所であった。
その場所を思い浮かべて納得の表情を見せる。
「さて、あなた方は殺しはしません。その内、迎えが来るでしょうからそれまで大人しくしておくことですね」
泣きじゃくる官吏と、それを聞いて膝を床について絶望の表情を浮かべる商売人。
その後、”生きながらえた事を感謝しなさい”と魔術師が告げると同時に二人の首筋を後ろから魔術師の杖が強打され、気を失うのであった。
「さて、あとは黒幕との対決ですね。って、何処かの物語にありましたでしょうかね?」
床にうつ伏せに倒れる二人を一瞥すると踵を返して地下の牢へと足を向けた。
魔法で破壊した壁を潜り階段を降りると、兵士が少女達を励ましている姿が開口部の先に見え隠れしていた。
「おや?少女達は皆無事なのですね」
「お!戻ってきたんですね。ええ、眠そうにしてるけど、みんな無事だ」
「それは良かったです」
気を失っている軍服の男は壁に寄りかかり涎を垂らしているがそれは触れない事にして、少女達に向き直る。少女たちの中にも魔術師が戦っていた姿を”チラリ”と見ていたのもいて、震えているが怖がる様子は見えなかった。
「それでは場所を変えましょう。皆さん立てますか?」
牢に捕らわれていたと言っても、肉付きを良くするために食事を与えられていただけあり、誰もが首を縦に振って体力は大丈夫だと頷きを返してきた。
「それじゃ、皆で移動しましょう。貴方はそこの男を運んでくださいますか?」
「お、おう。わかった」
そして、魔術師を先頭に少女達は暗く、陰湿な牢の部屋を出て、官吏の館の廊下へと登って行った。
「では、私はもう一か所行く所がありますから、少女達の事はお任せしますよ」
「任せてくれ」
「それともう一つ。あそこの部屋に官吏ともう一人が倒れていますので、その男と同じように縛って一か所に転がしておいてください」
兵士は軽く頷いて返事をすると、軍服の男を廊下に放り出して官吏達が倒れている部屋へと向かった。そこへ向かう前に、廊下に転がる首を刎ねられた同僚を見てしまい、握った拳で壁を殴り付けたのが見えた。
「それでは、私はあなた達を攫ってここに捕える様に命令を出した親分を殴って来ます。あの兵士の指示に従って、大人しくしていてください。何処かの部屋にベッドがあるはずですから、彼が戻ってきたらおねだりしてみるのも良いかもしれませんね」
魔術師は一番前にいた年端も行かぬ少女の頭をにこやかな笑顔を見せながら撫でると、外套のフードを被って官吏の館を出てある場所へと足を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まだ長い夜は続く。
官吏の館から歩いて二十分ほどの距離にあるこの町のシンボルの尖塔。
魔術師がこの町を見渡そうと足を運んだあの塔である。
今は真っ暗な闇にその存在がわかる程度しか、薄いオレンジ色の尖塔は見えていない。
昼間だったり、煌々と輝く光を向ければ、綺麗な色が浮かび上がるだろう。
魔術師はそんな尖塔を見上げながら入り口へと急ぐ。
目的は官吏を操っている裏の顔を持つある人物だ。おおよその輪郭はわかっているが、その人物で良いかは今だに自信が持てないでいる。会えばわかるだろうと尖塔の入り口でピタリと足を止める。
「さすがにこの時間は兵士の姿は見えませんね」
辺りを見渡すが、人の姿は魔術師の瞳には映らない。
そして、ドアの取っ手をしっかりと掴み、力を入れてゆっくりと引くと、音も無くドアが開いて行った。
「歴史的建造物の割には鍵も掛けていないのですね」
南京錠を掛ける穴を見つけたが、何故掛かっていないのかと不思議そうに見つめる。
「まぁ、行ってみればわかりますでしょうね」
入り口を潜り、尖塔の中へと侵入する。
ランタンの灯りすらつかず、魔術師の杖に掛けらえた魔法の白い光のみが頼りだ。
魔法が光を向けてもその光が届かぬほどに高くまで続いていた。
無言のまま、足元に気を付けながら螺旋階段を一歩一歩踏みしめて登って行く。観光客用に開放していた時期もあり、金属製の手すりを備え、落ちない様に作られている。
「さて、ここが最上階ですね」
二十メートルほど螺旋階段を登り切り、一メートル程の小さなドアの前に魔術師は立つ。
ここに隠れる人物にお似合いのドアだと苦笑しながらドアを開け放った。
大金貨=50万円
金貨=10万円
一か月の平均給料が金貨二枚(20万円ほど)。金貨一枚で上手く過ごせば二か月は過ごせてしまうかもしれない程です。それに、野生動物も豊富で待ちのすぐ近くに出て来る場所もあり、肉類を自前で手に入れられれば生活は楽です。
ちなみに、大金貨192枚=9600万円、おおよそでいけば一億円の収入です。
奴隷に近い形で少女を売り出すのですから、一人の金額は……。それはご想像にお任せします。
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