第三十九話 胸の大きさが全てでは無い!

 アイリーンとヒルダの二人は黒い外套を羽織り、入り組んだ町裏の路地をひた走っていた。ただ単に脱出ルートを考えるのであれば最短距離の屋根上を走り抜けた方が早いが、今回は見つかってしまうと厄介な荷物を抱えているために、安全策を取ったのだ。

 エゼルバルドのいる場所まで後十分、街並みを見ながら距離を計算する。


 すると、アイリーンの耳元に風切り音が届くのと同時に、嫌な気配が目の前に現れる。

 言わずと知れた邪魔者達である。


 ”ッチ!”と舌打ちしながら短弓ショートボウを取り出し、最低限の本数しか入れられぬ細い矢筒から矢を三本引き抜く。

 牽制で良いと走る速度を緩めることなく、走る先へと無造作にその三本を同時に放つ。


「残り二本……」


 適当いい加減に放った矢は当然ながら敵の誰にも向かう事は無かったが、思わぬ反撃に驚いた敵は、暗闇を向けて無造作に放たれた矢に戦慄を覚えて怯んでしまった。

 それを見てほくそ笑むアイリーンは、敵の間をサッと駆け抜ける。彼女の後を付いて駆けるヒルダも同じような場所を通るが、抜いたショートソードをサッと一閃させると、敵の一人に斬撃を浴びせた。手ごたえと黒く塗れる切っ先を視認すると、致命傷までは行かないだろうが、追手の数を減らす事は成功しただろうと思う事にした。


 怯ませたとは言え、追手を諦めさせた訳でもない今の状況を一瞬でひっくり返すのは難しいだろう。道を塞いでいた敵の内、ヒルダが一人に斬撃を食らわせただけだ。最低でも四人存在を視認していたので、残り三人も退ける必要があるだろう。


 入り組んだ迷路の様な裏道を二人はひた走る。

 唯一の救いは、特殊な立地にある。ここは迷路のように入り組んだ路地であり、直線が少ないのだ。十メートルも走れば曲がり角に達していたり、湾曲していたりと直線的な遠距離攻撃武器を効果的に使えぬ場所なのである。

 アイリーン達が逃げるに有利な迷路のような裏路地にあって、唯一待ち伏せに適した場所が、先程待ち伏せされていた場所なのである。


 敵が常に迷路の様な裏道を追いかけているかといえばそうではない。その証拠にアイリーン達を屋根上から敵が襲い掛かって来たのだ。


「チィッ!!」


 短く折れ曲がった道の中でも比較的距離のある場所を見つけられ、舌打ちするアイリーン。二人が飛び退くと同時に、今までいた場所に深々と矢が刺さる。

 石畳を貫通するほどの鏃を持った矢など、何処で手に入れるのかと勘ぐってしまうが、先ほどそれを利用したアイリーンには大体の予想がついていた。


「もうちょっとだと言うのに……」


 敵からの攻撃で足が止まったアイリーンとヒルダを囲むように敵が集まる。前からは三人、後ろからは二人だ。

 矢筒から残っていた二本の矢を掴み取り、一本を弓へとゆっくと番える。ここで敵と対峙するとは考えても見なかったために、五本しか攻撃用の矢を持てなかった。

 その横ではヒルダが身を低くしショートソードを体の前で構え、いつでも襲い掛かれる体勢を取っている。


 前方の敵が”ジリッ”と足を踏み出した瞬間、アイリーンが一気に弦を引き絞り、敵に矢を放つ。ある程度広いといっても敵との距離は五メートルも無いだろう。そこにアイリーンの正確無比な矢が放たれてばどんな達人だとしても逃れる術を持たない。

 放った矢は敵の一人を確実に射抜いた。だが、こんな密集した場所で複数の敵に襲い掛かられれば狙いの正確性を捨ててでも敵の戦力を奪う事に注力しても不思議ではない。その例に漏れず、アイリーンは敵の末端を狙うのを諦め大きな的の体の中心に目掛けて射掛けるだけだった。


 それと同時にヒルダも、そして敵も動いた。だが、ヒルダの方がコンマ数秒動き出しが早く、敵の懐に入り込みショートソードで敵を切り裂く事に成功する。

 激しく舞い散る返り血を浴びながら敵の後ろに回り込み止めを刺そうとしたが、動きの速い敵はその場から転がり逃げて、ヒルダの追撃を間一髪でしのいでいた。


「こいつら、速い!」


 敵の予想以上の動きにヒルダが毒づく。

 とは言え、それで動きを止めるヒルダではなく、次の獲物へと向かってすでに動いていた。


 矢を一射し、敵の一人を行動不能にしていたアイリーンだったが、別の敵に攻撃の目を向けられていた。

 前方の三人敵の内残った一人はアイリーンへの攻撃を諦めて後方へ飛び退き、自らの身を守る様にヒルダへと体を向けていた。


 そして、逆方向の後方から迫る二人の敵が、アイリーンに迫って来る。


「舐めないでよね!!」


 前でも後ろでもなく、敵のいない壁際に向かって走り出すと石畳から飛び上がり壁を蹴って三角飛びの要領で身を浮かせると、大きく宙返りをして敵の後背へと回り込もうとする。

 そして、敵から二メートルほどの後背へと回り込んだが、敵はすでに体を反転させアイリーンに向いており、ただ距離を取って位置を入れ替えただけになった。

 それでも、止まる事なく石畳を蹴り二メートルの距離を一足飛びにして距離を詰めると、敵の攻撃を掻い潜り握っていた矢をそのまま首筋へと叩き込んだ。鋭利な鏃は一瞬で首の奥底まで入り込み、脊髄まで達した。


 次の一人に飛びかかろうと目を向けたところで、背中に冷や汗が流れる。敵を一人屠ったまではよかったが、射撃の体勢に入るまでが思ったよりも早くすでに矢を番えて弦を引き絞っていたのだ。

 拙いと感じたまでは良かったが体の反応が鈍く感じる。


(やられる!!)


 とっさの判断で、屠った敵を盾しようと引き寄せる。その動作と同時に一メートルの距離からの敵の矢が放たれアイリーンに襲い掛かる。

 敵を引き寄せた事が功を奏したのか、放たれた矢はアイリーンの頬をかすり一条の赤い筋を付けただけで彼女の後方に存在する真っ暗な空間に消えていった。

 そして、左手で握り締めていた弓を振り回し、敵の喉笛へ弓の先端、--弦をひっかける場所--を、突き刺して敵を屠った。


 さすがに、強化してある短弓ショートボウとは言え、振り回して無造作に人の体を突き刺せば、弓は折れてその用を無くしてしまった。


 二人を屠ったアイリーンがヒルダに目を向ければ、最後の一人をショートソードで貫いていたところであった。

 アイリーンもそうだが、ヒルダも所々黒い服を裂かれて肌が露出し赤い筋が浮いて見えた。


「何とかなったかな?」

「こっちは何とかね」


 敵の喉笛を貫いている短弓ショートボウへ視線を落として、もう武器はないとヒルダへアピールすると、肩で息をして疲れている二人はまた駆け出してその場を後にする。


「もう、追ってはこないと思う?」


 ヒルダの言葉に”わからない”と頭を振る。ここに敵が待ち構えている事自体が情報が洩れている証拠であり、まだ敵が待ち構えていても可笑しく無かった。

 現に、前回の依頼時には、対象の屋敷に向かう場で現れていた。今回も現れる公算は強いだろう。

 だが、今までは二人で何とか対処できる数と腕前だっただけに、これからが厳しいだろうと感じる。


「またか!!」


 後少しでこの迷路のような裏道を抜けると安心していた所に現れるとは、アイリーン自身もまだ甘く見ていたと臍を噛む。その相手が、彼女だと分かれば特に……であろう。

 足を止めると、二人に向かう暗闇に浮かんだシルエットが現れる。


「……アイリーン、何日ぶりかしら」


 ショートソードを片手にゆっくりと姿を現した敵が声を掛けてくる。アイリーンの名前を知っている敵は、彼女しかいないと息を整えながら睨み返す。


「ウチの邪魔ばっかりして……。少しはこっちの都合も考えるべきじゃない?ジュリア」

「そうね、わたくしは貴女の邪魔をしているかもしれないけど、私だって、依頼を受けているのよ。背中に背負っている物が盗まれるから取り返せってね。尤も、貴女達が仲間を六人も撃退してくれちゃったから、すでに報酬は半減してるんだけどね」


 ジュリアは肩をすくめて言い訳じみた言葉を吐く。

 トレジャーハンターの中では、名の売れたアイリーンに戦いを挑むのは少し無謀であると思っていたのか、悲壮感は漂わせていないようである。


「でもね、貴女のお仲間さんはわたくし達が打ち取らせてもらったわよ。今頃、串刺しにあっていると思うわよ」


 ”ククク”と乾いた笑いを漏らすジュリアに、”ふんっ”と鼻を鳴らすアイリーン。


「その、串刺しにしようと向かった連中は何人で向かったんだ?」


 一応、何人が向かったのかをジュリアに尋ねてみる。


「大勢で寄ってたかって虐める趣味もないから、一人でいたところに十人向かわせたわよ」

「ウチ等を追ってきた相手と同様の腕の奴らをか?」

「そうよ。それが何か?」


 アイリーンもヒルダも思わず吹き出してしまい、暗い闇夜に笑い声が響いたのである。


「何がおかしい。仲間が死ぬのがそんなに笑うことなの?」

「いや、ゴメンゴメン。十人でどうか出来るほどのやわな奴じゃないって事だよ、ほら」


 アイリーンがジュリアの後ろを指差す。ジュリアにそれを見てみろと言わんばかりに。

 ”バッ!”とジュリアが振り向くと、一人の男がゆっくりと歩いてくるのが見える。


「……って十人も向かわせたのに、誰も残っていないの?」

「たった十人だよ。十人じゃ足りないさ、ウチ等レベルの腕しか持っていないんじゃね」

「わたしの旦那よ。あんたなっか、ポポイのポイよ!」


 ゆっくりと歩み寄る彼はジュリアから五メートルほどで足を止めると口を開いた。


「ゴメンゴメン、遅くなった」

「いいって、丁度良いタイミングよ、エゼル」


 あんなに厚かった雲が途切れ雲間から二つの月が顔を出すと月明かりが辺りを照らしてゆく。その弱い月明かりに、色の付いた液体が付着しているブロードソードを握りしめ、左手には弓と矢筒を持ち合わせていた。


「ほらっ!」


 ジュリアの頭を越すように左手の荷物を小売り投げると、寸分たがわぬ場所へと舞い落ちる。つまりはアイリーンの手元にだ。


「さて、ウチとの続きを始めようか、ジュリア」

「……ック!」


 空になった矢筒を捨て去り、たっぷりと矢の詰まった矢筒を腰にぶら下げる。そして、愛用の弓を左手に握り殺気をジュリアへと向ける。

 ジュリアもアイリーンも相手の手の内は存分に知っている。だが、アイリーンにはここ一年で鍛えた剣術を持っている。それさえ出せれば勝てる存在である。


 アイリーンはナイフを逆手で抜き放ち、矢筒から一本の矢を取り出す。

 ジュリアは十人の仲間を失ったショックがあったが、彼等のはなむけにアイリーンの首を差し出すつもりでショートソードを構える。


「その首、貰い受ける」

「ウチの首、取れるもんなら取ってみな!」


 二人は同時に石畳を蹴って地を這うように低く突き進む。アイリーンは矢を番える暇もなくジュリアに向かう。そのジュリアはショートソードで切り付けようと右腕を前へと振り出す。

 アイリーンはすんでの所をナイフで受け流してショートソードの軌道を変える。ジュリアの振るったショートソードはむなしく宙を切り裂くだけだった。


 一瞬の接敵で二人は距離を取ったが、そこはアイリーンの間合い、すれ違いざまに弓に矢を番えて振り向きざまに矢を放った。

 その矢はジュリアへと向かうが、ジュリア自身を傷つけることなく、ショートソードの鍔に”カキン!”と命中したのである。


「ふっふっふ、ウチの勝ちだね。もう一勝負する?」

「……こんなに余裕をもって勝たれたら、わたくしには如何する事も出来ないわね。丁度、組織も戦力の大半を失ったから辞め時かもね」


 アイリーンに届かなかったショートソードを一瞥して、鞘に納めるジュリア。

 彼女は全てをやり遂げたような、清々しい笑顔を見せていた。

 一月の寒空に、同じ訓練所を出た者同士で殺りあったが、アイリーンが殺さずに勝利を収める事で決着がついたのだ。


「それじゃあね、また何処かでお会いしましょうね」

「ウチも楽しみにしているよ。今度は敵同士じゃなくね」


 ジュリアは手を挙げてアイリーンに簡単な挨拶をすると、そのまま闇の中へと姿を消していった。

 これで、アイリーンを邪魔する者達が少しだけ減ったのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ねぇ、アイリーン。彼女は殺さなくてよかったの?」

「ん?なんで?」


 アイリーンの無事を確かめると、姿を消したあの女を追わなくても良いのかと尋ねてみた。そのアイリーンは”何でそんな無駄なことをしなくちゃいけないのか”と首を傾げる。


「だって、彼女って、訓練所時代に片思いの彼を取られた相手なんでしょ?」

「え、そんな話したっけ?」

「卒業試験の後、姿を消したって」


 思い出せずにいたが、ヒルダの一言に手を”ポンッ”と打って思い出したように話し出した。


「ああ、あれね。原因は彼女だけど、姿を消したのは彼女のせいじゃないわよ」

「えっと……。どういう事?」


 今度は、ヒルダが首を傾げて不思議な顔をした。


「卒業試験の時に小鬼ゴブリンを退治したときに、すべての敵を倒して喜んでいたレナードにジュリアが抱き着いたんだ。そして、裂け目に二人共が落下してね」

「うんうん」


 ヒルダが、頷いて相槌を返す。


「下に小鬼ゴブリンの死体があってそれがクッションとなって助かったのよ。その時にレナードがジュリアの下敷きになって……」

「それで、死んだの?」


 ”ドキドキ”とアイリーンの話の先が気になるヒルダ。早く話の結末が聞きたいがはやる心を落ち着ける。


「いや、違う。どうも、ジュリアのあの狂暴とも言えるが顔を塞いで窒息しそうになったらしいの。それから、大きな胸を見ると寒気がするとかで、終いには同期のウィニーと仲良くなったのよ」

「えっと、それって……もしかして」


 アイリーンと対峙していたジュリアを思い出すと、確かにヒルダが見て邪魔なくらいに大きな胸だと思い出された。確かに、あの胸で顔を塞がれたら、男の人は胸が嫌いになるだろうと、同情するしかなかった。


「巨乳嫌いのレナードと、洗濯板のウィニーと仲良く結婚して、ウチ等の前から姿を消したのよ。今思い出しても本当に腹が立つわ」


 アイリーンの怒りの矛先が、明後日の方向を向いている事だけわかり、ガクッと肩を落とすヒルダであった。





 ※

 ジュリアはアイリーンとの勝負が終わり、これからどの様に身を立てて行こうかと思案しながら十人もの仲間を向かわせた現場へと足を運んでいた。

 そこでジュリアが見た光景は、石畳尻もちをついて体の何処かをさすっている仲間の姿だった。


 駆け寄って事情を聴いてみると……。


ジュ「ちょ、アンタたち、何やってんのよ」

モブA「いや、襲い掛かったら殴り返された」

モブB「折角買った祝勝会のワインを切り捨てられた」

ジュ「あ、あれ、ワインだったのか……」


 色のついたワインの瓶がそこかしこに散らばり、ワインまみれの仲間が乾いた笑いをジュリアに向けて来たのであった。




って、無理があるかな……。(笑)



これでアイリーンの物語は終わりになります。

資料を上げて、次の話に進みます。

まだ、九章は終わりませんよ(笑)

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