第八章 第一部 アーラス神聖教国 内乱

第一話 化け物に追われて

(ハァハァハァ……畜生、化け物共め!……)


 五人の騎士は深い森の中を追手から逃れるために全力で疾走していた。軽量の鎧すら脱ぎ捨て、軽くしたその体で駆け続けているが、まだ安心はできない。今はまだ見えないが、何時追いつかれるか予断を許さない状況が続いている。

 追いつかれても戦えるようにと、長剣ロングソードを握っているが、刀身は刃毀れはこぼれしている。五人のうち二人の長剣ロングソードはすでに刀身が真っ二つに折れ、半分の長さになっている。

 いつもの使いなれた長剣ロングソードだが、少ない重量だというのに五人の騎士の体力と握力を次第に奪い去っていく。


 息も絶え絶えに小川のほとりで小休止をして息を整える。川の中で自由に泳ぐ小魚を恨めしそうに眺めながら、喉の渇きを潤していく。もっともその小魚も弱肉強食の小川の中で生きているのだ、いつ捕食されるかわからずに生きているのだと考えれば羨む事など何も無いのだ。


 人心地ついた騎士達は、お互いを見つめると酷い格好をしていると、やっとのことで気が付く。重さに慣れているはずの胸当てを捨て去り、鎧下のシャツが泥にまみれている。

 念の為に着ていた鎖帷子が見えるほどアンダーシャツが何か所も切られ、躱し損ねた剣の切っ先で鎖帷子が切り裂かれ血が流れていた。


 鎖帷子にある程度防がれた傷は深くなく、流血はすでに止まっているが、流れ出た血液は体内で作り出される事は無い。

 シャツを少しだけ破いて包帯に変え、鎖帷子の下の傷をその包帯で巻き、傷が広がるのを防ぐことしか今はできない。回復魔法ヒーリングを使えたとしても、今の精神状況では使う事すら出来ないほど精神力を欠いていた。


 五人の騎士は口も開かずに、黙々と体力の回復に努めているが、疲れ切った体はそれにも限界があった。食糧もなく、深い森の中を彷徨い続けていれば力尽き、情報を持ち帰る事も出来なくなる。その前に少しでもこの地から離れておきたかった。


 幸いな事に傍らを流れる小川は、流れる先が逃げる先と一致していた。小川に沿って行けばどこかの街道か大きな川にぶつかり、逃げる事も可能であろう。


 十分とは言えない休息を終え、五人の騎士は立ち上がり小川に沿って歩き始める。その一歩一歩は重く、そして弱々しかった。進まなければならぬとの意志と精神力が彼らの原動力となっていた。

 だが、その原動力も尽きかけようとしていた。彼らの耳に、微かにだが金属の擦れる音が聞こえてきたのだ。あの忌々しい、化け物共の音が。


「くっ!急げ、追いつかれたぞ」


 一人の騎士が小さく声を掛けると、一目散にその場から逃げ出す。わずかにだが音が漏れてしまうが、そんな事を考えている暇も余裕もない。今はただ、逃げる事だけを考えるだけであった。


 騎士達は懸命に逃げる、化け物共に追い付かれないように、と。

 疲れ果てた体に鞭打ち叱咤するが、体は悲鳴を上げつつあり、すぐにも限界が訪れようとしていた。


 このままでは追い付かれる、何とかしなければ。だが、その”何とか”が見つからないのだ。


 そして、騎士達は観念したのか、それとも、追いつかれるとわかったのか、足を止めて向きを変えると息を整え始めた。無謀だとは皆がわかっているが、誰かが生き残らなければならぬと、自らの体を盾にして誰かを逃がすしかないのだ。


「ここまでか……。付き合ってくれて感謝している」

「何を言ってるのですか。我ら騎士団は初めから覚悟しております。それが早いか遅いかだけです」

「だが、全てを賭けるのもどうかだな。おい、お前。ここで敵を食い止める、何としても逃げてこの事を伝えるんだ」


 五人の中でも一番若い騎士に向かい声を掛ける。そう、五人がここで命を落とせば、少なからず手に入れた情報がすべて無に帰してしまう。それを避けるためにも誰かが逃げなければならないのだ。


「それなら、隊長が行くべきではありませんか」

「馬鹿野郎!隊長は最低でも隊を守る責務ってもんがある。それに命令するのは俺だ。つべこべ言わずさっさと逃げろ。何処までもだ!」


 口答えする若い騎士に向かい罵声を浴びせる。わかっているのだ、この五人だけでは追いかけてきた化け物共に敵うわけがないと。時間を稼いでも最後には皆、命を失うだけである、と。

 それならばまだ体力のある若い彼に託すべきであると考えたのだ。


「わかりました。隊長も最後まであきらめないでください。その折れた剣は僕の剣と交換します、刃毀れしていますが、折れているよりはマシでしょうから」


 若い騎士は剣を交換すると、何度も何度も後ろを振り返りながら、森の奥へと走り去っていった。

 その彼が見えなくなって少し経った後、四人となった騎士の眼前に、五体の化け物が姿を現した。紺色の歪な全身鎧フルプレートを着た化け物が。


「最後のひと暴れと行こうか」

「はい、お供します」


 刃毀れし、寿命の迫った刃をギラリと光らせながら、四人は化け物共に勝ち目のない戦いを挑むのであった。ただ一人の若い騎士を逃がすためだけに。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「手こずらせやがって!」


 化け物五体が四人の騎士、--それも装備も無く、手負いの状態の--、最後の一人の命を奪ったのが、戦闘開始から三十分も経ってからだった。あまりの不甲斐無さに甲高い奇声を発しながら最後に止めを刺した騎士を足蹴にする。

 あれから、かなり改良された化け物共を見上げるが、命令を出さなければ微動だにしないそれらは、本当に生き物なのかと首を傾げる。だが、命令した者よりも、敵を殺す事は手慣れているのでそれ以上はいう事は無かった。


「ヴェラよ、一人少ないがどうする?」


 ヴェラ、化け物を三体操りエルワンの商隊を襲ったリーダーの女の名前だ。今回は五体の化け物操り、騎士達を追い詰め、ここで全滅させたと思っていた。

 ヴェラも彼女を呼んだ女も紺色の女性型の全身鎧を着込んでいる。女性用にあつらえた鎧は、厚みを薄く作り上げ、重量を軽減してある。


「クソッ!一人逃したか。ファニー、追えるか?」


 兜の面を上げ、左半分がただれた醜い顔を向けながら、ヴェラはもう一人の女、--ファニー--へ、ここから追い打ちを掛けられるかを尋ねる。多少軽くなっているが全身鎧を着込んでいるのだ、馬を駆って追いかけるが難しいかもしれない。

 だが、返事を聞く前に鎧の不要部分を剥ぎ取り、最低限の装備をだけを着込み追撃に備えるファニー。


「それは行ってくれると思っていいのか?」

「逃してしまっては我らの恥だ。幸いなことに馬もいる」


 連れてきた馬に颯爽と跨り、兜を取り去った顔をヴェラへ向け、馬に鞭を入れて走らせた。黄色い髪をたなびかせ駆けて行くファニーを見送ると、脱ぎ捨てた鎧と止めを差し、無言の骸となった四つの塊を化け物共に回収させ、元来た道を戻るのであった。




 身軽になったファニーを乗せた馬は、逃げた騎士の足跡をたどり、早足で駆け抜けて行った。森の木々を抜け、小川の側を通りぬけ、逃げた男をひたすら追い掛ける。

 そして、ファニーの肉眼に逃げ続けている騎士の後ろ姿を捉える事に成功した。追い始めてから一時間半、ファニーも、そして駆けている馬もどちらもが汗でびっしょり濡れて湯気を上げている。

 あと少しで逃げた男に追いつく、そう思い、腰に差していた長剣ロングソードを引き抜くと馬の速度を上げ男へ迫る。


 逃げる騎士は、耳に馬の蹄の音が聞こえて来ると、走る速度を少し緩め、後ろを振り返る。が、騎士へ迫る馬はすぐそこまで見えていた。

 逃げ切れぬと悟ると、側を流れる小川へ入り、刀身が中半で折れた長剣を引き抜いた。


 小川と言えどもこの騎士の膝よりも少し高い位置まで水位があり、馬の機動力は十分に発揮できないだろうと踏んでいたのだ。

 だが、ここで一つ、誤算があった。この騎士よりも追っ手の方が手練れであった事だ。


 馬に乗ったファニーは追い掛けた騎士の側まで馬を走らせると、そのまま小川へ馬で乗り入れた。そして体の右側を騎士に向けながら剣を一閃、二閃と走らせる。騎士もただやられるばかりでないと半分になった剣で攻撃を受け流して行くが、それも時間の問題であった。


 馬の機動力を奪ったはいいが、自分の機動力も自ら封印してしまったのだ。追っ手はその体格や髪型から女だとわかったにも関わらず、力で負け始め、体力も底を突き、ついには攻撃をその体に受け、傷を増やし始める。もうここまでと、最後の力を振り絞り、半分に折れた剣で、相手に一撃を放つが、小川に入り体力が消耗した体では、その刃は追手の女には届かなかった。


 最後の一撃を躱されると、追手の女からの一撃を両腕と背中に受け、川の中へ”バシャン”と倒れ込んだ。

 籠手も脚甲も無くした、騎士は体の様々な場所から鮮血を出しながら小川の流れに乗り、そのまま流れて行った。


「あれだけ傷を負わせて血を流したのだ、もう生きている事もあるまい」


 一言だけ呟くと、長剣を鞘に仕舞い込み、馬を小川から上げゆっくりと帰って行くのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 自由商業都市ノルエガを出発してすでに五日。ヴルフ達はルカンヌ共和国の東の都市【ノーランド】へ到着していた。すでに日が沈み、今は宿の食堂で夕食を食べていた。


 ノルエガを出発したのは、船でエルフの里へ帰るエルザを見送ったその日であったが、教国騎士団の同行員との顔合わせや打ち合わせなどにより出発が昼過ぎとなってしまった。

 そのため、移動に一日多く取られてしまい、ノーランドへの到着が月をまたいで九月一日となってしまった。


 教国騎士団からの同行員は【グローリア】と名乗った女性騎士だ。野営で模擬戦をしてみたが、ヒルダよりも幾分か腕は落ちるが十分に戦力となると思われた。実際は個人で戦うよりも集団で戦う事が得意であると紹介を受けている。

 おそらくだが、アイリーンを援護に付けての戦いであれば、十二分に戦力となりうると思われる。


 そんなグローリアだが、出発時は真新しい革鎧を身に着けていたが、ノーランドまでの道中で獣達との戦闘や模擬戦で汚れが付着し、旅慣れた姿になってた。

 ヴルフ達もヒュドラの素材で作られた真新しい鎧を着こんでいるが、こちらもこの五日でそれ相応の汚れ具合となり、体にさらに馴染んで来たようだ。


 そして、今は夕食の真っ最中である。だが、グローリアが、”歩いての移動がこんなに楽でいいのか?”と顔を輝かせていた。


「騎士団の訓練ってそんなに過酷なの?」


 目の前に置かれたデザート、この近辺で採れたフルーツを頬張りながら、ヒルダが質問をした。

 グローリアにとって、着慣れてるとは言え金属の甲冑に身を包んだ状態で、一週間以上の食糧と野営道具を担いでもっと速く行軍していたのだ。一日、四十キロ余りをヴルフ達が歩いているが、これよりも速いのだ。当然ながら楽に感じるのは当然であった。


 グローリアは訓練で一週間程の日程は経験があるが、それ以上の行軍は行ったことが無い。移動に船や馬車を使ってしまっていた為だ。ヴルフ達は途中街で一泊する事はあるが二週間から三週間も歩くことがあり、それを見越しての日程であったのだ。

 それを指摘されれば、そんな事は考えた事も無かったと素直に認める辺りは向上心があるのだろうとヴルフとスイールからは高評価であった。


 それとグローリアが驚いたのは、宿の部屋割りであった。旅人は一人部屋を取る傾向が強いと聞いていたが、ヴルフ達は二人部屋や三人部屋を取っていたからだ。

 これはヴルフの影響が大きい。もともとヴルフもトルニア王国の騎士団に所属していた。その影響もあり、複数人で一部屋に泊まる事にしている。複数で泊まれば、何かあった時に対処し易かったり、宿泊料の節約になるとの利点もある。個人的な事は考慮されていないが、調査の依頼中であり、そこは割り切っていた。


「それはそうと、予備の武器は持っていないのか?」


 ヴルフが聞こう聞こうと思っていた事を口にする。ヴルフ達はそれぞれが二つの武器を持っていた。剣を二本持っているエゼルバルドは別にしても、ヴルフは棒状戦斧ポールアックスとブロードソードを持っているし、ヒルダも軽棍ライトメイスの他にショートソードを買っている。

 グローリアを見れば長剣ロングソードの他にナイフを持っているだけであった。


「今までこのままだったし、誰も二種類の武器を持っていなかったわ。それに、折れてもすぐに新しい武器が貰えたから」


 グローリアの言い分は尤もであった。

 集団で行動して、常に補給部隊が後ろに控えているため、使えなくなった武器はすぐに直されるか交換されるのが常であった。

 ヴルフも騎士団に所属していた時は確かに武器は多く持たなかった。だが、騎士団を辞めて一人で動き始めた時に、一つの武器では立ち行かなくなるとわかり、棒状戦斧が離せなくなった。そのため、今の主武器は棒状戦斧となってしまったのだ。


「長剣が折れた時に代わりの武器が無いとこれから困るかもしれん。できれば違う武器種が望ましいが……。どうじゃ、明日はお前さんの武器を見に行かんか?」


 グローリアは”う~ん”と首を傾げ考え込む。

 確かに補給部隊がいない場面で剣が折れれば戦闘を続ける事が出来なくなる。それであれば訓練で使ったことのある武器を一本、持っておくのも悪くないと考えた。

 幸いな事に長剣とナイフだけでこの旅には盾を持ってきていない。であれば両手で使える武器を持つのも良いのではないかと考えた。


「それなら一つ、使いたい武器があるのですが……」


 それを口にしたグローリアをヴルフ達は”成程な”と思いつつ、明日の一番は鍛冶屋めぐりだと口にすると、目の前の飲み物をグイッと飲み干すのであった。





※始まりました、第八章。

予定では60話を予定しております。予告通り、二日に一度の更新です。

章立てはもしかしたら分けるかもしれません。


引き続き、Labyrinth & Lordsをよろしくお願いします。

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