第四話 秘密の目録

 ヴルフの屋敷でミシェール達から話を聞いてから五日後の事である。この日はカルロ将軍に呼び出され王城へと来ていた。いつもの様にカルロ将軍の執務室でへ呼ばれている。


 エゼルバルドが怪我を負った事もあり、彼が師事するパトリシア姫との剣術の訓練は一時中断されている。その間でもパトリシア姫は剣術訓練を中止する事なく、騎士達と代わる代わるに相手をしていた。

 それもあり、王城へ来たのは一か月ぶりなのである。


 カルロ将軍の執務室にはこの部屋の主であるカルロ将軍の他に、パトリシア姫と、見慣れぬ華美な胸当てを付けた高位の人物がそこに控えていた。

 いつもの執務机ではなく客が見えた時に使うテーブルを囲う様に総勢八人が座っている。


 目の前には透明なガラスのコップにアルコール抜きの飲み物が注がれている。遠くからでもかすかに香り柑橘系の酸味がある今年作ったジュースだとわかる。

 赤みがかった綺麗な色をしたジュースを口に含むと、自然の甘味と柑橘系の酸味が口の中に広がり、そして、香りが鼻孔へと抜けていく。喉の奥へと通せば、すっきりとした喉越しで気持ちが良い。


 ジュースを味わっているとカルロ将軍が突然の呼び出した事に詫びを言い、本題に入るのであった。


「さて、今日は呼び出したのは幾つかあるが、先ずはディスポラ帝国への出兵の件だ。本来なら出ていた援軍が戻った時点で話すのだが、本人が負傷していたのでこの時期になった。って、話し辛いな。少し崩させてもらう」


 カルロ将軍がむず痒そうな表情でシャツの首回りを指で広げる。形式ばった姿勢よりも普段に近い姿勢で話したいのだろう。こちらは良く知った五人だし、王家と言えフレンドリーに接してくるパトリシア姫もそうだし。もう一人はおそらく話し方を変えた事を考えれば部下かそれに類する所属なのだろう。


「で、エゼルが怪我を負ったから呼び出すのが遅くなった訳だ。その成果をグラディス将軍に行ってもらう」


 隣に座っている男が椅子から立ち上がり一礼をして、


「始めまして、グラディスです。カルロ将軍の部下の位置づけですが、将軍の肩書きを持ってます。スフミ王国への援軍の指揮官でした。と前提はここまでよろしいですかね」


 と、エゼルバルド達を見渡す。うんうんと首を縦に振っているので、今のところは問題無しと判断した様だ。そして、グラディス将軍の目の前に置かれてた書類の束をテーブルの中央へ投げると椅子に腰を下しながら話を続けた。


「この書類、戦術指示書だが、幾つか手直しが必要であったり蛇足分があったが、ほぼ、この内容で帝国軍を撃退する事が出来た。聞けば、帝国軍が攻め込んだとこの王城へ高速鳥の情報が来た時に書かれたそうだな。

 先見の明を持った者に礼を言いたかったのと、是非とも我が軍へ、いや、王城へ召抱えたいとも思ったのだ」


 グラディス将軍が最後の言葉をエゼルバルドへ向けて飛ばす。その顔は是非とも王城へ、との顔をしている事は一目でわかる。これだけの戦略、戦術を生み出し、相手の意図を見抜く力を持つ事は国としても無言の戦力となり他国へ有利になる事は間違いない。

 だが、エゼルバルドはそれに良い顔をせず淡々と返すのみであった。


「エゼルバルドと言います。グラディス将軍の言葉は有り難いのですが、何処へも仕官するつもりはありません。在野で細々と旅と研究をしているのが性に合っています。それに、この様な若輩者を雇ったとあれば王国の名に傷がつくかもしれません。ですので仕官は諦めていただきますようお願いします」


 エゼルバルドの答えはやはり”受けない”であった。前にもあったが断っている。


「ほら、言っただろ。無理だって。それにこいつは縛り付けて置くには器が大きすぎる。仲間を見てみろ。”速鬼”のヴルフがいて、”黒の霧殺士”が言うには”赤髪の狙撃者”のアイリーンがいるんだぞ。さらに、お前は知らないかもしれないが、ブールの街で有名な”変り者”魔術師スイールだ。二つ名持ちが三人もいるパーティーなんてあると思うか?エゼルバルドにしても、大人しくしてるがヒルダも何時かは二つ名を付けられる位だ。縛り付けるのは無理だぞ」


 カルロ将軍がグラディス将軍へと言い放つ。ここでの会談の前にカルロ将軍に相談をしていたのだろうが、その通りになった様だ。

 グラディス将軍は仕方ないとの諦める。この人材を在野に置いておくは勿体ないと思っているに違いない。


 一人だけ憤慨しているアイリーンは”赤髪の狙撃者”が気に入らない様だ。「何で私だけ意味不明な二つ名なのよ!!」と怒っている。弓の腕は達人レベルのトレジャーハンター、アイリーン。もっとマシな二つ名が欲しいと本気で思っている。


「その話は終わりにして、エゼルバルドの事は隠しておきたい。そこで戦果に対する褒賞を出したいと思ったのだけど、大々的にできないのでこの場に呼んだのだ。それで、パトリシア姫から一つと私から一つ、出す事にした」


 そこでパトリシア姫がサイドテーブルから五つの箱をテーブルの上に置く。それほど大きくはないが、少し重そうな箱であった。


「いつも王城に来てくれるのと、妾の剣術の訓練を見ていただいたお礼じゃな。勲章、までは行かないが皆にこれを渡しておく」


 五人に同じ箱が配られる。

 箱と言っても高級な木製で、手の感触は固い木で作られている事が良くわかる。加工には時間と量力がかかるほどであろう。

 パトリシア姫を見ればニコニコして箱を開けるのを見ている。


 皆で箱を開けると、金色に輝く分厚いカードが入っている。ギルドカードと同じ大きさだが、五ミリほどの厚みでかなり重い。全てを金で作られている重さでは無く、少し軽めの合金製で表面は錆びにくいメッキになっているのだろうと手に持った感覚でわかった。

 だが、このカードの価値は材質ではなく、表と裏に書かれている文字であろう。


『王城自由入場券』

『発行 パトリシア=トルニア』


 簡単に言えば、パトリシア姫とお友達なので自由に遊びに来ていいよ、話に来てね、と言うものだ。ありがた迷惑……いや、非常にありがたく、名誉なことは確かだ。


「それともう一つ。これは私からだ」


 と、カルロ将軍が何処からか封書と一本の剣を取り出しテーブルの上に置く。


「ディスポラ帝国がスフミ王国に侵攻している理由を知っているか?」


 唐突に別の話へと話題を変える。しかも褒賞の話とは全く異なり、グラディス将軍が口にした戦果の話でもない。戦火を招いた原因についてだが、エゼルバルド達には全く見当がつかない。


「これは王家の一部や国の根幹をなす臣下にだけ明かされるのだが……いや、それは私の口からは言わない事にしよう」


 カルロ将軍は肝心な事を口をつぐむ事で隠した。この場で話すほどの事ではないのか、もしくは話してしまってはいけないのか、どちらかであろう。


「君達に褒賞と同時に依頼、いや、命令する。この封書と剣を持ちスフミ王国を訪問する事。封書の内容が褒章に値するがスフミ王国へ着くまで内容は第一級秘匿事項とし開封する事を禁ずる」


 砕けた口調から高圧的な将軍口調へとカルロ将軍の雰囲気が変わる。怪訝そうな五人が顔を見合わせる中でスイールが口を開く。


「それはなぜ命令となるのですか?」

「命令って訳じゃないんだ、本来は。スフミ王国を観光して楽しんで来てくれ、が、一つ目。もう一つがこの剣、パトリシア姫の剣になるのだが、そろそろ良い剣を持ってても可笑しくない実力が付いたから、国王が剣を与える事になってな。その最終加工がスフミ王国でなければ出来ないのだよ。信頼できる部下に頼んでも良いのだが、エゼルの褒章もあったので直に見てきてもらいたいと思ったのだ」


 なるほど、スフミ王国への旅行を国が支援するから行ってこい、ついでに頼み事があるからお使いを頼む、と。

 戻って来なければならないが、旅行をするのはやぶさかではない。皆を眺めると旅行には前向きであることがわかり、了承する事にした。


「そうそう、エゼルには両手剣があるだろう。あれを持って行く事。これだけは命令だ。そして、ディスポラ帝国がスフミ王国を占有したい理由をその目で見て来るように」


 それらの話が纏まると、馬車等の手配もあり五日後に出発する事になった。この話が終わるとパトリシア姫はカルロ将軍の部屋より退出して行った。




「さて、もう一つ。ある意味こっちの方が本題かもしれないな。パトリシア姫には申し訳ないが、話せる内容ではないのでご退席いただいたが」


 カルロ将軍の話が始まるとグラディス将軍が立ち上がり、執務机の上に置いてあった書類の束をテーブルへと移してきた。表紙には”極秘事項”の赤いスタンプが押されている。


「麻薬の件についてだ」


 麻薬についてであればパトリシア姫には話す内容ではない。グラディス将軍も関わっていないと思うが、今日は補佐としての役目であろう。贅沢な人材の使い方である。


「アーラス教の教会で下水溝に繋がっているのは話したはずだ。覚えているか?」


 ウンウンと頷く一同。たしか”黒の霧殺士”を追っていて偶然見つけた事件の突破口だったと。


「下水溝に沿って調査をしたのだ。調査をしたのは騎士と諜報部の合同でだけどな。その下水溝を教会を中心にくまなく調べたところ、頻繁に使われている出入口を見つけたのだ。下水溝からの出入口を様々な方法で調べたところある商店だとわかった。王城に納品もしている大きな商店の倉庫。まさかあんな場所に出るとは思いもよらなかったよ。その商店の名前は、わかると思うがマクドネル商会だ」


 麻薬の供給元と販売者が繋がった。いや、繋がっていたのは薄々感じていたが、証拠は無かった。憶測で言う事ではないと黙っていたが、ここまでくるとすべてが繋がっているのではないかと疑ってみたくなる。そう、テルフォード公爵家も、と。


「その後、マグドネル商会を念入りに調査して、拠点はそこだけだと判明した。そして、一昨日だ、秘密裏に騎士や諜報部で踏み込んだ。やはり、真っ黒だったよ。倉庫には麻薬の入った箱が置かれていて、事務所も兼用していたから帳簿やら送金リストやら重要な証拠がこれでもかと出てきてた。帳簿は調査中でその内に全ての繋がり判明するはずだ。麻薬や何やらで設けた売上金の送金先も含めてな」


 ここはかなり力を入れてカルロ将軍は説明している。臨場感たっぷりに身振り手振りを交えて。マグドネル商会が黒だとは知っていたが、すべてが関わっているのか、一部だけなのかが判明せず手出し出来なかったのは事実。調査する手段も無かったし。


「送金先は暗号で書かれているらしく解読に手間取っている、と言うのが今朝までの報告だ。あとはゆっくりやってくれと言ってあるがあいつらの事だからあっと言う間に掴んでしまうんだろうな。もう一歩でこの件も終わりそうだからやっと肩の荷が下りるよ」


 自分の肩を揉みながら頭を左右に振る。忙しかったのがようやく終わると顔は笑顔を見せている。この件が終わるのが相当嬉しいのだろう。何日徹夜したのかは聞かない方が何とかの情けと言う物であろう。


「そうそう、その場にいた売人と主要な者達は逮捕した。だが、主犯格のマルコムは精神を病んでいて逮捕しなかったそうだ。なぜしなかったかはまだ聞いてないが。マクドネル商会全体でなく、このマルコムだけが絡んでいたらしく、当主や兄弟は知らなかったそうだよ」


 ここまでくればもう終わりも見えただろう。それならばこの件は忘れて仕舞って良さそうだ。王都にももうしばらくいたら次の旅先を探したい、そうエゼルバルドは思うのである。


「報奨金はもう少し待っててくれ。今日は来てくれてありがとう。これから打ち合わせが有るのでこれで失礼する。五日後に王城に来てくれ、馬車を用意しておくから」


 そう言うと、カルロ将軍とグラディス将軍は連れ立って部屋から出て行った。当然、簡単ではあるが一礼は忘れずにだ。




 王城から出ようと廊下を歩いていると目の前にパトリシア姫が見えた。話が長かったので少し待っていた様だ。


「スフミ王国へ行くのじゃな」

「ええ、お使いを頼まれましたので」

「妾も行きたいが今回ばかりは許可が出なかったので一緒に行けないが、気を付けて行ってくれ。前みたいに怪我をして帰って来ることの無いようにな」


 先の大怪我の事もあり、パトリシア姫は相当に心配している様だ。剣術の先生と言うだけでなく、心理的にも少しだけ変化が有るのだがここで言う訳にもいかないと我慢している。


「大丈夫ですよ、無理できませんから」

「それなら安心じゃ。帰ってきたら剣術の訓練をまたお願いしたい」

「帰ってきたら楽しみにしていますよ」

「ヒルダもよろしく頼むな」

「任せて!!」

「ではな」


 エゼルバルド、ヒルダ、そして、パトリシア姫が廊下で短いながら話をし、別れていく。

 パトリシア姫は自室へ戻り、エゼルバルド達は旅の準備をするため、王都へと買い物へ出て行くのであった。

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