第二十八話 刺客の襲来、対”黒の霧殺士” 参【改訂版1】

2019/07/27改訂


    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイールに向けられた細身剣レイピアの一撃を両手剣を振り上げて難なく防ぐと、二人の間に自分の身を割り込ませスイールを守る。


 エゼルバルドが防いだ黒ずくめの男の攻撃を見れば、スイールの腕では相手にならない。突き刺され、あっという間に勝負が付いてしまうと確信した。それに、自らが敬愛するスイールに刃を向けたこの敵を許さずにおけないと。


 この時すでに、スイールに刃が向けられていた事でエゼルバルドは頭に血を上らせ冷静さを失っていた。だが、それを感じさせぬ落ち着いた息遣いがスイールの思考を誤らせていたのだ。


「はぁっ!!」


 細剣男レイピア男は細い切っ先を何度も何度も突き出し、対峙するエゼルバルドを突き刺そうと攻撃を加えてくる。一瞬で腕を引き顔面を狙った突きを繰り出したかと思えば、次の一突きは太腿を狙うなど、巧みな攻撃を仕掛けてくる。だが、重量級の両手剣が相手であれば、軽量の細身剣レイピアを折ってしまうかもしれぬとの思考が働き、決定的な一撃を受ける事は無い。


 エゼルバルド達の防具は金属片を埋め込んだ革の胸当てと鎖帷子を二重に着込んでいる。胸の中央は切っ先が当たったとしても軌道をずらすような工夫がされており、心臓に突き刺さるのを防ぐ構造をしている。

 これはラドムが研究を重ねて作り上げた鎧の完成形の一つで、板金属鎧プレートメイルよりも防御力を上げていた。

 そして、その下に鎖帷子を着込み、斬撃を防ぐ役割を担っている。


 だが、エゼルバルドの相手の武器である細身剣レイピアは斬撃も可能だが、分類的には刺突性の武器に当たる。物体に突き刺されば、その貫通力だけで敵を屠る事が可能で、鎖帷子が苦手とする武器の代表格である。


 金属の輪を繋げて作り上げた鎖帷子は人の動きに対し、柔軟性を持り、体を曲げたり伸ばしたり、体に纏わり付く。金属の輪をつなげてある為に、防御力は目を見張るものがあり、多くの騎士や剣士、旅人など多くの人が身に着ける。


 その金属の輪勢いよく突かれたらどうなるか。

 鎖帷子の苦手武器の刺突武器で突かれれば金属の輪と言えども、運動エネルギーと体重などの質量との相乗効果により、防御力は無いと思う程脆く、あっという間に胴体を貫通して来るだろう。

 その為、胸当てを身に付けていたとしても、鎖帷子のみの部位は注意しなければならぬのだ。


 そう、エゼルバルドは刺突武器である細身剣レイピアを警戒し、受け流す事に専念しているのだ。


「ほらほら、受け身ばっかりか?姫様に教えてるってのは出まかせかぁ」


 細剣男がエゼルバルドを挑発の言葉を吐く。何時もなら挑発に乗るエゼルバルドではないのだが、スイールに剣を向けられた事もあり、頭に血が上っていたこの日は容易に挑発に乗ってしまった。


(何故、こいつがパティとの訓練を知っている?初めて見たのではないのか)


 戦いの最中に余計な事を考えたエゼルバルドは剣の動きが一瞬鈍くなった。

 だが、その一瞬の隙を見つけられ、鋭い突きがエゼルバルドを襲った。


「クッ!!」


 間一髪、突きを両手剣で受流すが、切っ先はエゼルバルドの左腕をかすめ、傷口から鮮血がにじみ出てシャツを赤く染めて行く。


「他愛もない。オレの敵じゃないな、このまま死んでくれると助かる。そうすればオレの懐に大金が転がり込んでくるし、依頼者も喜ぶしでこんなに嬉しい事は無いじゃないか」


 細剣男が勝てる相手だと余裕を見せたのか、”べらべら”と余計な事を話し出す。


「お前が死んでくれれば後顧の憂いは無くなり、仕事もやり易くなるってもんだ。ほらっ!」


 よく回る口だと悪態をつこうとするが、鋭い突きからの斬撃がエゼルバルドを襲い、それどころでは無くなる。

 何とか両手剣で防ぐが、防戦の中でも反撃の機会を伺うのだが、巧みに操る細身剣レイピアの素早い攻撃からは反撃の糸口さえ見付けられないでいた。

 いつも腰に帯びているブロードソードさえあれば、決着はもう付いているはずだと、今を憂う。


 スイールに攻撃が向けられ冷静さを欠いていたエゼルバルドは、ブロードソードを外した事を敵を追い森に分け入ってから気付いた。

 それは木々が茂る森の中で両手剣を有効に使えず、持ち替えようと左手を腰に当てた時だった。




 エゼルバルドは自らに毒づいていた。冷静さを欠き、頭に血が上っていた自らに。


 一つは敵が有利となる武器を自由に振らせてしまっている事だ。いつものブロードソードであれば互角以上に戦え、この場を優勢に進められるはずだった。敵の剣筋、剣速はヴルフのそれに及ぶところが無く、すでに決着がついていたはずだ。

 ”ズルズル”と敵の誘いに乗り森の奥へと誘い込まれ打ち合いが長引いたのは自らが招いた事だ。


 もう一つは牽制の魔法を使えていない事だ。いつもなら敵の攻撃を手数により封じ込め隙をついて魔法を使うのだが、敵の手数の方が多くなり魔法を使う隙が見つからないでいた。


 その二つがエゼルバルドに焦りを生じさせ、劣勢に追い込んでいた。


「ほらほら、受けるだけで手も足も出ないか~!!」


 細剣男の攻撃が激しさを増すが、エゼルバルドに放ったその一言が発想の転換と冷静さを与え、反撃の許すことになった。

 相手と同じ土俵に上がり、剣を交えずとも良いのだと。


「なにっ!?」


 エゼルバルドが繰り出した右拳が細剣男の顔面をかすめ、赤く浮かび上がる一筋が頬に発現した。エゼルバルドが攻撃に移り変わった瞬間だった。

 左手のみで両手剣を握ると、右腕を空拳の状態とした。剣が振れないのであれば、殴る、蹴るだけだと。


「お礼をしなきゃいけないなぁ!!」


 盾代わりに両手剣を構え、細身剣レイピアを受け流しながら間合いを詰め鎧の隙間めがけて拳を振るう。片手のみの攻撃は手数は多くないが、懐に入られ振られる拳は、数発に一発は細剣男に叩き込まれている。

 防具としての籠手から武器の籠手へ替わり、確実にダメージを蓄積させる。細身剣レイピアの間合いの内側では細剣男もその剣を十分に振るう事は叶わない。


「いい加減にしろ!!」


 痺れを切らした細剣男が柄で殴り掛かる。

 エゼルバルドの拳が鎧の隙間に叩き込まれると同時に、両手剣の防御をすり抜けた細剣男の柄がエゼルバルドの左頬を殴り付ける。


「グホッ!」

「ガハッ!」


 お互いの力を込めた攻撃がカウンターとなり、それぞれを痛めつける。そして、お互いが数歩遠ざかり間合いを取ると膝をつき肩で息をし始め、攻撃の手を休めるのだった。


(こいつ、普通じゃ無ぇ。両手剣を振ってた時はたいしたこと無かったが、殴り掛かって来てからは別人の様だ。長引かせる訳にはいかねえな。他の奴らも気になるが、こいつだけは仕留めておきたい)

細身剣レイピアを封じれば勝機が見えるかと思ったが、柄で殴るとは思わなかった。剣筋はたいした事は無いが実戦経験は相当積んているな。このままでは不味い、何とか逆転の方法を考えなければ)


 十秒程の時間が過ぎたが、二人には一時間とも二時間とも思える長い時間を過ごし、お互いを鋭い視線で牽制しあう。

 同時に二人が立ち上がり、武器を構え攻撃に移ろうとしたが、構えたまま二人はピクリとも動かず時間が過ぎる。


 決定的な攻撃力を欠く二人は、攻撃の組み立てを考えていた。細剣男は最終的には細身剣レイピアを敵に突き刺すことで勝利を勝ち取ろうと、エゼルバルドも両手剣を敵に叩き込み勝利をこの手にもたらそうかと考えていた。


「タアァァァーーー!」


 先に動いたのはエゼルバルドであった。息を深く吸い込むと力強く地を蹴り、体を前へ前へと押し出す。一瞬で最高速に達すると両手剣を左手だけで敵に突き出し突進をかける。両手剣の攻撃は牽制だ。細剣男が躱す事を予想し、本命の攻撃に繋げる為の布石であった。


 細剣男はそれに反応した。

 両手剣と言えども大きく振られた刀身を細身剣レイピアで受ければ武器が破壊されるが、突きの軌道を変えるのであれば武器のダメージは少ない。敵の攻撃が次の攻撃の布石である事も想像できていた。


 ”キキーーーーーー!!”


 エゼルバルドの両手剣と細剣男の細身剣レイピアがやすりの様に削られながら耳障りな甲高い音を上げる。両手剣の軌道が僅かにずれ、細剣男の顔面を避けて空を突くだけに終わるが、それを想定していたエゼルバルドの右拳が細剣男の顔面めがけて殴り掛かるのだが……。


 ”バシンッ!!”


 細剣男は不敵な笑みを見せながらエゼルバルドの拳を受け止めた。


「クッ!」


 細剣男も得意ではないが、徒手空拳の訓練を積んでいた。実戦で使うほどの実力は無かったが、やむを得ず防御に使ったのである。


「やはり、そう来たか。突きはフェイントで本命はこっちだったな」


 エゼルバルドの拳は細剣男に遮られ拳を捕まれたまま時間が過ぎる。


「やるな!だが、このままで済むと思うなよ」


 エゼルバルドが体重を踏み込んだ右足に掛けると、そこを中心にして左膝を叩き込もうと蹴り上げる。本来は鳩尾を狙うつもりであったが、そこまでの隙は見せないだろうと安易に狙える太腿に標的を絞った。


 十分な力を加えられず牽制にしかならなかったが、それにより二人の体が離れ、間合いを取ることが出来た。

 それでも、瞬時に間合いを詰め拳を振るおうとするのだが、今は細剣男の間合いになっていた。細身剣レイピアがエゼルバルドの顔面目掛けて振るわれる。


「クッ!!」


 拳を振るう事を諦め、両手剣での防御に徹する。鋭い突きが幾重にもエゼルバルドを襲い、間合いを詰めることすら出来ず、攻撃を躱すために守勢に回るしかなかった。




 どれだけ打ち合っているのだろう。お互いに決定打に欠け勝負は見えない。エゼルバルドも焦っていたが、細剣男も勝負を決められず当然の様に焦っていた。


 打ち崩せないでいるエゼルバルドは時間が味方する。たとえ標的を仕留められたとしても、容易に逃げ出せないだろう。敵には魔術師もいれば、”赤髪の狙撃手アイリーン”もいるともなれば、誰かが負ける可能性もある。そうなれば、劣勢に追い込まれ、死地を脱する事は難しくなる。

 そう考えれば、細剣男に残された時間はあと僅かしかなく、そこが撤退の時間となるだろう。


 実際には別の場所での戦闘は、この時間で全てに決着が付いていたのである。不利な体勢で使う煙玉の音をすでに二回耳にしており、二人が撤退したと既に知り得ていたのだ。


 だが、撤退するにしても、この男だけは始末して手土産としておきたいと思っていた。

 殺り合う程の実力者を一人でも排除しておけば、後顧の憂いが無くなるであろうと。

 そして、ちらりと周辺に気を回せば、絶好の場所を見つけ、そこで勝負を決めるとした。


 細剣男の攻撃が変わった。突きを主体とした攻撃から、斬撃での攻撃へと変わった。大きく振られる細身剣レイピアは重量級の両手剣でも対処が可能となり始めた。


 細身剣レイピアも、使用限界が近いとわかっていた。

 後どれだけ振れるのだろうかと心配しするが、何とか持ってみせると巧みに剣を動かし、迫り来る両手剣の攻撃を受け流す。


 細剣男の攻撃に目が慣れたエゼルバルドの反撃が始まった。

 細身剣レイピアの間合いの外ギリギリで両手剣を器用に小さく振るい、切っ先で敵を翻弄する。腕や足をかすり、細剣男に細かな傷を付けて血を滲ませ、確実にダメージを蓄積させて行く。

 斬撃のダメージはエゼルバルドも同じで、既に腕に足に斬撃を何か所も受け、シャツやズボンを血で染めていた。


(そろそろ良い頃か?)


 細剣男は徐々に後退しながら両手剣を受け流していく。細身剣レイピアはそろそろ限界が近く、あと数合持てば良い程に刀身に疲労が溜まっているだろう。

 この男にしてみれば剣とはただの道具にすぎず、壊れれば新しい武器に変えれば良い、そのくらいにしか考えていない。だが、この場ではあと数合、その力を貸して欲しいと細身剣レイピアに祈るのであった。




 剣を振るっていた細剣男が何かにつまずき姿勢を崩した。一瞬、斬撃が止まり、それをエゼルバルドが見逃すはずはない。


(今だ!!)


 ここぞとばかりに小さく振っていた両手剣をしっかりと握り、細剣男へ襲い掛かった。エゼルバルドの左から右に向け”ビュン”と音を響かせながら迫る。


 だが、それは細剣男が仕組んだ罠だった。つまずいたのは細剣男の演技で一瞬で見極めるのは難しいほどだった。足元にはつまづく要素など一つも無いのだが、限界ギリギリで戦っていれば見落とす事も頷ける。

 そして、エゼルバルドの両手剣は細剣男の目の前で空を切り、立木へと吸い込まれ、その刀身をがっちりと咥え込んでしまった。


「掛かったな!死ねぇ!!」


 両手剣が立木に咥えられ、抜くことも叶わぬ状況に陥り、攻撃と防御の手段を失ったエゼルバルドへ細身剣レイピアの切っ先ががエゼルバルドの体の中心、--そこにあるのは心臓--、へと迫る。


(しまった!!)


 そのまま細身剣レイピアがエゼルバルドへ突き刺さればエゼルバルドの心臓を貫いていただろうが、咄嗟に両手剣から手を離し左の籠手でその軌道を僅かにずらした。


「グハァッ!!」


 心臓は逸れたが、切っ先はエゼルバルドの左胸へと突き刺さり、男の力と攻撃の勢いが乗じて剣に乗せられ、後背の立木へと叩き付けられた。

 細身剣レイピアはエゼルバルドを鎖帷子ごと貫通し、立木へと切っ先が突き刺さる。それと同時に限界を迎えた細身剣レイピアの刀身が根元から”ポキン”と折れ、武器としての限界を超えた。


 エゼルバルドの背中に背負っていた両手剣の鞘は立木に激突した衝撃で破壊され、破片が腕や腰などに突き刺さる。さらに立ち木に激突した衝撃で内臓を損傷したのか、口からもどす黒い血を吐き出し、口角から筋になって垂れていた。


「何とか倒したか……」


 肩で息をしながら、立木に打ち付けた敵を見つめる。この男も限界に近く、創傷から流れ出た血液の量から、気を失う寸前であった。


 あと一撃で終わらせると、バッグからナイフを逆手で取り出す。そして、朦朧とする視線を向ける敵の首に目掛けてナイフを振り下ろす……。

 が、それは出来なかった。


 ”ビュッ”とかすかな風切り音が聞こえると同時に、ナイフを握った腕に矢が刺さり、鈍痛が男を襲った。

 遠目から神業ともいえる技量でアイリーンが男を射抜いたのだ。


「くっ!仲間が来たか!これ以上は無理だな」


 止めを刺せず、悔しそうにして脱兎の如く逃げ出した黒ずくめの男。ここで逃げなければさらに矢を射かけられ、殺られるのは自分だと理解していた。


 そしてエゼルバルドは、かすむ目で逃げ出した男を捉えるのだが、それ以上意識を保つ事が出来ずに暗い闇へと落ちて行った。

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