第二十一話 アイリーン【改訂版1】

2019/06/25改訂


 ここは何処だろう。

 何も見えない。

 いや、見えないのでは無い、何かが目を覆っている。

 外せば見えるだろう。

 だが、外せない。

 いや、腕が動かない。

 腕だけではない、体の全てが動かせない。


 それならば声を出せばいいか。

 誰か助けて、体が動かない!

 でも、声が出ない。声は喉を通っているけど、言葉が口から出ない。

 ウーウーと牛が唸っているようだ。


 唸っていると聞こえる。

 確かに耳からは聞こえてくる。

 ウチの声と共に、甲高い片言の言葉と男の声が聞こえる。

 話し合っているようだ。


 ウチの体は一体どうなってしまったのか?


 先程まで光すら発しない、地下迷宮の中をランタン片手に探索をしていた。

 綺麗に磨かれた丈夫な石畳の床を滑るように進み、幾つかの部屋を調べ上げた。

 その中に力を感じる三又の槍が飾られていた。

 いや、祭られていた方が正しいだろう。


 迷宮の中にあり、明らかに腐食もせずランタンのオレンジ色の光を反射する槍は美しくもあった。

 思わず見とれてしまう所であったが、遺跡の何処からかかすかに聞こえる戦いの音が耳に入って来たのを覚えている。

 

 その戦いに巻き込まれる前に撤退すべきと三又の槍に手を伸ばそうとしたまでは覚えている。

 そこからの記憶がない。

 ああ、ウチはどうなってしまうのか?




「ん、気が付いたか?」


 誰だ、誰がウチを呼ぶ。

 随分と昔に聞いた記憶がある声。

 だけど、思い出せない。

 何か、懐かしい記憶だけが頭の片隅にあるだけだ。


「動くのは無理だろう。我々もここにいるから安心して眠るがいい」


 何者かに命令される。

 悔しい。

 体さえ動けば。

 仕方がない、言葉の通り眠ろう。

 起きたら夢だった。

 それが一番いいのだが。


 ……と思うが早いか、意識を手放し、現実から闇へと落ちて行った。




 どれ程の時間が経ったのだろうか。

 動こうと力を入れるが、体のあちこちが痛い。

 特に足に激痛が走る。力を入れるだけでこうだ。


 だが、指は動きそうだ。力を込めてみる。うん、動き出した。

 それなら腕は、肩は。

 徐々に動かせる場所を増やしていく。

 違和感はあるが大丈夫だ。


 目の前に掛かる冷たい布をそっと右腕で外してみる。

 瞼を少し開けると、視線の端から白い光が見えてきた。

 これは魔法の光か……。


「あ、気が付いたみたいよ」


 あれ?

 少し前に聞いた声は男だったが今は若い女?

 ウチはまだ夢の中にいるのか?


「あ~、動かない方がいいよ。足折れてたし……」


 彼女はそのように告げてきた。

 足が折れていた?力を入れると激痛が走るのはそれが原因だったか……。


「まだ夜明けまで時間があるから寝てていいよ」


 まずは礼を言わなければならないな。


「あの~」

「何?どこか痛い?」

「いや、ウチを助けてくれてありがとう。で、いいのかな?」

「ん~……。折れた足を治したのは、わたしだけど、助けたって言うか、拾ったって言った方がいいかもね」


 拾ったとは何を?もしかして……ウチの事?


「おっかない蜥蜴人リザードマンが投げ捨てたのを助けたのはわたしの仲間だけどね。助かって良かったね」


 彼女はそう言うと、屈託の無い笑顔を向けてきた。

 その笑顔に救われた気がする。


 それにしても、蜥蜴人が何故こんな所にいたのか?

 もしかして、三又の槍は蜥蜴人の持ち物だったのか?

 それも今は手に入らないお宝だろう。だが、宝を追うよりも、自らの名前を名乗っていないと気付いた。


「ウチはアイリーン、【アイリーン=バーンズ】。トレジャーハンターをしているの。でも、もう駄目ね、この体じゃ」


 この赤髪と赤目が特徴だと自己紹介し、自らの体が動かないと嘆いた。

 商売は上がったりで、これからの予定もない。蓄えも……たぶん無い。そして、憧れる人も無い。無い無い尽くしだ。

 これからどうしようか、と……。


「え?足は治るよ。時間は掛かるけどね」

「へっ?」


 アイリーンは間抜けな顔をしていただろう。自身でそう思った。

 口から発した、思いがけない言葉に、自分自身で驚いて見せたのだから。


「うん。だからぁ、その様に治療したから」


 いくら何でも、ウチより幼そうな、成人したての子供がなんで高等な治療が出来るのか?頭を打ち、耳まで使えなくなってしまったのかと、本気で思った。


「そうなんだ。あ、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして~」


 彼女には頭が上がらないなと、もう一度お礼を伝えた。




「うるさいな、もう少し寝させてくれんか、ヒルダよ」


 ”モソモソ”と低い声を発して、一人の男が暗闇の中から現れた。

 先程の耳に届いた低い声の持ち主は、こいつだったとはっきりわかった。

 たが……いや、なぜ?。

 なぜ…?

 なぜ……?

 なぜ、この男がここにいる!!

 こいつに追いつくためにトレジャーハンターを続けていたのだ。


「なんでアンタがここにるのよ、ヴルフ!っつ、痛ててて……」


 思わず大きな声で叫んでしまった。しかも、激痛のおまけつきだ。


「ん?何となく知っているんだが名前が思い出せん」

「ヴルフさん、おはようございます。この方、アイリーンさんと申してましたよ」


 ヴルフが起き抜けの頭を回転させると、”お~お~”と何か思い出したかのように手をパチンと叩いた。


「思い出したわ。五年位前だったかな。逆恨みで文句言われた、あの時のトレジャーハンターか。なるほど、知ってる顔だった訳か」


 ウチが逆恨みって、酷い言われよう……だったか?


「何なのよ。その言い掛かりは。痛ててっ」

「逆恨みも何も、ワシが先に掲示板から取ったのを寄こせって、殴り掛かってきたから、投げ飛ばしただけだろう。文句を言うのはどうなんだ?」


 二人の会話を”そんな事もあったの?”と驚きの表情を見せて聞いていたヒルダ。

 その後も二人の言い合いは続く。


「しかもその後、ワシの後を付けて、見つけた依頼品を横取りしようとするし……。完全な逆恨みだろうが。何か申し開きがあるなら受けて立つが、どうする?」


 確かにその通りだった。あの時は、”自分は凄腕のトレジャーハンター”で騎士上がりのヴルフに依頼を達成出来る程の腕を持ち合わせていないと、高を括っていた。よくよく考えれば頭に血が上っていたし、駆け出しを卒業して息巻いていた頃だった。

 それを言い訳にしたくは無いが、邪魔をした事は確かに悪かったと思った。


「わかったわよ。ウチが悪かった」

「うむ、素直でよろしい」


 納得はしないが、これ以上恥をさらす訳には行かないと、内心で頭を下げる。

 そして、この話はこれで終わりと目を瞑り黙り込んだ。


「で、腕は上がったのか?」


 ん?何の事?と、せっかく閉じた目を開ける。


「何の話?」

「いや、罠を外すとか、弓の技術とかだ。お前、それを自慢してただろうに」


 そうだった。

 あの頃は射抜けぬまとは何処にも無いと豪語していた頃だった。そして、上には上がいる事を知ったのもその時だった。


「なによ、上がったに決まってるでしょ。外せない罠なんてないし、弓だって針の穴に糸を通せる位に上がってるわよ」

「そりゃそうだな。もう五年も経つからな」


 よく、こんな大風呂敷を広げたなと思い出したが、今となっては顔から火を噴くかのように思えた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 頑丈な石畳が迷宮をくまなく続いている。叩けば響くほどの硬度を持つが、それをものともせず”トシントシン”とゆっくりと向かってくる足音が、硬い石畳を伝ってアイリーンの体に響いてくる。

 何かが接近して、暗がりの中から赤い松明の光と共に緑色の滑っとした肌の巨体がゆっくりと姿を現す。


「え、蜥蜴人リザードマン?」


 アイリーンは思わずその目を疑った。

 だが、目の前に現れたのは紛れもないそれだ。


「コレ トッテキタ メシ」

「お、ありがとう。一緒に食べるか?」

「イラナイ モウタベテキタ」

「ん、わかった。そうそう、お前たちが投げ捨てたコイツ、目が覚めたから。殺さないでくれてありがとうな」

「オレイ イラナイ」


 ヴルフは、そう言うだろうなと思いながら、蜥蜴人から河で獲れた新鮮な魚を受け取っていた。

 かなりおいしいとされる魚だが、泥臭くないかそれが気になった。


「さて、今日は五人分だな。たまには違う料理でも作るか」

「何を作るの?」


 慣れた手つきで魚を捌き始めるヴルフをまじまじと眺めながら尋ねる。

 いつもは、パンとスープを作るのが定番だが、スパゲッティを購入していたので、さっそくこの場で使うことにした。そして、蜥蜴人から貰った魚を遠火でじっくりと焼いてしまおうと。


 尻尾の手前を切り、血抜きを始める。

 時間がないので同時進行で魚のうろこを取り除く。包丁は持ち合わせていないので、ナイフの背を使う。”がりがり”と鈍い音がすると透明な鱗が剥がれ落ちて行く。

 左右のエラの間、腹にナイフを刺してそのまま尻尾へ向け切り開く。内臓を取り出し、きれいな水で洗い流す。棒切れを口から指し、塩を振っておく。

 薪に火が付いたら遠火でじっくりと焼き上げるのだ。


 鍋に魔法で水を溜め、湯を沸かす。不思議な事に迷宮内に木の根が散乱していたので、それを薪にして火を確保したのだ。天井もある程度高く、空気も循環しているので息苦しくなる心配もないとの事。

 この時点で先程の魚も焼き始める。


 ”ぐつぐつ”と湯が湧く寸前に濃すぎると思う程の塩を投入する。

 乾麺を鍋に入れ、トングで何とか湯に潜らせでから茹で時間が始まる。


 スパゲッティが茹で上がる前に、根菜類や干し肉でそれに合わせる具材を用意する。

 フライパンを別に用意し、干し肉から切り取った脂身を大量に投入する。そのまま火に掛けると熱がフライパンを通して伝わり脂身が解け始める。

 熱した油に野菜類を入れて炒め始め、塩、コショウで味付けをする。だが、面に塩味が付いているので塩は少なめにする。


 隣の鍋を見ると麺が鍋の中で踊っている。

 そのうちの一本を取って、芯が残っていないかを見るが、丁度よい硬さだった。

 鍋からトングを使ってフライパンへ直接移し、再び火で熱する。


 五人分を作るには多かった様でフライパンから麺が溢れていた。


「おっと、多かったな。少し分けておくか」


 まだ眠りにつく二人分を別の鍋に移しておき、三人分で調理を続行する。

 すでに火が通っているので、数回フライパンを振ったら完成だ。


 そして、かまどで焼いた魚も出来上がった頃だ。


 スパゲッティと焼き魚、取り合わせは変だが、その匂いがすると腹が鳴り響く。

 アイリーンは重傷者だが、空腹で今にも死にそうだと、早く食べたいと駄々をこね始めた。


「さて、完成だっと。アイリーンは起き上がれるのか?」

「わたしが起こすよ。痛かったら言ってください」


 空腹に耐えかね、眠る事さえできない上体を、ヒルダに支えて貰いながら何とか起き上がる。足から激痛が走るが、起きてしまえば痛みは殆ど感じなかった。

 アイリーンが自らの足を確認すると、膝下から先はズボンが切られ、片足に二本ずつ鞘で挟まれ固定されていた。

 これは痛みが走るのは仕方ないと目を背ける。


 そして、取り分けた朝食を貰い、神に感謝する事もせず、空腹を満たす為に我武者羅に食べ始める。

 空腹は最高のスパイスだと誰かが言ったらしいが、まさにその通りだった。なんて事無い朝食が、これほど美味いとは考えもしなかった。


「いい匂いですね、おはよう」

「何だ、起きて支度してたのか。だから、いい匂いがしてたのか」


 スイールとエゼルバルドが欠伸をしながらヴルフ達に挨拶をして来た。

 アイリーンはその二人を興味深く観察すると身をブルっと震わせた。


 一人は年齢不詳で落ち着き払っていて、その深慮に計り知れない何かを隠していると、感が教えてくれた。

 もう一人は、成人したばかりで、治療をしてくれたヒルダと同年齢だと見て取れた。


 そんな二人がヴルフの仲間としてこの場にいるのだ。一癖も二癖も有りそうな者達ばかりで心が落ち着かなかった。


「アイリーン、紹介する。スイールとエゼルだ」

「アイリーンよ」

「スイールです。もう起き上がって大丈夫なのですね」

「ええ、あちこち痛いですが」

「オレはエゼルバルド。無理しないで下さい」


 ヴルフが二人を紹介した後、隅で山になっている帝国兵の持ち物を使い何かを作り始めた。

 スイールとエゼルバルドの朝食はと言うと、それを見つけたスイールが調理し始めたので、ヴルフがもう一度作る必要がなくなったのである。


 帝国兵の武器や防具の残骸と木の根を使い、椅子に似た物を作り上げた。

 見た目は足の短い椅子だ。座面に背もたれ、そして足を持っていれば、椅子と呼ぶにはふさわしいと思った。

 だが、可笑しいのは、背もたれの部分からロープが二本垂れ下がっていた事だろう。

 それを考慮に入れれば、何かを背負って運ぶ台座にも見えない事も無いが……。


「うむ、いい出来かな?これでお前を運ぶからな」


 アイリーンに向かって高々と掲げて見せた。何故運ぶのか?と首を傾げる。二人で肩を貸してくれればいいだけなのにと思うのだが。


「分からんか?お前がこれに座ってワシが背負うんだ。そうすれば楽だろ」


 ヴルフがそれをバックパックの様に背負って見せるとそれに座って運ばれるのだとやっと気付いた、背負子しょいこなのだと。

 確かに、自分も、そして世話する方も楽になる。


 だが、ありがたいと思うのだが、借りを作りっぱなしだと心が沈む。


「こんな足じゃなければ……」

「お互い様だ。気にするな」


 気にするなと言われたが、気にしない方が可笑しいと顔を向けるが、既に別の事に意識を注いでいたヴルフに言う雰囲気でもないと口を噤むんだ。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「さて、そろそろ出発するか」


 背負子に座らされたアイリーンをヴルフが担ぎ上げるが、慣れぬ荷物にバランスを崩し、アイリーンごと転びそうになる。だが、エゼルバルドやスイールに支えられ何とか踏ん張り堪える事が出来た。

 ヴルフの荷物はスイールが持ち、前衛にエゼルバルドとヒルダの二人が灯火ライトを掛けた棒切れで高原を確保しながら進む事になる。

 そして最後尾には、一体の蜥蜴人リザードマンが付いてくる。


 蜥蜴人が付いてくるのは、トルニア王国政府に説明するときに必要だとスイールが力説したからである。何処に住むのか、敵対しないのか、懸念事項を払拭する為に必要であった。


「戻る事になるが仕方ないだろう。とりあえず、地下迷宮を脱出しよう」


 掛け声を掛けると皆は無言で頷き、隊列を組んだ五人と一体は暗闇の中を僅かな光を頼りに出口に向かい歩み始めた。

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