第九話 予定の変更を余儀なくされる【改訂版1】

2019/6/15改訂


「さて、渡し船が使用できないとなれば、二つの選択肢が残されています。一つは運航再開を待つか、そして、下流に進み河を渡るか……です」


 まもなく、河下りの船が運航再開されるとは言え、下流に向かう船で一日半、徒歩でも三日はかかる。そして、そのまま東へと向かえば日数の節約になるのだが、その場合はヴルフが提案した管理されていない地下迷宮の探索不可能となる。

 エゼルバルドとヒルダが探索を楽しみにしてる事から、多少日数が掛かってもピラゲーターがいなくなり、渡し船の運航再開を待った方がいいだろうと結論付けた。


 そして、ただ待つだけでは時間が勿体ないので、ワークギルドの依頼を受けながら待てば良いだろうと、早速ワークギルドへと向かったのである。


「さて……っと。何かあるかな?」


 スイール達は、人がいなくなった掲示板を眺め始めると直ぐに幾つかの依頼を見つける事が出来た。

 宿場町とは言え、商売人など大勢の人々が生活している為に、依頼も千差万別だった。草取りから始まり、薬草の採取や獣退治、店の手伝いに商隊の護衛と。贅沢を言わなければ引く手あまただ。

 その中でも日数や報酬金額で、何故残っているのかと思われるような依頼が目に付いたのである。


「スイールはコレなんかどう?得意でしょ」


 エゼルバルドがスイールに渡してきたのは薬草の採取と薬の作成。詳しくは大通りにある治療院で聞いて欲しいとされていたが、どんな薬が必要かはそこに記載があった。


「なるほど、これなら出来そうですね。その薬も作り方は知っていますが、薬草はその治療院に聞かなればなりませんね。場所さえ近くならすぐ終わりそうです」

 

 ブール街では薬師で名が通っていたほど、薬草には精通しているので依頼は直ぐに終わると思われた。

 

「エゼル、お前はこれなんかどうだ。護衛の仕事をして、体を動かす方がいいだろう」


 ヴルフが手に取った依頼は、ここから二日ほどの村へ向かう馬車の護衛だった。報酬も依頼の割に良く、エゼルバルドには楽に思えるほどだった。


「それはいいね、ヴルフ。そうしたら、二手に分かれる?」


 ヴルフから渡された依頼書を眺めると、スイールに二手に分かれようかと提案をしてみた。


「これくらいだったら、四人で一つの依頼を受けなくても良さそうかな。それに、二つ受けた方が報酬が良いしね」

「それじゃ、決まりだね」

「それならワシはスイールと行くとするか」

「わたしはエゼルとね」


 スイール達はあっさりと二つの依頼を受けると決めると、いつも通りの二組に分かれる算段をし、依頼書をカウンターへ持ち込んだ。


 薬草の採取ならいざ知らず、何らかの護衛は大勢で受けるのが普通で五人以上、大掛かりな商隊だと二十名以上、下手したら五十名以上となるだろう。

 だが、エゼルバルドが受けようとする護衛の依頼は秘密裏な移動なのか、数名だけの募集となっていて、二人でも十分だと感じた。少人数せいか報酬が良いのだが、何らかの意図が隠されている気もすると、油断はしないのだが。


 それと少人数で問題無いのは街道の安全性だろう。この宿場町から上流へと向かう街道は避暑地として人気の村があり、比較的街道を進む人の数が多い。ただ、冬が終わりを告げたばかりで山に雪化粧が残るこの時期は、人の流れはまだ、まばらなのだが。


「あら、こちらを受けてくださるの。ありがとうございますね」


 ワークギルドの制服を”ビシッ”と身に着けた受付嬢がお淑やかに受け答えをしてくれる。胸元には【キャリル】と小さい名札が着いている。彼女の見た目から、既に成人した子供が何人いても不思議ではないと思われる。

 ちなみに、ヴルフは”こんな話し方の女は怖いんじゃ!”と皆に耳打ちしてきた。過去に何があったかは憶測の域は出ないが、痛い目に遭ったのは確かだろう。


「こちらの依頼、二つですね。でも、これらの依頼は急ぎみたいなので何方かが終わってからでは間に合いませんよ」

「二組に分かれるから大丈夫です。薬草の依頼は私が、護衛の依頼はエゼルが受けるので」

「それなら大丈夫……です?」


 依頼書を処理しようとしたところで、護衛の依頼を受けると言われたエゼルバルドをキャリルが”まじまじ”と見て手を止めた。


「えっと、護衛の依頼をこの子達が受けるの?大丈夫なの」


 キャリルが不思議そうにエゼルバルドを見つめる。”成人したばかりじゃないの?”と疑惑の視線を投げつけるが、スイールは実力不足は無いと答える。


「大丈夫ですよ。こう見えても二人共、何度も護衛の依頼は受けていまし、私より剣の腕は立ちます。模擬戦をしたら、私は二人に全く勝てませんからね」


 二人の実力は折り紙付きだとスイールが告げる。キャリルもワークギルドの職員なので、手の平を見ればどれだけ剣を振っていたかすぐに分かっただろうが、この場で会話をしていたのがスイールだったので、実力を測りかねていたらしい。


「それに、私は薬草が専門ですからね」

「あら、そうでしたの?勘違いしてごめんなさいね。そうしたら、護衛は明朝出発になっているみたいだから。この後直ぐに顔出しておいてね。治療院は開いたばかりの時間だから様子を見て訪ねてみてね。それじゃ、がんばってね~」


 処理された依頼書を渡しながら手を振り送り出すキャロル。それに調子を狂わされ、いまいち力が入れられずワークギルドを後にした。




「スイール。オレ達は依頼主の所へ行ってみるよ」

「そうか、わかったよ。それなら、我々も治療院に行ってみる。そうそう、宿が必要なら私達の心配はせずに二人で取ってくれていい。依頼が終わるまでは二手に分かれての行動だからね」

「りょうか~い。それじゃ、ヒルダ。行ってみようか」

「は~い!」


 スイールとヴルフに軽く挨拶をすると、エゼルバルドとヒルダの二人は依頼人が泊っている宿場町の外れにある宿へと向かって行った。


「あの二人、大丈夫か?」

「一人でも依頼を受けて帰ってきてるから受ける事には問題ないだろう。ただ、依頼内容が不明なのが気になる。心配しても始まらないさ。二人に返り討ちにされる盗賊たちも可哀そうだけど」

「まぁ、ちがいないな」


 見送るスイールとヴルフの二人はその場に立ち止まり、心配そうに走り去る二人を見送っていた。だが、その心配もエゼルバルド達ではなく、討伐される盗賊達に向けてだったのは、二人以外に知る由もなかった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ん?ここかな」


 エゼルバルドとヒルダは、宿場町の外れ、依頼主が泊っている”第五山の裾野亭”の前に来ていた。

 ”第五山の裾野亭”とは、その名前の通り、五番目に作られた”山の裾野亭”だ。乗船場に近い場所から建てられ始め、町外れに向かうほど数が多くなる。当然ながら”山の裾野亭”の経営者は同一人物である。


「あの~、すいませ~ん」


 宿のリビーに入り、受付の男に声を掛けた。


「いらっしゃいませ。お泊りですか?」

「いえ、こちらに泊っている【マルコム=マクドネル】さんにお会いしたいのですが。この依頼の件で」


 受付の男に依頼書を提示すると、その依頼書とエゼルバルド達を交互に見ながら”怪しい奴め”と怪訝そうな目を向けて来た。


「少しお待ちくださいませ」


 依頼書が正式にワークギルドから出ているとわかると受付の男は従業員室へと入っていった。会話の内容は分からぬが、”ドタバタ”と慌てた足音が木目の床板を伝わって響いてきた。

 それから、一人の足音が遠くへ離れて行くのがわかった。

 その後、しばらくすると客室の方からロビーへと向かい来る足音が耳に入って来た。


 カウンターで待ちくたびれていたエゼルバルド達の横に足音の主が隣に現れると、いつの間にかカウンターに受付の男が戻り、”こちらの方です”と会話をしていた。


 エゼルバルド達の横に現れた男は、髪を”びしっ”と七三に決め、折り目の付いたシャツとズボンを身に着け、いかにも”使用人です”との雰囲気を出していた。表情も硬く、頑固そうな印象を受けた。

 だが、一つだけ確実なのは、顔が良く女性受けしそうな事だろう。これでどれだけの女性を虜にして来たのかと、聞きたいとさえ思ってしまったのである。


「ふむ、お二人共お若いですな。私、マルコム=マクドネル様の秘書兼護衛の【ニコラス】と申します。依頼を受けていただき、ありがとうございます。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 やはり、見た目通りで挨拶は硬いようだ。秘書との肩書を持つとどうしても硬くなるのだなと改めて思った。


「エゼルバルド=メイヤーです」

「ヒルダ=オーウェンです」


 硬い挨拶をされてしまったが為に、頭を下げながらラストネームまで名乗ってしまった。ヒルダもそれにつられてしまったのは言うまでもないだろう。


「これはご丁寧に。早速ですが、お二人の実力がどの程度か、見せていただきたいのですがよろしいでしょうか?なに、簡単な事です。私と少しばかり手合わせをしていただくだけでございます」

「それは構いません!もしかして、手合わせで実力が無ければ断るとかですか?」


 条件には若干名とだけ記されていて、実力を見るなど何処にも記載が無かったではないかと思いながら、”ムッ”と表情を強張らせて答える。


「確かにそうですな。私の足元にも及ばぬのが数組来ましたがそれらは断りました。私の相手をして死ぬなどありえませんので大丈夫ですよ。では、裏手に場所をご用意してありますのでご案内します」


 エゼルバルドとヒルダの内心では”嫌な依頼になった”と思いつつあった。それと同時に秘書兼護衛のニコラスが”どれだけの実力を持ち得ているか?”に興味が移った事も否定できない。


 そして、客室横の通路を通り抜け一枚のドアを潜ると、宿の中庭へと出て来た。焦げ茶色の土が露出した地面で壁際には若い樹木が新緑の葉を茂らせ周囲を囲っていた。


「では、こちらをお使いください」


 中庭に置いてあった木剣を拾い上げるとエゼルバルドに向け投げ付けて来た。木剣を掴み取ると、”ヒュンヒュン”と音を出しながら振り回したのちに、ピタリとニコラスに向けた。

 何時も使っている剣よりも軽く頼りなさそうであるが、この程度は簡単だと示した。


「軽いですね。これをどうするのですか」


 エゼルバルドは木剣を構えたまま、ゆっくりとヒルダから離れる様に横に移動し、ニコラスに問てみた。


「そうですね、こうするのですよ」


 ニコラスが答えると同時に、エゼルバルドとの間に存在した間合いを無くすべく、一足飛びで詰めて来た。”手合わせをして貰います”と自信たっぷりに言うだけあり、彼の迫りくる速度はかなりのものがあった。


 ”ガゴンッ!!”


 木剣と木剣がぶつかり合い鈍い音を立てる。迫り来るニコラスが一閃した木剣をエゼルバルドはそのまま受け止めた。そのまま鍔迫り合いに移行すると二人は歯を食いしばりお互いを押し出そうと腕に、足に、力を入れる。


 ニコラスの一撃と鍔迫り合いから、エゼルバルドはどちらもが自らが上だと確信した。彼の素早さはエゼルバルド以上かもしれないが、肝心の木剣から伝わる一撃に重さが感じられなかったのだ。

 これならば負けることは無いだろうとさらに力を入れてニコラスを押し戻す。


「やりますね。私の剣を受けるとは。接近してからの一撃とは言え、初見で防いだのは貴方だけです。他は全て受け切れずに体に一撃入れられてましたよ」


 いくら軽い木剣だとしても、構えていれば受けられるだろうとエゼルバルドとヒルダは思ったが、二人の練習相手はニコラスよりも剣速の速いヴルフが相手をしていたのだ。常識からかけ離れていると知らぬのは当人達だけであろう。


 エゼルバルドに押し戻されながらもニコラスは嬉しそうに不敵な笑みを浮かべていた。だが、どんな手を使って来ようとも、彼に負ける訳には行かぬと反撃を始める。


「じゃ、次はこっちから行きますよ。怪我だけはしないでくださいよ」


 エゼルバルドがニコラスの木剣を押し返す。大地にしっかりと靴底が食い込みエゼルバルドの力を受け止める。その反力はすべて木剣を通してニコラスへと伝わり、靴が地面を滑り始める。

 それを嫌がったニコラスが木剣を捻り、一瞬でエゼルバルドとの距離を開けて木剣を構えなおす。


 だが、ニコラスが構え終わると同時にエゼルバルドが襲い掛かって来た。


 ニコラスを押していた力をそのまま突進の推力に切り替えると、膝のバネが解放され勢いよくエゼルバルドが飛び出して行く。木剣を右に構えると、ニコラスの木剣をすくい上げる様に一閃した。


 ニコラスはその重い一撃を木剣で受け止めようとしたが、振り抜かれた力に負けて木剣が彼の手を離れて”くるくる”と宙を舞い、立木の一本を傷つけた。

 エゼルバルドは切っ先をニコラスの首へと向けるが、その木剣も無事では無く、根元に亀裂が入っていた。それほどの衝撃で二つの木剣は打ち合っていたのだ。


「いや、これは素晴らしいです。まさか、私の剣を弾き飛ばすとは……。私の剣が軽いとは言え、ここまでする人はまれでしょうね。それに君の剣筋はヴルフ様のそれに似ている気がしますが、気のせいでしょうかね」


 完敗です、とニコラスは告げた。顔を歪めながら両手首を気にする素振りを見せている。強引に木剣を弾き飛ばされればそうなるだろう。

 そこに、二人の打ち合いを見終わったヒルダが近づいて来た。


「手首を痛めたようですね。ヴルフさんは私とエゼルの師匠ですよ。あれ以上の剣速をいつも見せつけてきますからね」


 ヒルダはニコラスの両手首に回復魔法ヒーリングを掛けながら話している。衝撃を受けた手首は骨折こそしていなかったが、青く腫れて痛々しくみえた。それが、回復魔法ヒーリングを掛けられると、見る見るうちに元の奇麗な肌色に戻って行った。

 怪我の治療はニコラスの体力を利用しているだけあり、彼の体力がごそっと奪われ脱力感を感じていた。


「そうなのか。ヴルフ様の剣筋は遠くから見たことがあるだけですから。直に教わっているお二人が羨ましいですね」


 ニコラスが”しみじみ”と、ヴルフに憧れ剣術を習い始めた過去を思い出していた。


「それで、ヒルダはどうしますか?」

「君がそれだけの実力を持つなら大丈夫だ。それに、この回復魔法ヒーリングを見てしまっては頼まない方が可笑しいだろう」


 過去から現実に引き戻されたニコラスは、二人に護衛の依頼を頼む告げるのであった。そして、二人を案内するようにゆっくりと進み始める。


「それでは我が主をご紹介いたしましょう。こちらへどうぞ。その木剣は私が預かりましょう」


 エゼルバルドの手に有った寿命を迎えた木剣を受け取り、宿内へ向かうドアを潜ると彼の主の部屋へと向かった。


 ”コンコンコンッ”


「ニコラスです」

「入れ!」


 一〇七号室のドアをノックすると、ドア越しに若い男の声が聞こえた。そして、ドアを開けて、ニコラスは二人を招き入れた。


「ご主人様、こちらがこの度、依頼を受けられる方々です」

「エゼルバルド=メイヤーです」

「ヒルダ=オーウェンです」


 ドアから離れた部屋の奥で、声の通りの若い男が立っていた。

 エゼルバルド達は自らを名乗ると、軽く頭を下げた。


 護衛を頼む程なので、もっと煌びやかな格好をしているかと思っていただけに、地味な格好をしていて驚きを隠せなかった。

 だが、若い男の正体を知った時、なるほどなと納得をするのである。


「こちらがご主人である、マルコム=マクドネル様です。マクドネル商会の次期当主でございます」


 貴族ならいざ知らず、質素を旨とする商売人なら身に纏う服飾品も地味目だと納得がいった。それに、ニコラスの他に護衛や付き人の姿が見えぬので、目立たぬ様にしているのだろうとも予想が付いた。


「この二人か。相当腕が立つんだろうな、ニコラス」

「はい、もちろんでございます」

「ニコラスが選んだのであれば申し分ない」


 険しい顔をしていたマルコムであったが、ニコラスが力強く”腕が立つ”と肯定したのを聞き、その表情がようやく和らいだ。

 ニコラス程では無いが、マクドネル商会の次期当主と言うだけあり整った顔をして、これもまた女性受けが良さそうに見えた。


「では、護衛が確保できたので明朝には出発するとしよう。二人はこの宿から外出は控えてくれ。取ってある隣の部屋をニコラスに案内してもらえ」


 捲し立てる様に喋ると、エゼルバルド達はマルコムの部屋から追い出されてしまった。


 その後、ニコラスに部屋を案内して貰ったのだが、次期当主とされる商売人が、何故、こんな田舎に来ているのかと本人から聞きそびれてしまった。

 今は護衛に関係無いだろうと深く考えるのを止めて、いつもより上等な宿の部屋を楽しむ事にした。

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