第三話 相棒を選ぶ【改訂版1】

 テントの隙間から四月の柔らかな光が顔を照らす。それと同時に隙間から流れ込む肌寒い風が頬をなでる。高原の春の朝は空気が冷たい。

 敷いたマットからはゴツゴツと地面の凹凸が伝わり、体を痛めつける。だが、それが心地良いのだ。


 上体をゆっくりと起こすと、傍らには一人分の抜け殻と芋虫の様に包まって茶色い髪が見えるもう一つの毛布が目に入ってくる。


 毛布をどかして、”もそもそ”とテントから這い出すとすでに出発の準備を終えた二人がかまどで暖を取っていた。暖かそうな赤い炎と少しだけ顔を見せている朝の日が二人を照らしている。


「あ、おはよう。やっぱり早いね、二人とも」


 鍋に向かい手を動かす魔術師と武器を手入れする戦士の姿がある。


「おはよう、エゼル」

「おう、起きたかエゼル。そのままヒルダを起こしてやれや。早めに出発するぞ」


 いつも通りのスイールのその横で、ヒルダを起こせとヴルフが急かす。

 起こすのはやぶさかではないが、揺らしただけで起きるのか、と少しの不安が脳裏を過る。

 まぁ、起きなければ他の手を使うだけなのだが。


「ほら、朝だぞ。起きろ、起きろ」


 テントに体を突っ込み、ヒルダの肩を”ゆさゆさ”と揺らしながら声を掛けるが一向に起きる気配がない。”まだ眠いの~”などと寝返りを打ちながら顔を背ける。

 これは何をしても起きないと考え、仕方ないと口を耳元に近づけ、”ふぅ~”と、息を吹き掛ける。


「ひゃぁ!!」


 驚いたヒルダが毛布を撥ね退け飛び起きた。耳に息を吹き掛けられると思わなかったのだろう。何が起きたか頭の回転が追い付いていないようだ。

 撥ね退けた毛布が頭にかかったらしく、それに視線を遮られ呆然としていた。


「はっはっは。おはよう、朝だぞ」


 エゼルバルドの声を聴き、毛布をゆっくりと頭から取ると、ヒルダが口を尖らせてエゼルバルドに飛び掛かる。


「こら~!何してくれるのよ~!」


 四人が寝られるとは言え、狭いテントである。”ゴロゴロ”と暴れればどうなるか分かるハズだが、気が動転しているのか知る由も無い。じゃれ合いながら転がると、支柱にぶつかりテントを倒してしまう。

 じゃれ合う二人の上に、支えを失ったテントの天井が落ちて来る。


「「もがもが~」」

「何やってんだか。仲がいいのか悪いのか分からん奴らだな。暴れるなら外で暴れてくれ」


 外で見ていたヴルフは呆れてモノが言えないと溜息を吐いていた。

 ヒルダを起こしてくれと頼んだが、まさか朝から暴れるとは考えもしていなかった。

 

 二人が倒したテントであるが、支柱等の道具は壊れると高くつくのだ。無駄な出費は抑えたいと思い、ハラハラしていたのも一つの理由だった。


「若いって事ですかねぇ。ただ、そろそろ落ち着いて欲しいのですが……」


 ”ガサゴソ”とテントから這い出る二人を見て、スイールからも溜息交じりの呟きが漏れ聞こえた。




「さて、急ぎますよ。今日はもっと進みたいですからね」


 テントが崩れるハプニングはあったものの、それ以降は何もなく出発の準備が完了する。

 崩れたテントをフライシート、テント本体、そして、グランドシートの順で丸める。その三点と、それぞれの毛布、テントの支柱、タープを各人が割り振られた通りに収納する。

 嵩張かさばるが四人で分割して持つので重いことは無い。


 昨日の様な空からの刺客が来ない事を祈りつつ、宿営地を後にする。


 本来、ブールの街からリブティヒは獣達が目立たぬ地域で快適に旅が出来はずだった。ガルーダ等による、人への被害がほぼなかった。

 ガルーダなどの鳥類に人が襲われるなど一年に一回報告されるかの頻度だった。

 そのため、一行の前に立ちふさがる様な獣たちはその後、リブティヒまで出現しなかった。


 誰かは”つまんな~い!”と”ぶつぶつ”と文句を呟いていたが、出ないに越したことはない。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「よく来たな、山の村リブティヒにようこそ。一応、中に入るのにチェックしているから協力頼むな」


 ブールの街を出て約三日半、天候にも恵まれリブティヒに無事に到着した。城壁と呼ぶ様な防壁は見えず、大きな獣類が入らない様にしているだけの簡素な作りの柵があるだけだった。その分、空堀が柵のに”ぐるっ”と掘られている。


 フレンドリーな門番のチェックをするっと終わらせると、まずは宿に入った。


 酒場も兼ねる”山岳警備亭”に入る。名前はがごついのは登山をする客を案内したり、守ったりしていた主人マスターに由来するそうだ。

 主人も人が良く、村人の噂ではかなりの人気の酒場を持つとか。酒場での食事を条件に宿泊料金が少しだけ安くしてくれるとも聞いていた。


 酒場、と言ってもお酒を飲むだけではなく、昼間は食堂になっている。若干味は落ちる-ー許容範囲だが--が、量が多く労働者に人気があり昼食時はいつも満席らしい。到着した時は昼食の時間帯が終わる頃で、客もまばらであった。


「さて、到着早々ですが、昼食が終わったらさっそく工房に向かいますよ」


 宿の部屋に入り荷物を置いてから、腹ごしらえを終える。

 山岳地方で放牧が盛んであり、出てくる料理は肉料理や腸詰などが多い。腸詰は特産品で他の街へ売り出してはいないが、買い出しにくる客も多いとか。


 和気あいあいとした雰囲気で昼食を食べ終えると、スイールの知り合いが腕を振るう、”ラドム工房”へと足を向ける。


「こんにちは~。お久しぶりです」


 町外れにある工房からは槌打つ音が途切れることなく聞こえて来る。中には数人の職人が働いている。


「おう、久しぶりだな。元気にやってそうじゃねぇか。がっはっはっはっ!」


 書類の束と格闘しているラドムが旧知の仲のスイールを見つけると嬉しそうに笑い出した。とても機嫌がよさそうで”ニコニコ”と目じりにしわが寄っていた。


「あれ、どうしたんです。親方が書類の束なんか持って。それも職人さんが何人もいますし?」

「実はな、ちょっとしたアイデア商品を売りだしたら、これが旅人に引っ張りだこでよ。毎日忙しくて、ついにはこんな有様よ。今ではその派生型とか、新しいもの作ったりして忙しいのよ」


 ”ガハハ”と声を出して笑いながら、売り出し中の商品を手に取って説明をし出した。


「生活魔法の灯火ライトってあるだろ。棒の先とかを光らせる魔法。すべての方向に光が行きやがるから、この折り畳みカバーを付けてやれば方向をコントロールできるって寸法よ。周りに光が漏れないってんで、野営に大助かりだと」


 実際に説目を受けて使ってみると、これが便利だった。使わないときは折り畳んで板状に、使う時は”パッ”と組み立てれば箱型になる。中の棒を変えればいろいろな用途に使える。何で今までなかったのか不思議だった。


「おおっと、今日はこれじゃなかったな。本業を忘れるところだったわい」


 奥の部屋から大きな木の箱をいくつか持ち出して来た。


「まずコレ、鎖帷子。一応四人分用意したけど、現物合わせするからな。それと金属プレートの入った胸当て、籠手、脛当てだ」


 一つ目の箱からは防具類が出てきた。主にエゼルバルドとヒルダ用だが、鎖帷子は四人分用意してあった。丈や胴回りのサイズを調整するらしい。

 胸当てなどもフルプレートではなく、要所要所に金属のプレートの入った軽量タイプだ。金属の鎧ではメンテナンスが必要だったり、重量増加で長距離を歩くのが大変なのだ。その点を考慮してスイールが注文していた。


「それと、そのお嬢さんの武器だっけ。これでどうか?そして盾が二種類……これだな」


 二つ目の箱を開けて、ヒルダ用にと武器と盾を取り出す。軽棍ライトメイスと大きさの異なる円形盾ラウンドシールドが二つだ。

 軽棍はヒルダが使っていた練習用と同じくらいの重量で振り回すのに無理はない。だが、圧倒的にこちらの方が角ばった場所が多く、当たれば骨を砕き致命傷を与えるだろう。

 円形盾のデザインは変わらないが、大柄な直径70cm程と45cm程の二種類。

 盾は木製であるが金属で円周上と十字に補強がしてあり、さらに裏に小さなナイフを収める場所が設けられている。そして、肩掛け用のベルトを掛けるフックまで付いて至れり尽くせりだった。


「あと盾がもう一つっと。こんな盾でいいのか?」


 同じ箱に入っていた細長い盾、バックラーを見せる。木製で枠と中央部を金属で補強してある事以外は腕を少し覆うくらいで籠手を大げさにしただけに感じる。それでも籠手に比べれば受ける面積も広く防御力が高い。さらに、裏にナイフを隠し持てる作りも優秀だった。


「もう少しあるけど、まずはこれからだな。鎖帷子のサイズ合わせは後だ。武器と盾の取り回しから見てくれ」


 防具類はともかく、ラドムが武器と盾を出して来た時のヒルダとエゼルバルドの目の輝きようが凄かった。

 ヒルダがその場で軽棍を軽く振り回し、大きさの異なる盾の使い心地を探る。比べてみて、小さい方の盾が気に入ったらしい。


 そのまま軽棍と盾を身に着け、軽く振り回してみる。そのまま工房の外にでて、ステップを踏みながら豪快な振りで舞い踊る。

 ”ヒュンヒュン”と空気を切り裂く音を出しながら軽棍が空を切り、その軌道を追随するように盾も振り回される。


「軽棍は扱いやすいし、盾もいいサイズで軽いのね。これでいいわ」


 ニコニコ顔で軽棍を振り回すヒルダを見たラドムが顎が外れそうになる程口を開け唖然としてた。見た目は華奢な女の子がぶん回す姿が想像出来なかったのだ。


「なぁ、お前んとこのお嬢さん、なんだぁ、ありゃ?説明してくれよ」

「別に普通ですよ。この位当たり前じゃないですか。みんな出来ますよ」

「”みんな出来ますよ”じゃねぇ!!出来っこねえだろ」

「そうですか?」

「あ~、とんだバケモン育ててんじゃねぇよ、まったく。なにと戦うってんだよ?」


 首を大げさにすくめると工房へと視線を向ける。そこに、ヒルダに代わりバックラーを付けていろいろと振り回している少年が目に入って来た。


(あぁ、もう一人いるよな、こいつはどの位出来るんだ?)


 スイールが連れて来た二人を見る目が完全に、人成らざる者を見る目となっていた。


(まぁ、気に入ってくれればいいか。それよりも次だな)


 再び工房の中へ戻ると、三つ目の箱を”ガサゴソ”と掻き回し、小さな武器を多数取り出した。矢やナイフなどが”ゴロゴロ”と出て来た中に見慣れぬ組み立て式と思われる武器が含まれていた。


「ラドム殿、これはなんですか?おっと、ワシはヴルフと言う。よろしく」


 自分が見繕う武器が無かったので黙っていたが、ヴルフの興味を引く物が出てきたので尋ねてみた。そして、ラドムが”ガチャガチャ”とそれを組み立てるのを興味津々で眺めていると、”おぉ~!”と驚嘆の声が漏れ聞こえたのである。

 ラドムが組み立てていたのは携帯できる組み立て式の弓であった。


「ほうほう、お前さんがヴルフか。昔はかなり名前を聞いたけどな。あいつと一緒にいるのか。珍しもん好きだな。こいつは大きさこそロングボウだが威力はそれより少し下だな。組み立て機構に問題があってそこまでの強度が無い。だが、いつでも間合いの外から撃てるのは強いぞ。なかなかいいだろ。携帯長弓キャリングボウって言うんだ」


 ”にっ”と笑ってヴルフに組み立てたばかりの弓を渡す。

 ヴルフは手にした弓を眺めながら振り回してみると、組み立て機構が付いているためか少し重さを感じていた。だが、クロスボウほどの重量は無く、十分戦闘で役に立ちそうだと感じていた。

 やはり、折り畳んで持ち運べるのは旅にはもってこいだとかなり気に入った様子だった。


 満足げな様子で弦を引き、空打ちをすると”ビィィーーン”と力強い音が聞こえた。


「おぉ、いいなこれ。ワシも欲しいな」

「二個用意したからみんな持って行ってくれていいぞ。ただし、代金は置いてってくれよ。ガハハハッ!!」


 武器と盾の具合を見終わったエゼルバルドとヒルダ、そしてそれを見ていたスイールが外から工房の中へと戻ってきた。

 そして、長弓を空撃ちしているヴルフとラドムを見て、スイールが声を掛けて来た。


「なかなか良さそうな弓ですね。あと、この二人に防具のサイズ合わせしてあげてください。あと、私も剣みたいな武器が欲しいのですが、何かありますか?」


 スイールは剣も多少扱えるが、今は杖のみ。ナイフでは少し不安があるのだろう。


「じゃ、その二人は鎖帷子を付けてみてくれ。お前さんのなら、これがいいかもしれんぞ」


 エゼルバルドとヒルダに鎖帷子を渡すと、工房の壁にかかっている細身の剣をスイールに投げて渡して来た。その剣を鞘から抜き去ると、銀色に輝く綺麗な刀身が現れた。

 魔法は付与されていないが、無駄な装飾もなく、細身にしては頑丈そうだった。何より、軽い事が気に入った。

 ”ふふふ”と不敵な笑みを浮かべながら鞘に納めると、”これは良い物です”とすぐさま購入を決めた。


「それじゃ、サイズ合わせすっから、そっちの二人はしばらく待っててくれや」


 エゼルバルドとヒルダを工房の奥へと案内すると、サイズをきっちりと合わせようと今までの態度が嘘のような顔つきで作業に入ったのである。

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