第十七話 エゼルバルドと魔法剣と【改訂版1】

 スイールがリブティヒの街を駅馬車で出発してから二日。

 夜の帳が下りる前に、ブールの街近郊に駅馬車が差し掛かった。速度の速い馬車に偶然乗ることが出来たので、少し早い到着になった。


 スイールのあばら家はブールの街の手前、徒歩十分の集落の中に存在する。少し小高い場所にあるために目印代わりに使われる事もある。

 そして、馬車のルート上に集落があるので、速度を落とした馬車から”ひょい”と降り、途中下車をさせてもらう。当然、御者に断ってからであるが。

 料金は前払いで支払っているので、事前に降りても誰も損をすることが無いと、少しは融通が利くのだ。


 トコトコとあばら家へと向かうと、住み慣れた我が家がその目に入ってくる。一日、二日休んだだけで、すぐに出かけてしまったので、一か月ほど家でゆっくりした記憶が無かったと頭が反応する。早くベッドに入って休みたいと。


 急かす頭にブレーキを駆け、郵便受けを覗けば数通の封書が届いていたが、差出人を見れば急ぎでもなさそうだと鞄に仕舞い込んでさっさと玄関を開けて、あばら家の中へと入って行った。

 本来なら、猫の額ほどの庭の手入れをしなければ、雑草で一杯になってしまうが、この時ばかりは何もせずに放っておこうと、目を向けるのを拒んだ。


 主のいなかったあばら家は空気がよどみ、書物の匂いで充満していた。壁際にある書架に入っている紙とインクがそれだ。

 窓を”バーン”と開け放ち室内の空気の入れ替えを行いながら、荷物を肩から降ろし、軽くなった肩をぐるぐると回し、首を”パキパキ”と左右に振る。


「はぁ~、やっと帰ってこれたか」


 溜息を吐いて、しばらくぶりに帰ってきた自宅に安堵し、ソファーへと腰掛け、先程の封書を開けて行く。それに目を通しながら、しばらくぶりに自宅へ帰ってきた事で、明日からの来客が気になりだした。


(しばらくぶりに帰ってきたから、薬を求める人達が沢山来るかもしれないな)


 本業の薬売りの方が気になり出すのは当然であった。


 守備隊のジムズやギルドのヒューゴから魔術師の腕を買われているが、本来の彼の生業は薬草類から薬を作り、販売する事にある。

 街中には薬を卸している店が何軒か有るが、在庫も無くなっているだろう。それに近隣の農民が直接玄関に来る事もあるのだ。


 そうなれば剣の封印を如何するか、もっと後になってしまうと危惧してしまう。


(多少疲れているが、今日中に封印を一度解いてみることにしよう。このままでは刃こぼれのしない、切れない剣だ)


 先に剣の封印を調べてみようと決めたが、それよりも腹ごしらえが先だと夕食の支度を始めようと封書をソファーへと投げ捨て、台所へと移動する。

 材料を手に取ろうと野菜の保管庫を覗いた途端、絶望がスイールに襲い掛かる。


「これを料理するのか……」


 根菜類から芽が出始めたり、根が伸びていたりと混沌としていたのだ。仕方ないと思いつつ、幾つかの野菜を取り出し、芽や根を取り除きながらスープを作り始める。面倒と思いながらも細かく切った根菜類と燻製肉を使ったスープを作った。

 それに合わせて、焼しめたパンと馬車移動の休憩中に買った果実をテーブルに並べて夕食とした。


(味はいいんだが、明日はもう少しましな食事をしよう)


 スープを啜りながら、剣の作業をする前に明日の食事を考えるのであった。




 夕食を終え、食器類を片し終えると、開け放っていた窓を全て閉め厚手のカーテンを閉じ、部屋からの光を全て遮る。さらに玄関をしっかりと施錠し、外部から隔離されて空間を作り上げる。


 居間の絨毯を一部はがし、床に設けられた取っ手を握り力いっぱい持ち上げると、スイールが隠れて使う作業場、--秘密の地下室--への入り口が現れる。


 階段状の梯子をゆっくりと降りると、生活魔法の灯火ライトを適当な物体に幾つか掛け、十分な光源を作り出す。漆黒の闇に閉ざされた地下室に灯りがもたらされ、壁際に括り付けられた書架や不気味な武器が浮かび上がってくる。


 その地下室はスイールの実験室兼、資料部屋として機能していた。


 入って左側の壁は書架で埋め尽くされ、一見整然とされていると思われるが、思いつきで乱雑に書架へ押し込められているので、全く片付けがされていない。

 その中には、見た事のない文字で背表紙が書かれた書物、表紙だけ適当に付けた書類、門外不出の禁断の書物など様々な書物が収められていた。


 右側の壁には、釘やフックなどが打ちつけられ、光を反射しない金属の剣や何の素材で作られたか不明な杖など、装備関係が飾られていた。


 そして、部屋の中央には、実験や作業を行うためのテーブルが鎮座していた。

 そのテーブルの上に、持ち込んだエゼルバルドの剣を鞘から抜いて丁寧に置く。


「さて、剣を調べてしまおうか」


 左手で杖を構え、右手を剣の上にかざす。ちょうど鍔の上、辺りだ。

 そして、息を整え、集中し、魔力を込めて行く。


 杖の魔石が青く変色し、青い色は徐々に濃く、強くなる。青く変化した魔石から魔力が漏れ出てスイールの右手に集まると、強烈な光が部屋に充満する。

 その光はスイールの頭の中に封印された能力を提示してゆく。


 封印された能力を読み取るが、スイールには普通の魔法剣として能力をもたらすだけであると結論付けた。だが、ここまで、しばらくの間深慮した事だけは確かであるが。


 そして、封印を解くべく、さらに魔力を込めて剣全体を覆ってゆく。そして、部屋に充満していた光が、魔力に反応しゆっくりと剣に吸収され始める。

 すべての光が吸収され、生活魔法の灯火ライトで作られた光が残るだけになると、剣は鈍い光を反射する、元の剣へと戻って行った。


 先程と変わらぬ剣がテーブルの上に鎮座しているが、スイールは封印が解かれた事に満足した。


 最期の工程を行おうと、まず剣を鞘に納める。

 部屋の隅にある箱から二センチ程の綺麗にカットされた魔石を取り出し、柄の先端にそれを取り付ける。剣がぶつかり合っても落ちず、そして割れぬ様にとしっかりと。


 魔石が取り付けられると、エゼルバルドの剣は全ての工程が完了した。


 手に取った剣の出来栄えに満足を覚えると自然に笑みがこぼれる。久しぶりに父親らしいことをしたと胸を張って言えるだろうと、満足していた。

 そして、生活魔法の灯火ライトを全て消し、地下の秘密の部屋から居間へと這い出て入り口をしっかりと閉める。

 居間の絨毯を元に戻し、痕跡を消すと、ソファーへと寝転び、くつろぐ。


(あぁ、やっと終わったか。後はエゼルが使いこなすだけだな)


 それまでの疲れのが”どっと”来たのか、ベッドへ移動する間もなくスイールは夢の中へと落ちていった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




”ドンドンドン!!”


「せんせー、せんせーーー!!いますかーーー!もうお昼ですぜーーー!!」


 翌朝、激しく叩く玄関の音でスイールは目を覚ました。


 目を覚ましても続く、玄関のドアをけたたましく叩く音が頭に響く。カーテンの隙間からうっすらと漏れる光から、すでに日が昇ってしばらく経っているとわかった。


「はいは~い、今出ますよ」


 大きく欠伸をしてから、重い体に鞭打ち、玄関に向かうと鍵を開けドアから顔を出した。


「先生、元気か?もう昼だぜよ」


 近隣の農夫が揃って玄関前に姿を見せていた。皆の名前は知らないが、スイールの薬を良く買って行くお得意さんだ。


「もう昼ですか。どうも疲れ果てたようで、寝入ってました。それで、何が必要ですか?」

「そうそう、いつもの薬をお願いしてえんだが。最近畑が忙しくてよぉ、オレっちも疲れがたまってきてよ。そんなわけだ」

「全員、同じで良いですね。少しお待ちください」


 一度ドアを閉め、部屋の奥に置いてある在庫の中から疲労回復効果の薬の詰まった箱を出し、再び玄関を開けて、農夫達に渡し始める。


「はい、こちらです」

「おう、すまんな。ほい、お代だ」


 スイールが疲労回復効果のある薬を銀貨一枚と交換して行く。銀貨一枚の疲労回復薬は通常の薬の倍の価格設定であるが、”疲れにヨクキク!!魔術師印!!”と書かれているラベルのスイールの薬は飛ぶように売れるのだ。


「飲みすぎはよくないですから、ほどほどに」

「わかってるってよぉ。さて、また一仕事だべぇ」


 腰に手を当て薬を一気に飲み干すと、力が湧いたと力瘤でスイールに答えると、自分達の畑へと戻って行く。


(ふぅ、さすがに疲れますね。もう少し休みたいところですね)


 玄関を閉め、””を抑えながら、ソファーで横になる。ベッドに向かっても良かったが、そこまでたどり着く前に倒れそうな気がしたからである。




”ドンドンドン!!”


 ソファーに横になり目を瞑ってから三十分ほどすると、また玄関のドアを叩く音が響いた。先程と同じようであるが、打点が低いように感じた。


 まだ、重い頭を気にしながらドアを開けて来客に対応しようと声を掛けた。


「はいはい、どんな薬をお探しですか~?」


 頭痛を堪えながら、笑顔を見せながらいつもの営業トークで出迎えた。

 だが、そこには薬を購入する近隣の住民でなく、明日にでも会いに行こうとした人がそこにいたのだ。


「スイール、帰ってたじゃん。お帰り~」


 満面の笑顔を見せたエゼルバルドが、スイールに抱き着いて来た。体全体で会えてうれしいと表現している。


「あぁ、君でしたか。昨日、帰ってきていたのですが、調子がよくなくてね。先程まで寝ていたくらいです。明日、孤児院に顔を出すつもりだったのですがね。何にしても、よく来てくれました。さあ、遠慮しないで入ってください」


 エゼルバルドの頭を撫でながら、会いに来てくれたことに嬉しそうにしている。エゼルバルドは何かを言いたそうに顔を上げて来たが、とりあえず彼を部屋に招き入れた。


「はい、これ。お昼がまだだと思って買ってきたよ」


 エゼルバルドが渡してきたのは少ない小遣いの中からスイールのために買ってきたものだ。この、あばら家へ来る前に、ブールの街で購入した野菜たっぷりのサンドイッチ。チーズが挟んであり、街で人気サンドイッチの一つである。


「お昼がまだだからとてもうれしいよ。これで元気になりそうだよ」


 エゼルバルドからサンドイッチを受け取ると、早速食べ始める。


 さすがに人気のサンドイッチは、硬い焼しめたパンではない。このサンドイッチに合うように焼かれたパンは柔らかすぎず、硬すぎず。

 噛みしめれば、香りが口いっぱいに広がる。

 朝採れ野菜のシャキシャキ感もまた絶妙。肉類は挟んでいないが、それに代わる厚切りチーズが、塩味を加味してあり、舌の上で味のハーモニーを作り出す。


 ブールの街に帰ってきたのと実感する瞬間だ。


 サンドイッチを頬張りながら、奥の壁際を指してエゼルバルドに話しかける。


「あれは、君の剣だよ。直したから触ってみて」


 エゼルバルドが見つけた時にはボロボロだった剣だったが、鍔と柄が綺麗に直された剣が彼の目に飛び込んできた。

 そして、恐る恐る剣を手に取り、鞘から抜いてみる事にした。ゆっくりと鞘から抜かれると、鈍い光を放ち始め綺麗な刀身が姿を現す。柄には滑り止めの革が巻かれているが、十歳のエゼルバルドには少し太いと思わせた。両手でも扱う事を考えた三十センチもある長い柄。その先端にある魔石も見事である。


 この剣を初めて見た人は”美しい”と感じる事だろう。


 だが、直された剣を握り鞘から引き抜いたエゼルバルドには、その美しさよりも先に、中に宿る使命や宿命を脳裏に焼き付けることになった。


「エゼル……?どうした」


 呆然と剣を眺め、動きを止めていたエゼルバルドに何があったかとスイールは問いかけた。


「……えっ、うん。な、何でもないよ」


 咄嗟に何でもないとスイールに答え、剣を鞘に納めスイールへその剣を委ねる。

 それを受け取ったスイールは、かすかに震えるエゼルバルドの姿を見て、何かに恐怖しているかのように見えた。

 その震えが気の所為であって欲しいと願いながら。


(こわい、持っていちゃいけない)


 エゼルバルドの脳裏に流れ込んできた剣からの情報に混乱していた。まだ、エゼルバルドが扱うべき力を持っていないと暗に指摘されたのだ。

 そう、まだ早熟で主人マスターと認めてられない事を

 そして、成長を、否、試練を与えるのもまた、その剣の役目でもあった。


「これは、君の剣だ。でも、孤児院に置いておくには良くないだろう。しばらくは私が預かっておくとするよ」


 エゼルバルドの態度を見て、まだ彼には預けるには早いだろうと思い、しばらくの間、地下室で保管しようと決めた。体が出来上がってから、改めて渡そうと。

 その提案に、エゼルバルドは”うん”と、弱々しく頷くのみだった。


「エゼル、申し訳ないけど、ちょっと疲れててね。明日には孤児院に顔を出すから、今日は孤児院へ帰れるかな?」

「うん、わかった。疲れてるんじゃしょうがないね。明日待ってるよ」


 まだ震えの止まらないエゼルバルドは、スイールの言葉に従う事しか出来ず、スイールのあばら家をでて孤児院へと帰って行った。




 それからしばらく時は流れ、エゼルバルドが年少学校を卒業し、中等学校へ進んだ頃へと時は進むのである。

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