第十一話 追いかけて、追いつめて【改訂版1】

「スイールさん、お久しぶりです。あ、そちらの方は初めましてですね。ブールの街の仕事依頼請負ギルド支部長の【ヒューゴ】です。魔法や薬の事でスイールさんにはいつもお世話になっているのです」


 建物に入ってすぐに出てきた物腰の低そうな男に挨拶された。昼の時間帯で他に来ている人がいないのか暇を持て余していると見えた。

 しわを刻む見た目同様、年齢は四十歳を越えているが、若い頃はその低姿勢から想像もつかな異様な無茶をしていたらしい。


「どうも、ヴルフ=カーティスです。オレの事はヴルフと呼んでくれ」


 鞄から、王都の仕事依頼請負ギルドのサインの入った一枚の紙を出しながら名前を名乗った。


「「あれ、この名前は?!」」


 ヒューゴとキャロの二人が同時に驚く。二人のよく知る男がそこに書かれていたのである。


「何で、【モーリー】が指名手配されてるんだ」


 と、ヒューゴが口にする。王都と違う対応にヴルフが戸惑いながら二人に尋ねる。


「あれ、二人ともこの男を知っているのか?王都では有名な詐欺師だと聞いたが。小者なんだが、ある貴族が大金を騙し取られ、相当怒ったらしく、捕縛の依頼を出したそうだ。って、こちらでは違うのか?」

「いや、モーリーさんって、こちらでは当たると噂の占い師ですよ。たまにお店を閉めて出かけては二か月くらいで戻ってきてはまたお店を開けてってパターンで営業してますね」


 戸惑いながら話すヴルフにブールの街での評判を離すキャロ。女性から人気だとキャロは話すが、その彼女はその占いで一度も当たったことが無いので、どうでも良いと思っていた。

 占いではすでに結婚してるはずなのにと、呟いたのは誰の耳にも届かなかったが。


「そうなのか?それなら、店に行けばすぐにでも捕まえられるなよしよし、こっちに運が向いてきたぞ」


 早速、モーリーの店へと向かおうと手を”パチン”と打つが、そのヴルフにキャロが質問をしてきた。


「あの~、モーリーさんとは関係ないんですけど、ヴルフさん事をを聞いても宜しいですか?」


 何が気になるのかと首を傾げてキャロに顔を向ける。


「失礼ですけど、ヴルフさんってちょっと背が低めですけど、なんでですか?」


 傍からから見ると、大変失礼な質問である。確かにスイールの身長は百七十五センチはあり大きめであるが、ヴルフに関しては百六十センチ程で人の成人男性としては低い方である。キャロと目線が同じなのが気になるのは仕方ない。


「ん、そんな事か。別に不思議ではないぞ、ハーフドワーフなんだから当たり前だぞ。まぁ、正確にはクオーターだけどな。クオーターなので足の速さとかは普通の人並だが、背は見た目通りだな」

「はぁ……」


 この通りとヴルフが言うが、納得しないキャロが、唖然とした表情を見せて溜息を吐いた。

 ブールの街近辺では人以外の種族を見る事が実は珍しい。南の村には鍛冶師のドワーフが住んでいるのだが。


 ちなみに、その会話を聞いて何かを知っているヒューゴが、声をこらえて笑っていた姿が印象的であった。


「ちょっと、支部長!!そこ、笑わない!!」


 ヒューゴは知っていた。キャロが”恋多き失恋の女王”であると。今回も良い男だとヴルフにモーションを掛けようとしたが、その前に失敗したので笑ったのだ。




 ちなみに、この世界のドワーフは穴倉に住むのではなく、人と同じように集落を作り暮らしている。たまに、山の中腹辺りに横穴を掘るのでそちらが有名なのだが、横穴を掘るのは資源の採掘とその加工で、街で行うには迷惑がかかるから、だそうです。




「ところで、その占い師とやらの店はどちらですか?」


 ヒューゴとキャロの夫婦漫才から、スイールが強引に話を戻す。


「それでしたら、南門の近くにモーリーの占いの店がありますよ。占いの道具が飾ってあるのですぐにわかります」


 ヒューゴを”ポカポカ”と叩きながらキャロが答える。痛くは無いだろうが迷惑そうな顔をしている。


「なるほど、それなら早速行ってみるか。二人ともどうも有り難う、終わったらまた顔を出すよ。とその前に、こいつを預かってくれんか?」


 ヴルフはその店に向かう前に担いでいた長い武器をヒューゴに手渡す。目立ち過ぎるその武器はモーリーを追うには適当ではなかった。

 カウンターの奥に立てかけておくと告げられたヴルフは、安心してギルドから出ようと足を向ける。

 出て行こうとするヴルフを見たスイールが後を追いながら言葉を掛ける。


「まだ完全じゃないから私も手伝うよ。今回は君の体のサポートって事で」


 にっこりと笑うスイールに”すまんな”と一言添えると、二人はギルドから件の店へ向かうのだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ねぇ、支部長。私って男運悪いんですかねぇ。背が低いけどイケメン!!もしかしたら運命の人って思ったのに、ハーフドワーフですって。なんで出会いがないんですかぁ!」


 キャロは他の街からやってきたあの男に一目惚れして、ハーフである事を聞いてがっくりと肩を落としていた。


「まぁまぁ、また、出会いはあるさ」


 落ち込む彼女をなだめるのが精一杯なヒューゴである。


「今日はとことん付き合ってもらいますからね、支部長?」


(あぁ、酒癖さえ何とかなれば引く手あまたなんだがなぁ……)


 酒癖の悪さが直れば引く手数多なのにと、周りの評判を思い出しながら、終業後の事で胃が痛くなりそうであった。歴戦の猛者でも女性の愚痴は胃に穴が開く程の攻撃力を持っているらしい。


 ちなみに、この後数年、浮いた話が無いのは驚きではあるが、それは別の話なのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイールとヴルフがジムズとの話を終え、ギルドへと向かおうとした同時刻、学校から帰ってきたエゼルとヒルダにシスターのありがたい”お説教”が丁度始まっていた。


 そのありがたい話は小一時間程続き、二人は地べたに着いた足がしびれを起こしてシスターのいなくなった今、文句を言っていた。


「シスターの話は長いんだよ~」

「しょうがないじゃん、スイールさんの所に泊まっちゃったんだからぁ」


 スイールの所に無断で泊まったのは事実であり、説教されるのは仕方がないと思っていたが、さすがに一時間は長いと感じた様だ。。

 だが、一緒に説教されるべきと思っていたスイールの姿が見えないのは納得がいかない様だった。


「その、スイールは何処へ行ったんだ?学校行く前にちょっと怒られて終わりじゃ、怒られ損だよ。探しにいくか?」

「え~、今から?わたし、シスターに話があるからダメ~」

「そうなの?じゃ僕だけで行ってくるよ」


 ヒルダが孤児院に残る言いだした事で、久しぶりに一人でスイールに会えるとわかると嬉しそうに街へ出掛けた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あそこだな」


 若い女性が出入りするお洒落な店が見える場所で男が二人立っている。

 店内を覗こうとしたのだが、ショーウィンドウは占い道具が飾ってあり、奥は厚手のカーテンで仕切られて伺うことが出来ない。たまに開く入り口もカーテンで隠され、雰囲気を醸し出しているのか暗くて見えない。


「虎穴に入らずんば何とやらと、言うではないか。入ってみるしかあるまい」


 言うが早いか、ヴルフはずかずかと店の前に歩いて行くと、ドアを開いて店に入って行く。


 ”からから~ん”


 ドアを開くと木琴の様な乾いたドアベルの音色が部屋に鳴り響いた。


「いらっしゃいませ~、占いですか~?占いの道具をお求めですか~?」


 軽い感じのする女性従業員がヴルフを出迎える。ヴルフを急いで追ってきたスイールが到着すると彼よりも早く言葉を発した。


「え~と、モーリーさん、います?」

「あ、先生ですね。そちらの椅子に座ってお待ちください」


 女性従業員は奥の部屋へ”せんせ~”と呼びながら入って行った。




 待つこと数分、奥の部屋から女性客が出て店を後にし、ヴルフ達が残りの客となった時に、奥の部屋から大きな物音が聞こえてきた。

 それは、バタバタと慌てている様子で、忙しなく動いている様でもあった。


”ガタガタ、ガターン”

”バターン”


「きゃー!!」


 そして、ついに何かを倒し、女性従業員の悲鳴まで飛び出した。


「あれ?今のドアの音?」

「女性の声も。こちらの事を伝えただけだよな?」


 女性従業員の悲鳴と共に、ドアを開け閉めした音も聞こえていたようだ。

 二人は顔を見合わせると、ハッと息を飲んだ。


「もしかして逃げやがったか!?」


 ヴルフとスイールは奥の部屋へと突入する。

 そこで見たのは部屋の中央に置かれたテーブルと椅子が倒され、ガラスが散乱している様子だった。女性の悲鳴はその一部始終を見てしまい、突然の出来事に反応できなかったためだろう。その女性は入り口付近で手を顔に当てて呆然と立っている。


 重要なのはもう一つ。壁際のカーテンがゆらゆらと揺れているのが見えるのだ。


「カーテンの後ろにドアがあるはずだ!」


 ヴルフは急いでカーテンを開けドアを見つけると、即座にドアを開けてそこを潜った。出た先は店の裏手で、排水路の脇道だった。

 まだそんな遠くへは行ってないだろうと、周辺に顔を向けると、右手方向に走って逃げる後ろ姿を見つける。

 黒っぽいローブを身に着けている所からも、間違いなくモーリーだろうと予想する。


「追いかけるぞ!」


 ヴルフに追いついたスイールに一言告げると、黒ローブの男を追い掛けた。だが、病み上がりのヴルフの走る速度にスイールが付いていけず、はぁはぁと息がすぐに上がり始めた。


「ぜぇぜぇ、私の事は心配、ぜぇぜぇ、しないで、追いかけて、ぜぇぜぇ、ください」

「先に行ってる!」


 空腹で倒れた次の日とは言え、いつも訓練しているヴルフである。きちんと食事を取れば走るのは問題ない。


 毎日訓練をしているヴルフが追い掛ければ、当然距離を詰めだす。それが知らない街の裏通りだとしても。そろそろ捕まえられるかと思ったとき、黒ローブの男が開けた通りに出てヴルフの手をすり抜けた。


 通りに出たヴルフの眼前には、黒ローブの男と共に、教会や学校の建物が見えた。

 一瞬目を離したが、特徴的な黒いローブを着ているモーリーを見逃す訳がない。だが、その一瞬で最悪な事が起きる。

 モーリーの走る先に子供が歩いていて、その子供を捕まえるとナイフを突き付け人質にしたのである。


「卑怯な!!」

「この子供の命が惜しかったら、はぁはぁ、その場から、はぁはぁ、動かない事だ、はぁはぁ」


 モーリーは長い距離を走り、肩で息をしながらヴルフに命令をする、子供の命は無いぞと。

 しかし、ヴルフの視線を奪ったのは、突き付けたナイフではなく、子供の顔だった。ブールの街に一緒に来たのだ、見間違えるはずはない。


「あ、あれ?」


 ヴルフが足を少し前に出した瞬間、モーリーがナイフをヴルフに向かって突き出した。

 その刹那、モーリーが地面に転がっていた。


「あれ、あれれ?」


 一瞬の出来事だった。

 モーリーがナイフをヴルフに向けると、子供の手から小さな火種がモーリーの手首を焦がした。何が起きたかわからぬモーリーは、一瞬の出来事に思わずナイフを落としてしまった。

 ナイフを落とすと同時に子供はその腕をしっかりとつかみ、腰をモーリーにくっつけると背負い投げで投げ飛ばしてしまったのだ。


 転がったモーリーに子供自らの体重を掛けてダメージを与えると、モーリーは腹を押さえてうずくまった。そのモーリーをヴルフは悠々とロープで後ろ手に縛り、拘束を終えた。


「まったく危ないな~。ナイフなんて取り出してさぁ。怪我しちゃったらどうすんだよ~」


 起き上がり、パンパンと体に付いたほこりを払いながら縛るヴルフを見る。


「あれ、ヴルフさんじゃないですか。これが追ってた人ですか?」

「そう何だが……。なぁ、エゼル君、何でここにいるんだ?それになにあれ?」


 痩せ形だが百六十五センチもあるモーリーを百三十センチの子供が隙を突いたとは言え投げ飛ばしたのだ。それがヴルフには不思議でならなかった。


「さっきまで、孤児院にいたんだけど、シスターの長~い説教が終わって、スイールを探しに行こうと外に出たら、捕まっちゃったんだよ。イライラしてたから、ちょっと本気出しちゃったけどね。いつもジムズさんと練習してるから、これくらい普通だけど、なんで?」


 あっけらかんと話す様に、ヴルフは呆れて言葉を失ってしまった。

 そこへ、息を切らせて遅れてたスイールが、ヴルフ達の下へ追いついた。


「ねぇ、スイール殿。この子、なんでこんなに強いの。こいつを投げ飛ばしてるんだけど」

「はぁはぁ。え、たぶん、剣の練習とか弓の練習とかのほかに、はぁはぁ、体術も少しやってるからじゃない?はぁはぁ。週一回だけど、この子の友達と、ふぅふぅ、一緒にやってるみたい。ふぅふぅ。その先生は守備隊詰所の、はぁはぁ、隊長だからね。剣術としては私よりも上手いよ。力は子供相応だけど、剣の振り方と捌き方とかは大人顔負け。はぁ~~、疲れた」

「なるほど、納得したわい」


 ヴルフはお手柄だったと、エゼルの頭を撫でてよくやったと褒めるのであった。


「これで王都に戻ることが出来るな。協力ありがとう。それと、スイール殿。もうちょっと走り込みした方がよろしいな。あのくらいの事で息が上がっては駄目ですよ。魔術師としても体力は大事ですから」

「あ、そうだね。今日は思い知ったよ。走れる体力付けるよ」

「エゼル君も協力ありがとう。けがをしなくてよかったよ。」

「これくらいでよければいつでも!」


 エゼルは褒められたと、両手を頭の後ろで組んで嬉しそうに答えた。


 その後、エゼルと共に孤児院に戻ったスイールがシスターから小言を一時間程言われ続けるのであった。


 それからしばらくの後、スイールの朝の日課に移動がランニングが加わったのは秘密である。

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