第九話 食う方、食われる方【改訂版1】

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 エゼルがもうすぐ八歳の誕生日を迎えようとする時まで時間は進む。


 ブールの街周辺では、畑にたわわに実った秋の恵みの収穫がピークを迎える。そして、この時期は、狩りにもってこいの時期とも重なる。


 このブール地方は、南に高い山脈があり、西に二日ほど歩くと、草も木も生えない不毛の地が広がる。何故、不毛の地となったかは今だに不明であるが、その土地の土を別の場所に持って行って、作物を育てる実験をしたが、問題なく育ったという。逆もしたが、それは失敗したらしく、今だに原因は不明のままである。


 この地方はブールの街も、標高が五百メートル程に位置し、大きな河川も側を流れているために灌漑用水も張り巡らされ、トルニア王国の一大農産物生産地となっている。


 そのたわわに実った農産物を狙って、山から草食動物が降りて来る。そして、その草食動物を狙って、肉食動物がさらに山から下りてくるのだ。

 希に肉食動物を狙う竜種が現れたりするが、自らの食料を狩るとすぐに何処かへ去っていくので被害にあう事は無いようだ。


 狩りをするのは農産物を狙う草食動物を減らす目的と、狼や熊などの肉食動物が収穫作業中の人を狙うのを防止するためである。




 この日、ブールの街の守備隊隊長ジムズは部下数人とスイール、そしてエゼルと共に郊外へと来ていた。


 今回の目的は農産物を狙う草食動物を間引く事と、その様子をエゼルに見せるためである。それと同時に可能であれば、エゼルにも狩りに参加してもらい、剣や弓の腕を見たいとも思っていた。


 偶に肉食動物もでるが、実は相当稀であり、今回も遭う事は無いと思われた。


「さて、ここいらでいいかな。狩りを始めるぞ。用意はいいか?」


 現在、ジムズ達いる場所はブールの街の南方、ちょうど農業地と山林の境目だ。馬車では一時間ほどの場所である。

 ここは守備隊の面々が狩りをするのによく来る場所のうちの一つであり、今年の野生動物目撃多発地である。


「さて、ここからは徒歩だぞ。馬車はここで待機させておけ。帰りはこいつらで帰るんだからな。しっかり見張るのも任務だぞ」


 騎乗の馬や馬車を広場で休息を取らせる。連れて来た馬たちの管理は、今年、守備隊に入った新人達に任された仕事の一つである。

 そこで、乗ってきた馬車に忘れ物が無いかとジムズが車内を覗いた時に、もぞもぞと動く荷物が見え、そっとシートを取り除いてみた。


「なぁ、スイール。お嬢ちゃんが何でここにいるんだ?」


 ジムズがお嬢ちゃんと呼ぶのは、エゼルと同じ孤児院にいるヒルダの事だ。

 一応、ズボンを履いているいるのだが、その他はひらひらな服だったり、サンダル履きだったりと、狩りには不向きな格好をだった。


「ヘヘヘヘエェ~~」

「さぁ、何でかなぁ?」


 ジムズは、頭をかいて胡麻化そうとするヒルダと、曖昧な答えでとぼけるスイールを諦めた顔で見つめる。

 ヒルダが隠れていた事はスイールは知っていたのだ。荷物を確認していた時にすでにヒルダが隠れて乗っており、その場で降ろそうとしたのだ。だが、口の前に人差し指を当てて、”内緒にしてね”と可愛く見つめられ、思わず見逃してしまったのだ。

 エゼルとヒルダの二人なら十分守れると思った事も関係していた。


 その件もあり、主犯ヒルダで、共犯スイールとなったのだ。


「まぁ、いいや。スイール、お前がちゃんと見てろよ」

「了解した。ヒルダは私から離れないようにね」

「はあぁ~~い」


 これ以上話しても時間の無駄だと、諦めて狩りへ向かう様に隊員に声を掛ける。


「さて、ちょっくら獲物を探すか?」




 畑に沿って歩くこと十五分、狩りを行う彼等の目の前を小動物が畑から出て横切ろうとした。

 耳が長く、後ろ脚の発達した動物。ウサギである。


 この近辺には大きく分けて二種類の兎が存在して、鋭い牙が生えている肉食種か牙を持たずに穏やかな性格の草食種かである。

 肉食のウサギであっても人等の大きな動物を襲うことは少ないが、反撃してこない子供はたまに襲われ、鋭い牙で噛まれ致命傷を負う事があるので注意するべき動物である。


「お、ラビットアタッカーじゃん。逃げないから狩りやすいぞ」


 ジムズが見つけたそのウサギは、性格が荒い肉食種の様だ。


 素早く走り回り、体が小さく当て難いウサギは弓の練習になると、皆に弓を構えさせた。当然、エゼルも弦を引ける短弓を借りており、守備隊の隊員に混ざって弓を引いている。

 その中で、スイールとヒルダは弓の持ち合わせがないので見学である。スイールは魔法を使った遠距離攻撃の手段を持ち合わせているが、隠れて乗っていたヒルダに至っては何の武器も持ち合わせておらず、ピクニック気分で突いてきている事から、守備隊の隊員は何しに来たのかと首を傾げていた。


 気を向けているウサギや他の野生動物からの攻撃があると想定し、スイールは念のためと風の戦闘魔法の発動を準備した。弓で止めを刺すのを邪魔しては悪いと、最小の牽制程度であるが。


 弓を構えてウサギの向かう先見れば、こちらを警戒している様な仕草を見せる。

 ウサギとの距離は三十メートルほどで弓で十分届く距離だ。


 ジムズの合図で皆が一斉に矢を放つ。ウサギに向かって数本の矢が飛んでゆくがほとんどが命中せず飛びすぎたり、手前に落ちるのであったが、その内の一矢がウサギに命中したのだった。


 ウサギは、矢で攻撃されるとわかって逃げたが、明後日の方向に飛んだ矢に自ら当たりに行ってしまっただけである。それでも、お手柄はお手柄である。


 矢に目印がしてあり、誰が放ったかは一目でわかる。今回のウサギは守備隊の隊員が射たと見て取れた。残念ながらエゼルは当てられなかった。


 この日はラビットアタッカーによく遭遇した。帰るまでに合計で六匹狩ることができた。

 実際の収獲率で言えば四割程度であり、ほとんどが逃げられてしまったのであるが。


 日も傾き始め、狩りも終わりが近づいたときに、大物が出てきてしまった。

 それはイノシシだった。

 小動物も木の実なども、何でも食べてしまう雑食性の動物である。


 だが、出てきた一般のイノシシは予想よりも大きく、ビッグボアと呼ばれる種類であった。


 ジムズが隊員に命令を間もなく、出現したビッグボアがこちらに突進してきた。彼等の中央に向かって。突進してき来たと言っても、躱すには十分距離があり、余裕を持ってビッグボアの進路を開け、怪我人は出ることは無かった。

 ビッグボアとのすれ違いに、ジムズが抜いた剣でビッグボアを切りつけたが、体毛に弾かれ、少しの体毛を削っただけで弾かれてしまった。


 通り過ぎたビッグボアは、折り返しまたもや突進を掛けてくる。

 ジムズや守備隊の隊員で、すれ違いざまに切り付けるが決定的なダメージを与える事は出来ない。多少の傷を与えられたがほぼ無傷と言ってよいだろう。


 そして、ビッグボアはまたもや折り返し、突進を掛けてくる。


 全く同じパターンで突進してくる。

 怪我を負わぬ体毛を誇っているのか、人を侮っているのか、それとも、最後の突進にするのか、変わらぬ突進である。


 ワンパターンだと突進してくるビッグボアを躱して切り付けようと、あと数メートルと迫った時、一陣の突風が守備隊の前で渦を巻いたのである。それと同時に、ビッグボアの頭が吹き飛び、鮮血を撒き散らした。


「「「あれっ?」」」


 突然の出来事にジムズ達の口からは何とも締まらぬ声が漏れてしまったのである。


 首から先を失ったビッグボアは、そのまま突っ伏して”ズサササッ”と地面を滑りジムズ達の目の前で止まった。

 また、吹き飛んだ頭は道路横の茂みの中へとゴロゴロと転がり落ちてゆき、草の陰に入り見えなくなってしまった。


「まったく、魔法を使うなら声を掛けてくれよな」

「すまんすまん。言うタイミングが無かったんで申し訳ない」


 ゆっくりと歩み来るスイールへと文句も言いたくなるとジムズが毒を吐くが、あのまま対処していれば怪我をした隊員も出たはずだと、内心では感謝している。

 謝るスイールであるが、表情は自らの魔法でうまく仕留められたと笑みを浮かべている。


「で、これどうするよ?」

「バーベキューパーティーでもしますか?」


 彼等の眼前に横たわるビッグボアは体長が一・五メートルほど。体重も百五十キロを超えているだろう。その巨体を見る隊員達は、思いがけない大物を仕留めたと大声をあげて喜んでいた。

 スイール一人で仕留めた様なものなのだが。


 だがしかし、ここには成人を迎える前、しかも年齢が二桁にも届かぬ子供が二人もいるのだ。巨体が首を飛ばされ、赤い鮮血を飛び散らせた光景だ。子供の目にはどれだけのショックを与えたか想像を絶するだろう。


 そう、二人はショックのあまり道の横にうずくまり、口から昼に食べたものを吐き出してしまっていたのだ。

 そんな子供二人を、スイールとジムズは申し訳なさそうに背中をさすり介抱するのであった。あの光景を見て、剣を持つのを拒否したらどうしようとスイールとジムズは不安に思うのであった。


「なんで…、何でなの……。ウエエェェ~~~ン!」


 ビッグボア突進に恐怖を感じ、さらに残酷な死に方をその目に焼き付けてしまったヒルダは声を上げて泣き出してしまった。襲い来るビッグボアは倒さなければならぬ敵であったが、一瞬で命を失った光景だ、碌な基礎知識も経験も無い彼女には想像を絶するほどの

残酷な仕打ちであっただろう。


(強引にでも降ろしてあげればよかった。もうちょっと配慮してあげればよかったな)


 ヒルダの泣き顔を見るスイールは後悔の念しか浮かんで来ない。そんな彼女を落ち着かせようとしゃがみ込んでそっと抱きしめる。


 その向こうでは、初めての出来事を見てしまったエゼルが、ショックを受けた様で立ちすくんでいる。だが、さすがは男の子である。すべて吐き出した後、ヒルダが泣き出してしまった事で自らの表情押し潰して我慢している。


「エゼルもこっちにおいで」

「……う、うん」


 ヒルダもそうだが、エゼルも当然のようにショックを受けている。今は誰かに甘えたいはずと、今にも泣きそうなエゼルをヒルダ共々抱きしめる。


 そのスイールは今までで一番頑張った。

 生きている中で一番と言うくらい。

 泣きじゃくる子供をあやすなど、無縁だったスイールはぎこちない動きで二人をただ抱きしめるだけであった。


 そのおかげかヒルダの気持ちは安定して泣き止み、何とか歩けるまでに回復したが、ふらふらと歩く姿に不安を感じスイールは背中を貸してヒルダを背負う。その暖かさに安心したのか、泣き疲れたのか、ヒルダはすぐに”スースー”と寝息を立てて寝入ってしまった。


 ヒルダの重さを背中に感じてからすぐ顔を上げると、ビッグボアを棒に吊るし肩に担ぐ守備隊の姿が目に入ってくる。

 子供達と違い、大物を仕留めて食事が豪華になると笑顔を覗かせていた。


 この後は、狩りの成果を馬車に詰め込んで街へと帰るだけど広場へと急いだ。

 この日の成果は肉食ウサギのラビットアタッカー数匹と、巨大な体をもつビッグボアであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夕闇が迫る中をガタゴトと音を立てて馬車がゆっくりと進む。幌馬車には狩りで仕留めたウサギや巨大なイノシシが積まれて、馬車馬が行きに感じなかった重さを感じながら引いているのがわかる。


 街の南門まで後十五分、スイールの住処まで後五分の距離に馬車が差しかかった時にうつ伏せに倒れている人を発見する。

 暗がりで分かり辛いが大きめのバックパック背負い、また手元には二メートルの長い獲物が落ちている。


 不思議に思い、馬車を停めて慎重にジムズ達は声を掛ける。


「お~い、どうした。大丈夫か~?」


 声を掛けても返事が無く、野垂れ死んだかと思うが、よく見れば手をぴくぴくと動かしている。声を出すのが辛く、手を動かすのが精いっぱいと見えた。


「大丈夫か~~??我々はブールの街の守備隊だ」


 守備隊の一人が近寄って抱き起すしてさらに声を掛ける。


「あ、あぁ、腹減って、力が出ない……」


 仰向けにしてみると、蚊の鳴くような声で訴えてきた。


 彼の姿をよく見れ場、剣を腰にぶら下げ革の鎧を身に着け戦士の格好をしている。

 こんな所で何かの任務の途中だろうかと首を傾げるも、保存食や携帯食すら取れぬ状況は異常な事ではないかと別の考えをも持ってしまう。

 もしかしたら、何かの隠密作戦中なか、と。


 不思議な行き倒れに不安を感じて隊長のジムズを呼ぶ。

 そして、身元を証明できる物が無いかと彼に尋ねてみる。


(行き倒れ……なのか?それにしても、身なりもよさそうだけど?)


 厄介な事に巻き込まれぬと良いがと行き倒れの彼に目を向けると、胸元を指している様に見えた。そこにはチラリと見えるギルドカードとトルニア王国の身分証が覗いていた。

 ジムズは失礼して、それを見やればトルニア王国の国民で身元はしっかりとしていた。


「腹が減ってるんだったら、食事だな。ここから一番近いのはスイールの所だけど、どうする?」

「私は構いませんよ。簡単な食事しかできないですけど」

「一先ずスイールの所だな。用事が無いのは街に戻るように」


 行き倒れの男をスイールのあばら家へと運ぶと決まり、守備隊は迅速にその男を馬車に乗せる。

 ここで隊員からジムズへと一言注意されるのである。


「隊長!責任者が戻らないのは一番問題ですから、泊るのは駄目ですよ」


 守備隊の隊長が緊急事態でもないのに、夜間に所在不明はさすがに拙いと釘を刺されたのだ。元々、城内へ戻るつもりだったジムズはぶつぶつと文句を垂れる。


「わかってるわ、まったく……!責任者ってやつは、面倒だ……。まぁ、いい、この倒れてるのをスイールの所に預けて、守備隊は街に戻るぞ」

「「「「はいっ!!」」」


 隊員は声をそろえて返事を返すのであった。




 とことこと進む馬首をスイールのあばら家へと向ける。

 わずか五分の間だが、到着までに食べやすくした携帯食糧や水を与えると、腹に食べ物が入って空腹感を和らげることに成功し、落ち着きを取り戻した。


 スイールのあばら家へと到着し、その男を下ろす。狩りに付き合ってくれた礼の一つだと、血抜きを終えたウサギを一匹スイールに渡し、ジムズ達守備隊は街へと帰って行った。

 スイールのあばら家で守備隊を見送ったのは、家主のスイールと、肩を貸している行き倒れの男と、そして……。


「何で、エゼルとヒルダがいるんだ?明日も学校があるだろう、帰らなくていいのか?シスターが心配してる事だろう。明日帰ったらシスターのありがたい説教だな、たぶん」


 スイールからの注意を聞いて、エゼルとヒルダは「しまった!!」と、顔をしかめたが、時すでに遅しである。スイールはこれから食事の支度があり送るにはには無理があるし、守備隊の面々はすでに出発した後だ。子供の足で追い駆けるには厳しいだろう。

 とは言え、二人の顔は悪びれた様子も無く、悪戯を成功させたときのようであった。


「しょうがないな、明日シスターに一緒に謝ってあげるから。今度から無断で泊まってはダメだよ、いいね!」

「「はぁ~い」」


 一応、注意をするが、何とも言えぬ返事に脱力感を覚えるのである。

 狩りでのショックが忘れられないのかもしれないと、甘えたがりの二人と共に家の中へと入って行った。



※八歳児の平均身長は130cm弱の設定(参考資料はイギリス人の平均身長、体重)

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