第4話 誰でも、キリストのうちにあるなら
飛行機で隣の若いカップルがいちゃつきながら沖縄旅行の計画を立てている。
しかも美男美女。嫉妬の波が押し寄せる。屈辱的だ。なめやがって。俺が今から何処へ行くか知らずに。知るわけがないが。知ってほしくないし。と思いつつ勝手に腹を立てる。人知れず恨まれるカップル。災難だ。
昔から何もかも捨てて、ほぼ無一文で知らない地に行って生活するようなことが良くあったのでそれに比べると衣食住が揃っているから心配は全く無い。
一番の心配は安定剤と睡眠薬がないことだ。そしてタバコが無いこと、ネットが無いこと、女がいないこと、ロックが聴けないこと。全て僕が依存していたものだ。
僕は一七の頃から安定剤と睡眠薬を約一〇年間手放したことがないのだ。
クスリに限らずネットも女もタバコもロックも。それは全て毎日繰り返して行われていた快楽の宴のようなものだ。こんなにも不安なことはない。一年間クスリもない。女も抱けない。ロックンロールも出来ない。
この三つは僕の三種の神器で僕の生きる理由だったのに。良く考えるとこの施設での生活はとんでもない生活じゃないか。どうしよう。騙された。
などと思いながらも飛行機は刻一刻と沖縄に近づいていく。
『沖縄』と言うのが唯一の救いだ。沖縄というだけで幾分か精神的にマシになる。
沖縄。いい響きだ。常夏の島。
トロピカルなイメージしか沸いてこない。よし、大丈夫だ。
しかしそれは浅はかな考えで大丈夫ではなかった。
二五歳
「自分の居場所はここにあるかも」
とてもユニークなことがある。僕は八月一日に自殺しようと思っていたのだ。
それが八月二日にティーンチャレンジジャパンに行くこととなった。
まるで一度死んだかのような気分である。
飛行機の中で色々と思い巡らす。そのうちに何故か無意識のうちにこんなことを考えている。
(一年間クスリは出来ないか。一年後は何のクスリをしようか。クスリを得るルートを確保しておかないと)
更生する気無しである。一体何しに行くんだ。
しかしそれでも生き方を変えたいと願っていた。変わりたいと願っていながらも、そんなことをふと考えてしまう。そういうことを考えるのが癖になっているのだ。
習慣とは恐ろしい。
しばらく飛んでいると(飛行機で)、沖縄の青い、独特に綺麗な海が見えてくる。
中学生の頃、修学旅行で一度沖縄へ行った。
あの時は三日間どんよりとした曇り空で、たまに雨がパラパラと降っていた。
ホテルで生徒の誰かが部屋の冷蔵庫にあったビールを飲み、みんなの前で「そこまでしやんでもよろしいやないですか」と思うほど先生にボコンボコンに殴られていた。
沖縄はその思い出しかないし、それ以外思い出せない。生徒の泣きそうな顔と先生の鬼の顔。ギャラリーの焦っている顔。他に思い出せない。困った。不安が頭をよぎる。今回の沖縄の空はどうだろうか。窓から空を見る。
またどんよりとした曇だ。色んな意味で雲行きが怪しい。気分が沈む。
なんだかんだで、空港に着いた。めんそーれと書かれた垂れ幕が見える。少し嬉しくなる。迎えに来てくれる人も「めんそーれ!」とか笑顔で言ってくれるのだろうか。などと思いながら迎えに来てくれる人を捜し始めてかれこれ一時間が経った。
なんと迎えが見当たらない。大分焦る。しかしこのまま沖縄でホームレスも良いかもしれない。それならタバコも吸えるし、ドラッグも出来るし……などと早速頭の中で逃避しだしていると、後ろから「良太君?」と訛りのある声が聞こえた。
「そうです」
とすかさず答えた。すると背中を相当な強さで叩かれた。痛い。何やねん。
沖縄式の挨拶はめんそーれではなくて背中をおもいっきり叩くことだったとは。油断してたぜ。そういうのもあるんだ。裏メニューか。
「良かったー。なかなか会えないから心配したさ」
と人相が良いとはあまり言えない人が、僕の目の前に居た。顔が、怖い。なんだこの人。
それがセンターの局長である山城テモテ先生だった。
クリスチャンの顔のイメージとは大きくかけ離れている。
しかし喋っていると優しくて気さくな感じで温かい雰囲気を持っている人で安心した。センターに向かう途中にハンバーガーを買って貰い、小声で「ありがとっす」と言い、ハンバーガーに食らいついていると、テモテ先生が色々と質問をしてきたが何を話したのかほとんど覚えていない。ただテモテ先生が音楽は何が好きなの?と言われた時に言っても分かるのか?と思いながら、
「パンクロック。特にセックスピストルズ」と答えた。
するとテモテ先生は大きな声で笑っていた。
気持ち良い笑い方をする人だと思った。
セックスピストルズとは六〇~七〇年代大流行したイギリスのパンクバンドだ。
彼らはイギリスで社会現象となった。徹底的な社会に対しての批判、攻撃、当時の大不況のイギリスで夢が無い、希望の無い若者たちの間でムーブメントとなった。
後から聞いたことだが、実はこの山城テモテ先生もセックスピストルズが大好きだったのだ。そしてテモテ先生も悪魔崇拝的な音楽、アンチクライスト的な音楽を好んで聴いていて、沖縄のハーフギャングのチームに入り、強盗や傷害で何度も刑務所へ入っている。13年間ほど毎日覚せい剤を体に打っていたという札付きのワルであり、相当なクレイジーだったらしい。
今のところ僕が知り合ったクリスチャンは、元暴走族の幹部の野田先生、ハーフギャングに入り、13年間覚せい剤を打ち続けていたテモテ先生の二人。
ロクでもない過去を持つ人ばかりじゃないか。僕が言えた立場じゃないが。
テモテ先生はハワイのティーンチャレンジに行き、クリスチャンとなり更生して、沖縄に帰ってくるとしばらく就職して社会人になり某大企業に就職し、立派に働いて更生していた。その後に日本でティーンチャレンジジャパンの働きをする機会が訪れ、そして今こうしてティーンチャレンジの働きをしているとのこと。
過去の話を聞くとこの人は更生不可能だ。どう考えても無理だ、絶対。極悪。良くニュースで事件を起こいた人に対して「まさかあの人が」みたいなインタビューを聴くけどそれの逆バージョン。良いバージョンを目の当たりにしている。
――誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたもの。古いものは過ぎ去って、見よ、全てが新しくなりました。
コリント人への手紙第二5章17節
聖書のある箇所の一節だが、これはティーンチャレンジジャパンのキャッチフレーズでもある。ティーンチャレンジというのは世界中に施設があり、日本支部は出来たばかりでまだ無名だが、世界的にはとても有名な更生施設らしい。更生率が八十五%と驚異的な数字をキープしていると聞いた。それは『ティーンチャレンジのうちにあるなら』、ではなくて『キリストのうちにあるなら』というのに好感が持てた。というのも組織の力を誇示していないからだ。二千年前の実在の人物のイエスキリストを強調するなら、誰の虚栄も名誉欲もそこには無いので、僕はそれで安心するのだ。
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