小話
るえ
自動販売機
四丁目のスーパーにある自販機には最新の機能が付いてて、
何飲むか悩んでると、何が飲みたいか相談に乗ってくれて、その人に一番合った飲み物が勝手に出てくるんだ。
これのなんたってすごいのが、相談で嘘のことを言っても本当に欲しいものが出でくることなんだ。
なんでも搭載してるカメラで顧客の体温とか、どれで迷ってるかを目線とかからキャッチして最適なものを算出してるらしい。
かく言う僕も友達と行って、欲しいものがピッタリ出てきてはしゃいだりしたことが何回かあったんだ。
僕はそんな自販機をはーちゃんってあだ名をつけて呼んでいた。
そのうち有名になって、テレビとかも取材に来るようになって、はーちゃんは町のシンボルみたいになったんだ。
この前見たんだけど、欲しいものが品切れになってて、はーちゃんと喧嘩してる人がいたんだ。
喧嘩って言ってもはーちゃんはただただ謝ってて、一方的に怒ってるだけだったんだけどね。
そのうちその人はヒートアップしてきちゃったみたいで、はーちゃんを蹴り始めたんだ。
痛そうで、止めさせたかったんだけど、とても恐くて僕には何もできなかった。
そのうちスーパーの店員さんが中から来て、怒ってた人はバツが悪そうに帰っていったんだ。
僕はその時とても悔しかった。たぶんあの男の人を止められなかったから。次こそは絶対にはーちゃんを守ろうって思った。スーパーの入り口で佇むはーちゃんを、みんなのために飲み物を選んでくれるはーちゃんを、いつも相談に乗ってくれるはーちゃんを。
その日から空いてる時間いつも僕ははーちゃんの隣にいた。
いつもはーちゃんは僕にどんな飲み物がいいか訊いてくる。僕は今はいいよって答えるんだけど、根負けしていつもオレンジジュースを買う。
はーちゃんから飲み物を買いにくる人は、僕に変な目を向ける。はーちゃんの隣にいるのが羨ましいんだろう。
学校の友達とはあまり遊ばなくなった。はーちゃんを守る時間を遊びなんかで使ってはいけないから。
スーパーの人ももう声をかけてこなくなった。はーちゃんは僕のものだと理解したんだろう。
ある日お母さんに、家にいない間何をしてるのかって訊かれた。
僕がはーちゃんのとこにいるって言うと、お母さんは泣きながらお友達を大切にしてねって言った。
お母さんも僕とはーちゃんの関係を喜んでくれて、とても嬉しかった。
ある日僕とはーちゃんの前にあの恐い男の人が来た。僕は前の光景が頭をよぎって、男の人に詰め寄った。あの時はーちゃんがどんな怖い思いをして、どれだけ辛くて、どれだけ痛かったかを教えた。
男の人は僕に何回も謝った、本当に謝るべきなのははーちゃんに向かってなのに。許せなかった。許せなかった。許せなかった。
そのうち男は動かなくなった。僕は感動した。嬉しかった。あの頃は何もできなかったけど、今はこうやってはーちゃんを守ることができた。これで胸を張ってはーちゃんの隣にいれる。
二日後、僕とはーちゃんのところにお巡りさんが来た。はーちゃんを守った僕への感謝状か、町の発展に貢献したはーちゃんへの表彰かな。
その日から僕は誰からも無視されるようになった。学校では誰も僕と目を合わせてくれない。家に帰っても誰もおかえりって言ってくれないし、僕のご飯はない。
そして何よりはーちゃんは僕にどんな飲み物がいいか訊いてくれなくなってしまった。
何がいけなかったんだろう。いくら謝っても何も言ってくれない。いつか僕を許してくれるのかな。
あの日からもう10年が経った。はーちゃんはまだ僕に何も訊いてくれない。
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