電池切れ

 合宿一日目 深夜 


 八代バンドの練習が終わり、Dスタジオを撤収しすぐさまGスタジオへ。

 練習が終わってまた練習、というのも疲れる話だが、合宿らしい過ごし方に喜びを感じる。


 Gスタジオはすでに前のバンドは撤収していたようで、扉を開けた先には巴先輩が待っていた。


「お~お疲れ~。じゃ、楽器取ってくる~。吹も呼んでくる~」


 巴先輩の楽器演奏は隠し玉中の隠し玉なので、持っているところを見られないように徹底しているようだ。入れ替わりの多い時間帯を避けてこっそり、とのこと。


 しかしだ……初日にして拝めるとは……巨乳ジャージ。

 ジャージに短パン、なんと完成された装備よ。

 月無先輩から凄まじいとの前情報はもらっていたが……スゲェ。


 そしてセッティングをしていると、月無先輩が到着した。


「お疲れ白井君! 三時間ぶっ続けだけど大丈夫?」

「お疲れ様です。大丈夫ですよ。めぐるさんこそ」

「フフ、これくらい全然よゆー!」


 月無先輩の笑顔を見れば疲れなど速攻吹っ飛ぶというもの。

 しかしだ……(二回目)


「……もうジャージ借りたんです?」

「うん。お風呂行く時に支給された」

「支給って……」


 もうジャージ屋さんじゃん八代先輩。

 しかし可愛いなジャージ姿。これもまた特別感があっていい。


「フフ、揃うまでに鍵盤確認しよっか!」


 時間は少しでも有効に、と早速二人で確認作業に入った。

 パートの割り振りは済んでいるので、自分が弾く部分を実際に聴いてもらって、とりあえずのオッケーは出た。

 ちなみに『グリーングリーンズ』は自分が鍵盤の音で伴奏、月無先輩はストリングスセクション担当だ。


「あ、そうだ。聞きたかったんですけど」

「なぁに?」


 とても大事なこと思い出した。

 ゲーム音楽バンドでなく、八代先輩とのバンドでの話になるのだが、


「ストリングスの音作りなんですけど、なんというか、ハッキリした音ってどうすればうまく作れますかね」


 ふわっと鳴っている、いわゆる味付け的なものは正直言って大して苦労しない。

 しかし、メロディを弾くための、音がしっかり立ったストリングスの音が上手く作れないのだ。


 シンセサイザーには大まかに分けて、『violin』のような弦楽器単品の音と、『strings』ようなセクションの音の二種類がある。

 しかしそのどちらでも違う悩みが付きまとうのだ。


「あ~、難しいよね。ストリングスのリードって。あたしも最初苦労した」


 月無先輩ですら、ということは自分の技量不足というだけでもなさそうだ。


「伴奏用のとリード用じゃまるで別物だからね。みんな揃うまで今教えたげるよ!」

「おぉ、助かります。明日朝連で必要なんですよ」


 八代バンドのメンバーは文句をつけてきたりはしないが、個人的に納得がいってなかったのだ。


「ちなみに音作りの基本は理想に近づける! これに尽きるね!」

「あ、まさにそれなんです。ストリングスのメロディでいいの知っちゃってるからこそというか」

「お! じゃぁ話が早い! ……ちなみに何? あたし期待しちゃう」


 多分期待通りになりそうだ。

 ストリングスの鮮烈なメロディといえばジャンルはまさにゲーム音楽、そしてそれを印象付けたのは……


「……ファルコムっぽい音作りたいんですよね」


 そう、イースシリーズや軌跡シリーズで有名なファルコムのサウンド。

 ストリングスのメロディといえば、これ以上ない見本のように思える。

 

「はい、来ましたファルコム。さすがあたしの弟子。っていうかあたしもストリングスのリードはファルコムの曲真似たし」


 ……バッチリだった模様。


「ちなみにあたし、ストリングスでメロ弾くときは『TENSION』のイースオリジン版の音でやってる!」

「テンション……ってどんな曲でしたっけ」

「フフ、仕方ないなぁ。鍵盤貸してみ?」


 ……そう言いながら弾きたい気持ちが漏れ出てるのが可愛い。


「初作の曲のアレンジ版だよ!」


 そう言って弾いてくれた曲……あ、知ってるぞ。ラスト面の曲の一つだ。

 メロディはずっと変わらずほぼ一定だが、そのカッコよさ一本で押してくる名曲。

 自分がやったのは月無先輩に勧められたPSP版のリメイクだったが、数多く名曲が揃う中でも特に印象が強かった一つだ。


「フフ、これ、イースオリジンだとストリングス曲になってるんだよ」

「はぁ……カッコいいですよねこれほんと。PSP版だとオルガンでしたよね」

「そうそう! あっちのゴリッゴリのハードロックアレンジも最高にカッコいい! ソロ盛りだくさんだし!」


 そして是非聴こうとのことで、ミキサー卓(スピーカーと楽器の中継器)にラインをつなげ、スタジオの大きなスピーカーから流すことに。

 イースオリジン版の『TENSION』。

 曲が流れた瞬間、迫力あるストリングスセクションの音に圧倒される。

 確かにこれは真似たくなる、そう思うほど完成されたサウンドだ。


「お疲れ~。お、何流してんの?」


 曲の最中に八代先輩がやってきた。

 

「白井君にストリングスの音作りを教えてました! 参考になる曲って!」

「アハハ、そっか。これもゲーム音楽?」

「もちろんです!」


 月無先輩とっての音楽教材=ゲーム音楽、そう言わんばかりに自信にあふれた答え方だ。

 曲も一周したところで止めると、その話題を八代先輩が続けた。


「アレってなんかコツあるもんなの? めぐるとバンド組むまでストリングスの音作りいいと思った人いないんだよね」


 結構ズバっとものを言う……。

 でも自分もそこは同じくダメだ。


「そうですねー。まず標準プリセットの音そのまま使うんじゃダメですからね」

「そこまではわかるんですけど、そこからが……」


 そう、そこまではわかっているんですよ。そこまでは。

 

「あ~そうなんだね。めぐる以外の鍵盤皆ストリングスの音ダサいから、正直そういうもんだと思って諦めてた」


 当てつけで言ってるわけではなさそうだし、率直な意見としてありがたいものと思っておこう。

 でも、八代先輩達曰く、今まで見てきたほとんどの鍵盤奏者はそうで、ストリングスの音作りは常にバンドのネックになるそうだ。

 他大学の精鋭集まるグラフェスでも大概がそうだとのこと。


「フフ、実はそんなに難しくないんですけどね」

「え、メッチャ知りたいです」

「ふふー教えてしんぜよう」


 めぐる流の極意……一体どんな手法が。


「音混ぜてミドル上げるだけなんだけどね」

「……あっさり」


 それでは実演、と一応持ってきていた部のシンセサイザーを起動し、ミキサーに繋げた。


「まずはバイオリン単音色ね」


 そして先ほどの『TENSION』のフレーズを弾いた。

 ハッキリと鳴るが、正直言って、か細い音なのでバンドでは確実に埋もれる。

 ちなみにストリングスセクションの音だと、今度は輪郭がボヤけて細かいフレーズを弾くと全然フレーズに聞こえない。

 これは身を以て知っている。


「バイオリンの音は言わば芯! そしてそこにレイヤーでストリングスの音を重ねます!」


 音を重ねるモードで、両方を足すと……


「「お~」」


 納得の声があがる。

 バイオリンのハッキリした輪郭に、セクションの厚みが加わるだけでもかなり違う。


「でもこれだとまだまだ音圧足りないので~……オクターヴ下で単音色を追加して~……ミドルを上げます!」


 ピピッっと慣れた手つきでシンセのパネルをいじり……


「「お~!」」


 ひときわ大きい納得の声があがる。

 前に出てくる、といった感じの迫力あるサウンドだ。これならメロディラインを弾いても埋もれないしサマになる。


「フフ、本当はこっからまだまだやることあるんですけどね。とりあえずはこんな感じです!」


 ぱちぱちと拍手が起きる。

 バイオリンの音でアタックと輪郭をハッキリさせ、ストリングスセクションで音の線を太く、これがまず基本。そこから色々と調整していくそうだ。

 音を選ぶだけでは音作りとは言わない、そう以前に教えられた。

 それを思い知るようだった。


「じゃ、白井。明日はストリングスの音作りだな」

「……うす」


 ……やはりダメだと思われていたようだ。

 ニヤりと笑う八代先輩にそう言われ、バンドでの課題がまた一つ増えたのだった。


「ヤ、ヤッシー先輩、責めないであげてください! 白井君、わかってて自分から聞いてきたんですから!」

「アハハ、大丈夫。そうだろうと思ってたから。ダメ出しとかじゃないよ」


 嬉しいことに月無先輩があたふたとフォローを入れてくれたが、実際は勘違いで、自分は何も言われていない。


「……へ? ヤッシー先輩がダメ出ししたわけじゃないんですか?」

「アハハ、してないって。どうせ自分で解決するだろうと思って放っておいた。ストリングスの音確認しながらいっつも首傾げてたし、本人がわかってること言ってもしょうがないっしょ」

「あ……そうだったんですね」


 八代先輩には、自分が音作りに納得いってないのを気づかれていた模様。

 よく見てくれているなぁと感謝の念がこみ上げる。

 もしかしたらさっき、月無先輩と一緒に深夜連入ったらと勧めてくれたのも、こういうことに気付いていたからかもしれない。

 

「はーよかったぁ……フフ、偉い!」


 安堵を浮かべて、こちらを見るなり褒めてくれた。

 弟子に甘い気もするけど、これが一番やる気が出る褒美だ。


「そだ。ちなみに白井君、理想の音って曲あったの?」


 そうだった。月無先輩がそのものズバリな曲を挙げてくれたの失念していた。


「あ、俺は『Get Over The Barrier!』のイントロでした」


 イースに並ぶファルコムの軸。軌跡シリーズ、零の軌跡の戦闘曲。

 儚げでありながら芯のある、ゲーム音楽の正統進化系のようなサウンドがとても気に入っているのだ。


「あはは、アレはすっごい難しいよ。シンセじゃ~……ムリ」

「え」


 なんてこったい……なぜ?


「あれは完全にバイオリン単品だし、ミキシングでバランスが成り立ってるヤツだからね。あれでしっかり音圧出そうとしたら音割れしちゃう」

「そういうもんなんですね……」

「残念だけど……そういうもんなんです」


 改めて奥深いものだ……。

 こうして言うってことは、多分月無先輩自身も失敗してきたのだろう。

 気の遠くなる量の努力の結果と思えば、ここまでの話の全てがどれだけの価値かよくわかる。


「そだ、白井。言っておかなくていいの。そろそろ皆来るんじゃない?」

「あ、はい。めぐるさん、ちょっといいですか?」

「え? ……はい」


 ……なんでそんな畏まるの。


「邪魔じゃなければなんですけどいつもやってるって聞いたので……深夜連、明日から一緒にやりませんか? 音作りとかやっぱり色々教えてほしいので」

「もっちろんいいよ! フフ、あたしからも言おうと思ってた!」

 

 間髪入れずに答えが返ってきた。実際、同じような気持ちだったんだろう。

 音作りという重要な悩みも解決しそうだし、二人の時間も取れるしと、良いことづくめの約束ができて本当によかった。


 その後は巴先輩が戻ってきてからは『グリーングリーンズ』の練習。

 秋風先輩も途中から参加してくれた。

 疲れているだろうに、月無先輩のためとあればということなんだろう。

 音確認に簡易的なセッションと有意義に時間を過ごして数十分たつと……。


「ねむ~……」

「ふふ、ともちゃん電池切れだね~」


 眠り姫が限界を迎えた模様。今にも瞼が落ちそうだ。


「アハハ、とも、ずっと起きてたもんね。今日はこの辺であがろっか」

「初日ですし、休まないとですね。フフ、巴さんお休みモードだ!」


 っと、終わりの時間を前にして片付けを始めた。

 特に初日は移動の疲れなどもあるだろう。

 自由参加にしたため、結局五人での練習だったけど、やれたことは多かった。

 

「ふわぁ……あ、ごめん」

「……いや仕方ないですよ。俺も眠いですし」


 月無先輩の可愛らしいあくびも見れて、満足のいく時間だった。


 片付けも終わり、完全に寝に入った巴先輩を……


「ヤッシーおぶって~……」

「……はぁ。じゃ、二人ともお疲れ。ちゃんと休んでね」


 八代先輩が担ぐようにして連れて行った。


「しろちゃん、めぐちゃんよろしくね~」

「あ、はい。お疲れ様でした。吹先輩もゆっくり休んでください」


 そして秋風先輩とも別れ、自分と月無先輩も部屋に戻る。

 一年部屋と二年女子部屋は近いので、少しばかりの二人きりの時間だ。


「やっぱストリングスっていったらファルコムだよねー。鍵盤の人は絶対皆ファルコムの曲聴いた方がいいねー」

「ハハ、でも確かにそうかもって思うくらいリードの音いいですよねぇ」


 ゴキゲンで何よりだが……


「むぅ……ねむ」


 ちょくちょく電池が切れそうになる。

 ゲーム音楽の話を思いきりしたいのに、眠気に邪魔されてしまう。

 それが悔しいのか、背筋を伸ばしてみたり、眼をこすったりと忙しい。

 何とも可愛らしいが、初日から無理はいけない。


「しっかり休みましょう。明日もありますし」

「うん、そだね……しっかり充電しないと。あ、朝ごはん一緒に食べよ」

「もちろんいいですよ。……一年ズの不評を買いそうですが」

「フフ、そん時はそん時だ!」


 もう時間も二時を回ったころ。

 地下階はスタジオの音漏れで少し賑やかだったが、部屋へ向かう一階の廊下は自分たちの声だけが響いた。


「じゃぁまたね! ……フフ、おやすみ!」

「あ……おやすみなさい」


 いつもの別れ際の挨拶とは違う、少し特別感のあるやりとり。

 少し浮かれるような気持ちで部屋に戻ると、他の一年男子ももう寝ていた。

 

 ひたすらに濃く、楽しい一日。

 合宿初日から早速出来た思い出を振り返りながら、自分も布団に着いた。





 隠しトラック

 ――迅速なフラグ回収 ~Gスタジオにて~


「他の人ってもう寝てるんですかね?」

「どうだろ。スーちゃんはもう確実に寝てる」

「……寝てそう」

「体がお子ちゃまだから12時には絶対寝るからね」

「……言わんでおいたのに」

「アハハ、スーは去年もそうだったよね。健康優良児っていうか」

「ふふ、寝てる時赤ちゃんみたいだよね~」

「わかりますそれ! おなかぽんぽんしてあげたくなる!」

「してあげたくなるっていうか……してたでしょめぐる」


「あ、そういえば奏は?」

「奏もさすがに疲れたみたいで寝るって~。副部長の仕事も多かったみたいだし~」

「冬川先輩、12時ごろまで色々やってたみたいですよ。ほんとご苦労様です」

「ふふ、奏は奏で人の心配ばっかだけどね~。白井君のことも言ってたよ~」

「……いい人過ぎる」

「まぁ白井潰れたら三年全員に迷惑かかるからね」

「急に言い方怖い」

「アハハ、冗談だよ」

「ま、これ終わったらしっかり寝よ~」

「フフ、巴さんが言うと説得力ありますね」

「眠りのプロだからね~」


「吹もこよみと話してたし、疲れてそうだったから来るかわかんない~。行くとは言ってたけど~」

「……あ、桜井先輩ですね」

「そうそう。ホーン隊のまとめ役二人同士~」

「吹先輩も深夜連苦手ですよねー」

「え、意外。勝手ながら疲れ知らずな印象が」

「コンタクトずっと着けてるとね~」

「あ、そういう。ごろごろするっていいますもんね」

「そうそう~。ちなみに外すとき面白いよ~」

「え……」

「こう……ガッ!! って眼開く~」

「えぇ……めぐるさん見たことあります?」

「ない。一回見てみたい。……怖いもの見たさ?」

「……あ~」


「……あんたら一回怒られた方がいいよ」

「あはは、吹はそんくらいじゃ怒らないよ~」

「ちょっと調子に乗りました」

「フフ、でもあたし、吹先輩怒ってるのちょっと見てみたいかも……」

「怖いぞ~。こう……ガッ!! て~」


 Gスタジオのドア、静かに開く。


「……何の話してるのかしら~?」

「「「あっ」」」


 巴、死を覚悟。




*作中で紹介した曲は曲名とゲームタイトルを記載します。


『TENSION』

-イースオリジン(ストリングス主体バージョン)

-YS Ⅰ&Ⅱ chronicles (オルガン&シンセ主体のハードロックバージョン)

 アレンジ沢山あるので聴き比べも一興です。


『Get Over The Barrier!』-英雄伝説 零の軌跡

 こちらもアレンジ多数。

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