秋-①

童心に帰る場所

 *今回のお話はゲーム音楽ではなくゲームのお話です。 


 八月下旬 都内某所 


「上陸!」


 月無先輩が満面の笑みを浮かべ、両足を揃えて前にジャンプした。


 意気揚々と踏み出したそこは、23区の喧騒とは縁遠い、東京の西の果て。

 駅は小綺麗だけど、そこから出ればコンクリートよりも自然が目立つ……自分の実家がある町だ。

 

「フフ、いいじゃん。こういうところ、あたし好きだよ!」

「ハハ、気に入ってもらえたなら地元民としては嬉しい限りです」


 何故こんなことになっているのかというと……。

 ことの発端は数日前。月無先輩と部室でのんびりしていた時のことである。


 ――


「……うわ」

「どしたの?」

「……なんか夏休み中に一回くらい帰って来なさいって。母が」

「そりゃ帰った方がいいよ」


 道理的にはそうだけど……帰っても何もないし、こっちで過ごす時間が楽しすぎて失念していた。

 面倒だなんてボヤいていると、月無先輩が何かを閃いたようにパッと明るい笑顔を向けてきた。


「白井君の地元ってどんなとこ!?」

「え、どんなって……めっちゃ西の方ですよ。何もないとこです」


 期待されるようなとこは何もない。

 しかし様子を見るに……まさかとは思うが。


「……行ってみたい!!」

「え!?」


 目の輝きを見れば本心だとわかる。


「何もないとこってのもいいじゃん! それに……なんて言うかそのね。見てみたいんだ」


 あぁもう可愛すぎる。

 ……月無先輩が見たいと言うならダメな理由もないか。


「じゃぁ昼間俺の地元で遊びます? 電車で一時間半くらいかかりますけど」

「うん! フフッ。フィールドワーク第二回!」


 まぁ実家に戻ってもやることないし、月無先輩と夕方くらいまで過ごせれば、それだけで最高の一日になる。

 家族にだけ遭遇しないように気をつければいいだろう。


 ――


「じゃぁ行きますか? いきなりですけど」

「うん! めっちゃ楽しみ!」


 そう言って二人で歩を進めた。

 

 目的地は駅から少し離れた、小さな商店街の終わり。

 到着すると、月無先輩はおぉ~と声漏らして、


「……味あるね」


 店の看板をそう評した。


「父が学生の頃からあるそうです。……いつからあるんでしょうね」

「は~。すごい……入る前から驚きだね。フフッ」

 

 良く言えば味がある……そんな古びた看板を掲げたゲームショップ『ゆめしま』に、肩を並べて入っていった。


 店に入ると、入り口向かいのレジから店長さんがいらっしゃいと声を出した。

 前に来たのは高校一年の時くらいだったか、その時から変わっていない。

 優しそうに目じりを垂らした、見事にたくわえたひげが特徴的なおじさんだ。

 自分の顔など覚えてないだろうけど、なんだか懐かしくなって会釈を返した。


 店内はわりかし広い割にBGMもなく閑散としていた。

 でもその静けさが不思議と悪くない居心地を感じさせた。


「スーファミのワゴンセールとか初めて見た! ほらほら!」


 早速と興味対象を見つけては子供の様な笑顔を見せる。

 昔よく行ったゲーム屋があると電車内で教えた時には、すでにテンション爆上がりだったが、実際に目の当たりにすると月無先輩に堪えることはもう無理だろう。


「あ、出たドラゴンボール」

「なんか悟空で一方殺いっぽうさつできるやつですよねそれ」


 スーファミ特有の微妙な出来のゲームを評価してみたり、


「これ曲めっちゃいい! やったことある? なぞぷよ!」

「あ、ないですね。……あれか、詰め将棋的な」


 これの曲がいい、あれの曲がいいと教えてくれたりと、月無先輩は色んなゲームを手にとっては一喜一憂していた。


「高いヤツはあっちにあるみたいですよ」


 店内を見渡すと、スーファミの希少カセットコーナーが目に入った。

 月無先輩はすぐに目を輝かせて、その一角に吸い込まれるように向かった。


 ショーケースの中のソフトに憧れの眼差しを向けて、月無先輩は嬉々として声を上げた。


「やったことないのメッチャある!」

「ですねー。俺ら生まれる前ですもんね……あ、これウチにありました。ウサギの。タイニートゥーンズ」

「え、今度貸してよ。ってか高っ」

 

 隠れた名作とかは流石の値段。

 実家にあるものが高かったりすると結構見てるだけでも面白いものがある。

 

「これお兄ちゃんとめっちゃやった!」

「セーラームーンの格ゲーなんてあったんですね」

「うん。めっちゃ名作。開発アークだし」


 ギルティギアで有名な会社が制作とのこと。

 意外すぎるタイトルが名作だったりするのも、スーファミならではかもしれない。

 ……女児童向けの格ゲーなんて今では考えられないが。


 二人してその一角であれこれと楽しんでいると、月無先輩が突然「あ!」と声を上げて止まった。……何事?


「……タフ」

「……は?」

「タフがある」


 そう言って指差した先……そこには先輩が大好きなゲーム……そう、


「ファイナルファイト……タフ」

「見つけちゃったわね。ついに。ファイナルファイト……タフ!!」

「声デカいですよ……」


 タフだけやったことないとか言ってたなそう言えば。

 長年望んだものだったのだろう、変なテンションになってしまっている。


「値段は……結構お高いですね」

「ぐ……9000円。これでもかなり安い方だと思うけど」


 半月後には合宿もあるし、軽音楽部員一同、お財布事情には気を遣う時期。

 このタイミングで9000円の出費は相当大きい。

 多分、他のゲームにしても相場からは安い方なんだろうけど。


「……でもネットで一応見てみるっていうのもアリかと思いますよ」


 そんな提案をしてみると、月無先輩はパッケージに映る主人公のマイク・ハガーを見つめたまま、


「こういうのってさ、やっぱり見つけたところで買いたいじゃん。……なんかネットで、とかは違う気がしてさ」


 そう言った。確かに気持ちはわかる。

 中古をどれだけ安く買えるか、なんて隣町に自転車で繰り出したこともあった。

 古いゲームだからこその醍醐味かもしれないし、最近じゃ中々ない感覚だ。


「ん~でもやっぱ9000円はキツいかぁ……我慢しよ」


 物分かりがいい子供のように諦めるも、目線はハガーに釘付け……相当欲しいんだろう。


「……ハガー」

「未練たらたらですね……」


 月無先輩にプレゼントとかしたことないし買ってあげたいけど、さすがに自分も9000円はキツい。

 とはいえワリカンだとプレゼントって感じもしないし……そもそも相手が月無先輩とはいえプレゼントにゲームってどうなんだ。自分も自分で変に悩む場面だ。


「一旦他も見て回ろう!」

「ですね」


 気を取り直そうと、二人でその場から離れた。

 再び未練がましくハガーと呟く月無先輩……どんだけ好きなんだ。


 年代順に見ていこうと、プレステや64、その次とじゅんぐりに店内を見て回った。


「フフ、こういうの楽しいよね。童心に帰るっていうかさ」

「懐かしいですよね、中古ソフト見て回るのって」


 本当に子供のころを思い出すようだった。

 実際に遊んだゲームも沢山あったし、その思い出を語りながら店を見て回るだけでも幸せに感じた。


「これ最高にクソゲーらしいね。wiiのMAJOR」

「あ、有名ですよね。フライ取ると2アウト取れるヤツ」

「うん。ジャイロキャッチ。一回やってみたいよね」

「絶対金払いたくないですけどね」


 一言程度の感想からコアな内容まで、互いに通じることも知らないことも。

 他に客がいなかったこともあってか、その空間を二人占めするように楽しんだ。


 最新作のコーナーに辿りついたあたりで、月無先輩がふと立ち止まった。


「ってか今気付いたんだけど」

「何でしょう」

「大分いたね。……あたしらちょっとおかしいと思う」

「……二時間経ってますね」


 完全に二人とも時間を忘れて没頭していた。

 これもゲームの楽しみ方の一つ、そう思う程。


「う~どうしよっかなぁ……」

「……ハガー?」

「うん。ハガー。長居しちゃったから何も買わないのも悪いし」


 やはり未だに悩んでいる様子。


「半分だったら俺も出しましょうか?」

「う~ん……あたしが欲しいものだしそれも悪いなぁ」


 そんな会話をしながらレジの前を横切ると、店長は優しそうな目をこちらに向けていた。

 ……おおよそ大学生らしくないやりとりだから少し恥ずかしかったけど。


 店も一周すると、思い残したように月無先輩は再びスーファミのショーケースに足を運んだ。

 

「……ん? ちょっと、めぐる先輩」


 ふと気付く。すごいものに。

 月無先輩はハガーに首ったけだから多分見逃している。


「ん? ハガー?」

「語彙どうかしちゃってますけど、これ」


 ショーケースに張ってあるポップシールにはこう書いてあった。

 『本日ショーケース内半額!』 と。

 

 月無先輩は視認した瞬間に目の輝きが一層増して、こちらを向いた。


「ハガー!」

「もうバカになってんじゃん」


 店長は多分会話を聞いていてくれたんだろう、店内を巡っている時に何か作業していると思ったらこれだったのか。粋すぎるぞ……!


「ハハ、よかったですね」

「うん! これは買うしかない! でやぁあ」

「ハガーやめなさい」

 

 すると、店長さんがレジから出てきてこちらに歩いてきた。

 ショーケースの鍵を手に、慈愛に満ちた笑顔が印象的だった。


「タフにしますか?」

「タフにします!」


 ……流れ知らない人が見たら意味不明な会話だ。

 少々お待ち下さいとショーケースの鍵を開けると、月無先輩が少し遠慮気味に声をかけた。


「でも……いいんですか? 申し訳ない気がしちゃって」


 いい子すぎる……でも確かに、店的に大丈夫なのかと思ってしまう。

 店長はファイナルファイトタフをショーケースから取り出して、笑顔を一つ作って月無先輩に答えた。


「やってくれる人がいないとゲームじゃないからね。ここはハガーの居場所じゃないよ」


 ショーケースをコンコンと叩いてそう言った。……カッコよすぎる。

 でもこの人も、ゲーム屋の店長である以前に一人のゲームファンなんだと、すぐに確信できる言葉だった。ってか多分コアゲーマーだ。


「でも半額って流石に安過ぎる気がしちゃって……」

「気にしなくても大丈夫だよ。このショーケース結構人気でね。コレクターの人とかが来て買って行ってくれるんだ」


 何も問題ない、と示してレジに向かう店長。

 導かれるように自分達もその背中に付いていった。


「未だに遊ぼうと思ってくれる人がいるんだから、このソフトも幸せだよ。それにね」


 レジに戻ってくると、ゲーム愛の伝わる言葉とともに、店長は自分に目を向けてきた。


「君、よく来てくれてたからね。おじさんも懐かしくてね」


 言葉を返せなかったけど、嬉しいのは確かだった。

 具体的に説明するのが野暮なくらい、色んな意味がこもっている気もした。


「すご……店長さん全員覚えてるんですか?」


 月無先輩がそう言うと、店長はニッコリと笑って答えた。


「全員ってわけでは流石にないけどね。あれは妹さんかな? よく一緒に来てたよね」

「あ~……はい。なんか嬉しいです覚えててもらえて」


 確かにここに来る時は妹もよく付いてきた。

 あの頃は店もかなり客が多かっただろうに、よく覚えているものだ……。


「最後に来た時はプレゼント買って行ったから、よく覚えてるよ」


 ……割と気恥ずかしい。

 そういえばそうだ、プレゼント包装頼んだのだった。


「……誰に?」


 ……嫉妬じゃないようだし、多分察してるけど、気になりますよね。


「あ~……。ポケモンブラック2やってたら妹がやりたがってたので……誕生日近かったんで。お金なかったんで中古でしたけど」


 当時は新品を量販店で買うのが普通になってたから、中古探してここに来たんだった。

 すると月無先輩は感心したような表情をした。


「フフ、めっちゃいいお兄ちゃんじゃん!」

「……やめましょう割と恥ずかしい」


 レジの前でするそんなやりとりは、気恥ずかしくも穏やかな時間だった。

 きっと店長も、ただ嬉しいから半額にしてくれたんだろう。打算のかけらもない厚意と度量があるからこそ、貴重なゲーム屋として残り続けてるんだ。


「ははは。で、今日はどうする?」

「……包装お願いします」


 余りにも自然で唐突な流れだったけど、考えるまでもなく理解して反射的に応えてしまった。……やってくれる。


 そしてまさかの月無先輩やりとりを理解してないっていう。

 頭の上の疑問符が目に浮かぶんだが。


「プレゼントです。……初めてのが中古ゲームソフトっていうのも変かもですけど」


 はっきりとそう言うと、月無先輩は目を見開いた。

 言葉が出ないのは、多分本気で喜んでるから。


「ははは、プレゼントにゲームソフトっていうのは定番だからね」

「ハハ、子供の、ですけどね」


 面を食らっている月無先輩はとりあえず正気に戻るまで待とう。

 店長は手際よく、プレゼント用の包装を仕立て上げた。


 代金を支払って月無先輩にそれを渡すと、自分とそれに目を行ったり来たりさせた。


「……ちょっと待って素敵すぎるんだけど」


 ……これで本気で喜ぶのもあなたくらいなんですけど。

 でもこれも自分達らしいかと、勝手ながらそう思っている。


「本当に嬉しい! ありがとう!」


 月無先輩もそう思ってる。

 一番欲しいものをもらった少女のような、無邪気な笑顔がそう証明していた。

 店長にしてもプレゼントをもらって喜ぶ姿が醍醐味の一つなんだろう、満足そうな笑みを浮かべていた。


「また来てね」

「はい! 絶対来ます!」


 年齢的に自分ももらう立場じゃなくなったし、ダウンロードで買ってばかりだったせいか、ゲームってこういうものだったなぁ、なんて少し懐古的に浸る体験だった。

 4500円の出費なんて全くもって安いもの……親目線のようだけど、買ってあげる立場っていうのもいいものかもしれない。

 

 去り際にふと見た店の看板は、来た時とは全然違う印象だった。

 塗装もはげた古びた姿は、きっと沢山の思い出が通り過ぎた跡……あるべき姿としてここに残っているんだろう。



 ゲーム屋を後にして、商店街をぷらぷらと歩く中、月無先輩は終始にやにやと口元が緩んでいた。


「嬉しすぎて商店街がステージに見えてくるくらいだね! 出口にボスいるよ!」

「治安悪過ぎでしょ」


 意味不明な発言にはしっかりツッコミを入れつつ、幸せを満喫した。

 これがいつまでも続けばなぁ、なんてふと時間が気になってスマホを見ると、


「……え?」

「……どうしたの?」


 ……のっぴきならない事態が発生していた。


 スマホの画面にはこう表示してあった。


 ―― 白井しらいじゅん 『誰?』 1分前


 


 *作中で登場したゲームタイトルは以下の通りです。

 『ファイナルファイト・タフ』

 『ドラゴンボールZ 超武闘伝』(2は名作です)

 『すーぱーなぞぷよ ルルーのルー』

 『タイニートゥーンアドベンチャーズ』

 『美少女戦士セーラームーンS場外乱闘!』

 『メジャーWii パーフェクトクローザー』(1作目も2作目も最高のクソゲーです)

 


 隠しトラック


 同族 ~商店街にて~


「あの店長さんマジイケメンだったね」

「粋すぎますよねちょっと。店が残るのも納得でしたけど」

「ね~。また行きたいって思ったもん」

「俺も久々に行ってよかったって思いました。高校入ったくらいから隣町の電器屋で大体買ってたので」

「うわ恩知らず」

「……だって新品だと量販店の方が安いじゃないですか」

「……正直ね」

「ポイント付きますし」

「うん。ってかあたしめっちゃポイント活用してる」


「ゲーム屋自体も最近珍しいもんね」

「中古市場も縮小気味ですもんね」

「うん。バイトするようになってから基本新品で買うようになったし」

「俺もダウンロード版ばっかですね~」

「それはダメ」

「え?」

「ソフト抜き差し、ディスク入れ替えがゲームの醍醐味でしょ!」

「……わかりますけど、場所とるじゃないですか」

「……正直ね。あたしもこないだ初めてダウンロード版で買っちゃった」

「自分も買ってんじゃん」

「許して」

「……許す」


「多分あの店長さんめっちゃゲーオタだよね」

「あ、思いました。もう当たり前のようにハガーの名前出してましたし」

「フフ、ね。ハガーの居場所じゃないってめっちゃカッコいいセリフだったけど」

「あれがさらっと出てくるあたり多分極まってますよね」

「ゲーマー特有の語彙みたいなんあるよね」

「わかる。冷静に聞いたらめっちゃ恥ずかしいやつ」


「あと気付きました?」

「何が?」

「多分店長、客いない時ずっとゲームしてますよ」

「……どゆこと?」

「ラッピングしてる時に、充電器刺さったニンテンドースイッチが見えたので」

「……絶対やってんじゃん。しかも最新じゃん」

「結構歳いってそうなのに……」

「……でもあたし人のこと言えない」

「授業中ずっと机の下でやってますもんね」

「……うん。許して」

「許……されないですね」


 教授が許さない。

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