廻る音楽を巡って 前編

 四月中旬 大学構内 とある教室


 新入生を含んだ春のバンド決め、今日の部会でそれが行われる。

 ざっと見まわしたところ、総部員数は大体40人前後。バンド数自体は8~10程度に収まるそうだ。


 大抵の一年生は新勧の時にはすでに声掛けされて、バンドが決まっている人も多いようだ。

 ……自分は月無先輩の失態のおかげで全く決まっていない。

 それどころか月無先輩以外は面識がある人もほぼいない状態。

 鍵盤なら絶対声かかるから、と必死にフォローを入れてくれたが……不安だ。


「じゃあバンド決め始めるか。決まったらかたまってくれ~」


 部長の号令とともに、先輩方が一斉に動き出し、一年生はその場で待機。

 声はかかるだろうか、そんな杞憂は必要なかったようにすぐに誘いがきた。


「白井君だよね? 私、三年ドラムの八代やしろ。ホーンバンドなんだけど、一緒にやらない?」


 声をかけてくれた先輩は、日焼けした肌が少し体育会系の雰囲気をさせる人。

 管楽器を含んだホーンバンドをやらないかという誘い。


 ……ホーンバンドは難しそうな曲をやるイメージがある。

 自分は吟味する立場でもないし、音楽的な好き嫌いも特にないが、かといってやってみてダメでしたという事態も避けたい。

 まずは話を聞こう。


「ホーンってどんな曲やるんですか? ブラックミュージックとか疎くて……」

「そうだなぁ。いきなりブラックは無理あるからやらないよ。邦楽洋楽気にしないでやりやすい曲やるよ?」

「それなら是非……って、あれ?」

「あ、他のバンドの話も聞いてから選びな? 鍵盤、白井君だけだから」


 気付けば八代先輩の後ろに三人ほど。

 自分を誘いにきた各バンドの人だろう。

 鍵盤は引く手数多とは事実のようだが、これはこれで困る。


 §


 それぞれの話を聞き、実際に選ぶタイミングが来ると、今までにない緊張が走る。

 もしろんうちだよなという目線を向けてくる先輩に、お願いと祈るポーズの先輩。

 しかし困ったことに、バンドというものに未だ物差しがないし、声を掛けてくれた方々の人となりも知らない。

 言ってしまえばどれでも同じだし、単純に三人も断ることになるのが怖い。


「ん、なんだモメてんのか?」


 その様子を見ていたか、部長が来てくれた。


「あ~、そういうわけじゃないんだけどね。鍵盤一人しか入ってこなかったらこうなるよね」


 八代先輩が事情を説明すると、部長は少し考えて、折衷案を出してくれた。


「まぁ八代の言うとおりだな。とりあえず誘う側で話し合ったら? 一年に決めさせるのはかわいそうだろ。白井もそれでいいか?」


 正直言って助かった。

 異論は全くないと返し、話し合いの終結を待った。


 議論の輪が解散されると、八代先輩がまたこちらに来た。


「話し合い終わったよ。うちに譲ってくれるってさ。それで大丈夫?」

「は、はい。よろしくお願いします」


 結局、最初に声をかけてくれた八代先輩のホーンバンドに入ることになった。


「そんなに畏まらなくていいから! ちなみに白井君だけだぞ、男。よかったな!」


 え……困る。


「よし、全バンド決まったな! じゃぁ23時からのオール飲みまで一旦解散!」


 入部して間もないというのにオール飲み……中々アグレッシブな部活だ。

 とはいえ私立文系の中堅大学ならこんなものなんだろう。

 八代先輩とバンドメンバーに挨拶をして、その場は解散になった。



 §



 一年男子で集まって時間を潰し、23時に飲み屋に着いた。

 フロアを貸し切って行うようで、座敷に並べられた長テーブルにはバンド毎に固まるように、ちらほらと人がついていた。


「白井君、こっちこっち」


 八代先輩に呼ばれたテーブルには、自分以外のメンバーが既に揃っている。

 改めての挨拶をして、テーブルの末席に腰を下ろした。

 ……他が全員女子なのでどうにも緊張する。


「ま~白井、そんなに緊張しないでいいって。始まるまで何か適当に話してようか」


 自分の正面に座りなおした八代先輩が積極的に話かけてくれる。

 いつに間にか呼び捨てになっているが、気さくな雰囲気のお陰でなんとか場違い感に飲まれずに時間は進んだ。


 しばらくして、座敷の広く空いたスペースに部長がグラスを持って立つと、自然に部員の注目が集まった。


「バンド決定お疲れ様でーす。オール飲みだけど一年は慣れるように! あと二十歳未満は飲むなよ! 絶対だぞ! お兄さんとの約束だぞ!」


 部長の号令で飲み会が始まり、ガヤガヤと会話が再開されると、自分の前に座る八代先輩もすぐにまた話かけてきた。


「雑食って言ってたけど、例えばどんなの聴くの? ちなみに私も雑食!」


 軽音楽部らしく、もっぱら音楽の話題。

 好きな音楽、アーティスト、やってみたい音楽。

 八代先輩が使う雑食と言う言葉は、自分が使うものとは含意が全然違う。

 そう思うくらいに色々な音楽の話を聞けた。

 とはいえ、部活を続けていれば結局詳しくなるし、今の時点で「知らぬは罪」と思いこむ必要もないようだ。

 何よりも音楽が好きであればいい、それで頑張れればいい、それだけだと。


「あ、でもね。実力主義ではあるからしっかりやらないと立場なくなるぞ~」


 ……やっぱり怖い部活じゃん。

 しかし団体PRで見た代表バンドの演奏から、レベルの高さはわかっているし、音楽に本気な部活だということもわかっている。

 遊びでやるなら他の部の方がいいという見方もあるらしいが、それも納得だ。


「下手でも楽しそうだから他の部見てても悪いとは思わないけどね。大学の部活で実力ばっか気にするの、うちくらいだし。楽しむって割り切るのももちろんありだし、私はどっちかっていうとそっちだけど~……軽音なら最低限の実力は必要かな」


 八代先輩は実力主義にも、楽しむことにも、どちらにも肯定的のようだ。

 でもそれは相互的なようにも思える。

 余程才能があれば別かもしれないが、実力主義の中で楽しむには、そのための努力が不可欠だろう。

 最初はとにかく真面目に頑張るべきだと、方針に関してそう結論づけた。


「あ」

「……?」

「白井、後ろ」


 ……何事?

 話も一区切りだったが、急に止まって後ろを指差すので振り向くと……。


「オレ、ヒビキ! 軽音部長のヒビキ!」


 ……マジかよ。

 振り向くのを待っていたか、部長が勢いよく声を出した。

 一発で大分ヤバい人だとわかるマサラタウン式の挨拶。

 しかしポーズはタケシ(初代)。


 とはいえこちらは後輩、わざわざ出向いてくれたんだ、しっかり挨拶は返さねば。

 座りっぱなしはよくないと立ち上がろうとすると、そのままでと手で制止される。

 ……いやなんでしかも無言な上に男前な表情してんの。


「八代先輩……。部長って」

「あ、気付いた? 結構アレなヤツだよ」


 うん、そういう部分はスルーしておこう。

 そして部長は自分の横に座り、話かけてきた。


「白井お疲れぃ! 初飲み会楽しんでるか?」

「あ、はい。皆さん構っていただいて。あとバンド決めの時本当にありがとうございました」


 キャラはアレだが実際助けられたし、飲み会の初めにも酒に関する取り決めをしっかりしていた。

 いい部長なのは間違いない。


「そうかしこまるな! 新入生が困ってたら助けるなんてのは当然。……人を助けるのに、理由がいるかい?」


 失礼ながら小太りメガネな見た目のせいで、決め台詞がなんともしまらない。


「いきなりホーンバンドはプレッシャーかもしれんが、頑張れよ! あと、俺のことはヒビキさんって呼ぶように!」


 名前といい口調と言い、熱血主人公系のような濃さ。

 フルネームは中二漫画の主人公でも憚られそうな名前、不知火しらぬいひびきというらしい。


「しかし白井もいきなり野心家な面を見せるとは中々の男だな。応援するぜ?」

「え? 野心なんて見せましたっけ」


 なんのことだろうか。

 自己紹介でカブいた記憶もない。

 なんか遠い目してるし。


「成し遂げた者は少ないって言うからな。俺も昔はお前みたいな夢い追い人だった。膝に矢を受けてしまって……」


 なんて微妙なネタを……。

 なんか遠い目してるし。


「ふっ、作るんだろ? 白井式ハーレム」

「……は?」


「早速女子しかいないホーンバンドに潜り込むなんてそれしかないじゃねぇか。こちら白井、女の園に潜入した。ってか? やるじゃねぇかこのスケベ工作員が!」

「……え? いやいやいや!」


 何を言い始めるのかこの人は。

 しかも自分で選んだわけじゃないのに。


「白井さいて~」

「いやそんなワケな……」


 ……あぁやられた。

 こちらの様子を見て二人がニヤニヤ。からかわれたとは。


「冗談冗談、悪いな白井」


 一瞬でも真に受けたのが実に悔しい。


「お前真面目そうだし、終始緊張してるからな! もっと気楽にたのしんでくれってことよ。まぁ何かあったら、ヒビキお兄さんを頼るといいんだぜ! じゃな!」


 そういうと部長は立ち上がり、他のテーブルへ向かった。


「アハハ、白井、緊張とけた?」


 緊張が解けた、というより面を食らった感じだが、大声を出したせいか少しはマシになった気はする。

 すると他のテーブルからまた部長の声が聞こえた。


「俺だよ! ヒビキだよ!」


 今度はワリオって……ネタが古い。

 しかしよくわかった。


「アハハ! あんなんだけどいいヤツだから。いい部長だよ」


 こうやって一年生をいじって回っては、その緊張をほぐしているのだ。


 気さくな八代先輩と芸人気質なヒビキ部長、二人のおかげで先行きへの不安まで、一気にすっとんだような気がした。

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