第39話 決断
アントネッロ卿の屋敷に向かいながら事の顛末をおれから聞いたサミルが頭を下げる。
「私がその場におりましたら、私の力で円満に解決できましたのに。申し訳ございません」
サミルが言う力とは魅了の魔力のことだ。おれはしっかりと前を見たまま言った。
「いや、この問題はあの場をやり過ごしても再び出てくる。根本的に解決しないといけないからな。もし必要ならおまえの力を借りてでもカリーナの両親を説得したい。力を貸してくれるか?」
「はい、我が君」
おれがアントネッロ卿の屋敷に到着すると、いつもの執事が出てきた。おれがアントネッロ卿とリアの二人だけと話がしたいと言うと離れに案内された。
そこではアントネッロ卿とリアが和やかに二人でお茶をしていた。
リアがおれを見て待っていたかのように声をかけてくる。
「思ったより早かったわね。こちらへ、どうぞ」
「失礼します」
おれが椅子に座りサミルがその後ろに立つ。するとリアが笑顔でサミルに椅子を勧めてきた。
「いえ、私は……」
断ろうとするサミルにリアが緑の瞳を細めて微笑む。
「クルーツィオ卿のご子息を立たせっぱなしになんて、できないわ。さあ、座ってちょうだい」
どこから情報を仕入れたのかリアの発言におれたちは二人揃って目を丸くした。そして、仕方なくサミルは勧められた椅子に座った。
微妙な沈黙が流れる中、どう話を切り出そうか悩んでいると、リアがおれをマジマジと見ながら言った。
「それにしても大きくなったわね。男の子って四年でこんなに大きくなるのね」
「そうですか?」
自分ではあまり実感がないのだが、リアの言葉ににこやかに微笑んでいるアントネッロ卿も頷く。アントネッロ卿は基本あまり話さない。穏やかな笑顔でその場にいるだけのことが多い。その代わりにリアが話す。
「そうよ。カリーナが悔しそうに話していたもの」
「どんな話をしていました?」
「背が高くなって魔力が強くなっていたって。あの子、負けず嫌いだからね」
「そうですか……」
おれはひと呼吸おいた。この夫妻は変化球より直球のほうが話を聞いてくれるし、要求を呑んでくれることが多い。下手な小細工は印象を悪くするだけで話さえも聞いてもらえなくなる。
決意したおれは堂々と夫妻を見て言った。
「今日はカリーナのことで話にきました」
「ええ。あの子を説得できたら、あげるわよ」
予想外すぎるリアの言葉におれの決意と緊張の糸が切れる。思わずテーブルを叩きながら立ち上がる。
「どこまで知っているんですか!?」
「あの子の密偵から会議室であった話を聞いたの」
「そんなとこに密偵を忍ばさないで下さい!」
あの時はおれも興奮していたため周囲への警戒が疎かになっていた。まさかカリーナの密偵がいたとは。そして、おれは嫌な予感がした。
「まさか、カリーナもこのことを知っていますか?」
おれの質問の答えは満面の笑みだった。
「頑張って」
「悪夢だぁぁぁぁぁ!」
地面に項垂れて叫ぶおれにサミルが頭を下げる。
「お力になれず、申し訳ございません」
おれは四年間の旅ですっかり忘れていた。カリーナは常におれが考えている斜め上の思考を持っていることを。
こうして、おれは一人でカリーナの部屋の前にいた。このような展開になるなど考えてもいなかったので、どう声をかけるか悩む。
とりあえず、おれはドアをノックした。
「カリーナ、話がある。入ってもいいか?」
「嫌よ。聞きたくない」
いきなりの拒絶。だが、ここでダメージを負っている場合ではない。
「聞いてはいると思うが、このままでは幽閉されるんだぞ」
「そんなことを言う人は追い出せばいいじゃない」
「それでは独裁政治になる。おれは独裁政治をするつもりはない」
「なら私がするわ」
「あのなぁ。とにかく話を聞け」
「私は話すことなんてない」
「おれはある」
「私はない」
このままでは平行線だ。おれは強攻策に出た。
「開けるぞ!」
宣言と同時にドアにかけられている魔法をドアごとブチ破る。そこまでして部屋に入ったのに目の前にいたのは……
「やられた」
机の上でカタカタと口を動かしているクルミ割り人形とその先に開いた窓、そして窓から入ってくる風に揺れるカーテンがあった。
カリーナはとっくに逃亡しており、おれは遠隔操作で操られているクルミ割り人形と会話をしていたのだ。
「……そうか。そこまで嫌か」
おれに不気味な闘志が湧き上がる。
「絶対に捕まえてやる」
こうして、おれとカリーナの鬼ごっこが始まったのだった。
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