第26話 密命
おれは天井に向けて言った。
「狐狼、頼みがあるんだが聞いてくれるか?」
その場にいた人間が驚きながら天井を見上げる。
視線を集めている天井から男の声が響いた。
「見つかった場合は力を貸すように主から命令されているからな。いいぞ」
つまり、おれが見つけなかったら無視しろという命令か。
相変わらず良い性格をしている。そして、その命令をきっちり守る狐狼もだ。まったく、自国の危機という認識が足りなさすぎる。
おれは苦笑いをしながら顔を上に向けたまま言った。
「首都の周囲に点在している国軍に三日後、フキ高原に集合するように伝達してくれ。あ、あと謀反軍の兵はなるべく殺さないように。無能な貴族に命令されて動いているだけの、同じアルガ・ロンガ国民だからな、とも伝えろ。出来るか?」
「あぁ」
「では、おれの命令の証である印を渡す」
おれは親指ほどの大きさの印を懐から出した。
これは、おれの魔力が染みついた特製の印だ。
複製は不可能であり、この印を無理やりおれから奪い取った場合と、おれの命令とは違う伝聞を伝えた場合は呪いが発動して即死となる。
そのため、無事な姿でこの印を見せて伝聞を伝えることが出来れば、狐狼はおれの使者であるという証明にもなる。
狐狼が天井の一部を開けたので、おれはそこに向かって印を投げた。狐狼は印を受け取ると声だけで返事をした。
「了解した。主へ伝えることはあるか?」
おれは少し考えた後、軽く首を横に振った。
「もうすぐ会うだろうし、急いで伝えるようなことはない」
「本当にないか?」
「ああ」
おれは軽く返事をしたが、まさかこの判断が後にあのような面倒事を引き起こすとは思わなかった。
わざわざ狐狼が再確認した時に気づくべきだったのだが、この時のおれにそんなことを考える余裕はなかった。
狐狼が開いた天井の一部を閉じる。
「わかった。主にもそう伝えよう」
返事とともに天井から気配が消えた。
その場所を見上げたままドナート卿が呟く。
「いつからいたのだ?」
その問いに、おれは肩をすくめながら言った。
「おれがこの部屋に入ったときには気配があったから、たぶん最初からいたと思う」
驚愕の事実に周囲が慌ただしくなる。
「なんということだ!」
「侵入者に気づかなかったのか!?見張りは何をしていた!?」
「もし、あれが敵だったら、どうするのだ!?」
「警備隊長を呼べ!」
狐狼のせいで出来た大きな波紋の後始末をどうしようか考えていると、耳に心地よい声が部屋に響いた。
「お静かになさって下さい。今は会議中ですよ」
全員が声の主に注目する。そして、こげ茶色の瞳を見たところで動きを止めた。
「今は国を揺るがす大事の最中です。過ぎたことを議論するより大事なことがあるのではないのですか?」
サミルの言葉に今までの騒ぎが嘘のように静かになった。
それもそうだろう。サミルの声と瞳には魅了の魔力が宿っている。普段は本人が抑えているが、本気を出せばこれぐらいの人数なら簡単に操れる。
ちなみにサミルより魔力が強いおれには魅了は効かない。
サミルの力で再び静かになったところで、おれは言った。
「一刻も早く国と民を救うためにも、全員の力が必要だ。そして時間との勝負でもある。まずは船の整備と城の警備だ。王を守り抜け」
『御意!』
一斉に返事をして、それぞれの仕事へと散った。
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