第19話 レンツォの嫌がらせ
一晩考えた結果、おれは星の位置から現在地を確認して一番近くにあるシャブラ国に行くことにした。
師匠を召喚した国で魔術を学んで、そこから師匠が元の世界に還れる方法を見つけようとしたのだ。だが、結論から言うと師匠が出来なかったことを、おれが出来るはずもなく、それは徒労に終わった。
シャブラ国に来て一カ月。
親しくなった宿のおかみさんに、そろそろ旅立つことを告げたら盛大に悲しがられ、養子にならないかと言われた。
と、いうより迫られ……いや、脅迫か?とにかく、おかみさんの目は座っており、言い表しようのない身の危険を感じた。
おれは身分を明かすわけにもいかず、曖昧に笑ってその場を切り上げると、部屋に駆け込んで荷物をまとめた。そして部屋の前に立っているおかみさんの気配を感じたおれは、金を机の上に置いて窓から逃げた。
とりあえず、いつでも国外に逃げ出せる状況を確保したおれは、シャブラ国の大通りを歩いていた。
「さぁて、これからどうするかな。お、美味そう」
おれの目の前にある露店では肉が焼かれ、それをパンで挟んで売られていた。小腹が空いたおれはそれを一つ買って食べながら適当に歩いていると、王城で晩餐会が開かれるという情報が耳に入った。
「……ちょっと覗いてみるか」
おれはシャブラ国内にあるアルガ・ロンガ国からの特使が使用している屋敷へ行った。
定期的に復活する魔王はシャブラ国民と異世界から召喚された勇者でなければ封印出来ないと言われているため、シャブラ国は他国から攻撃されることがない特殊な国だ。
どの国も定期的に魔王が復活する国など欲しくないし、シャブラ国を攻めて魔王の封印が出来なくなっても困る。シャブラ国は魔王によって平和が維持されているという皮肉な話を持つ国でもあった。
そのため戦争とも無縁で常に安定した貿易が出来る。その結果、シャブラ国と国交がある国は自国の屋敷をシャブラ国の王都に持ち、そこを拠点として政治交渉や商売をしている。
おれが屋敷に到着して身分を明かすと、最初は胡散臭そうに出迎えられた。だが、現在この屋敷の管理とシャブラ国との国交を任されているクラッソ卿と面会してから対応が一変した。
クラッソ卿はアルガ・ロンガ国でおれとの面識があったので一目見て笑顔で迎えてくれた。その後はトントン拍子に話が進み、本来はクラッソ卿が出席する予定だった晩餐会におれが出席した。
普段は頼まれても出ない晩餐会に自分から出席を希望したのは理由がある。それは、シャブラ国の今後の方針について王に直接確認しようと思ったのだ。
異世界から魔力が強い人間を召喚することを少しでも止めようと考えているのであれば、協力しようと思ったのだ。
金をふんだんに使いながらも、どこか品がある晩餐会に出席したおれは主催者である王に挨拶をした。
その時に勇者召喚を止める気はないか訊ねたが、実情を知らない田舎者と鼻で笑われて終わった。周囲も同様の意見のようでヒソヒソとおれを見て笑っている。
まあ、ほぼ予想通りだったので、おれは未練なく晩餐会を退場した。ゆっくりと扉が閉まり、華やかな喧噪が小さくなる。
おれは歩きながら窓の外に見える満点の星空を見た。
「綺麗だな。星も月もアルガ・ロンガ国と同じ輝きだ。師匠の世界も同じなのかなぁ」
おれが感慨にふけっていると、盛大な叫び声が聞こえてきた。そして、おれが先ほど出てきた扉を開けようとする音がした。だが扉は開かず、叫びながら扉を叩く音が響く。
「次からは表面上だけでも話を聞こうとする態度を見せるんだな」
おれの呟きをかき消すように、兵士がホールへと集まって行く。しかし扉は全て頑丈に閉まっており誰も中に入れない。
「おれが城から出たら開けてやるよ」
そして、おれは馬車に乗って城内から出たところで指を軽く鳴らした。その瞬間、再び盛大な叫び声が城内に響いた。
「しっかり反省しろ」
扉が一斉に開いて、おれが召喚したシャブラ国中のゴキブリとネズミが、晩餐会が行われていたホールから城内に飛び出したのだ。
後に聞いた噂だが、扉が開いて兵士がホールに入ると晩餐会に出席していた半数が気絶していたという。
おれが城から出るまでホール内をゴキブリとネズミが埋め尽くしていたのだから、当然と言えば当然である。おれだって、そんな場所にはいたくない。だから城から出るまで扉が開かないようにしていたのだ。
こうして、おれは予定にはなかった嫌がらせをしてジャブラ国から旅立った。
それから、おれは師匠が旅していない国を回って魔術を学んだ。だが、師匠を元の世界に還す方法は見つけられなかった。
その途中で、誘拐されたとある国の姫を助けたら求婚されて一緒に心中させられかけたり、魔力の強さから信仰の対象にされて生け贄にされかけたり、乞われて義賊のまねごとをしたら火あぶりにされかけたりと、いろいろなことがあったが、カリーナが起こした問題に比べれば微々たることだった。
そう、微々たることのはずだ。四年間で死にかけたことが四回しかなかったのだから。
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