第17話 悪名高き魔女と微笑の魔人
堅牢な地下牢に女性の声が響いた。
「私が作ったのだから当然よ」
おれが振り返ると扇子で口元を隠したリアが悠然と歩いていた。
実年齢は四十歳を超えているはずなのだが、その姿は三十歳半ばにしかみえない。常識を持たない子の親は外見までも常識外れだった。
ようやく大人が現れたことで、ふて寝をしていた男が起き上がる。そしてリアの顔を見て自嘲気味に笑った。
「悪名高い魔女様に捕まるとは、俺も焼きが回ったな」
「あら、失礼ね。今回のことに私はまったく関与していないわ」
「嘘をつけ。あの巧妙な罠と結界を貴様以外の誰が作れるというのだ?相手に致命傷を与えず、しかも力が無い者は城の外に弾かれる。今になって考えれば分かる。あれは実力がある侵入者を捕まえるためのものだったのだな」
リアは男の問いに答えずカリーナを見た。
「そうなの?」
カリーナは母親の問いにニッコリと笑って答えた。
「はい。自分の密偵が欲しいと思って城で狩りをしていました」
「どうやって城に他国の密偵を集めたの?」
「周辺諸国にこの国の王様が危篤だが、後継選定でもめているという噂を流しました」
カリーナの説明におれは思わず右手で額を押さえた。
この噂の真偽を確かめるために城に侵入してきた密偵を捕まえて自分の密偵にする計画をカリーナは立てたのだ。危篤と噂の王が南部の別荘で過ごしている期間を狙ってだ。しかも期間が二週間では短いと言って、自分の父親であるアントネッロ卿を使って王の別荘滞在期間を一ヶ月に伸ばさせたりしている。
こんな噂を流した上に父親まで手伝うとは国家転覆罪で一族全員が処罰される行為なのだが、リアは少し拗ねたような口調で表情を変えずに言った。
「何かしていると思ったら、そんな楽しいことをしていたの?私にも一声かけて欲しかったわ」
「そう言うと思って内緒にしていたのです」
微笑むカリーナにリアが満足そうに頷く。
「さすが、私の娘ね。と、いうことで諦めなさい、孤狼」
「知り合いですか?」
「本名は知らないわ、通り名よ。孤狼は金で仕事を請け負うフリーの密偵で有名なの。決まった主には仕えないことを信条にしているって噂よ」
男はリアの言葉を遮るように言った。
「貴様に仕えろというのか?」
「話を聞いていなかったの?私ではなく娘によ。あなたを捕まえたのは娘なのだから」
男が無表情でこちらを見る。
「その兄ちゃんは貴様の血縁か?」
「違うわ。この子はジンの一番弟子よ」
ジンとは師匠のことである。
男は大きくため息を吐いて言った。
「悪名高い魔女の娘と微笑の魔人の弟子か。その歳であれだけの罠と結界が作れるとは、末恐ろしい才能だな」
「待て!微笑の魔人ってなんだ!?」
おれのツッコミに男が軽く笑う。
「お前さんのお師匠のあだ名だよ。それだけのことを悪名高い魔女と一緒に各地でしてきたからな」
悪名高き魔女は、まあいい。リアならそれぐらいのことをしていても疑問はない。いや、むしろしていないほうが問題があるぐらいだ。
だが、師匠!師匠ぐらいは他人様に迷惑をかけていないと信じたかった。けど、そんな二つ名を付けられていたなんて!
「師匠!何をしてきたんだ!?」
おれの苦悩を無視して男は投げやりに言った。
「この仕事が終わったら引退しようと思っていたのによ。ま、可愛い嬢ちゃんに仕えるのも、また面白いかもな」
男の言葉にカリーナが微笑む。
「別にスキがあれば、いつでも逃げてかまわないわ。……逃げられればね」
最後の言葉を言ったカリーナの表情はおれからは見えなかったが、男は引きつった笑顔をしていた。一体、どんな表情を見せれば子どもが大人にあんな顔をさせることが出来るのだろうか。
こうしてカリーナの密偵狩りはしばらく続いたのだった。
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