第15話 密偵狩り

 市場で大量の商品を買ってから一週間。


 ここ最近のおれは寝不足の日が続いていた。

 カリーナに付き合うため深夜に帰宅し、早朝に家を出るという生活をさせられていたのだ。


 そして現在はフクロウの不気味な声が響く真夜中。そんな時間に、おれは最近足繁く通わされている部屋の隣にある隠し部屋にいた。


 眠いおれとは対照的に楽しそうなカリーナが声を潜めて言った。


「そろそろ頃合ね」


「そうか?まだ早くないか?」


 そう言いながらおれは抱えている水盆を見た。水面には魔法で城全体が映し出されている。


「少し強めの結界と罠に気が付いて、雑魚だと部屋まで侵入出来ないって理解して大物が出てくる頃よ」


 おれたちが身を潜めている隠し部屋の隣は普段は王が寝室として使用している部屋だ。ただ、今は持ち主が南部の別荘にいるため不在だが。

 そして、主不在の部屋を利用して、おれとカリーナは罠と魔法で結界を張り巡らした。夜間にこの部屋に侵入しようとする者を生け捕りにするために。


「あれで少し強めかよ」


 はっきり言ってあれだけの結界と罠を超えて侵入できる人間がいるとしたら、それは一流の暗殺者か密偵だろう。そう考えていると水盆に波が発生した。


 カリーナが嬉しそうに覗き込んでくる。


「どこ?」


「すでに城の中にいる。昼間に潜り込んでいたな」


 おれが水盆に意識を集中する。そして反射的に上を見た。

 その行動ですべてを察したカリーナが口元だけで笑い、ドアに近づいた。隣の部屋からは物音一つしない、静寂だけがある。


 その静寂を突き破るようにカリーナは荒々しくドアを開けて魔法を発動させた。


「風の精霊よ。侵入者に風の鎖を!」


「水の精霊よ。彼のものに氷結の結界を!」


 カリーナとほぼ同時におれも魔法を詠唱した。その結果、侵入者は氷漬けにされた上、竜巻によって空中で捕縛されるという状況になった。

 ただし、それをされている本人は氷漬けにされた時点で意識を失っている。


 おれは侵入者の顔を見て思わず苦笑いをした。


「あー、あのおっちゃんだったか」


 男は目以外の部分を布で隠していたが、おれはすぐに誰か分かった。それは宝石が付いたブローチを格安で売った男だった。


 男を見たカリーナが満足そうに言った。


「今日はこれでいいわ。帰りましょ」


「もういいのか?まだ他にも侵入者が来るかもしれないぞ」


「抜け出せない罠をここに張っとくから、明日の朝回収すればいいわ」


「回収って、人に使う言葉じゃないぞ」


 おれの注意をカリーナは聞き流して、氷漬けにした男とおれを連れて転移魔法で家へと帰った。が、そこは見たことのない部屋だった。


 石の壁に囲まれ、独特の湿気が漂っている。そして、目の前には鉄で作られた柵で仕切られた小部屋が並んでいた。


「ここ、どこだ?」


「我が家の地下牢」


 平然と答えるカリーナにおれは頭を抱えたくなった。


「なんで家の中に地下牢なんてあるんだよ?」


 城とか立派な屋敷にあるならまだ分かるが、この家の外観はこぢんまりとした屋敷だ。とてもそんな物騒なものがあるようには見えない。


「知らない。私が生まれる前にはあったみたいだから」


「……そうか」


 カリーナの両親のどちらかが作ったのであろう。あの二人なら作りそうだ。絶対に脱出できない頑丈なものを。


「とりあえず、ここに入れておいて」


「武器は全部剥ぎ取るか?」


「このままでいいわ。武器があってもここから脱出は出来ないから」


 おれは冷徹な魔王の微笑みに背を向けると、男を牢に放り込んで魔法を解除した。


「おーい、生きているか?」


 おれの声に反応はない。生きているはずなのだがピクリとも動かない。


 そんな男を横目で見ながらカリーナは欠伸をして言った。


「今日は遅いから、また明日にしたらいいわ」


「いいのか?」


「ええ。じゃあ、おやすみなさい。ズラル国の密偵さん」


 その言葉におれは驚いたが、足取りは平然とさせて地下から出て行った。


 おれは一階の廊下でカリーナに訊ねた。


「なあ、なんであの男がズラル国の密偵だって分かったんだ?あの男は隠そうとしていたが、会話の中で北国独特の訛りがあったぞ。売っていたものも格好も北国のドゥレス国のものだった。それに対してズラル国はずっと南の国だ。とてもズラル国の出身には見えない」


「あぁ、そのこと。自分の出身国で密偵しているとは限らないしょ?北国出身かもしれないけど、今はズラル国で働いているってだけよ」


「だから、なんでそのことが分かったんだ?」


「まとっている空気が南国特有のものだったからよ」


「まとっている空気?」


 首を傾げるおれにカリーナがおれの胸を指差す。


「レンツォだって人の中の水の流れがなんとなく分かるでしょ?それと同じことよ」


 おれたちは魔力が強いせいか他人の魔力が見えることがある。


 それがおれは水の流れのように、カリーナは風の流れのように見えるのだという。それは個人、個人で特徴があり、育った環境やその人の感情などで変化する。

 カリーナはそこから男が今は南国で仕事をしていると読み取ったようだ。


 おれは軽く頷いた。


「そういうことか。わかった」


「じゃ、また明日ね」


「ああ」


 おれは手を振ってさっさと家路についた。


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